Filed under: Uncategorized
E.ベンジャミン・スキンナー、外交政策
2008年3・4月、共同通信
今や人間の歴史始まって以来最も多くの奴隷が居る。我々が問題の巨大な範囲を認め、そのあらゆる形態を攻撃し、奴隷達が自らを自由にするように力を付けさせるまでは本当の廃止は我々のものとはならない。
ニューヨーク市に立てば、あなたは白昼堂々と健康な少年あるいは少女の売買の交渉まで5時間の所にいる。彼あるいは彼女は何にでも使える、セックスや家内労働が最も普通であるが。出かける前に何を買うのかはっきりさせておこう。奴隷とは生きていく以上の支払いのない詐欺または暴力の脅迫で働くよう強制された人間である。同意するか?よし!
殆どの人は奴隷制が19世紀に死滅したと想像している。1817年以来一ダース以上の国際条約が署名されて奴隷取引が禁止された。しかし、今日人間の歴史上いかなる時よりも多くの奴隷がいる。
そしてもしあなたが5時間以内に一人買いに行こうとするなら、先に進むがよい。先ずタクシーを呼んでJFK(ケネディー)国際空港へ行き、ハイチのポール・オ・プランスへ直行便に飛び乗りなさい。飛行は3時間。トゥッサン・ルヴェルチュール国際空港に着いたら、ポール・オ・プランスの最も普通の交通形態であるタップ・タップ、レトロな椅子と覆いの付いた平底ピックアップ(トラック)のために50セント必要だ。首都の大通り、ルート・ド・デルマーに4分の3程上ったら屋根をタップして(叩いて)飛び降りる。そこの脇道で、レッソー(ネットワーク)床屋の前に立っている一団の男達を見つける。近付くと、一人の男が進み出て、「人を手に入れたいのかね?」
ベナヴィユ・レブホムに会う。彼は気さくに微笑む。彼は髭を刈り込んで、多色、縞模様のゴルフシャツ、金の鎖にドックマルタンのノックオッフを身に付けている。ベナヴィユは求婚者、すなわちブローカーである。かれは公の本物の不動産取引許可証を持っており自分は就職斡旋人だと言う。彼が持っている被庸人の3分の2は子供の奴隷である。ハイチで束縛されている子供の数は30万人である。彼らはクレオール語で婉曲にレスタヴェク、同居者、として通っている。強制され、報酬なしで、囚われの身で夜明け前から夜まで働く。ベナヴィユや何千という他の正式又は非正式な取引人は絶望的に貧困な田舎の親元から、タダで学校に出してやり良い生活が出来るようにしてやると約束してこれらの子供達を連れ出すのである。
子供の奴隷を買う交渉はまあこんな風である:
「どれ位早く子供を連れて来れると思う? 掃除や料理が出来る者を?」とあなたが訊く「あまり大きな場所は持ってはいない;小さなアパートだ。だが、どれくらい掛かるかね?それからどれ位すぐに?」
「三日だね」とべネヴィユが応ずる。
「それでお前がその子をここへ連れて来れるか?」と訊く、「それとももう此処に子供たちはいるの?」
「今ここポール・オ・プランスにはいない」とベネヴィユが外国人の客と思って眼を見開いて言う「田舎まで出かけることになるよ。」
あなたは追加費用を訊く「交通費を払わなけりゃならんのかね?」
「結構です、100米ドルで」とベナヴィユが言う。
吹っかけを嗅ぎつけて彼をせめる「エッ、交通費だけで?」
「交通費はハイチので100くらい」とベネヴィユは言う、13ドル程「そこまで行かなきゃならないし、旅行には(ホテルと)食事も必要だし。500グールだね」
「OK,500ハイチ(ドル)だね」とあなたが言う。
そこで今度は大変な質問をする:「で、手数料は?」これは真実の瞬間だ。ベナヴィユは目を細くしてどれ位せしめれるかを決めようとする。
「100米ドル。」
「大分でかいな」と取引を駄目にしないように笑みをみせて言う「ハイチ人ならどれ位なんだ?」
ベナヴィユの声が乗り気でない風をして声を上げる「100ドルさ。これは大仕事なんだ。」
あなたは踏ん張る「50米ドルに手数料は下げれないかね?」
ベナヴィユは間を置く。だが効果を狙っただけ。彼はハイチ人から取るよりもっとあなたから取れる事を知っている。「ウイ(諾)!」と笑みを浮かべて言う。
だが、取引が成立したわけではない。ベナヴィユは身を寄せて「これはやや微妙な質問だが・・・仕事だけのために欲しいのかね?それともパートナーにもなれる者かね?意味はわかるよね。」
あなたはセックスのために子供を欲しいかと訊かれても瞬き一つしない。「両方できる者はいるか、と言っているんだ。」
「ウイ!」と乗り気でベナヴィユは応答する。
もしあなたが買物を米国へ持ち帰ることに興味があるなら、ベナヴィユは、あなたがその子を養子にしたように見せるにうまい書類を作るよう手配できると言う。
彼は13歳の少女を提供しようという。
「それはちょっと年取っているな」とあなたが言う。
「12歳のも知っているよ。10とか11とかも」と彼は応える。
交渉は終わり、あなたは自分の方から連絡するまで先へ進むなとベナヴィユに言う。ここ米合衆国から600マイルの所、マンハッタンから5時間の所で、あなたは50ドルで一人の人間を買う手配に成功したのである。
残酷な真実
もしその会話が、旅行の記述のように、虚構だったら良いだろう。だがそうではない。私はそれを、五大陸にわたる4年間の奴隷調査の一部として、2005年10月6日に記録したものだ。一般人の意識では「奴隷状態」とはあるべきでない難儀に対する比喩より殆ど出ていない。投資銀行家達はしょっちゅう自分達を「高給取りの奴隷」と呼ぶ。人権活動家達は時間給1ドルの労働搾取工場労働者達を、給料が払われしばしば仕事から抜け出すことが出来る事実にもかかわらず、奴隷状態と呼ぶかもしれない。しかし奴隷制の現実は遥かに異なる。奴隷制は今日未曾有の規模で存在している。アフリカでは何万という動産奴隷が戦争で捉えられ何世代にもわたり丸め込まれて存在している。ヨーロッパ、アジア、南北アメリカにわたり売買人等が2百万人も売春と労働に強制している。惑星の最も奴隷が集中している南アジアではほぼ1千万人が桎梏に苦しんで暮らしており、多くの場合何世代にもわたる法律的虚構の「借金」を払い切るまで捕獲者から去ることが出来ずにいる。
発展した世界では現代の奴隷制の法外さを把握する人は殆どいない。それと戦う為に何かする人は更に少ない。合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュは何人かの鍵となるアドバイザーに促されて売買人と暴力の犠牲者保護法を強く執行することを2001年に初めたが、この合衆国法は国内の人間売買人たちを訴追し外国政府も同様にするように誘うことを求めて一ヶ月前に実施されたものだ。ブッシュ政権はその努力を歌い上げた-キリスト教福音主義者のメディアを使って国内でそしてもっと広くは国連総会の2003年、2004年の呼びかけを含む談話や宣言で。しかし、世界中で100以上の売買禁止法と1万以上の売買訴追を達成したと信用のおける主張をする合衆国国務省内部の人々の静かで勤勉な仕事にもかかわらず、世界中の奴隷の数のはっきりした減少には至っていない。司法省は人間売買訴追を3から32に、有罪判決を10から98に増した。2006年までに27州が売買禁止法を通過させた。しかし同じ時期に合衆国は現代の奴隷の2%以下しか解放していない。合衆国に毎年1万7千5百人の新しい奴隷が束縛に入り続けているのである。
西洋の努力は始めから奴隷制の歪んだ理解によって不具にされて来た。合衆国ではフェミニストと福音主義者活動家達の強固に推進する連合体がブッシュ政権に殆ど排他的にセックス業界に焦点を当てるよう強制してきている。公式の国務省の基本線は自主的売春は存在せず、セックス産業が今日の奴隷制の主要な駆動体だというものである。ヨーロッパではドイツとオランダは殆どの売春を犯罪とはしなくなり、ブルガリアなど他の諸国は合衆国の圧力に屈して反対方向に動き、肉体産業を取り締まっている。しかし南北アメリカ、ヨーロッパおよびアジアでは統制されないエスコート・サービスがインターネットの助けで爆発している。覚醒した政府が仮住居を犠牲者に提供するといったこの問題を扱う明晰な解決策を提供しても、それらは殆どインパクトを与えていない。
多くの人々は性奴隷制を特にいやなものとしているが-実際そうである。私はそれを直かに見た。例えばブカレストの売春宿で精神薄弱の、自殺未遂の少女を中古車と引き換えにどうかと言われたことがある。しかし、犯罪的セックスの為に奴隷にされた女性や子供一人にたいして、例えば家事や農業労働といったほかの分野で15人の男性、女性、子供で奴隷にされた者がいるのである。最近の研究は売春婦や売買人を収監しても、束縛全体の比率に比して殆ど無視できる程の効果しかないことを示している。売春を根絶する事は正しい大義であるが、西洋の政策の、全ての売春婦は奴隷であり、全ての奴隷は売春婦であるという考えは犠牲者全体の苦しみを過小評価している。それは殆どの政府を歴史の間違った側に置く恐れのあるアプローチ(接近方法)である。
一生の負債
男性だという事実を除けば、ゴーヌー・ラール・コールは現代の平均的奴隷の典型である。(彼の要望で彼の個人名は変えてある。)世界の奴隷の大多数のように、ゴーヌーは南アジアで借金に縛られている。彼の場合インドの採石場にいる。殆どの奴隷のようにゴーヌーは文盲で自分の束縛を禁じ主人に対して制裁手段を提供するインドの法律に気付いていない。彼の物語は、彼の4尺の高さの石と草の小屋で12回以上も語ってくれたものだが、「インドの奇跡」の裏側を表している。
ゴーヌーは世界の貧困者の8%を擁する北の州ウッタル・プラデーシのローハーガーラ・ダールに住んでいる。私は彼に2005年12月襤褸で汚い服を着た2ダース程の他の労働者達と歩いている時出会った。彼等の後ろに採石場があった。その穴に、歴史的にカースト外のコール族の一人であるゴーヌーが、一日14時間家族と共に働いていた。彼の道具は単純な、荒削りのハンマーと鉄の鏨であった。彼の手はたこで覆われ、指先は磨り減っていた。
ゴーヌーの主人は背が高く、頑強で無愛想なラメーシ・ガールグという名の請負師である。ガールグはイギリス統治下に基礎が置かれ今は600に近い砕石請負師たちによって運営されている一番近いかなり大きな町、シャンカルガールでは最も裕福な連中の一人である。彼は全家族をアルコール、穀物およびぎりぎり生活の出費以外は報酬なしで強制労働をさせて金を儲けている。彼等がガールグを使うのは岩石をトントン叩き砕いて色ガラス用に珪砂を作るか、道路やバラス用に砂利を作ることだけである。奴隷学者ケビン・ベールは19世紀のアメリカ南部での奴隷は自分の購入価格を生み出すのに20年働かなければならなかったと推定している。だがゴーヌーや他の奴隷達は2年でガールグの為に利益を稼いでくれる。
ローハーガーラ・ダールの男性、女性および子供は皆奴隷である。しかし理論上は少なくともガールグは彼等を買ったのでも所有しているのでもない。彼等は借金を働いて返すのであり、多くの者にとってそれは10ドル以下で始まったものであった。しかし、ここでは利息が年100%以上付くのである。借金の殆どは少なくとも2世代にまたがる、現代のインド法では法律的に有効ではないのだが。それはガールグが詐欺ででっち上げ、暴力で維持する虚構である。例えばゴーヌーの奴隷身分は62セントの融資の故であった。1958年彼の祖父が働いていた農地の所有者からその額を借りたのであった。三代と三奴隷主の後もゴーヌーの家族は奴隷のままである。
何百万人に自由をもたらす
最近多くの大胆で資金の足りない団体が奴隷制の根を絶つ事に挑戦し始めている。いくらかのものは劇的な奴隷救済で名を上げた。殆どは奴隷自身が自らを自由にしようと選択しなければ奴隷達を自由にする事は不可能であるという事を学んだ。例えばウッタル・プラデーシのコール達の間ではプラガティ・グラームウドヨーグ・サンスターン(村落企業前進団体、PGS)は何百と言う家族が採石場請負師の束縛を打ち破るのを助けてきた。1985年から秩序だって働いてPGS組織者達は奴隷達の間に徐々に自信を築いてきた。PGSの援助で、コール達はマイクロ・クレジット・ユニオンを形成し、採石場の借地権を勝ち取り自分達の労働の成果を保持できるようになった。いくらかの者達には生涯で始めて自分の資産、牛や山羊、を買い、自分の収入が、前は何もなかったが、今では急速に殖えている。PGSの成功は解放が単に廃止の第一歩にすぎないことを証明している。先進国では、チェコ共和国やスウェーデンでのような国の法律執行機関はついに人間売買の最悪犯罪-奴隷商売、売春婦や破廉恥な労働請負師-を追及し始めた。しかし最も裕福な諸国においてさえ、地方警察の教育のために更に多くの事がなされなければならない。あまりにもしばしばこれらの路上レベルの法執行員は適正な書類なしで働く乳母が奴隷であると同様にまさに売春婦も人身売買の犠牲者でありうることを理解していないのである。しかも、彼女達が法執行者により発見された後も、奴隷達に再度人身売買に引き戻される事を防ぐある種のリハビリ(回復訓練)、再訓練あるいは保護が富裕国でも殆ど提供されていないのである。合衆国やオランダで以前の奴隷達に認められる避難所は出発点であるが、しかしもっと多くが為されるべきである。
国連は、その設立原理があらゆる形態の束縛と戦うことを要求しているのに、現代の奴隷制と戦うことを殆ど何もしてきていない。一月に国連の薬物犯罪局の長アントニオ・マリア・コスタは国際団体に人身売買のもっとましな数値を提供するように要請した。そのような数値操作は奴隷制のある特別な様相と戦うには価値があるかもしれない。しかし国連が、その構成諸国に広く行き渡った奴隷制度に責任を取るようにさせることに首尾一貫して失敗してきたのだが、より広い現象を打ち勝つ効果的道具となるという示唆は殆ど無い。
人間売買のいかなる恒久的解決もリスク源泉諸国での予防計画を含まなければならない。国連のような効果的な国際機関が無い場合、そのような努力は合衆国からの圧力を必要とする。今までのところ、合衆国は喜んでいくらかの国の達成記録を批判してきたが、最も問題となっている所、特にインドに対してそうする事に抵抗している。インドは1976年に借金による(奴隷)束縛を廃止したが、地方での法の執行が貧弱な為、何百万人が束縛のままである。2006年と2007年に合衆国国務省の人身売買モニター・戦闘局は合衆国国務省コンドリーサ・ライス長官にインドの非妥協的態度を親しく会って拒絶するようにと迫ったが、彼女は何もしなかった。
奴隷制の心理的、社会的、経済的な繋がりは深く、政府が本当に奴隷制を効果的に根絶する為には、奴隷達に束縛から自らを引き上げる方法を提供する事の出来る団体とパートナーとならなければならない。それをする一つの方法はインドのヴァラナシに本拠を置くMSEMVS(人間開発と女性エンパワメント協会)のような草の根団体を真似ることである。1996年にそのインドの団体は自由移行学校を立ち上げた、そこでは奴隷にされていた子供達が技術を学び正式の学校に進める十分な学力を身につけるのである。その団体は又母親を対象にして、小規模企業を立ち上げる技術と材料を提供した。性奴隷で悪名高いタイでは同様な団体、労働権促進ネットワークが絶望的に貧困なビルマ移民を、中でも特に学校と健康プログラムを設立して、売買人の毒手から離すように働いている。南ハイチの遠隔の高地でさえ、リミイェ・ラヴィ(命の光)の活動家達はそうでもなければ完全に孤立した田舎の共同体がベナヴィユ・レブホムのような売買人の危険がある事を警告し、子供達を家の近くに留め置けるように非公式な学校を組織するのを助けている。近年になって、合衆国はこれらの団体に資金の手助けをするのに益々意欲を示してきているので、メッセージが届いている一つの励ましの兆候である。
四年間私は1ダースの奴隷にされた人々を見、その幾人かはベナヴィユのような売買人が実際に私に売ろうともちかけたのである。私はどこでも人間の命を金で買うようなことはしなかった。そして、一つの例外を除いて、私の調査研究が後程より多くの人を救う助けとなるように望んで、私は常に一人の人間を救う行動を控えた。時には、それは臆病の言い訳のようにも感じた。しかし実際の解放の困難な仕事は選ばれた少数者の重荷であるべきではない。何千の奴隷達の為に、PGSやMSEMVSのような草の根の団体は自由を齎すことが出来る。しかし、諸政府が適正に簡潔な用語で奴隷制を定義し、あらゆる形態でのその犯罪を徹底的に訴追し奴隷達を自ら自由にするように力付ける団体を激励するまでは、何百万人が束縛のままであろう。そして我々の集団としての(奴隷制)廃止の約束は全く何の意味も無いことが続くことであろう。
E.Benjamin Skinnerは「あまりにも怪物的な犯罪:現代の奴隷制に直面して」(ニューヨーク:フリー・プレス、2008)の著者である。
No Comments Yet so far
Leave a comment
<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <pre> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>