中国語ができなくても大丈夫 野口悠紀雄の中国経済統計「超」読解法
【第15回】 2013年2月28日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]

10秒間の勉強でOK
――「野口式『超』中国語読解法」のマジック

以下に述べるのは、「10秒間勉強するだけで、中国語が読めるようになる」という方法である。

「そんなのはマユツバだ」と感じられる読者が多いと思う。世の中には「3日勉強すれば英語ができる」という類の本が沢山あるが、それと同類、あるいはもっとひどい内容だろうと感じられるかもしれない。

しかし、そうではないのである。これは、日本語と中国語の関係が特殊であることを利用した合理的な方法なのだ。「論より証拠」を後でお見せするが、その前に、数十年前の思い出について述べたい。

『でる単』の哲学とは

『でる単』という受験参考書があった。これは、『試験にでる英単語』(森一郎著、青春出版社刊)ということで、大学入試に出る頻度が高い英単語をまとめたものだ。ある世代の人なら、大学受験の勉強で、必ず利用しただろう。発行部数が1500万部以上という超ベストセラーだ。

この本の基本哲学は、「入試に出る英単語の頻度は、ソーンダイク頻度表にある一般会話の頻度とは違う」というものだ。大学入試問題の出題者は大学の教師であって、一般より知的水準の高い本を読んでいる。だから、彼らが作る入試問題に出る単語も、バイアスがかかっている。一般英語より水準が高い単語が多い。そこで、「バイアスのかかった勉強をしよう」というのが基本的な考えだ。

そのとおりだ。私は「単語を覚えることによって英語を勉強する」という考えには反対なのだが、「一般の英語と入試の英語は違うものだ」という観察には賛成である。

実は、この本の著者である森一郎先生は、私の高校の担任の教師である。森先生がこの本を書いていたのは私が大学生のときで、私はその実験台にさせられた。森先生の結論は、「野口君の英語も、一般の英語ではなく、入試的英語だ」というものだった。つまり、「普通のアメリカ人では知らないような難しい単語を知っている半面で、アメリカ人なら誰でも知っている単語で知らないものがある」ということだ。

このことは、その後アメリカで生活していたときに、何度も思い知らされたことだ。まず、医学関係の単語を知らない。留学生としてアメリカに着いて数日後に、大学の健康診断手続きで、既往症のチェックリストを渡されたことがある。病名がずらずらと書いてあるのだが、分かったのはTB(結核)とVD(性病)だけ。後は皆目分からなかった。

単語だけではない。文型もバイアスがかかっている。過去完了などは試験では出るが、日常会話ではあまり聞かない。半面で、一般的な会話では、主語を表すのに頻繁にyouを使う。しかし、これは試験英語ではないことだ。

口語では、二重否定が単なる否定になる場合も多い(you don’tknow nothingなど)。また、She don’t careなどとも言う(ビートルズの歌に、この文句が出てくる)。

バイアスのかかった勉強をしよう

『でる単』の話を持ち出して何が言いたいのかと言えば、「外国語の勉強は、目的に応じてバイアスのかかった勉強をすることが必要だ」ということだ。

入試の英語では、入試用にバイアスのかかった勉強をすべきだ。そのほうが、入試合格という目的に照らせば、遥かに効率的なのである。「アメリカの学校に通っていた帰国子女が、日本の大学の英語の入試問題ができない」と言われることがあるが、それは当然なのである。彼らは、「ソーンダイク型の英語」に強いのであって、「入試型の英語」に強いわけではないのだ。

われわれがここで行なっているアプローチも、非常にバイアスがかかったものである。

われわれはまず、口頭の中国語を捨てている。だから、発音の練習をまったく行なっていない。こうした勉強法に対して、中国語の教師は、「発音ができなければ、中国人とコミュニケーションはできません。それは偏った中国語です」と言うことだろう。

そのとおりである。しかし、中国語の発音は大変難しいのだ。そして、われわれの目的は中国語の文献を読むことだから、「発音の勉強などに時間を使ってはいられない」のである。

「口語の中国語を捨てる」という方法は、われわれの目的から言えば合理的なものだが、中国語の教師にとっては認められないものだ。なぜなら、そんな方法を認めれば、「メシの食い上げ」ということになってしまうからだ。ここでは、「供給者の論理」と「利用者の論理」が衝突しているのである。

また、われわれが読もうとしている文章も、かなりバイアスがかかったものである。文型でいうと、疑問文がほとんどない。感嘆文もない。これは、日常会話との大きな違いだ。

品詞でいうと、形容詞、副詞、動詞に比べて、圧倒的に名詞が重要だ。また、人称代名詞もほとんど登場しない。

それにもかかわらず、普通の教科書は、こうした文章を読むための方法を教えていない(中国語だけでなく、どの外国語でも、同様の事情である)。

普通の教科書は、短い文章を読むことを目的にしている。例えば、「私は日本人です」「あなたは中国人ですか?」「いいえ、私は中国人ではありません」といった類の中国語だ。

中国で生活しようとする人なら、こうした会話を学ぶ必要があるだろう。しかし、われわれにはほとんど必要がないことだ。

その半面で、普通の中国語の教科書は、専門用語を教えてくれない。われわれは、これまで経済関係の統計を読んできた。ここで登場した中国語は、普通の中国語教師は教えてくれないものだ。

外国語の教師は、あらゆる専門分野を知ることはできないから、専門用語の教育はできないのである。一般的・日常的表現については過度なほどに網羅的である半面で、専門用語については教えてくれない。しかし、何らかの仕事のために外国語を学ぶ場合には、その分野の専門用語が不可欠なのである。

このように、「専門分野についての文献を読む」ということを目的とすれば、普通の中国語学習とはかなり違う学習法が必要になる。それが、ここで述べていることである。

ウィキペディアの
中国経済の解説を読む

以下では、具体的な文例について、「なんとか読む」ための方法論を示すこととしよう。

つぎに示すのは、中国版ウィキペディアの「中华人民共和国经济」の項目で、最初にある記述だ(http://zh.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%8D%8E%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E7%BB%8F%E6%B5%8E)。(ウィキペディアは完全に簡字体ではなく、この文章の中にも、「國」などの繁字体が混じっている)。

何が書いてあるのか、漠然とは分かるが、中国語を勉強したことがないと、完全には意味は読み取れない。

ワープロの置換機能を利用して
自分で訓読文を作る

ここで、高校の漢文を思い出そう。訓点が付いている文書なら、苦労せずに読めた。難しいのは訓点を付けることなのだ(漢文の試験で難しいのは、白文――原文のままの漢文――を訓読文にする問題だった)。そこで、Aの文章を自分で訓読文に直すことを試みよう。

ここでは、つぎのような機械的な置き換えを行なうことにする。

・的⇒の (4個ある)

・和⇒と (「共和国」の和を除き、3個ある)

・是⇒は (3個ある。なお、是は、英語のbe動詞と似たものである。したがって、正確には「である」とすべきなのだが、「は」と置き換えたほうが読みやすい。日本語の文章で、「である」は略しても意味は分かることを応用したものだ)。

以上の置換法を知るだけなら、文字通り10秒間学習すれば済む。苦労せずに簡単に覚えられるだろう。「こういう方法がある」と認識するだけで十分なのだ。

なお、以上の置き換えは、頭の中で行なってもよいのだが、実際に変換して目に見える形にしたほうがよい。ワープロやエディタのソフトには置換機能があるから、それを用いてコピーしてきた文章を置換すれば、どんなに長い文章でも一瞬で置換できる。

すると、つぎのようになる。

これだけで、かなり読みやすい文章になったことに驚かれるだろう。「中国是世界最大的出口國和世界第二大進口國」という文章は、「中国は世界最大の出口國と世界第二大進口國」となる。「出口」は輸出で「進口」は輸入であることを知っていれば、完全読解に成功したことになる。

介詞、簡字体などを変換する

さらに変換を進めれば、さらに読みやすくなる。

まず、介詞を変換し、また簡字体を変換する。さらに、而など、いくつかの単語を変換する。難しいのは、为、在、则、份などだ。

なお、中国語の原文で略してあるものがある。それを補う。日本語の見出しで「は」や「の」が省略してあるのと同じだ。さらに、意味を補って変換すれば、つぎのようになる。

これで、ほとんど読めたことになるわけだ。

なお、ここで引用したのは、特殊な例ではない。また、文法的に特別簡単というわけでもない。おそらく中国の文献の平均的なレベルだ。そうしたものが、ここで述べた方法で、ほとんど読めてしまうのである。

名詞、動詞の多くが共通だから読める

以上のような方法で中国語が読めてしまうのは、日本語と中国語で名詞と動詞の多くが共通だからだ。また、形容詞、副詞などにも共通のものが多い。

こうなったのは、言うまでもないことだが、日本が中国の文字を輸入して、同じ意味の日本語を表すのにそれを用いたからだ。そのため、「美」を中国語でどう発音するか知らなくても、意味は分かる。また、中国語の発音が日本語の音読み「ビ」に近いであろうことも想像できる。

中国語以外の外国語では、こうした事情はまったくない。だから、上のような読み方はできないわけだ。

明治の初めに日本で英語教育を始めるとき、英語で訓読法をしようとする考えがあった(「変則法」と呼ばれた)。それに対して「正則法」が主張されたのだが、これは、英語を外国語として扱う学習法だ。両者はしばらく併存したが、結局のところ「正則法」が採用されることとなった。

英語で変則法が成功しなかったのは、当然だ。名詞や動詞もまったく異なる言葉だから、訓点を付けたところで読めることにはならないのである(ただし、現在に至るまで、学校の英語教育は、英語を単語に分解して翻訳することを行なっている。これが本当に「正則法」と言えるかどうかは、疑問だ)。

自動翻訳より読みやすい

さて、Aの文章を自動翻訳に掛けると、つぎのようになる。

これと比べると、Cのほうがはるかに読みやすいことが分かるだろう。つまり、「野口式読解法」は、自動翻訳より性能が良いのである。

●野口教授が監修された経済データリンク集です。ぜひご活用ください!●

 

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