内容すら知らされないまま承諾し,その後「こんなことはとても国益に叶わない」と判断しても
について,その協定条文を見ることさえ許されずに同意しなければならない。
おまけにアメリカの場合,政府が特定国との交渉開始を決定しても,そのことを連邦議
会に通知して90 日経過した後でなければ実際の交渉を開始できない。
第二に,この「遅れ」は,メキシコとカナダがアメリカ(USTR)に対する「信頼醸成措
置」を講じたり講じることが確実になるための期間だったとされているが,その「措置
」の内容がまた秘匿されている。
第三に,内容すら知らされないまま承諾し,その後「こんなことはとても国益に叶わな
い」と判断しても既存交渉国が承認しない限り再交渉を要求できないという,既存交渉
国による「合意協定条文」の対象範囲が広く,時間的スパンも長い。
(以上、以下から抜粋)
地域農林経済学会特別シンポ
「TPP と日本経済-包括的経済連携協定は何をもたらすか-」
(2012 年10 月19 日,於:大阪経済大学)
TPP と日本の国民経済・農業-推進論批判をとおして-
磯田宏(九州大学大学院農学研究院)
1.はじめに-「事前協議」の内実と日本がこれから参加することの「意味」-
(1)「事前協議」という名のアメリカによる対日交渉が着実に進んでいる
(中略)
(2)日本がこれから本交渉参加することが何を意味するか
以上で反証したような「事前協議と言っているのだから,交渉にはまだ入っていない」
という誤解とならんで,「正式交渉参加をしてこそ,正確な交渉内容情報にアクセスで
き
るし,ルールメイクに参加できる」という巷間広まっている「誤解」についても,日本
で
もっとも影響力のあるマスメディアの一つがこの期に及んで「主張」しているので※(4
)※,
反証しておきたい。
※(4)『朝日新聞』2012 年9 月18 日社説「経済連携戦略- TPP が欠かせない」は,
ASEAN+6による「東アジア包括的経済連携協定」交渉や日中韓FTA 交渉の開始が現実
の日程として決まる中で,にもかかわらずあくまでTPP こそをカギとして推進すべきと
し,
その重要な「論拠」に「正確な情報を集めるためにも交渉に加わり,ルール作りに日本
の主
張を反映させる」ことを挙げている。※
まず「交渉に参加してこそ正確な交渉内容情報にアクセスできる」という「論」である
が,既に2011 年11 月29 日に「TPP 交渉国には交渉文書その他資料について,交渉中
,
さらには締結後4年間も秘匿する合意がある」ことを,市民団体等の要請を拒みきれず
に
ニュージーランド外務貿易省TPP 首席交渉官が公表し,その合意書簡雛形も公開した。
つまり,交渉に参加して「交渉内容情報にアクセスできる」のは各国政府交渉担当官,
「利害関係者(stake holder)」と呼ばれる有力な企業や業界団体人およびその
ロビイスト,ごく一部の政治家だけに過ぎないのである。
アメリカでさえ,連邦議会の一般議員ですら交渉中の協定案文にアクセスできないため
,
議員の中から繰り返しアクセスを求める大統領宛書簡や情報公開法案が提出されている
始
末である。「交渉に参加してこそ,正確な情報にもとづく国民的な議論ができる」など
と
いうのは,夢想か虚言に過ぎない。
次に「交渉に参加してこそルールメイクに参加できる」という「論」であるが,2012
年7 月に最終的にアメリカ政府の承諾によってTPP 交渉参加が認められたメキシコとカ
ナダのケースから何がわかるかを見ておこう。要点はこれら両国を含めて後発参加国に
,
既存9 ヵ国と対等平等な交渉権利は与えられないということである※(5)※。
※(5)以下は,Inside US Trade の各号記事による。※
第一に,後発参加国は,実際の交渉に参加できるまでに既存交渉国が合意した協定内容
について,その協定条文を見ることさえ許されずに同意しなければならない(Inside U
S
Trade, June 21, 2012)。これは現行交渉開始以来の「新規交渉参加希望国に対して,
オブザーバー参加や条文案の共有を認めない」という「ルール」から演繹されるものだ
が,
実際の交渉に参加するために既存合意事項について「無条件降伏」を義務づけるもので
ある。
おまけにアメリカの場合,政府(大統領,したがってその交渉権限を執行する通商代表
部USTR)が特定国との交渉開始を決定しても,そのことを連邦議会に通知して90 日経
過した後でなければ実際の交渉を開始できない。既存交渉全9 ヵ国がメキシコ宛てに交
渉
参加承諾書簡を送付したのは6 月18 日だが,このことのために同国はその後行なわれ
た2
回の公式交渉(7 月2 日~ 10 日アメリカ・サンディエゴにおける第13 回交渉,9 月6
日
~ 15 日アメリカ・リースバークにおける第14 回交渉)への参加を許されず,参加で
きる
のは12 月3 日~ 12 日にニュージーランド・オークランドで開催予定の第15 回交渉か
ら
とされてしまった。おまけにUSTR がメキシコとの交渉開始意図を連邦議会へ通知した
のは,7 月9 日になってからである。カナダも同様に第15 回交渉からしか参加できな
い
が,同国についてのUSTR の議会通知はさらに遅らされている。「無条件降伏」して初
め
て交渉参加が認められる上に,実際の交渉参加可能時期はアメリカ政府のさじ加減で,
換
言すればアメリカにとって最も都合の良いタイミングに,コントロールされるのである
。
第二に,この「遅れ」は,メキシコとカナダがアメリカ(USTR)に対する「信頼醸成
措置」を講じたり講じることが確実になるための期間だったとされているが,その「措
置」
の内容がまた秘匿されている。したがって,「事前協議」で「信頼醸成措置」を呑むこ
と
を要求され,さらに議会通知のためにも「信頼醸成措置」の実施を要求され,かつその
具
体的内容が当該国民にも知らされないのである。
第三に,内容すら知らされないまま承諾し,その後「こんなことはとても国益に叶わな
い」と判断しても既存交渉国が承認しない限り再交渉を要求できないという,既存交渉
国
による「合意協定条文」の対象範囲が広く,時間的スパンも長い。
まず,TPP 協定は全29 章になるとされているが,各章の内容を構成する条文全てにつ
いて合意に達して交渉終了した章が対象になるだけでなく,まだ交渉終了していない章
の
中でも合意に達した個別条文は対象になるというのがUSTR の解釈である。
さらに,上に見たように,既存交渉国全てが交渉参加承認をした時点までの合意内容だ
けなく,「将来」の合意内容までが対象になる。その「将来」とは少なくともUSTR が
議
会に通知した上でさらに90 日間経過してからであるが(合計90 日を越えるようにアメ
リ
カがコントロールできることは上述のとおり),さらにそれを上回る「将来」であると
の
推測もある。もし仮に後者であれば,後発交渉参加国はいつまでたっても「交渉」して
い
ることにならない。ところが,これらのことを書き込んでいると見られる,USTR から
メ
キシコ,カナダ両国宛て書簡(2012 年6 月15 日)もまた秘匿されているので,真相は
わ
からないままなのである。
いずれにせよ,このような後発参加国に対する不平等な扱いについて,カナダのある研
究者は「屈辱的であり」,カナダとメキシコは「二級交渉国家だ(Second-class Parti
cipants)」
と批判している。これは明らかに古代ギリシャないしローマ国家における「民主主義」
=
「民会」には参加できなかった二級市民の比喩なわけだが,日本がさらなる後発参加国
に
なればその交渉権利は「二級」以下,つまり「三級交渉国家」であり,同様の比喩を使
え
ばもはや「奴隷」並みということになりかねない。
以上を要するに,今から日本が本交渉に参加しても,既存交渉国と対等平等な「ルール
メイク」の権利など与えられないということである。
なお『朝日新聞』は,第13 回公式交渉終了日の2012 年7 月12 日にも「TPP 参加表明
,
迫る『8 月期限』」で,USTR ワイゼル首席交渉官(代表補)が(交渉後の)会見で日
本
のような「『新メンバーが加わった場合は再び交渉の席に着き,合意内容を適切に更新
し
ていく』と明言。『合意事項は変更できない』としてきた従来の姿勢を緩めた。」との
記
事を掲載した。これは明らかに上述のカナダ・メキシコの交渉参加にかかわる経緯・事
実
関係は日本には当てはまらないことを根拠に,日本政府と世論に「参加意思決定」を促
す
意図を持ったものである。
当該「会見」自体については,ワイゼル代表補発言の英語原文が入手できないので,そ
の少し前,7 月3 日に同氏が南北アメリカ研究所で行なった,「TPP 交渉締結後に日本
が
参加した場合の,可能性としての諸対応」に関する所見から,USTR の考え方の真意を
確
認したい※(6)※。結論を言うと,それは第一に「日本が加盟することで,既存協定に
は存在し
なかったようなイッシューが持ち上がった場合に,既存加盟国が(日本が,ではない)
そ
れらに対処するための再交渉を要求できる可能性」であること,第二に「日本の側から
提
起され,しかし既存協定では完全に扱われていないイッシューに対処するための再交渉
の
可能性に言及したが,それは既存加盟国が日本が提起するイッシューからいっそうの利
益
獲得機会を得られると判断した場合のこと」である。つまりUSTR の見解・立場は,既
存協定が再交渉されるかどうか,日本が要望するイッシューが取り上げられるか否かの
決
定権は,あくまでも既存加盟国に握られているのであって,日本の側にはないというこ
と
である。