Global Ethics


エゴが根本的人間問題
January 19, 2009, 12:04 am
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以下はあるMLの「全体生命系の質」の問題についての投稿です。文中引用のサイトを別途転載しますのでご参照下さい。

ご指摘の様に人間に共通の言語の問題があると思います。 坐禅は身口意の三業を止めて宿業(習慣力)を止めます。 「庭前の柏樹子」の公案は止業により 樹(tree) の様に真(true) に至る事が出来る事を示しています。そこに真実の世界が 確証(覚、証)され、不異(不畏)、不動(不死)、平安(涅槃)の 体験が出来ます。ここから見ると人間の我見、我執、我慢など は妄想、妄動である事、我他彼此は観念(妄想)の産物である ことが分かります。 人間は万物の霊長というのは一面観であり、悪業、苦悶の面 を見れば(別途ガザの映像サイトを送付)全くの思い上がりで あることが分かります。このような我見(企業、国家等も)悪業 を避け、真実・平和の全体生命の質(真善美聖)を享受、共有 するには釈尊やイエスの様に生きる(貧道:幸なる哉貧しき者、 出世間)しか方法がなく(金持ちが天国に入るのは駱駝が針穴 を通り抜けるより難しい:不可能)、むしろ其処にこそ一切と共 にあり友(Mitra, Mithra, Mazda, Maitreya, Miroku等)となり、 「喜びを食とし」無限の命、光(無量寿、無量光:Amita-ayus, Amita-abha:阿弥陀)を得る道はなく、今後の人類の生き方は 無いのではないでしょうか。全体生命システムの家(エコ:エコ ロジーもエコノミーも)燃え上がり、津波に飲み込まれている事 を皆が目の当たりにしているのですから。


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