平野@浜松です。

現在発売中の「DAYS JAPAN」3月号。福島の子供たちとIAEAの特集です。必見の内容
は是非購入して読んでいただくとして、ここでは編集長・広川隆一氏の編集後記を、
皆さんとシェアしたいと思います。

以下引用(発売直後の商業紙故、取扱い注意)

『 私たちは今どこにいるのだろう。前に進んでいるつもりが、いつのまにか元いた
ところに戻ってしまっている。それより悪いかもしれない。かつてあったことをな
かったことにしようとしているのだから。
あの日から2年。私たちが作り出してしまった醜い世界の姿を突き付けられて、人
間であることを取り戻すには、根元的なところから変わるほかないと思い知ったはず
だった。それなのに今、なぜ私たちはこんなところに立っているのだ?。自分たちの
中に「しきい値」を設け、ここまでならいいかというラインを引いてしまうように
なったのはなぜだ。現実を生きていくのが大変だからといって、目を覆って、耳を
覆って、それで済むはずはないのに。
むしろ野良犬の気概をもって、自分には牙があることを思い起こして、生きていこ
うとしていたのが、気が付くと飼い犬に餌を分けてもらっている。怒りを忘れてし
まったのだ。確かに怒り続けるのは、大変だ。それにあの怒りは国会を包囲さえした
のに、何も変えはしなかったではないかと言う人がいる。それはちがう。持続し燎原
の火のように広がる怒りが必要なのだ。大地を失い、健康や命さえを失うかもしれ
ず、打ちのめされた人々がいる。実は彼らだけではない。すべての人間が瀬戸際に立
たされている。彼らにも、自分たちにも「すべてを忘れなさい」、とでもいうのか。
怒りを忘れて、牙を収めさえすれば、安穏な生活が戻るとでもいうのか。
あの時、より遠くへの避難を呼びかけた人々は、もっともまっとうな人々だった。
それを今わからない人も、数年のうちに打ちのめされるように思い知ることになるだ
ろう。しかし「遠くへ!」と叫んだ人が今バッシングを受けている。過去を直視する
ことをあきらめた人は、未来もあきらめることになる。来た道が見えない人間は、自
分の前に続く道も見失う。
怒りは闘いを避けては鎮まることはない。守るものを知っているなら、守りきるべ
きだ。そのために何ができるか、歯を食いしばってとどまって、考えて、そして闘う
べきだ。
今号に掲載された子供や母親の声は、かき消すことができない。私たちは、この声
が小さくなり、あきらめのうちに鎮まることを許さない。
子どものために立ち上がるジャーナリストの会、子どものために立ち上がる弁護士
の会、子どものために立ち上がる医師の会、子どものために立ち上がるすべての仕事
に就く人の会。そして親の会。仕事や立場の垣根を越えて、具体的な行動を始めよ
う。3・11で敗北したのだということを、もう一度思い返そう。私たちはすべて自然
災害にではなく、人災に敗北し、こともあろうに2年後の今も敗北している。ここが
踏ん張りどころだ。終結して、そして徒党を組もう。
もう一度問おう。原発事故から2年、私たちはどこにいるのか。すべては終わった
のだなどとは、口が避けても言わすまい。(広川)』

以上。

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