山田厚史の「世界かわら版」
【第29回】 2013年2月14日 山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員],   Diamond Online

揺らぐ日中の「文民統制」
レーダー照射の背景に透ける危うい構図

東シナ海で起きた中国の軍艦による挑発行為は、一触即発の危機が日中間に存在することを印象づけた。日本も中国も政府は「武力衝突は避けたい」と思っているのに、最前線で命を張る軍は武器を使いたがり、ちょっとした小競り合いが開戦の口火になる。

今回の真相はまだ明らかではないが、中国側に「政府の意思」と「軍の行動」の乖離があったのではないか。共産党と人民解放軍に亀裂が生じている、と思わせる事件である。

日本側には「防衛省の突出」があった。外務省を飛び越え「中国の暴挙」を国際社会に訴えた。微妙な外交問題は、騒げば解決するほど単純ではない。「3手先まで読み、手を打つ」という外交鉄則を踏み外した。

日中双方に共通する「文民統制の欠落」と「政治の弱体化」。これが問題解決を困難にし、危機を煽っているのではないか。

外交部報道官が
明言を避けた意味

事件後、中国での記者会見で、いつもの女性報道官が、とまどいの表情を露わにした。レーダー照射の事実確認を迫られると「報道を見て知った。具体的な状況は分からない」とかわし、問いつめる記者に「関係部署に聞いてほしい」と回答を避けた。

報道官は外交部(日本の外務省に当たる)に属す。張りのある声と堂々たる態度で中国の立場や見解を外人記者に伝えるのが任務だ。その女史が質問に答えられず、レーダー照射は外交部の手が及ばない所で起こった出来事であることをうかがわせた。

中国の統治は共産党が国家=政府と軍を指導・掌握する。つまり人民解放軍は政府の外に、国家と並び立つ組織になっている。政府見解を説明する報道官にとって解放軍の不始末は「所轄外」の出来事なのだ。「関係部署に聞いてほしい」というのは正直な対応で、中国では政府の外交と軍の間に分厚い壁がある。

習近平が間もなく国家主席になる中国政府にとって、日本との関係は国内へ投資や技術を呼び込む大事な2国間関係である。中国社会の安定に欠かせない高成長を維持するためにも、日中和解は達成すべき課題、というのが政府の立場だ。

解放軍の立場は違う。とりわけ海洋での勢力拡大を目指す海軍は、日本に厳しい。抗日戦を勝利した陸軍は伝統も実績もあるが、後発の海軍は台湾防衛に乗りだした米軍第7艦隊に封じ込められ、生彩を欠いていた。

海洋を巡る力関係を変えたのが経済の躍進だった。中国は装備を新鋭化し海域の拡大へと動き、近隣諸国と緊張を高めている。尖閣諸島の領有を巡る争いは、海洋の失地回復を目指す中国海軍の意思でもある。

高まる東シナ海の
軍事的緊張

外洋に出ようとする中国を牽制するのは米軍だ。空母を近海に派遣して威嚇し、哨戒機を飛ばし圧力を強めている。メディアにはあまり載らないが、昨年から東シナ海では軍事的緊張が高まっていた。

最初のレーダー照射は1月19日、海上自衛隊のSH-60Kヘリコプターに対して行われた。この日、東シナ海の空は緊迫していた。米軍は配備したばかりの航空警戒管制機(AWACS)を飛行させた。広域の軍事情報を収集するお椀のようなレーダーを装備する偵察機である。中国は戦闘機「殱」2機を上海から発進させしつこく追尾。日本も自衛隊那覇基地から戦闘機がスクランブルして中国機を牽制。中国軍は戦闘機の緊急発進を繰り返していた。

こうした状況下で、海上自衛隊のヘリが中国のフリゲート艦から火器管制レーダーを照射された。中国海軍にとって自衛隊は米軍と一体になった「敵」である。

1月30日の護衛艦「ゆうだち」への照射は、尖閣諸島から120kmほど北、つまり中国近海での出来事だった。尖閣では中国の漁業監視船と日本は海上保安庁の船舶が牽制しあっているが、それより中国側の海域で、外洋に活動範囲を広げたい解放軍と、これを封じ込めようとする日米の艦艇が睨み合っている。

護衛艦がレーダー照射を受けた5日前、公明党の山口那津男代表が習近平党総書記に会い、安倍首相の親書を手渡した。日中雪解けに向かうかと見られた矢先だった。

潜行して進む
人民解放軍の共産党離れ

先進国では軍は政府に属し、軍事は外交と一体不可分になっている。そして軍には「文民統制」が課せられている。軍事行動の決定は制服組の「軍人」が行うのではなく、背広を着た「文民」が責任をもつ、という原則が「文民統制」だ。

日本が第二次大戦の戦火に突入したのは「関東軍」と呼ばれる陸軍部隊が、中国で勝手な作戦を続けたことが導火線になった。「現場に任せる」軍優位が暴走を許す結果となった。

前線の軍人は、遠く離れた安全地帯からの指示・命令を疎ましく思いがちだ。現場を熟知する自分たちが作戦を決定したほうが間違いない、と考える。だが現場での対応が紛争の既成事実を積み上げ、戦局を泥沼化させ、不幸な結末を招くことは人類共通の経験になっている。先進国がどこも文民統制を敷くのは歴史から学んだことだ。

中国も文民統制を採用している。人民解放軍の最高位である中央軍事委員会主席は、共産党総書記あるいはその経験者が務める習わしだ。その人民解放軍内部に「共産党離れ」が潜行している、といわれる。原因は共産党の腐敗・劣化である。

軍と党の間に
すきま風が吹く

党が軍を指導するという仕組みは、列強の支配から人民を解放し、建国する戦いの中で築かれた。抗日戦を戦い、蒋介石の国民党を追い出したのが、共産党の軍事組織・人民解放軍だった。

毛沢東や鄧小平は文字通り指揮官として戦った。貧しかった頃の中国は、軍の指導者が共産党のトップであることに違和感はなかった。それが変わったのは江沢民が総書記の頃からだ。軍に足場のない指導者がトップに立つようになり、軍と党の間にすきま風が吹く。胡錦涛が共産党総書記になっても、しばらくは江沢民が軍事委員会主席に留まった。共産主義青年団出身の胡錦涛は、党で出世コースを歩んだが軍には実績は無い。

一方で党の腐敗が進んだ。社会主義市場経済は金儲けの自由を保障する反面で、巨大な許認可権限が政府高官でもある共産党員に転がり込んだ。許認可権限がカネを産み、党員の蓄財は目を覆うばかりになった。格差は広がり、農村ばかりか都市でも暴動が頻発する現状は「革命前夜」の様相を濃くしている。

中華人民共和国の成立から60余年。変質した中国社会で現状に不満をつのらす軍人が、汚職にまみれた政府から距離を置く、という動きが出ても不思議ではない。軍内部にも調達がらみの蓄財のタネはあるが、企業への許認可権限を握る行政府ほどのうまみはない。

日本で青年将校が決起して反乱を起こした2・26事件は、明治維新から60余年ほどだった。アジアを見渡せば、軍が決起して政治混乱を収拾するクーデターはインドネシア、タイ、フィリピン、韓国などでお馴染みだ。

統治はしっかりしている中国が同じ轍を踏むとは考えにくいが、共産党支配が揺らぎかねない世情で、軍と政府の力関係の変化は、周辺との軍事緊張を高める。抗日戦から生まれた人民解放軍には反日の機運が濃い。

緊急事態を回避する
ホットラインもなし

海洋権益の拡大に走る中国海軍に日本はどう対応すればいいのか。武力で対抗すればいい、では済まないだろう。最大の貿易相手であり、すでに日本からおびただし数の企業が進出し、中国からの観光客も日本の内需に重要な役割を果たしている。

結論から言えば、日本を知る人を増やし、日本の実像を知ってもらい、親日世論を強めていくことだ。中国内部で日本を大事に思う人々を増やす。交流の芽を育て党や政府部内に、親日勢力を育てていくことを戦略的に進めていくしかない。

レーダー照射事件への対応は、この流れに沿ったものだっただろうか。

中国が恐い国であることを、国際社会に訴えることより大事なことがある。こうした出来事が紛争に発展しないシステムを構築することだ。日本と中国の間には、緊急事態を回避するホットラインさえない。

まず相手に抗議し、事実関係を伝え、調査を求める。人民解放軍の力は強く、抗議しても無視されるかもしれない。しかし日本側の主張が正しければ、このような事態を憂慮する人は必ずいる。そうした人を応援し、人脈を創っていく。か細い信頼関係を少しずつ太くすることで、話が通じる関係が生まれる。紛争予防のホットラインはそうした地味な努力なしに出来ないだろう。

日本側もドタバタ劇
対応には未熟さが残った

今回、防衛省はヘリコプターへの照射は十分な裏付けがとれなかった。30日の護衛艦へのケースは事実確認に6日かかり、小野寺防衛相に報告したのは2月5日だった。危機一髪の事態でありながら、官邸や外務省に報告されていなかった。

本来なら外交ルートを通じて中国側に憂慮を伝え、善処を求めて公表の可否を検討することが筋だろう。場合によっては中国側の面子に配慮する懐の深さがあってもいい。

ところが報告を受けた防衛相はすぐに官邸に走り、安倍首相は中国に事実を公表せよ、と指示した。その時点で初めて知り、夕方、公表するという慌ただしさだ。公表する前に相手国に事実関係を知らせ抗議するのが、国際ルールになっている。公表されたときに自国の立場を説明する用意が必要だからである。外務省は抗議する相手をそれから捜す、というてんてこ舞いで、本来は大使を呼んで抗議する事案であるのに、課長級を夕方つかまえて、抗議を伝えるというドタバタ劇だった。

「中国はこんな国だ」と国際社会に訴えたことに、自民党内では「安倍さんらしい英断」を讃える声が少なくない。レーダー照射はこれまで、小泉首相が靖国神社を参拝して緊張が走ったころもあったが、「日中関係の悪化に配慮して公表されなかった」とも言われている。

安倍首相になって毅然たる対応に変わった、という評価もある。だが気分がスッキリすることと外交が前進することとは関係がない。むしろ国内世論の高揚で外交が後退することが多い。尖閣国有化で中国に反日暴動が起き、中国では気分がスッキリした人が多かっただろう。

軍事的緊張を背景とした小競り合いは、相手の出方を探ったり、不快感の表明であったり、理由はさまざまだが、一触即発の危機を孕む。自衛隊や防衛省で抱え込む問題ではない。文民のトップに冷静な判断が求められるが、首相がその力量を備えているとは限らない。関係機関が対応を検討する時間や体制の整備が必要だろう。

首相と防衛相があたふたと公表を決めた今回の手法に「政治的は未熟さが露わになった」という声もある。

__________________

コメント:

両国の対応ぶりは確かにあいまい、不適当に見えました(天木氏などの見解も含めて)。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this:
search previous next tag category expand menu location phone mail time cart zoom edit close