Global Ethics


地球システム・倫理の為に by limitlesslife
November 28, 2008, 11:50 pm
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(問題)私達は今自らの四苦八苦に加えて地球系のそれに直面しています。皆生態(エコロジー)の炎上に苦しみ経済(エコノミー)の津波に飲み込まれています。地球規模の人類文明は環境・資源・種絶滅等の相互に連関する地球問題群を生み破局的大絶滅に向っています。本学会はその真相の解明と解決を求めて発足し努力を続けて来ましたが、道を人類史に見え出せないでしょうか。

 

(原因)四苦八苦、生き方は万人の究極の問題であり、その真相と解決を探って来た宗教には人類の叡智と実践が窺われます。「分裂(sin: separation)から健全(holy: wholesome whole)への再結合(re-ligare)が宗教(religion)でしょう。それは苦問題の原因が「群盲撫象」の喩えの通り我見・我欲にあり、我、疑似我(国家、企業、文明等)が地球問題群の原因であると示しています。現代文明は物と力の奪い合いで闘争、戦争、敗者、被害者、罪、苦を生みます。

 

(解決)宗教は「一真実」(Dao, Dharma, Deva, Zeus, Jhvh等)の一世界(真理)に皆共(mit)に「友」(Mitra, Mithra, Maitreya, Mazda, Messiah等)である生き方(倫理)を理想とし実践してきました。これは泡沫的吾我から大海的全体系(生命系)に復帰した生き方です。人工的金字塔的文明系は自然円環的生態系に不適合で不成功ですから、前者から後者への枠組転換が必要です。

 

(方法)究極的解決には全体的、予防的、具体的方法が必要です。宗教はその方法を提供してきました。真理(truth)に至るには木(tree)の様に無我の客観洞察(真理)、無私の行動規範(倫理)が必要です。前者は坐禅等、後者は戒律等(地球倫理)です。所有は被所有(奴隷化)なので文明の五禍(錯誤、束縛、差別、搾取、殺戮)から文化(心と命の分かち合い)の五福(覚醒、自由、平等、博愛、平和)に生活転換する方法を探り実践する必要があります。一切一体帝釈網世界に「まさかの時の真の友」であれば極楽浄土も可能でしょう。

 

有限な物と力の奪い合いは必ず敗者、被害者を生みますが、無限の心と命の分かち合いは真善美聖の無限の創造と享受を齎します。被害者の苦が判ってこそ全体系の真理も倫理も洞察、実践できるでしょう。専門家である前に人間であり、その前に生命である者として本来の生命から共に全的真理倫理を追求、実践して参りましょう。一人では不可能でも共なる体系として我、国、種等を超えて協働すれば可能でしょう。一切の真の自由平安の為に共に歩みを進めることを祈念誓願致し、皆様のご努力協力を衷心よりお願い申し上げます。吉田収

 

(地球システム・倫理学会会報第3号、寄稿)



枠組転換 by limitlesslife
November 21, 2008, 1:16 am
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枠組転換

-破滅から創生へ-

吉田収

A. 序論

 

個体として生まれたものは死を免れない。地球生命システム(体系)も今や死のうとしている。誰でも死の問題を抱えている。人類は今や生類、生命系全体としての絶滅を直視して個体、全体の生老病死などの四苦八苦、その問題、原因、解決、方法について考えなければならなくなった。果たして自他共に良い解決方法はあるのであろうか?その考え方の基本は出来るだけ広く時空を見渡し偏見や私欲を避けて全体を見通すことである。考えただけでは解決とは言えない。如何に行動するかが重要であり、知識と行動の一致(知行(ちぎょう)合一(ごういつ))が大切である。

 

B. 本論

 

I.             問題

 

1.       個人と地球の死活問題

 

個人は生老病死の四苦と、求めて得られない、愛するものとの別れ、嫌なものとの出会い、心身煩悩などの四苦、合わせて八苦を経験する。煩悩無限だから苦もまた無量である。これは時代、地域を越えた普遍的な問題である。更に現代世界では地球の四苦八苦の問題が一切生命を脅かしている。人間活動の地球化は様々な地球問題を生み地球生命系を病死に向かわせている。地球生命体系は90%以上の生物種の絶滅を過去に何回か経験してきた。それらは全て自然的現象の中のものであった。ところが今や人為的原因で通常の千万倍の種の絶滅を起こしている。見慣れた美しい有益なそして生命体系の土台である動植物が絶滅し、生命環境は破壊されている。

 

地球問題の一つである地球温暖化は世界中にハリケーン、台風、旱魃、洪水、熱波などの異常気象、極地、山地、永久凍土の棚氷、氷河、氷、雪などの急速な溶解、消失、海面上昇、島嶼沈没、水不足、砂漠化、生息域変化などをもたらしている。これは10年以内に対処しないと暴走状態になり復旧は出来ないという。地球温暖化は難民、貧困、病気などに波及するが、人類が起こしている問題はこの他にも沢山ある。大量生産、消費、廃棄による資源枯渇、環境破壊、生物種絶滅、戦争、貧困、テロ、格差拡大など数え上げればきりが無い。国連は今世紀末までに2030%、悪くすると4070%の生物種が絶滅すると言う。地球は一個の生き物としてガイア説を唱える有名な生物学者ラブロックは既に暴走状態に入り、止められず現在人口1%位の人類しか北極圏で生き残れないと言う。これらは人間活動が地球化したことによるものであり、相互に関連していることから「地球問題群」(global(グローバル)  problematique(プロブレマティーク))と呼ばれている。

 

大規模な地球問題群から個人の日常的問題まで悪化の一途をたどる現状は末世を思わせる。僅か10ドルやビール一缶のために人を殺し、狂乱して学校などでの無差別大量刺殺、銃殺をし、嫉妬やいじめで親子や幼児までが殺し合う。強くなりたくてとか遊ぶ金ほしさにと人は殺され、人種、宗教、国家などの名をかりては何万、何百万、何億も大量に殺されている。20世紀は「国家と戦争の世紀」と言われたが、何万発の核弾頭が世界の各都市に狙いを定め核戦争一触即発状態にあり世界終末時計は数分前を指している。誤作動、テロ使用、地震、事故などによる核爆発、原子炉事故も恐れられ、核廃棄物は未解決のままであり、劣化ウラン弾は生命劣化、奇形などを生んでいる。

 

20世紀末には「○○の終わり」と言った本や記事が多く出たが、まさに地球、文明、政治、経済、社会、文化の問題が続発し、終末的崩壊現象が起きてきた。「世界の終わり」という本にはゴルバチェフの持っていた核戦争ボタン入りケースが暴徒に取り上げられそうになった話などがある。最近コンピュータの数回の弾頭到来の警報を受けたが「米国なら反撃を予想して一、二発ではなく全面的攻撃するはず」と考え反撃をしなかったソ連将官が軍規則違反として退職冷遇された話が出た。これは核戦争になるのを防いで世界を救ったのに、軍の事しか考えない「大小の誤り」の例である。最後の一本の木を伐り、家も船も作れなくなり、遂に殺し合って人肉を食うという「イースター島の悲劇」を我々は地球規模で演ずるのであろうか?

 

II.         原因

 

1.       文明系と地球系

 

地球問題群の元凶は文明にある。文明はシビリゼーション(civilization)であるが、それはラテン語キビタス(civitas)即ち「都市」に由来し「都市化」(urbanization(アーバ二ゼーション))と言うことである。文明化即ち都市化は世界的に見て今から約5千年前から始まった。都市(城市)は城壁に囲まれた雅であるが、それは城壁外(人間、生物、環境)の差別、搾取、殺戮の犠牲の上に築かれたものである。城市は宮殿、神殿、保塁、戦艦などを建造して「物と力」の奪い合いにより栄えた所であり、奴隷、階級、植民、戦争等を始めた所である。

 

2.       人類の三革命(生産革命、社会革命、精神革命=軸時代:五禍→五福)

 

人類の歴史を概観すると、40億年前の生命誕生以来長い進化の後5百万年前にヒトとして枝分かれし旧人、新人を経て現代に至った。氷河寒冷期の終わりによって約1万年前に農業を始めて狩猟と採取から「物を作る」生産革命を成し遂げた。約5千年前にその成果と気候変動などの為河辺に「力を作る」社会革命を行なった。階級、戦争などは人類史から見れば1千分の1程度で最近始まったものである。「物と力の奪い合い」の文明が「自己中心」の錯誤から来る束縛、差別、搾取、殺戮(下線部合わせて五禍)を「真理中心」の覚醒、自由、平等、博愛、平和(合わせて五福)に転じ、「心と命の分かち合い」に換えようとしたのが精神革命である。これは約25百年前に始まったが180度軸回転程の逆転換であったので「軸時代」と呼ばれている。ブッダ、孔子、老子、ソクラテス、イザヤ、ヤージニャヴァルキアなどの聖賢、哲人が現れ、これを導いた。

 

3.       群盲撫象の過誤と悔悟:虚偽=抗争と真理=平和

 

ブッダ(仏陀)とは覚者(目覚めた者)という意味であるが錯誤の根本問題を以下のような喩えで示した。「鏡面王が盲人達を呼び集め、或る動物に触れさせてから、どんなものであるかを問うた。ある者は蛇のようだと言い、他の者はホース、柱、壁、唐箕などと主張し喧嘩を始めた。」これは「群盲撫象」として世界中に広まったが、象で判るようにインド発の話である。これは重要な教訓で「部分見は真実でなく、喧嘩は解決にならない」ということを示している。つまり全体的真実の追求と平和的解決は両方とも重要であり、切り離せないということである。これは部分を全体と取る「部分全体の誤り」(大小の誤り)であり、根本的、普遍的誤りである。ガンジーは自らの一生を「真実抱擁」(satya(サティア)āgraha(アーグラハ)、「真理把握」と訳されてきたが自己投棄一体化の意味)と「不傷害」(a(ア)-himsā(ヒンサー),通常「非暴力」と訳されるが精神的にも傷つけないこと)の実験に捧げ七つの海を支配した大英帝国からインドの独立を素手で勝ち取った。

 

4.       三種過誤と根本過誤

 

この「部分を全体とする」という誤りは非常に根本的、決定的な意味をもっており、これをどれだけ徹底的に無くす事ができるかが真理、平和(根本解決、「五福」の出発と帰結)に深く関わっている。物や力を全てとするのも、自己や自国を全てとするのもすべて真実、正義ではないのである。(自己の真実、自国の正義は全体、普遍的真実、正義ではない。)これは論理的には誰でも判ることであるが感情的になると多数の者が判らなくなる。物質や権力、武力、金力を得ても、それに心を奪われ命を失えば何にもならない。世の中の罪悪、悲劇はこの類のものである。上の問題であげた個人の物のための争いから人類の環境破壊に至るまでこの例である。自己や自国を守るというのも根本はこれであり、誤りである。過誤にはこの「大小過誤」(空間)、「前後過誤」(時間、時代錯誤等)と「俗超俗過誤」(世間、出世間)の三種が考えられるが、「大小の過誤」に総括できるであろう。

 

5.       「縁起=無我」の真実

 

自己の問題を徹底的に追及したのは仏陀であり、宗教の中で一切の「無我」を説くのは仏教のみである。ブッダは当時インドで永遠独立の実体としての「我」(ātman)を主張する説があったのを否定した。ブッダは自己を身体、感受、思想、行為、意識五蘊(ごうん:五グループ)に分析して、それぞれが無常、苦du(ドゥ)-kkha(ッカ):wrong-goinggoing against grain:思い通りにならない)であることにより無我(合わせて三相、三法印:物質現象の三性質)を示した。その根本は「諸法の法」(一切現象の法則)とされる「縁起」の法による。「縁起」は「因」の略で「一切の現象は因縁によって生起する」という事である。例えば因(直接原因)のモミが縁(間接条件)の水、空気、光などによって発芽、成長、枯死するという事である。遺伝子の受精、栄養、病死もその一例である。これは因(縁滅)と言っても良く、縁結(因果)と言っても良い。世の中一切の現象は太陽光を反射する水滴(の光)を目に受けて網膜、神経、脳などの反応によって虹を見る(因縁生起)ように「虹」という実体、本体が有るわけではない(光の交錯により像の現れるホログラム参照)。縁起したものは知覚(感覚、意志:心)も貪欲(これにより起きる苦も)も無明(これにより起きる生老死も)もすべては無常、苦(思い通りにならない)、無我である、即ち実体がない。

 

6.       東と西:集団主義と個人主義:共生と競争

 

縁起は客観を対象とし主観を問わず、倫理を問わない(「価値自由」)とする自然科学の「因果」よりも視野、使用範囲が広いが、狭い「因果関係」では同義として良い。自然科学(技術)は主観の欲望を問わず客観の因果関係を発見し利用する。縁起と因果の見方、使い方には東西の違いがある。東西文化は東西における気候、植生、生産、社会、生活が反映している。簡単に言うとのモンスーンによる高温多雨、照葉樹林、森林定住、労働集約稲作、縦社会、集団主義、共生。それに対して西の(ヒマラヤに遮られて)無モンスーンの低温少雨、硬葉樹林、砂漠遊牧、労働粗放麦作、横社会、個人主義、競争である。「世界を変えた四つの発明」とされる紙、印刷術、火薬、羅針盤は東では何世紀も前に成し西へ伝えたのだが、戦争、植民に利用することはなかった。西欧はこれらを帝国主義侵略、植民主義支配の道具として四大陸(4A:アフリカ、アジア、オーストラリア、アメリカ)征服を簡単に成し遂げたのであった。

 

7.       文明化=欧米化=闘争化=破滅化

 

西欧化を逸早く真似た日本はアジアの唯一の帝国主義、植民主義侵略国となった。仏教、儒教、道教を輸入し世界最初の憲法である十七条憲法の第一に「和を以って貴しと為す」を掲げた大和(国)は欧米化、文明化によって利己主義、競争主義をはびこらせ、その因果にはまっているのも事実である。世界の文明化、欧米化はついに「国家主義と戦争の世紀」を生み、新世紀の幕開けは一極支配と環境無視に向かうかに見えた。しかし全ての古代文明は滅びたのであり、多くは環境無視による滅亡とされている。いまや現代文明は地球生命系に癌の如く浸潤し母体を斃そうとしているが、それは自らの死となる。ここに至って群盲撫象の愚(偏見、偏執)を根本的、徹底的に洞察、転換しなければならない。

 

8.       宗教=生き方=生への道=聖道=全体健全

 

その徹底的洞察、転換はすでに軸時代に諸宗教が成し遂げたのであったが、人類の一部にしか達していない。これを人類全体が達成できるか否かが人類、生類存亡の鍵である。洞察、転換は群盲撫象の喩えを提示したブッダが諸聖賢の中でも最も徹底していた。だから無我や乞食行(自然一体)に至ったのである。宗教とは「聖なる教え」であるが、その英語レリジョン(religion) はラテン語レリガーレ(re-ligare:再結合)に由来する。宗教の全体に妥当、有力な定義にオットー・シュレーダーの「宗教は聖the(ザ) holy(ホーリー)を目指す」[holy(ホーリー)wholly(ホーリー)(全体)wholesome(ホールサム) (健全)]があるが、両者を合わせて「全体健全に再結合」と取るのが最適と思われる。「罪」(sin(スィン))は「分離」(separation(セパレーション): asunder, sundry等参照)を意味するが、全体健全から離れては「生き、生かす」ことが出来ないから再結合することが宗教、即ち「聖なる教え」である。「全体」の見通しは時代と地域によって異なり、宗教も部族宗教、民族宗教、世界宗教と枠を広げてきた。その知識と行為の限界に関わらず、宗教は一般的には「生き方」であり究極的には「生への道」(新生、回生、回帰、帰一など)であった。

 

9.       智慧=真理実証=法界実現、修行=倫理実行=友()実現

 

宗教の知(智慧:prognosis(プログノーシス)prajńā(プラジュニャー):般若)は普遍的真実と考えられた法(Dharma(ダルマ))、道(Dao(ダオ))、神(Deva(デーヴァ):原意は「光」、Dyau(ディヤウ), Deu(デウ), Jovi(ジョヴィ), Ju(ジュ)-piter, Yhvh/Yahveh(ヤハヴェ), El(エル), Al(アッ)-(-)lah(ラッー)等)による一体の世界を知ることであった。その行(修行: practice(プラクティス):Patipadā(パティパダー))は普遍的倫理を行なうことであるが、その理想像(成るべき者、来るべき者)は「友」を意味するMitra(ミトラ)Metteya(メッテーヤ)/Maitreya(マイトレーヤ)(弥勒)、Mithra(ミスラ)Mazda(マズダ)Massiah(マシーア)Messiah(メシア)(メシヤ)等である。「友」であるとは「共」にあることである。真の「自由は真理と共」にある。(「真理は人を自由にする。」)印欧語の「自由」=「友」がそれを証明する。Free(フリー)-(-)dom(ダム)(自由)friend(フレンド)((とも))関連(かんれん)し、 サンスクリット語priya(プリヤ)-(-)dhāman(ダーマン)(親愛領域)に当たる。よく知り出来た「親愛領域」が「自由」であり、知らない自分勝手な「放縦」ではない。Liberty(リバティー)(自由)も同様である(liberal(リベラル)寛大:気前良い~liebe(リーベ)愛)。軸時代の精神革命は聖を求める宗教が始め真善美(科学、倫理、芸術)を発展させた。宗教は普遍的真理(知)と倫理(行)(共/友:愛情:慈悲による平和)を徹底的に洞察し実践した。宗教は部分的な物と力(豊富と名誉:名利)を超え、限られた時と所を越えて聖なる(普遍的な)真理と倫理を求めた。「部分(罪)から全体(聖)へ」が軸時代の枠組転換の意義である。

 

部族宗教も民族宗教も視野、信仰範囲が限られ、民族を超えて世界に広まった世界宗教といっても、出来たときの知識は科学以前の限界がある。仏教は科学と同様に(聖典を絶対視せず)観察と推理を認識根拠とし、擬人的な神(格)や天(体)ではなく非擬人的法則である「縁起」(因果)の法則を普遍的真理とする。一切現象(諸法)が普遍的法則(諸法の法)により機能している世界が「法界」(ほっかい)である。智慧はこれに目覚め(覚、悟、証などと多面を表現)、修行はこれを実現することである。俗世間の物と力(感覚と観念)の囚われを超えるのが出世間である。所有することは所有されることであるから囚われ(束縛)から自由になるためには出世間が必要である。イエスも出世間的であるが仏陀は更に徹底して無我、超世間を生きた。仏陀は「我」(集団我:仮構体、文明)が「全体部分、大小の誤り」であり、癌の如く自他の苦となっていること、世間は「無明(むみょう)長夜(じょうや)」(無知の人生)、悪夢に苦しんでいることに目覚め、覚ったのであった

 

10.五仮構体の三道(惑業苦)

 

縁起、因果の法則によれば問題には原因がある。地球問題群の原因は有限な物と力の奪い合いをする文明にあることは先に述べた。現代文明を動かす主役として国家、企業、メデイア、教育、宗教が挙げられる。これらは「五つの仮構体」(fictitious bodies)と言われるが、それは様々な要素の集合体であり、生滅し、確固とした一体不変の「実体」ではなく、悪用、腐敗もあり、義務、責任も曖昧である(正義の戦争も罪過、会社も有限責任など)。これらが利己的になれば地球生命系(生物、環境)の全てに五禍が及ぶ。文明も、五仮構体も、他の集団、個人も地球生命系の健全のために全体を見て行動しないことが問題の原因である。仏教ではこれを「惑業(わくごっ)(く)」(無知→行為→苦悩)の三道(三ステップ)で示す。

 

11.三毒(貪瞋痴(とんじんち))と縁起

 

第一歩の「惑」は根本無知であるが、現実には貪欲、怒り、無知貪瞋痴(とんじんち)三毒)の混合である。無知だけで行為を起こさなければ問題は無いが、苦(思い通りにならない)には貪欲(不足感=不満=苦)が直接関わり、貪欲自体がすでに苦である。個人及びその集合体(特に五仮構体)の物と力(それを買う金)の欲が金字塔文明の五禍となっている。仮構体を動かすのは個人であるから個人の貪欲を抑え、その相乗効果を無くす事が必要である。怒りも戦争や殺人等の問題を生むが底には欲がある。貪欲、怒りの根底には無知がある。この根本無知(無明(むみょう))とは「一切は因縁生起」という真理(なかでも根元の「無我」)の無知である。

 

12.俗見(俗諦)と真理(真諦)

 

(ガ)(タ)彼此(ピシ)は皆因縁により相関、相依、相対、相乗して影響、変化し、「絶対」、「不変」というものはない。俗見(世俗のあり方:俗諦(ぞくたい))では一応「我」、「他」などの差別、独立を認めるが、真理(真のあり方:真諦(しんたい))では関係し、依存している。仏教では俗諦では「我」と考えられるものを真諦では「無我」として二諦(二つのレベルでの真理)を認めるが勿論真諦が「本当の意味」(高いレベル)での真理(「勝義諦」:しょうぎたい、第一義諦)である。しかし「この体」が「自分の体」となり、「自我意識」が習慣となる。これが「我欲」、「我慢」(我の高慢、卑下慢)、「我執」になり貪瞋痴の三毒になる。この三毒が常態になり行動を起こすと苦になるのが「惑業苦」の三道である。三毒が問題の原因であり、結果が苦、死である。苦、問題の根本原因は「我執」にある。

 

III.      解決

 

以上の問題解決には個人、集団、人類レベルで(1)我から命へ(エゴからエコへ)、(2)競争から共生へ(罪悪から聖性へ)、(3)文明から文化へ(金字塔から一円環へ)の枠組転換が必要である。これらすべては、三道(惑業苦)から三行(さんぎょう)(かく)行楽(ぎょうらく))、五禍から五福への枠組転換である。

 

1.個人の解決(三学枠組転換:我から命へ:五禍から五福へ)

 

a.個人=根本単位の転換

 

文明も五仮構体も個人の集合、機能である。法律、制度によって集団も個人もある程度動かせるが、法律制度を作るのも、動かすのも集団、個人である。集団は個人から成るから結局究極単位の個人の解決が根本解決である。個人の錯誤が根本原因となって束縛、差別、搾取、殺戮が生まれるのだから、錯誤、過誤を正すのが根本解決である。過誤とは部分を全体とすること。錯誤とは現象を(固定的、観念的)俗見で見て(動態的、縁起的)真理を理解しないことである。その根源は「我」見(自己中心主義)にある。ウパニシャッドには眼耳鼻など自分が一番大切だと争ったが、命が去ろうとすると皆参ったという「五気の争い」の話がある。耳目や声色に囚われ、囚人に成ってはならない。心命の無限の真善美聖に目覚め、生きるべきである。

 

b.縁起:意識世界と自我意識の発生

 

名前があればそれに対応する「物」(不変の実体、本体)があると思うがそうではない。「利根川」と言っても水、魚、木などが絶え間なく流れて実体はなく固定していない。「我」と言っても水、食、気、栄養、細胞、意識など不断に変化交流して内外、前後固定していない。知情意も細胞内も刻々変わって思うままにならない。「我」が不変物で満たされ内外交流がなければ生命活動はあり得ない。物質、情報などの因縁により四肢、頭脳も機能し意識、世界も生起する。因縁の眼、耳、鼻、舌、身、意(六感覚器官)と対応する形、音、香、味、触、法(六感覚対象)が出会ってそれぞれ眼識(視覚)、耳識(聴覚)、鼻識(嗅覚)、舌識(味覚)、身識(触覚)、意識(知覚)(六感覚観念世界)が生起するという仕組みが縁起の根本である。つまり知覚(意識)が如何にして発生するかのメカニズムを洞察したのが悟りの核心である。知覚、感覚がその「世界」(感覚世界)を生み、「我」を生み、客観と主観を分別する。(「体」を「我が体」として「我」とし、「心」(感覚知覚)を「我が心」として「我」とし、「外の世界」と区別する。)この主客分別以前が純粋経験と呼ばれ、深い禅定において実証される。それは「自我意識」のない「我他彼此」のない「無我」の状態である。

 

c.涅槃(無為の平安)と覚証(無上の智慧)

 

涅槃(nir(ニル)-vāņa(バーナ), nib(ニッ)-bāņa(バーナ))は「無風」(無情意)状態で、無風の部屋に灯明の炎が揺らぐことなく煌々と四方を照明しているさまをあらわしている(経典には「無風の灯明」:“ni(二)-(-)vāte(ヴァーテー) pradīpa(プラディーパ)”の定型句が使われる)。その様にありのままに真実を観照しているさまが覚証(悟)の状態である。ブッダはこのような深い禅定の中で上に述べた意識(知覚)の縁起のカラクリを先ず実証した(識縁起)。そして知覚からの感覚、感情、意志の発生(縁起)を悟った。またこれらの住着(執着、愛着:渇愛:tańhā(タンハー))が苦の発生(縁起)であることを解明した。(執着は欲望となり、欲望は不満であるから苦であり(渇愛縁起)、更に苦を生む。英語want(ウォント)は欲求と欠乏の両方の意味をもつ。)このカラクリを動かすもの(行動:習慣:業:ごう:karma(カルマ), kamma(カンマ))、そしてその根元にあるもの(無知:無明:むみょう:a(ア)vidyā(ヴィドヤー), a(ア)vijjā(ヴィッジャー))をつきとめた。これが生存(輪廻samsāra(サンサーラ))の発生(縁起)である(無明縁起)。これらを一纏めにしたものが有名な「十二縁起」(十二の項目よりなる縁起の関係)である。¹

 

d.輪廻転生の誤解と真実の生命

 

輪廻の原語サンサーラは「完全な流れ」(不断の変化)を意味し、心身の不断の変化を表している。これはウパニシャッドの永遠不滅のアートマン(我、霊魂)に対する反証である。ウパニシャッドではアートマンがプラーナ(prāna(プラーナ):pneuma(プネウマ):空気:霊気:大気)と同一視され「(ぼん)(が)一如(いちにょ)」(宇宙の根元梵と自我の根本が同一であるとする説もあったが、霊魂が荼毘の煙と共に天に上り雨と共に地上に降り植物に入り、動物に食べられる(牛や馬になる)といった説もあった。このような「霊魂転生」説が一般ヒンドゥー教徒に信じられ、仏教に改宗した後も受け継がれ仏教に持ちこまれた。ここで霊魂や心は身体や感覚器官から独立したものと考えているが、ブッダが分析した前述の意識(知覚)は身体から「独立せず」、そこに「縁起したもの」と考えているので「霊魂転生」説ではない。転生説は我執を更に強めるもので、無我説とは相容れないし、科学的でもないであろう。ブッダにおける「甘露:不死(a(ア)-mŗta(ムリタ)a(ア)-mata(マタ))」は永生説ではなく、縁起説による「我」見の根本的転換である。法界の現象はすべて縁起したものであり、生命現象も同じである。法界(ほっかい)(大海)の一部を切り取った我(泡沫)は俗諦(仮構)であるから、切り取る前の時空無限の縁起である生命の真諦(真実)を悟っているから、最初から「我」に囚われず束縛されていないのである(生死超越:不生不死)。泡沫が破裂すれば大海と一体になるように、「我」見が解消し法界に合体し法身(ほっしん:無量寿、無量光)となるのである。水滴も光と眼により七色の虹になる。生命現象は40億年前の生命発生以来連綿として受け継がれた生命情報の流れとそれを支えてきた全宇宙(大陽、地球、地水火風空、動植物など)の交響楽にたとえられる。「我」という殻に閉じこもり三毒苦悩の生活は仮構の「我見」、「我執」が生み出したものである。

 

e.「無我」の意味

 

「無我」は「我執」三毒の解毒剤、真の生死の解決、合理的不死の解説である。ブッダは「無我」にも執着しないように「我に非ず、無我に非ず」と言う。空の碗でこそ甘露でも何でも飲めるように、「無一物中(むいちもつちゅう)無尽蔵(むじんぞう)」である。無我によって始めて錯誤を離れ、自由に真理が見え共有、享受、交流、交歓、成長、成熟できる。自他共に、個人全体がこうして初めて聖(健全)となり完全に五福を達成できるのである。Tree(トゥリー)()true(トゥルー)(真実)の語根はderu(デールー)(永続)だといわれるがdhř(ドゥリー)(dharma(ダルマ)の語根:「法」:保持、真実)がより近いのではなかろうか。「菩提達磨(Bodhi(ボーディ)-dharma(ダルマ))がインドから来た意図は何か(祖師(そし)西来意(せいらいのい)如何(いかん))」の答に「庭前(ていぜんの)柏樹子(はくじゅし)(庭先の柏)」という公案がある。ブッダが悟り安住し涅槃に入った禅を中国に伝えたのが達磨さんである。坐禅は寒暑の何千年も一切と「共」に生きて「友」として葉花果、気水影、衣食住を提供する。道元の愛した玄沙師備の言葉「尽十方一顆(じんじっぽういっか)明珠(みょうしゅ)」(全世界が一個の透明な水晶)はそのように成った禅者の境涯、境界を言い表したものである。

 

f.不全競争から健全共生への枠組転換

 

全体体系の無知、即ち根本無知である自己中心主義(「群盲撫象」、「大小」の過誤)が地球に浸潤し生命系は悪化しつつある。鈴木鎮一先生は母国語の教育を見て「才能の法則」を発見した(より良い環境、より早い時期、より高い指導者の力、より多い訓練、より正しい指導方法)。利己主義の環境、方法、指導、多い訓練、早い教育で育てば利己主義の天才が輩出するのは当然である。だから「ブッダが世に出なければ世界は滅ぶ」と予言されたのは真実であろう。西洋(遊牧民)の宛名は名宛人を出発点として拡大するが、東洋(定住民)のそれは界外郭を出発点として名宛人に向かう。言語もそのようになり、思考もそうなり、行動もそうなる。世界に広まった自己を出発点とする思考、行動、法律、制度など全てを地球生命体系の時空全体からの視野、陶冶、調和、平和に枠組転換する必要がある。どちらを出発点とするかによって全精力、全生命、全世界のあり方がかわる。個人間の共生、協働、共栄は全体体系の真実であり全体健全の要諦である。自己と生命、部分と全体は、泡沫と大海に喩え得るが海が干上がれば泡は無くなるので、この根本的枠組転換が急務である。大海のような大生命(無量寿)に目覚め(無量光)れば道元の四枚の般若(布施、愛語、(り)(ぎょう)、同事:ブッダの(し)摂事(しょうじ):四つの抱擁事)のあるいは三心(大心、老心、喜心)の天才も輩出するであろう。鈴木先生の「育のない教育は教育でない」から「どの子も育ち」知行合一すれば誰もが真理と倫理の成果を享受できよう。

 

g.個人主義=体系問題=縁起違反

 

東の集団主義と西の個人主義は東と西の文化、言語、思想、宗教などに深く浸透している。個人主義の西欧、その尖端米国の影響が世界に及び、競争、闘争、戦争が効率、効果があると思われて今は地球を制覇している。しかし金字塔構造の一極集中は格差拡大、資源枯渇、環境破壊、生物絶滅などを生み、地球生命体系の安定維持と衝突して相容れないことが今や明らかとなった。「金」か「命」か?と問われれば「命あっての物種」であるから当然命が大切である。それが判らないのは短見、妄見であり、システム上許されないから邪見、謬見である。出発点に帰って見れば個人主義は全体システムから切り離された仮構(フィクション)であり、それによる利己行動は問題があり、また縁起の法則からも「独立、不変」などありえないから違反である。個人主義は利己的に生きるための便宜上出てきた説であるが、環境や資源などに限界があり、これと衝突し、生命、生命系そのものが崩壊に瀕しているのだから本来の全体生命システムに戻って、それに違反しない生き方を根本的に考え直す時が来た。

 

h.三毒から三学へ

 

個人主義は自己中心と利己主義に繋がり、これが全ての問題の中心であり出発点である。地球問題群は利己主義の「病膏肓(やまいこうこう)に入る」末期癌の症状である。利己主義を徹底的に追求した結果が無我の教説であり実践であった。仏教は三毒の解決のために三学を提示している。三学とは戒定慧(戒律、禅定、智慧)の三つを学び、知情意を調整することである。戒(背骨、性格)は意(意欲、行動)を(五戒等で)戒め、定は情を(坐禅等で)安定させ、慧は(観法(かんぼう)等で)知を聡くする(悟る、覚る)ことである。知識面と行動面を修養すること(見道と修道)は俗見を改め真諦に導き、真理と倫理に導入することである。

 

i.地球生命系の真理と倫理(地球倫理)²

 

真理と倫理も部分から全体へ、特殊から普遍へ、地方から地球へ向かってきた。地球問題群の解決には地球生命体系全体の真理の知と倫理の行が必要である。前者は世界の研究機関、研究者が個別また共同して、あるいは国連などが組織して調査、研究、発表をしている。後者、地球倫理は1993年シカゴで開かれた第二回世界宗教会議で出された「地球倫理宣言」に「四つの取り消し不能の教令」として以下の項目が挙げられている:

 

1)非暴力と生命の尊重

2)一致団結と公正な経済秩序

3)寛容と真実の生活

4)男女の平等な権利と共同

 

j.地球倫理宣言と普遍人間義務宣言

 

この四項目は仏教の五戒、十戒と他宗教の十戒の共通最重要部分で、一般にも受け入れられるものを纏めたものである。「地球倫理宣言」はこれらについて誰が何をすべきかについて詳しく述べ、信仰のあるなしに関わらず守るように要請している。世界の元首や学者がこの宣言の趣旨を条文化して「普遍人間義務宣言」に纏め「普遍人間権利宣言」(世界人権宣言)の対応法としてその発布50周年記念(1998年)に公布するよう国連に提出した。しかし権利主張者達等から時期尚早として棚上げされているという。全体根本の地球生命体系の見地から、部分枝末の個人の権利よりも(生命を守る)義務が優先されるべきであり、地球問題群の緊急性から早急に公布され遵守されるべきである。命なくして権利などありえないとOBサミット(元国家元首達の会議)も認めている。これが公布されれば速やかに戦争、貧困、虚偽、差別などを終わらせることができる。

 

2.五仮構体の解決(三心枠組転換:競争から共生へ:五禍から五福へ)

 

a.個人と集団(五仮構体)の関係

 

国家、企業、メデイア、教育、宗教は現代文明の政治、経済、社会、文化、全体における主要プレーヤーである。これらは効率、効果から金字塔構造になった。これらは仮構体である為完全に義務、責任を果たせず、戦争、公害、誤報、狂育、迷信なども引き起こす。これらは個人が構成員でそれらを動かすものであるが、個人、国家、地球等を大きく左右する。そして今や五仮構体も利己に陥って人類文明全体が地球生命体系の問題群を作り、破局に向かう原因となっている。これら下位部分系が上位全体系の破滅を引き起こす五禍を阻止し五福を実現する必要がある。具体的には、金字塔文明(金支配)から一円環文化(命尊重)へと向かい、「有限な力、物の奪い合い」(政治・経済)から「無限な命、心の分かち合い」(社会・文化・生態)へ転換する必要がある。自己中心的な国家、企業、メデイア、教育、宗教の五仮構体を生命中心的な非集権的、非営利的、非宣伝的、非統制的、非独断的な組織に改革する必要がある。これは競争から共生へ、罪過から聖性への枠組転換である。

 

b.国家の改変

 

国家物と力のために作られた。国家(state(ステート))は国土(estate(エステート))、国民の支配機構(status(ステータス):権威)である。国家は国土、国民と主権よりなるとされる。理想的には国民に主権があるとされるが現実的には少数者、独裁者等にある。国家は本質的に政治面での力の支配(権機構)である。本来一体の地球生命体系を分割して、権力機構が暴力装置(軍隊など)を持つことは国内外、地球全体に重圧、危機となっている。都市国家(城市)の城壁で他者の差別、搾取、殺戮を事とし他仕組みはその根本に利己主義の錯誤、束縛を持つ(五禍)。都市国家から国民国家までの歴史は戦争の歴史であり、前世紀はついに「国家主義と戦争の世紀」となった。国家は必要により形成されたが、不必要や罪過も起こすことになった。戦争はその最低、最悪の物である。地球生命圏を「国家」で分離し、主権を主張し、物と力の奪い合いをする限り、軍備、戦争、利己、支配は終わらず、全体生命体系は犠牲になる。一国主義を主張して最新核兵器開発、環境問題無視、人権蹂躙等をし或いは民族絶滅を図り世界、地球を脅威にさらす例もある。誤った主権を主張する故に、五仮構体の中で地球化、民主化、情報化が最も遅れているのが国家であり政治分野である。

 

国家の移行過程に欧州共同体のような国家統合組織、国際連合、国際司法裁判所のような超国家組織がある。民間の非政府組織は国家の欠点を改良し、善処する動きである。家族から部落、都市国家などを経て国民国家へと拡大統合してきた歴史の次の段階は地球政府地域主権地球生命への拡大拡散拡充である。「国家の神話」が示すように「国家」は仮構のもので、この信仰が神(現人神、独裁者等)、神官、神殿、生贄などを生む。国家の改変、消滅が歴史の流れである。習慣で国家は当たり前と思われて巨大権力機構の悪が出てきた(下記国家悪参照)が、慣れでこれらを放置している。地球生命体系からは今や国家は機能不全ではなく機能不適なのであり、刀狩統一(軍備戦争廃止、地球統一管理)をすべきである。天才アインシュタインでさえ「何故税金が取られるのか」判らなかったという。強制的な「税」ではなく自発的な「贈」にすべきである。(税の軍事費分不払い運動などもある。)命の為の食衣住に税をかけ、その血税を戦争や軍産癒着、贈収賄などに使うのではなく、社会保障、教育に使うべきである。(収入税を止めて炭素税にする提案がある。)何時も、そして特に「万が一の時にも共(友)である」ならば世界は安全、安心、安楽で戦争、テロ、犯罪等も無くなるであろう。

 

国家悪

 

錯誤:戦争、主権、集権、軍備、軍拡競争、侵略、秘密工作、虚偽宣伝、虚偽策謀の戦争、傀儡政権、領土侵略、他国支配、国家転覆、官僚主義等

束縛:法制、宗教、教育、労働等の検閲、弾圧強制、植民、拉致、独裁、支配、諜報、軟禁、投獄、秘密警察、官憲、軍政等の拘束、留置、強制等

差別:国家、宗教、信条、文化、人種、階級、身分、勲章、顕彰等の差別法制執行、優遇、委譲、軍政、寡頭、位階、爵位、格差社会、天下り等

搾取:徴兵、徴税、領土、資源、言論、思想、信条、宗教、教育、姓名等諸権利剥奪搾取、教育、宗教、言語等の強制、政財軍産癒着、汚職談合等

殺戮:大量殺戮(人種、宗教等で、政策等で他生物等)、粛清、暗殺、拷問、死刑、浄化、国家行政の怠慢、誤謬等による薬害公害戦争死等

 

b-1.戦争(生命体系の真理倫理違反)の廃止

 

国家の改革で真っ先にすべきは戦争の廃止である。戦争は狭義では「国家(都市国家から国民国家までの)間の暴力抗争」、広義には国家権力奪取のための国内暴力抗争(内戦)、国家権力の転覆、転換(クーデター、革命)を含む。戦争は国家の暴力的大量破壊行為(生命、精神、資源、環境等一切)である。国家主権は絶対王政の悪習を続ける時代錯誤であり、その行使である戦争は国家悪の最低、極悪のものである。戦争は以下のような大害悪、大崩壊を生む:

 

1.大惨禍(殺戮、搾取、差別、束縛、錯誤:五禍)

2.大被害(自然、生態、生物、資源等の大被害)

3.大破壊(経済、社会、文化、政治等の大破壊)

4.大損失(教育、社会福祉、環境問題等の放置)

5.大罪過(金字塔支配による全生命体系の大崩壊)

 

b-2戦争の起源、開始、歴史、特徴、根拠、原因、解決、転換

 

戦争は本能によるのでも不可避でもなく、人類史から見ると極最近になって始まった不自然事である。それは物欲、権力欲によって起こされる真理と平和ほか一切善を無視した異常事である。戦争は廃止できるし、廃止しなければ人類生類が破壊され破滅する。

 

1.起源:都市国家間の戦争(5千年前に開始)。

2.期間:人類史5百万年)の千分の一0.1%)。

3.特徴:人間の文明社会にのみある人工的大惨事。

4.根拠:「工作人間」(軍事技術)、「社会人間」(国家集団)

象徴人間」(観念感情)に依拠。              

5.原因:三毒(貪瞋痴)、文明(物、力)の欲望。

6.解決:三学(戒定慧)、文化(心、命)で解決。

7.転換:枠組転換(国家から地球)の必要。

 

b-3.戦争の原因

 

戦争の定義から「国家」(差別、搾取、殺戮機構)が戦争の主要な原因である。国家は金字塔構造であるため主権は支配権となる。国家は対外的に外交、軍事を行なう。外交が最高手段で最後手段であれば軍備も軍事もいらない。しかし対話ではなく暴力で事を決める幼稚、野蛮が支配し軍事が最後手段となっている。外交が無視され外交官は無能になっている。(国家を超え地球化して皆が平和使節になり戦争を廃止するべきである。)。支配者は対内的に内攻、支配を行なう。支配者または少数支配者グループが「国家」の利益や保護を名目に戦争をするが、国民全体が賛成し利益を受ける訳ではない。実際は支配者小集団が目先の利益の為に戦争を行い、国民、国土は長期的な不利益(人的物的負担、犠牲)を蒙る。戦争は地球生命体系の全体的長期的観点からは大損害、大損失である。戦争の原因は部分、仮構の「国家」への忠誠と一部、目先の利益にある。これらは国民、地球生命体系の全体健全を考えれば、過誤、罪過である。

 

b-4戦争原因の廃止

 

戦争はその直接原因、即ち軍備、国家、仮構の廃止と根本原因、即ち貪欲、怒り、無知の抑止により廃止できる。地球と生命が窮地にあり地球生命体系悪化、崩壊危機の最大の原因は国家悪、戦争である。歴史の流れは都市国家、藩国、州邦から国民国家へと拡大統一し「刀狩り」された。次の段階は国際連合から地球政府地方主権等への統合拡散と軍備撤廃である。これは地球問題群による地球生命体系全体の要請である。部分下位体系の国民国家の「主権」(sovereignty(ソヴレインティ))は絶対王権の遺物であり、全体上位体系の存続からもはや不適、有害である。国家体系内部(相対相依:民主)においても上位地球生命体系(生命母体:生命)においても絶対権力は誤りである。権力者が行なう戦争も体系の調和から行なってはならないものである。今や国家と戦争を超え地球生命系調和への枠組転換が緊要事である。

 

b-5戦争の根本的解決策

 

金字塔文明とその主動力の五仮構体の機能、功罪は運用する人間によって決まる。戦争を廃止するには人間の変革が必要である。それは個々人の智と行の問題であり、根元にある三毒の解決は三学にある。地球時代の地球問題群を解決するには地球体系の真実を知り、地球倫理を行なう事にある。

 

1.法律、制度の運用は人間による。

2.戦争は人間の心に始まり終わる。

3.根本的原因:三毒(貪、慎、痴)

4.根源的解決:三学(戒、定、慧)

5.地球系真理の知地球倫理の行

 

戦争は核兵器を生み、核弾頭は世界の諸都市を標的として即発状態にあり即刻核戦争、誤発射等による生物全滅の危機をもたらした。核保有国は増え核物質の民間流出が続いている。戦争体制は地球温暖化や生物種絶滅など地球問題群の解決を阻んでいる。有限の物と力の奪い合いの戦争は心と命を決して満たすことはなく、むしろ空しく破壊する。無限の心と命の分かち合いの文化を教え育て、一円環文化の五福(真理覚醒、自由、平等、博愛、平和)を創造し享受すべきである。これこそが一切の利益、幸福である。支配者は軍隊も戦争も必要だが被支配者には不要であるばかりか迷惑、害悪である。被支配者の大衆が真実に目覚め平和を求めれば金字塔構造も戦争も無くなる。支配者も広い世界、遠い子孫、高い価値にまで目覚めれば平和を望む筈である。支配者、被支配者共に自己中心の罪を反省し、全体健全、利益を考えれば戦争は起こり得ない。

 

戦争を望むものは目先の利益を得る支配者と軍需関連産業だけでその他圧倒的多数は反対である。しかし愛国、敵国の宣伝に騙されて被支配者民衆は賛成する。普遍的な地球倫理は殺生を最悪の罪過とするのに敢えて犯すのは極悪非道である。軍隊保持、増強は政、官、財等及び一般の貪慎痴に根元がある。即ち利己の為に他を殺戮、搾取、差別すると言う根本妄想、狂乱である。世界の軍事費(年百兆円)の2%で平和産業に転換でき、10%で環境、資源、貧困、人口問題を解決できると言われ、「死の」兵器製造販売等を含む軍備の縮小、廃止が急務である。(誰も殺し合いや、死の商人になりたくないが収入の為にするのだから、個人も転職し仮構体も転換をすべきである。家の前の山を動かそうと「愚公」と呼ばれたが子孫まで続けて遂に成功した。「三人集れば文殊」なら何十億人で出来ないことがあろうか。「ひそひそ話が城を落とす。」)

 

c.企業の改変

 

企業は本質的に経済面で物を支配する金字塔組織である。物資の交換手段、蓄積手段、運用手段としての金(貨幣)が企業を動かし、他の仮構体、個人を動かしている。資本主義社会では正に「金」字塔が聳えている。地球化(グローバリゼーション)は「金」の支配の故に反対されているが、「命」の尊重なら歓迎されるべきである。金権支配の弊害改善のために非営利組織が出来ている。この方向が企業改変の第一の課題である。金のために命や生命体系を無視、破壊してきた企業は政策、民衆、衆生から受け入れられず破滅するであろう。企業も企業家も地球生命系(生命生活、資源環境など)、社会体系(インフラ、労働購買など)、文化体系(科学技術、教育媒体など)などの公共財、公機能の恩恵によっているのだからそれに報いなければならない(パテント、私財等提供、廃棄など)。物世界(環境、資源など)に最も負担をかけ犠牲を強いているのは企業である。金は命を買えず、物は心を満たさない事を魂に刻むべきである。「治生産業もとより布施にあらざることなし」の道元の言葉を肝に銘ずべきである。

 

d.メデイアの改変

 

メデイアは立法、行政、司法に次いで第四の権力と言われる程、あるいはそれ以上に民衆を動かす力がある。虚偽を暴かず、戦争の必要を宣伝するのは過去、現在の過誤であるが、生命系の真実を伝え、生命の危機を宣言、報道するのが現在、未来の役目である。マス・メデイア、マス・コミは大企業に買収され「金」の支配をうけ、その利益、宣伝に使われるため、口コミ、ミニ・コミ、ネットワークなどが動き出した。個人、地域の資源やインターネットなどの技術を利用して諸金字塔構造を崩し、個人、地域の自活、自立、自治(中枢なき中心:centerless(センターレス) centers(センターズ)、集権無き主権:decentralized(デセントラライズド) rights(ライツ):皆主人)を支援、推進し情報化、民主化、開放化、地球化、生命化に貢献すべきである。

 

e.教育の改変

 

教育は百年の計と言われるが、未来永劫、生類全体の為になる。三毒の根源は痴であり、三学の根本は智であり、真理抱擁、倫理実践も教育にあるのだから、教育の拡充、強化こそ人類、一切を換える根本である。教育の情報化、民主化、開放化、地球化、生命化をすべきである。教育は情報を自由に入手使用し、(政権、政府でなく)民衆が選択、実施し、(戦争、軍備でなく)学問、学校に予算を使い(奨学強化、学費廃止)、どの小人も大人も自らの自由、平安のため(国家、企業の為でなく)、文化交流等を進め、生命重視、研究等に改変するべきである。教育目的、方法、組織、運営、予算などで金字塔構造から一円環組織へ変換し、教え込む「教」偏重から育つ「育」重視への施策、労働力養成から自立力育成への方策を創造すべきである。(狂育、恐育から真の教育、共育へ)

 

f.宗教の改変

 

宗教の本質「生への道」「聖への道」「全体健全」を目指し、改変、回帰すべきである。歴史上、制度的な宗教は利己に陥ったので真実、理想の宗教に常に再帰、再結合する必要がある。宗教は「生き方」であるので歴史、伝統、地方、習慣の制約を受け偏狭になりやすい。科学、技術の無かった何千年前の知識、思弁を固守せず、聖典の文字に縛られる原理主義に陥ることなく、その意図する所を汲み、新しい知識、状況を受け入れて現実対処すべきである。宗教の「生き方」の強みは実践にあり、「独断は分裂、行動は統合」(Dogma(ドグマ) divides(ディヴァイズ): Action(アクション) accords(アコーズ).)であるから倫理に力点を置くべきである。即ち「殺すな」、「盗むな」、「嘘を言うな」など地球倫理を守るべきである。宗教がこれを守れば何十億の信者が圧倒的多数で戦争など無くなり、「地上の平和」、「地上の天国」、「極楽」、「浄土」は瞬く間に実現する。宗教が王権、俗見を真似て振舞い、戦争、テロ、殺人、商売、詐欺などを行なうのはその宗教を堕落、下落させるだけである。宗教者は自分の宗教にそのようなことがあれば、過ちを指摘し、止めさせるべきである。「聖(全体健全)でなければ宗教でない。」聖(全体健全)こそ個体、全体の一切解決である。(ブッダ「全ての自己を愛せ。」、イエス「貧しき者は幸せである、天国はその者のものだから。」、道元「有限の心なければ無窮の福あり。」、ガンジー(ギーター)「一人が出来る事は百万人が出来る。」)

 

3.文明の解決(三価枠組転換:文明から文化へ:五禍から五福へ)

 

文明と文化は漢字からは明確に区別し難いが、対応するヨーロッパ語、特にドイツ語でははっきり区別される。「物質文明」と「精神文化」と言う言葉がそれを端的に表している。文明の原語シビリゼーションについては前述したように、都市化と言う意味である。文化の原語カルチャー(culture、耕作、修養)はカルチヴェート(caltivate)「(土地を)耕す」に由来し、心身を耕すから「修養」を意味し、その成果である「文化」を意味するようになった。だから「文明」は「力と物」、「文化」は「心と命」として良いだろう。心の働き知情意は真美善すなわち科学、芸術、道徳(倫理)を生み、それら全般にわたる命は聖すなわち宗教(哲学)を生み出した。物、力、心、命は相依しているから別けるのは難しいが、地球の限界(成長の限界)から「物と力」の有限性と「心と命」の無限性を別けて考える必要が出てきた。

 

文明すなわち都市化は都市国家に始まり国民国家(民族国家)に至るぎまで内外を国境などで差別し、植民地戦争などで搾取、殺戮するのを当たり前のこととしてきた。しかし工業化、近代化、情報化、民主化、情報化、地球化により地球問題群が生じ、国家や文明の衝突、戦争などを続ければ問題解決が出来ないばかりか、破滅を早める。破滅する前に差別、搾取、殺戮やその根本にある錯誤、束縛は人類、生類、生命系に耐えられないものとなった。そしてこれら五禍は本来地球生命系にはなく、文明によって不自然に作り出されたものである事がはっきりした。だから本来の自然生命系の全体健全に戻り、文化を無限に発展していく事が全体の為である。新しい文化の発展は180度軸回転し、転換した世界、生命、生活の可能性をもっているのである。(「貧者の天国」、「無我の無量」、「罪人の金冠」等貧者は無量の喜び、地上の天国をつくる道を見つけ得る。)

 

宇宙あるいは世界は帝釈網の結び目の水晶の様に反映し合い交流し合っている。心身生命環境時空は縁起の法に従って相関、相依、相入、相即、相乗して全体健全を維持発展させている。だからこの様な自然本然の一円環文化へ文明の五仮構体による偏執、変則、辺鄙、偏屈な金字塔文明を枠組転換することが必要である。科学技術の情報化、民衆化、地球化によって今では誰でもしかも大勢が共に軸時代の先達の精神革命を理解し実現できるし、知行も容易になった面もある。物と力の奴隷にならないで、心と命の主人になって、生き物全て四十億歳の兄弟姉妹と知って花鳥風月の真善美(三価)を共に交歓、享受すべきである。(道元「たとえ百歳の日月は声色の奴婢と馳走すとも、其中一日の行持を行取せば一生の百歳を行取するのみに非ず、百歳の佗生をも度取すべきなり。」、道元「本来の面目:春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて涼しかりけり。」)

 

IV. 解決方法

 

1.個人の解決方法

 

a.    普遍法:「自他無限無窮」

 

生命も生命系も縁起の法則によって相依、相入、相乗して循環、円環している。

「情けは他人の為ならず」と俚言は説く。「愚人思わくは利他を先とせば自らの利省かれぬべしと、しかには非ざるなり、利行は一法なり、普く自他を利するなり」と道元の言。脳に他人の感情を写す鏡細胞というものが発見されたが、帝釈網(たいしゃくもう)の水晶のように全てが全てを入射、反映している。作用反作用、同化異化、新陳代謝、万物流転などは普遍法則である。利己主義社会では他はすべて敵であり、やる事全ては自己利益矮小の得であるが、利他主義社会では一切が友であり、なす事全てが共同利益極大の福である。(ブッダ「怨みは怨みによりて鎮まらず、怨み無きにより鎮まる、これここに永遠の法なり」)前者では奪えば禍は無限で福は無、後者では分ければ福は無窮、禍は無である。(「分かち合えば悲しみは半分、喜びは倍」)前者では福がなく後者には禍がない。地球生命系が破壊される時には物も力もない。この存亡の危機を認識するのが最優先事である。

 

b.    大事覚:「自他一切死活」

 

宇宙船地球丸が難破する時に利己から差別、搾取、殺戮に血道をあげ、我が所と底に穴をあける狂気は許されない。利己が世の習い、まだ大丈夫と思うのは地球死活の問題も人間生死の大事も判らない小人である。自己が死に直面し、地球が滅すと知れば、無我の理も利他の行もできる大人である。死に直面して生も判り、無私を体験して不死も得られる。利己が極楽浄土と成ることはなく、地獄穢土そのものだから何処へ行こうと何時になろうと苦悩は止まない。利他は浄心安楽だから何処でも何時でも浄土極楽である。利己闘争苦悩が俗世と教わり習い生きて死ぬのは無念の生涯である。利他共栄歓喜が出世と目覚め行い生死を超えるのは無上の生命である。千載一遇の人生を得た者が誤って五禍に苦しみと五福を楽しむのとでは天国地獄雲泥の差であり、一生百年の別である。覚りも涅槃も、不死も極楽も決して誰かの夢物語ではなく誰でもの実人生である。これらの実際と実現の喜び、幸せを強調し、教育し、共有すべきである。(大燈国師「口あれば食らわずということなく、肩あれば着ずということなし。」世界は「只管打坐」(ひたすら坐る)人、「(ひん)(どう)無宿(むしゅく)」者を求めている。)

 

c.三学習:「真実自由、絶対平安、無上智慧」

 

三学を学習するとは目覚めの道の意情知の実修で(1)真実自由、(2)絶対平安、(3)無上智慧を実証することであり戒定慧の開花成果を示したものである:

 

(1)意的面:戒:戒律:(a-himsā: 不傷害)

(2)情的面:定:禅定:戒慧の基盤:不動、不異、不畏

(3)知的面:慧:智慧 :satya-āgraha: 真実抱擁)

 

意は意欲、意志であり行動に結びつく。戒(sīla(シーラ))は柱、脊骨を意味し背骨、性格をしっかりする事である。具体的には五戒(不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒)であり、あるいは先に述べた地球倫理の四原則である。 禅定(ぜんじょう)(samādhi(サマーディ))は心の集中安定した状態であり四禅(第一禅:考察、思惟、歓喜、安楽、心一境性のある状態から深まるにつれ前から消え、第四禅では最後のものだけが残る)を進み完成した状態が涅槃である。これは業(身口意の三業)を静止する唯一安定した方法である。お椀が静止すると中の水の波や濁りが消え鏡の様に一切を写すように心身が静止すると平静、清浄になり鏡の様に真実を写す。智慧 (pannā(パンニャー))は(真実世界の)縁起の洞察力、応用力で、その完成したものが覚りである。 上記リストのカッコ内のヒンディ-語はガンジーが一生を実験に供した行と知の二原則である。根本は禅定、具体的には坐禅であり、その練習、修習により知情意が修養されて不動(業停止)、不異(一体感)、不畏(無恐怖)を得る。涅槃、悟り、平和は今、ここ、地上の極楽、浄土、天国である。「柏樹子」や「尽十方一顆明珠」などはその境涯を表したものである。実習は寺院などの参禅によって誰でも可能である。(「大力量の者よ、一生懸命漕いでいるが、艫綱が解いてないぞ!」、「百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)(しん)一歩(いっぽ)」、牛過窓櫺(ぎゅかそうれい)」:牛の頭、胴は窓格子を通ったが尻尾が通らぬ)

 

2.五仮構体の解決方法

 

a. 五仮構体内外

 

知識と行動の錯誤が利己と罪過を生み出した。五仮構体も利己に陥って人類文明全体が地球生命体系の問題群を作り、破局に向かわせている。下位部分系である五仮構体が上位全体系の破滅を引き起こし、他(対等者、被支配者)に対する五禍(特に差別、搾取、殺戮)を起こしているのを止めて五福を実現するには金字塔構造を変える必要がある。その構成員は情報化、民主化、地球化に合わせて情報公開、民主運営、地球連携を行い、垣根を低くし、公衆と交わり、公共の為に働くことである。特にトップにある者は驕慢、偏見に陥りがちなので「同事」(同じ事に従事し、同等になる)を忘れず、全体健全の洞察を持つべきである。全体健全の為に仮構体内外の人は真実を明かし、自由を得て、平等、博愛、平和の実現に邁進すべきである。内部の不正、不義を告発、拒否することは全体健全のためである。

 

b. 五仮構体全般

 

国家の安全、会社の存続などといって生命、生命系を破壊する事は許されない。地球問題群をどのように解決するかを常に念頭に置き、世界の出来事を観察して仮構体がどのようにあるべきかを熟考、点検、行動する。旧習、旧制度、旧組織を全体健全の為に改革、革新する。地球生命系、人類全体系、社会福祉系の安寧があればテロも戦争も起きない。戦争はそれらを破壊し、かえってテロその他の問題群を起こす。一般人も利己、愛社、愛国などといって全体健全を犠牲にしていないかを良く見届け、人類、生類、現在、未来まで考えて行動する。仮構体組織を運営機能させるのは個人であるから個人の解決方法が基本になるが、方向は金字塔構造を一円環方式の五福に改善、改変していく。

 

c. 国家の解決方法

 

国家は政治、力を主とするので権力の誤用、濫用を警戒、阻止する。過去、現在の国家を知り、未来のあり方を考え国政に参加する。主権を国民全般のものにするには選挙に行き、代表者に連絡し、世論を起こし、五禍を減らし五福を増やす不断の努力をする。税金、予算、決算、無駄使いなどを点検、改善する。代表、官吏など公僕であることを明確にして公益のために金字塔構造を減少、廃止に向かわせる(非政府組織、地方主権、個人人権など)。

 

d. 企業の解決方法

 

企業は経済、物を主とするので物資、労働などの搾取、乱用を警戒、阻止する。資本主義社会では金の為に全てが動く傾向があるので、自然、環境、生物、生命、権利などが犯されやすい。物、金のために心、命(権利)などを軽んずる企業には警告、告発、不買いなどで止めさせる。企業も地球生命系、社会生活系の一部でありその公益のためにある事を明確にして、それに向け努力、改変する。そうでないと顧客、国家、人類、生類一切から見放され、存続できなくなる。今ある金字塔構造、五禍を縮小、停止に向け努力する(非営利組織、慈善事業、環境保護、それらへの献金援助など)。

 

e.       メディアの解決方法

 

メデイアは社会、情報(社会媒体:メディア)を主とするが誤報、宣伝、操作などの誤用、濫用を警戒、防止する。また企業である面もあるので金、力、物による介入、不正がないように警戒、防止する。安易にまたは故意に(注意をそらす為)地球問題群ではなくパンとスポーツ(食事と娯楽)のプログラムに傾きやすいので注意を促し、変える。金字塔構造改善からも便利、安価で環境負荷の少ないマス・メディアからミニ・コミへの転換を模索、開発、運用して地域主権、個人自立を支援、転換する。当面インターネットなどを使い紙の節約、経費節減などをし、ビラ収入の為の用紙削減など考える。

 

f.       教育の解決方法

 

教育は文化、心を主とするが、環境、方法、運用、内容、時期等を誤らないように注意、点検、改善する。金字塔構造を縮小、廃止するように権力、権威が支配する「飼い馴らし」、「詰め込み」等を排し、忠君愛国、労働力養成等ではなく、自由、自主の児童が自ら育つより良い環境、方法、内容を開発する。(才能教育の鈴木メソッドには五原則の他多くの傾聴、採用すべきものがある。)³奨学制度、生涯学習、公開教育、放送大学、教育無料化(大学まで、さらには揺篭から墓場まで)など教育が人類、生類、地球を変えるのだから社会保障と共に公私ともに予算、投資を行う。

 

g.       宗教の解決方法

 

宗教は世界、命を主とするから全体健全のために最も重要な働きをなすべきだが、世俗、制度、伝統の利己により原理主義、排他主義、教権主義などに陥り、狂信、迷信、弾圧、戦争も辞さない。これらは理想、究極の「聖(全体健全)道」、「生道」、「友道」に反するので、自ら宗教内部の大改革を行なう。天国と交換条件である十戒の中の五戒との共通部分(殺さない、盗まないなど)あるいは地球倫理を守る。望遠鏡、顕微鏡もない時代の世界観、人生観を科学の進歩に合わせて真理部分は客観的にし、倫理部門を自ら実行し、世界に広める。時代地域に囚われず、旧習、固陋を改め金字塔構造を縮小、廃止する。

 

3.文明系の解決方法

 

生態系の癌の如き文明系が地球問題群の元凶である。その最悪事である戦争を止めなければ生命は止む。戦争は一部分少数者の五禍による全体生態系の破壊である。自己中心(泡沫)が戦争、文明、地球問題群の根源にある。地球生命の時空進化(大海)の知行により地球生命系の五福が実現される。四十億歳の生命、生命圏は一体平等であり、本来誰にも殺生、強奪の権利は無い。非合理、計画的、大々的な殺戮、破壊をする戦争は狂気、凶行であり、全生命にたいする大罪である。これを放置する者は共犯者であり、万人が戦争の責任を負う。それを阻止、廃止することは万人の責務である。

 

全ての個人、組織があらゆる時所レベルで障壁を低くし無くし、不真実と暴力を無くし、利己主義(個人、国家等)を超えて人類、生類として共生、協働に力を注ぐべきである。個人、仮構体、文明に共通して使える方法、作業、具体例を以下に挙げる:

 

具体的方法

  

協力: 個人/団体協力、統合、ネットワーク化(情報、行動の連絡、交換等)

運動: 個人/団体署名、請願、デモ、宣伝、宣言(民主化、地球化、情報化)

変革: 習慣、法律、制度の改革(憲法、条約、宣言、組織、予算、学問等)

移行: 五仮構体、現体制の改革、改善、移行、廃止(地球村、地球政府等)

 

具体的作業

 

関心:自他の無関心、無覚醒、無気力、無行動、無責任をなくすよう努める。

研究:戦争の問題、原因、解決、方法について万人が研究、熟考、理解する。

教育:研究の結果をあらゆる機関、制度、手段方法を用いて周知、教育する。

廃止:多様な五禍の阻止、廃止の方法、法律、制度を模索、策定、実行する。

 

体系各レベルの行動(相互影響とネットワーク:行動の一例)

 

  個人レベル 地域レベル 国家レベル 国際レベル 地球レベル

  宣誓   条例    省庁    宣言    機構 

  学習   教宣    教育    研究    調査 

  実行   事業    祭日    行事    取組    

  連帯   連携    交流    条約    帝網 

 

C. 結論

 

地球問題群は地球生命系の一切に及び至る所で体系の崩壊現象を起こしている。五千年かけて錯誤、束縛、差別、搾取、殺戮の五禍によって築き上げた文明の金字塔は温暖化、砂漠化などによって砂上の楼閣であることが判明した。この道は破滅への道である。その原因の根本は自己中心という全体系違反、錯誤の小見、小慧の小児行である。地球生命系の危機は全体系と部分系の関係の再考と再生を必要とする。地球系、文明系、社会系、個人系は「大小の過誤」を犯してはならない。自己中心主義の錯誤はボタンの掛け違いとなり五禍は社会、文明、地球に及び、競争、闘争、戦争を生む。

 

その根元の錯誤そのものが蜃気楼であった。その末節(あだ)(ばな)は大地生命源の地球生命系根元真実に復帰しなければならない。即ち根元的迷業の自己中心から根源的覚行の全体健全への根本的枠組転換である。これが錯誤以後のボタン掛け違い一切を変える。即ち五禍の金字塔文明から五福の一円環文化への枠組転換である。文明系の部分下位である社会系の五仮構体は人工の金字塔構造を解体して自然構造の帝釈網(たいしゃくもう)組織に戻せば一体円融循環の機能を回復する。この解決をしたのは軸時代の精神革命であったが達成は少数に留まった。今や「物と力の奪い合い」の金字塔文明から「心と命の分かち合い」の一円環文化への枠組転換を人類全体で実現する必要がある。

 

「帝(釈)網」とは宇宙を覆う網目の水晶が無限に映しあう重々無尽縁起世界(幾重にも無限に縁起し合う世界)の喩えである。枠組転換によって地球生命系も本来そうであるから全ての生命が「集中なき中心」(個々に皆主人)として真善美聖、全体健全が実現されうる。こうして全体体系の本来の姿(個全、地域地球が反映、反応)に復帰、交流、共生、共栄できる。個人、国家等の仮構体は仮構壁を低くし、無くするのが理想への過程、課題である。文明、国家、戦争は全体生命系に違反し、罪悪をなしているので変革、廃止に向かう必要がある。体系各レベルでこの事を認知、周知して協働し、地球倫理を義務として実行すれば平和などの五福は可能となる。

 

普遍法(縁起、因果)により心の向き(錯誤か覚醒か)により命のあり方(虚偽か真実か)がきまる。利己=罪(sin=separation)は闘争戦争になるが、無私=聖 (holy=wholesome whole:健全な全体)は共生平和になる。全体健全こそ全てが全力を傾けるべき事でありそれに価することである。三学により個人(泡沫)は「庭前柏樹子」(tree=true)のように五福に生きて、「尽十方一顆明珠」(透明個=全宇宙)の無限生命界(大海)を実現できる。仏陀は人として生まれることは、海底にすむ盲亀が百年に一度海面に上がり浮木の穴に頭を突っ込む程稀な事であるという。稀有貴重な一生を眼も明き、木も開いたら明るい太陽も青い大空も或いは満天の星も満月も満喫できる。そうして体、心、命などの何処に眼をつけるかによって、苦楽、生死等も全く変わってくる。欲は苦の因、我は私の縁、無欲は楽の種、無我は不死の元。覚めなければ自他時空の苦は止まず悶に滅す。

 

覚めて初めて夢幻、悪夢と判る。覚めてみれば小の為に大を喪い、欲の為に楽を失い、個全時所餓鬼と成り地獄と作る。一波万波、多数の人間が友として五禍を止めれば集団として枠組転換が出来、五福を達成できる。根本的枠組転換こそ是を可能にする。「我」の囚われは文字通り人の箱詰めであり天地一切無限の命の交響、交歓を不可能にする。「有限の心無ければ無窮の福あり」であり「無一物中無尽蔵」である。「無我」のみ「法身」となり、「無富」のみ「天国」である。根本錯誤の転換が無ければ「地獄」のままである。枠組転換とは罪人から聖人に、一国人から地球人に、文明人から文化人に、泡沫の力から無量の命に換骨奪胎することである。これが真実本来の姿であり、こうして初めて個体と全体を共に解決へ向かい導く事ができる。

 

 

註1.十二縁起は転生説から「生」が「来世の誕生」と解釈され、また口伝の制限から線形の項目配列(無知-行為-意識-形態名称-六感覚器官-接触-感受-欲望-執着-存在-生-老死)しか出来なかったため誤った解釈がなされてきた。これは原典を精査すると「識縁起」(意識が感覚器官と感覚対象により縁起する)、「渇愛縁起」、(渇愛により苦が縁起する)「無明縁起」(無明により我の生老死が縁起する)の合成である事が判り、教育と学習のために合成されたことが判る。新しい解釈は以下の図のように上部、中部、下部が上記三つの縁起部分に対応する。

 

名称形態

         接触

      六感覚器官

       意 識

       感 受

欲望     行 為       苦

無知     執 着

       生 成

      生- 老死

 

 

2.筆者は地球倫理の4項目に普遍的法(因果、縁起)を加え記憶し易いように5Lとしている。同様に地球体系については5Sを、物資流、情報流の具体的行動については5R、5Aを以下の様に提案している:

LLaw(普遍法), Life(生命), Love(愛情), Liberation(解放), Lielessness(不偽)

SSystemic(組織), Sustainable(維持可能), Saving(節約=救済), Safe(安全), Simple(質素)

RReduce(削減), Reuse(再使用), Recycle(再循環), Rearrange(再編成), Restore(復元)

A : Access(接近), Assess(評価), Agree(同意), Act(行動), Advise(告知)

 

3.今までの歴史は「才能の法則」、「誰でも育つ、育て方一つ」等について「大人の無自覚の時代」であったとして、先ず大人が変わり、環境、制度、方法などを変えるよう訴え鈴木先生は実際に成果をあげて世界に示した。狂育、恐育から真の教育、特に真善美和の情操、意欲、実行力等を育てる事、誰でも教育を受けられ、等級を付けられず、皆が才能を身につけ卒業するなど教育改革によって新しい愛情あり平和な人類文化を実現できるとした。「汝弾くなかれ」は「美しい音を出す為にも、すぐれた技術を行なうためにも、それを妨げるものは自分自身であり、我の心であり我の力である」とし「個人主義の人は雑音、不自由、不幸が多い」として、先生は天然生命の因縁果の法則を読み、自ら研究し、美しい音、芸術、人間を生み育てられた。真理抱擁と不傷害(「誰の心も傷つけず」)の実験はガンジー一生を懸けた実験に符号する。「生命に年齢なし」と言われるが、生命は全体一体に働き、「他人のためにのみ奉仕する生活こそ芸術の修行の道であり美しい心の世界を作る唯一の道である。」は正に宗教修行の道である。

 

4.下図は左側に文明系の革命(生産革命と社会革命)とそれを逆転させた軸時代の精神革命と現在進行中の生命革命を、右側に文明系の問題群を、そして中央には地球生命システムに乗る金字塔型文明系を表したものである。地球生命システムの歴史の中では極最近出来た人工的な金字塔型文明を本来の自然円環型の文化に枠組転換するには我(ego)中心を止めて生(eco)本来に戻ることである。即ち不可能な一方向への金字塔を低くして可能な円循環の地球に戻す事である。

人工金字塔型文明自然円循環型文化

(物と力の奪い合い心と命の分かち合い)

                           問題群

             

                                        人口爆発

ego                    貧富格差                     

                          犯罪戦争

貪瞋                        軍備競争

                               主義戦争

                               社会混乱

 生産革命        生産・消費・廃棄     人間圏  差別搾取

          (1万年前)                     国家主義

                               金権主義

文明系   社会革命      差別・搾取・殺戮          大量生産

      (5千年前)                     消費廃棄

                (分割統治)           汚染破壊

                               資源枯渇

 精神革命     劣化・ 枯渇 ・汚染     動物圏  生息域失

     2.5千年前)                      生命力失

                                       種族絶滅

                             多様性失

                               環境不適

生態系  生命革命     不適 ・ 絶滅 ・ 異変   植物圏 森林喪失

     (現在)                     異常気象

                                オゾン層失

                   生(帝釈網)         地球暖化

                    ECO          生命圏   大気汚染

                  (融和連絡)             氷山喪失

  循環             海流停止

                                 海面上昇

                                 水質汚濁

文明(都市化):物と力の競争:五禍=錯誤、束縛、差別、搾取、殺戮  水源枯渇

文化(修養化):心と命の調和:五福=覚醒、自由、平等、博愛、平和  土壌汚染

文化(culture):無限の心の修養(cultivation):真善美           土壌流失

          無限の命の融和:聖(holy)=健全(wholly wholesome)       砂漠化等