知人友人の皆さんへ
            杉浦公昭
平和こそ我が命

沖縄への基地押し付けの本土マスコミの役割

2013年02月17日

 

沖縄への基地押し付けの本土マスコミの役割
杉浦公昭

今度の平成の一揆・沖縄「直訴」に立ち会って、沖縄と本土との間には深い意識の断絶が横たわっていることを痛感致しました。

従来の普天間米軍基地の「県内移設容認」では選挙戦に勝てないと「県外移設」を公約して当選した安保容認の自民党仲井真沖縄県知事が、直後の全国知事会で普天間基地の引き受け手を求めましたが、引き受ける県はありませんでした。

最近、米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの日本への配備反対の意見書を可決した都道府県議会は一つもなかったと言われています。それは「国防上必要」を理由としながら自分の県への設置を認める県がなかったからです。自ら引き受けたくないものは、沖縄も引受けたくないはずです。それなら何故、日本全国で配備反対とならないのでしょうか?

ここに本土の各県の利己主義が有り、沖縄差別の根拠が存在すると考えます。

国防上安保は必要だが基地公害はお断り。それではその基地は誰が引き受けるのか真剣に考えようともしない。行政が沖縄に押し付けていることさえ知ろうともしない。お上に任せておけば何とかしてくれるだろうと自分の命にかかわることでありながら人任せにしている国民が多いのです。

こうした本土国民の意識形成に本土のマスコミの果たしている役割が大きいことを警告せざるを得ません。今回の沖縄の全首長、全議長、県議、国会議員参加による平成の一揆・沖縄「直訴」の本土の報道で1面に大きく取り上げたのは、しんぶん赤旗と東京新聞のみで、他は申し訳程度に数行しか掲載しませんでした。この沖縄の平和的に幸せに生きたいと言う人間的な叫びに対する本土のマスコミの軽視または無視の態度は、ドイツのワイゼッカー大統領が述べた、「良心を麻痺させ、それは自分の権限外だとし、目を背け、沈黙する」態度と言わざるを得ません。同大統領は「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」と警告しています。

今回の平成の一揆・沖縄「直訴」に対する本土のマスコミの態度は戦前・戦中に当時の報道機関が政府の戦争政策に翼賛的に協力した過去に目を閉ざしている結果であり、現在進行している政府の戦争政策に盲目となっている自殺行為の姿そのものと言えましょう。

 今日の本土のマスコミの実態を充分踏まえた上での玉木義和「沖縄県民大会」事務局長による「NO・OSPLEY 東京集会」における次の様な訴えを聞きました。

「沖縄県民の総意を『建白書』という形で、不退転の決意として直訴いたします。正に平成の沖縄一揆です。非暴力民主主義のこの世の中で、これ以上は出来ないです。勿論この要求は本土の皆さんとの連帯の中でこそ実現できるものと思っています。どうか、この集会に参加された皆さん。各地域、各職場、仲間の皆さんと日米関係、そしてとりわけ沖縄の基地問題について話し合い、国民的議論を起こして頂きたい。そして、沖縄の思いを共有し国内で広げて頂けますよう、心からお願いし致します」と。

Categories 沖縄

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