「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」と「沖縄に(を)返せ」の歌 附:「沖縄県民の屈辱も痛みも日本国民の屈辱・痛みではないのか」(星英雄さん)

■「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」と「沖縄に(を)返せ」の歌 附:「沖縄県民の屈辱も痛みも日本国民の屈辱・痛み
ではないのか」(星英雄さん)(弊ブログ 2013年4月29日)
写真
写真説明:政府の主権回復の日式典に抗議し、「がってぃんならん」と気勢を上げる大会参加者=28日午後0時2分、宜野湾海浜公
園屋外劇場(琉球新報)
「4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会」(主催者発表:1万人超参加)は三線(沖縄・奄美の楽器)の音に合わせてかつて
沖縄の復帰運動で歌われた「沖縄に(を)返せ」(「沖縄に」の「に」は現在の状況に合わせた替え歌詞。本来は「を」)の大合唱から始
まりました。
「沖縄を返せ」(音声動画)
                   歌:沖縄を返せ
                      作詞・作曲 荒木栄
                   固き土を破りて
   民族の 怒りに燃ゆる島
                   沖縄よ
                   我らと我らの祖先が
                   血と汗をもて 守り育てた
                   沖縄よ
                   我らは叫ぶ 沖縄よ
                   我らのものだ 沖縄は
                   沖縄を返せ
                      沖縄に(を)返せ
この歌は、1960年代の終わりから70年代のはじめにかけて(私にとっては10代の終わりから20代のはじめにかけて)本土に
おいても日米安保条約廃棄と沖縄復帰を訴えるデモ(「70年安保」当時、日米安保条約廃棄と沖縄復帰の課題はセットのものと
して私たちには受けとめられていました)の渦中ではなくてはならない歌としてありました。しかし、いまの本土の若者たち、そして
いまの大人たちの多くも(70年前後に学生運動や労働運動を経験した一部の人たちを除いて)この歌を知らないでしょう。
しかし、沖縄では、本土の人間が40年前の古びた一枚のアルバム写真のように忘却してしまった歌を三線の音に合わせていま
一緒に歌っている。それが沖縄という島だ。それが沖縄という島の「力」だ、と私は思いました。しかし、逆にいえば、沖縄では40
年前の「現実」がいまの「現実」でもあるということでもあるでしょう。沖縄ではそれは沖縄という島が1952年4月28日以来(ある
いは1947年9月の「天皇メッセージ」以来)背負わされ続けてきた「悲しさ」の表明でもあるに違いない。 ・・・・私はただ「沖縄に
(を)返せ」の合唱をデジャヴュの風景の中で聴く歌のように聴き入っていました。
4・28政府式典に抗議する『屈辱の日』沖縄大会(琉球新報)(動画)
【関連記事】
■沖縄県民の屈辱も痛みも日本国民の屈辱・痛みではないのか(連帯・共同21 星英雄 2013年4月28日)
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 4月28日は、安倍晋三政権の「主権回復」式典に反対・抗議する集会が全国あちこちで開かれたようだ。東京では少なくとも
6つの集会があったという。
 その1つ、〈沖縄を切り捨て対米従属を固定化した4・28は「主権回復の日」か!?その偽りを告発する〉集会では、山田朗・
明治大学教授が「主権回復の日」の虚構性を訴えた。主権回復の根拠とされているサンフランシスコ講和条約によって、沖縄・
奄美・小笠原では米軍による、千島ではソ連軍による軍事占領が継続された。
 同時に発効した日米安保条約で、米占領軍は在日米軍として居座り、日米行政協定で占領軍の特権は維持されたなど、事
実上、占領の継続を容認した日といえる。尖閣諸島、千島列島など領土問題の発端もサンフランシスコ条約が作り出し、いま
そのことで、排外主義に流されてはいけないと訴えた。
 日本ジャーナリスト会議の丸山重威氏は、サンフランシスコ条約の調印、発効当日の朝日新聞には沖縄のことは一言もなか
った、そして今日も、基地・沖縄の問題は沖縄だけの問題、原発は福島の問題として済ませていいのかと、マスコミ報道のあり
方を批判した。
 4・28は「屈辱の日」だと怒る沖縄では、本土による構造的差別の解消をつよく求めている。普天間米軍基地の辺野古移設
に県民の90%、41全市町村長と各議会の議長が反対。オール沖縄が反対しているにもかかわらず、安倍政権は辺野古移
設を強行しようとしている。それは差別以外のなにものでもないと。
 集会で、米倉外昭・新聞労連副委員長(琉球新報記者)が重い問いかけをした。米倉氏は生まれは本州。沖縄に住んで26
年目。「沖縄に住んでいる日本人として自分は何ものなのだろうか。沖縄にとって自分はなにものかということをずっと考えて
きた」と話し始めた。
 そして、個人的な意見として一つの問題提起をしたいとこういった。「自分は沖縄に対して差別する側、加害者、植民者、で
あるという認識にいたっている。日本人と沖縄人、日本と沖縄を分けて考えることに異論、違和感を持つ方がたくさんいらっし
ゃるのも確かだ。
 ただ、民主主義の制度として考えた場合、歴史的な経過も含めてある地域に特定の被害、負担が集中していて、その地域
ではやめてくれという圧倒的な民意が示されているのに、全体としては少数であるがゆえに、ふみにじられているのが今の状
況だ」
 「こうした状況が構造的差別だ。結果としてそれが変えられていないという意味において、ヤマトンチューとして変えられてい
ない責任を逃れられないと考えている。自分が日本人であるというアイデンティティーをもっているなら、沖縄にとって自分は
加害者、植民者ではないか、ということを考えてみてほしい」
 この問いにこたえることは容易ではないかもしれない。しかし、正面から受け止めなくてはならないと思う。
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東本高志@大分

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