Global Ethics


もったいない(勿体無い)
July 2, 2007, 2:43 pm
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日本人が年間使う割箸は250億膳という。人口全体が二日に一膳の割合である。間伐材を使うから問題ないというが、生産、運搬、廃棄の全ての人的、物的、エネ的経済的、文化的、環境的などの問題を考えると大変な負荷となる。輸入物も多いと言う。市役所、食堂などで個人箸、携帯箸、再使用箸などが始まり、人気も出てきた。

「もったいない」(勿体、物体、本体、本命を無くす)という日本人の態度と言葉に感動したアフリカで植林活動などでノーベル賞受賞のワンガリ・マータイ(ケニア環境副大臣)はこのタイトルの本を書き、この思想、行動を世界に広めている。

もの、ことの大切さを本当に知り、味わいその命を台無しにしないことがさらに広がり、常識になれば世の中の様々のことも雪崩現象をおこして、変わっていくのではなかろうか。軍備に毎年百兆円以上使い、戦争ー大量殺戮、搾取、差別を非常識とする世の中も早く来なければ地球生命系は生き延びれない。



原爆投下の真相
July 1, 2007, 1:12 pm
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「原爆投下はしょうがなかった」発言についての論評、情報の中から下記を引用します。(このことは肥田先生の講演で直に聞きました)原爆投下は「人道に対する罪」とされ、国際司法裁判所でも断罪されています。このようなことが実験され、何時でも発射でき、核による絶滅が何時でも起こりうることは「人道に対する罪」です。

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原爆投下の真相                          杉浦公昭

2003815(67歳だった私が)ふとNHKの「核の時代に生きる人間の記録」を見て「米国は、なぜ原爆を落としたか?を調べ、考えたことを思い出しました。

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渡米して原水爆禁止を訴える被爆者山口仙治氏に対

して、米婦人は「戦争で私の身内を二人殺された。戦

争で貴方は傷ついても生きているじゃないですか?」

「パールハーバーを行った日本が戦争で被害を受けた

のは当然じゃないですか?」と詰めよりました。

 山口仙治氏は「パールハーバーで戦争を起こして誠

にすみません」と謝り「世界平和のために、お互いに

怨念を乗り越えましょう」と応えました。

 米国は、なぜ原爆を落としたのか? 米大統領の公式

声明では「日本との戦争を一日も早く終わらせて米国

の若者の血をこれ以上流させないため」となっていま

した。はたして真実はどのようなものであったでしょ

うか?

この問いの正しい解答こそ世界中の人々が認識しな

ければ世界平和は築けないと考えます。

広島への原爆投下直後の10月半ば過ぎ、フランス

の記者ピエールは被災地案内人の被爆軍医の肥田俊太

郎氏に二つの理由を語ったといいます。(肥田著「広島

の消えた日」日中出版、現在は絶版)

一つの理由は「その年の2月の米英ソのヤルタ会談

で、ソ連は日本攻撃開始をドイツ降伏3ヶ月後と約束

していました。ドイツが58日に降伏したのでアメ

リカは、ソ連が810日頃シベリアから日本攻撃を

開始することを知っていたのです。

この時点で、アメリカは日本との戦争が終ると次は

ソ連との戦争になると思っていました。

そこで、ソ連の日本攻撃開始以前に原爆を落として、

日本の降伏はソ連の日本攻撃のせいでなく、アメリカ

が原爆を落としたからだとソ連にも日本にも思わせる

ためでした。それは日本降伏後の講和会議でソ連の発

言権を抑え、日本を対ソ連攻撃の前進基地にするためであった」と言います。

 同時に、こんにち考えると、核脅迫を世界制覇に利

用するためでもあったと思われます。

 いま一つの理由は「アメリカは広島の人間が一番多

く建物の外に居る時間を調べて、丁度その時間に原爆

を落としました。初めて使う原爆の人体実験をするた

めであった」と言います。

この実験はソ連参戦による日本降伏後には絶対出来

ないばかりでなく、戦争中でもハーグ協定で毒ガス等

の大量殺人兵器は許されないことになっていました。

人体実験だった証拠に、戦後、米軍が建てたABC

院は被爆者の治療をせず、被爆者の診断と標本集めに

終始したと言われています。

 (参考書:沢田昭二ほか著、共同研究「広島・長崎原爆被害の実相」、新日本出版社、1999年)

原爆を落とす心は悪魔だ! 戦争を起こす心は悪魔だ!

 21世紀に入って、世界は米英の起こしたイラク戦争

はくい止められませんでした。しかし、これに反対した全世界の多くの人々の行動がありました。ここに私は希望を見出します。もしかして、人類の滅亡を遅らせることができるかもしれません。うまくいけば人類の滅亡を回避できるかもしれません。

 (2003.8.15日、私が書いた「これから如何に生きるべきか?」より)