日本政府とメディアはTPPについて間違った情報を流布している

植草一秀氏の視点ー(2013/03/20)
TPP核心は農業、保険・共済、医療、ISDSにあり

日本政府とメディアはTPPについて間違った情報を流布している。

「TPPは自由貿易を推進するもので、日本にとっても有利なしくみで
ある。」

これはTPPの本質を示していない。同時に判断そのものが間違っている。

TPP「米国の米国による米国のための仕組み」であって、米国には
利益を提供するが、日本の国益には反するものである。

米国が狙いをつけているもののなかで、最重要関心事項は、

1.農業

2.かんぽおよび共済

3.医療・医療機器・薬品

である。

そして、米国が米国の期待する果実を得るために必要不可欠な「兵器」
として位置付けているのが「ISDS条項」である。

米国主導で日本がTPPに引き込まれると、ISDS条項が発動され、
上記3分野で取り返しのつかない事態が発生する。

この点に関する懸念事項を明らかにしたうえで、徹底的な国内論議を
行う必要がある。

政府とメディアの責務はここにある。

これらの諸点を詳細に分析もせずに、

1.日本は自由貿易で発展を遂げてきた

2.自由貿易を促進する枠組みに日本が参画するのは当然

3.早期に交渉に参加して日本の意向を取り決めに反映させるべきだ

などと煽り立てるのは、まさに国益に反する行為である。

TPPはもともと、2004年にシンガポール、ブルネイ、
ニュージーランド、チリの4か国が始めた小さな地域経済協定だった。

ここに、2008年米国が乗り込んできて、米国主導の仕組みに
書き換えられた。

米国は何を目的にTPPに入り込んだのか。

当初から米国の狙いは日本にあったと思われる。

米国は古くから米国企業の日本におけるビジネス拡大に強い関心を
注いできた。

米国企業が日本でのビジネスを拡大できていない原因を米国は、
日本の特殊な制度、規制や慣行を軸とする非関税障壁になると捉えてきた。

この視点から、米国は1988~1992年にかけて、日米構造協議
(SII)を日本との間で展開した。

しかし、期待したような成果をあげることはできなかった。

1993年発足のクリントン政権は、数値目標=結果重視主義を掲げた。

同時に当時の宮沢喜一政権との交渉によって、「年次改革要望書」を
提示することを定めた。

年次改革要望書は2008年まで継続して提示されてきた。

2009年の鳩山政権時に年次改革要望書提示は中止された。

この裏側で進行したのが米国によるTPP参加である。

つまり、米国は「年次改革要望書」に代えて、米国がまずTPPに
参加し、ここに日本を引き入れることを検討したのだと思われる。

メディアはTPPを農産物輸入自由化問題に矮小化して報道する。

「日本がTPPに参加すると関税が撤廃され、日本の工業製品輸出が
拡大し、日本の経済成長が促され、国内雇用が拡大する。
同時に消費者は安い輸入製品を入手することができるようになる。

しかし、農産物の関税が撤廃されると、これまで高率関税で守られて
きた農業生産者が苦境に陥る。

日本全体の利益・消費者の利益とこれまで保護されてきた農業生産者
の利益が対立して、国論を二分する論議になっている。」

連日連夜、NHKが放送する内容は上記のものだ。

このような言い回しで説明を受けた人が、この直後に
TPP参加賛成か反対かを聞かれれば、圧倒的多数が「賛成」と
答えるだろう。

あたりまえのことだ。

回答を誘導する言い回しが上記の説明に組み込まれているからだ。

しかし、次の説明の場合、直後の賛否調査の結果はどうなるだろうか。

「日本がTPPに参加すると、関税が例外なく撤廃されることと
されている。
日本の関税率は工業製品、農産物共に、世界のなかでも最も低い水準
に設定されており、日本の市場は現状で十分に開放的であると判断
されている。このなかで、一部の重要品目についてはWTOの規定の
枠内で、特別に高い関税が設定されている。

TPPはWTOの枠組みのなかで認められてきた例外品目の関税まで
取り払おうとするもの。
コメ、乳製品、砂糖などの品目分野で関税が撤廃されると壊滅的な
影響が生じると予想される。

自動車などの工業製品の関税率はすでに極めて低い水準に引き下げ
られており、関税撤廃による日本の輸出増加は極めて限定的である
と予想されている。

また、TPPの重点は関税撤廃よりも、各種制度・規制の変更にあり、
日本の優れた公的医療保険制度の実質的な解体、各種共済制度、
かんぽなどの崩壊が予想される。

経済効果としては、輸出の拡大余地は極めて限定的である一方、
日本農業の打撃は大きく、医療、金融などの分野での制度解体を
危惧する声が強まっている。

また、ISDS条項を日本政府が受け入れると、国内の諸制度、
諸規制に関する最終決定権を日本政府が失うことも生じる。」

この説明をしたうえで、賛否を確認すれば、
「反対」、「わからない」が圧倒的多数となるだろう。

政府とメディアは、TPP参加が自由貿易賛成、TPP参加反対が
自由貿易反対、であるかのような説明を繰り返す。

まず、これが間違いだ。

日本はTPPに参加しなくても、十分に開放的な市場を形成している。

工業製品の関税率は

米 2.9% EU 1.6% 日 1.6%

例外品目を除いた農産物の関税は

米 5.5% EU 19.5% 日 11.1%

であり、日本の関税率は国際標準からみて十分に低い。

TPPに参加しないからと言って、保護主義、あるいは鎖国的と
批判を受けることはない。

TPP参加予定国のGDP合計値のなかで、圧倒的に大きいのが
米国と日本。

貿易量が拡大するときに、輸入を増やす可能性がある国は
米国と日本だ。

しかし、日本の対米輸出は工業製品で、すでに関税率が低いから
日本の輸出増加は極めて限定的になる。

日本が例外品目の農産物の関税率をゼロにするなら、
日本の例外品目輸入は激増する。

カナダ、メキシコがTPPに名乗りをあげたのは、日本がTPPに
参加することを見込んでのことだ。

TPP参加国は対日輸出を拡大することを目論んでいる。

米国がもうひとつ狙っているのが、金融と医療関係、
そして資格ビジネスだ。

金融では保険ビジネスが焦点だ。

米国は2003年の「年次改革要望書」に次のように記述している。

「共済は民間と直接競合する各種の保険商品を提供し、日本の
保険市場において相当なマーケットシェアを有している。管轄省庁が
規制をしている共済もあれば、たとえば農林産省は農協共済を
規制している。まったく規制されていない、根拠法のない共済もある。
根拠法のない共済にたいして規制制度の欠如および他の共済制度への
弱い規制制度は、日本政府の健全かつ透明な規制環境を企業ならびに
保険契約者に提供する能力を損なうものであり、また共済が
ビジネス規制および税の観点から、民間の競合会社に対し、
大幅に優位にたつ要因となっている。
米国は日本に対し、共済と民間競合会社間の公正な競争確保のため、
すべての共済事業者に民間と同一の法律、税金、セーフティネットの
コスト負担、競争準備金条件、基準および規制・・を適用することを
提言する」

何を書いていあるのか、分かりにくい文書だが、要するに、
米国保険業界は日本でのビジネスを拡大するために、日本の共済制度の
解体を狙っているのだ。

これとまったく同じ文脈で主張を展開しているのが「かんぽ」である。

米国は日本の各種共済制度の解体を狙っている。

農協共済、生協、全労済などが、各種損保商品、生命保険商品を
扱っているが、非営利であるために、商品設計が加入者に有利に
なっている。

これが商売の邪魔になると言って、これらの制度を破壊しようと
している。

もうひとつ米国が狙っているのが、医療、医療機器、薬品、
そして関連保険商品分野だ。

日本の諸制度のなかで、世界的に見て評価の高い、数少ない制度に、
公的医療保険制度がある。

国民皆保険であるうえ、いつでも、どこでも、誰でも、基本的には
十分な医療を受けることができる制度が存在する。

この制度の解体を米国資本が目論んでいる。

米国は、日本の医療制度の混合診療化を目指している。

保険診療と自由診療の併用システムだ。

現在の日本では、自由診療を選択する場合、医療行為全体が
自己負担となる。

混合診療では保険適用医療には保険が適用され、保険適用外医療行為
に対してのみ、自己負担となる。

最先端の医療行為を受けるには、こちらの制度の方が良いようにも
見える。

しかし、保険適用外医療行為の範囲が拡大されると、まったく異なる
結果が生まれる。

つまり、混合診療が拡大する場合に懸念される最大の状況は、
保険適用医療行為が著しく限定されることである。

将来、どうなるのかは未確定だが、社会保障支出を切り詰めたいと
財務省が考えている限り、保険適用医療行為が縮小されるであろう
ことは確実だ。

そうなると、公的医療保険制度では、仮に国民皆保険制度が
維持されるにしても、公的医療保険でカバーされる医療行為が極めて
限定的になってしまう。

病気で病院に行っても、公的医療保険しか使わないと通告すると、
最低限の医療しか受けられなくなる。

営利的な医者や病院は、公的医療保険以外の自由診療を受ける
患者だけを優遇することになるだろう。

医療分野に経済格差が歴然と持ち込まれることになる。

個人が十分な医療を受けるためには、あらかじめ、民間医療保険商品
に加入しておかなくてはならなくなる。

この分野を得意分野とし、この分野でビジネスを拡大しようとして
いるのが米国の巨大金融資本である。

世界最大の保険会社であるAIGはリーマンショック後、米国政府の
傘下に置かれている。

医療分野での自由化を進めると、医療機器の価格、医薬品の価格も
高騰すると予想されている。

米国の医療費の国民所得比は、日本の約2倍である。高齢化率が
さほど高くない米国で国民医療費が膨張しているのは、
医療分野における自由主義=市場原理化によっている。

また、特許などの知的所有権保護を強化すると、安価な後発薬の
販売が制限され、医薬品価格も高騰する。

農業分野では、実は米国巨大資本が日本農業に目を付けている。

日本で大規模農業、株式会社経営による農業を展開すれば、
巨大な利益を得られると考えている。

TPP推進の狙いのひとつがこの点にある。

農業に潜在的に発展の余地があるなら、日本の国内政策として
農業における生産性改善を政府が主導するべきである。

このためにTPPに参加するのは邪道である。

何が問題になるかと言えば、TPPに参加する場合、日本農業が
成長産業になるとしても、その支配権が完全に米国資本に握られて
しまう可能性が高いことだ。

農業の生産、集荷、加工、流通の全過程が、米国資本によって
支配されてしまう可能性が極めて高いのである。

現実に、米国とFTAなどの協定を結んだメキシコ、カナダ、
オーストラリアなどで、この傾向が顕著に観察されている。

これは、日本の経済的安全保障上の重大な脅威になる。

世界が食糧危機に陥るとき、日本で生産される農産物ですら、
日本国民が食することができず、大半が海外に供給されてしまう
ことも生じかねない。

そして、これらの重大な変化を強制する原動力になるのが
ISDS条項である。
裁定機関が結論を下すと、国家といえども抗弁することが
できなくなる。
文字通りの国家主権の喪失である。

TPPを論じる際には、必ず、農業、保険・共済、医療、
ISDSの4項目について、詳細な論議を詰めることが必要である。

とりわけ、核心を担うのがISDSであることを忘れてはならない。

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