ラジオ大阪里見まさとのおおきに!サタデー 矢野宏 原発をはね返した町・日高町を語る

 永岡です、ラジオ大阪の、里見まさとのおおきに!サタデー、ジャーナリスト矢野宏に聞く、今日は、新聞うずみ火代表の矢野さん、原発をはね返した町、和歌山県日高町のお話でした。
 福井県は原発銀座(14基)ですが、和歌山にも原発の建設の話があり、日高町は人口7000人の小さな町、大阪から特急くろしおで2時間、原発建設計画が持ち上がったのは1975年(第1次石油ショック直後)、原発は国の政策、関電は大きな会社で、原発で町が潤うと、役場も賛成し、推進へ流され、そこで接待攻勢、子どもの就職の世話などをされて、過疎地なので賛成に流れ、国の言うことなので、町が良くなると言われると町民も弱く、国は間違わないとしていた中、濱一巳さん(今63歳)、原発が安全ならなぜ都会に建てないのかと思い、お父さんも反対で、原発の出来ている町に行き、原発が出来てどうかと聞いたら、跡継ぎは要るのかと聞かれて、跡継ぎが要るなら原発は作るな、原発が出来て海水温が上がりうるみ現象になったと聞き、そして濱さん、原発に反対したのです。
 当時、原発の建設に陸と海の調査が要り、陸は賛成で始まったが、濱さんの漁協は反対もあり、なかなか一つにまとまらず、関電は漁業補償金で数億払われて、親兄弟の中でも賛成・反対に分かれてしまい、網のようになった人間関係が壊されたのです。組合長も推進派に寝返り、仲間が離れるといくらもらったといわれ、漁協の総会の際に、いろいろなこともあり、警察も来て、濱さんも阻止できるのかと思っていき、そして推進派の町長が漁協に来て、次の町長選には出ないので、最期の花道で調査だけしてくれと言ったのですが、濱さん情に流されてはいけないと思い、亡くなった漁師の仲間のことを言って、そんなところで働くならみんな仲良くしないといけないといい、で、町長は何も言えず、そして原発の誘致を取りやめ、反対派の町長が当選して原発計画はなくなったのです。
 そして39年、濱さんが福島事故について、「だまされなくて良かった」、原発は人間の手で止められない破局になったと矢野さんに言われました。
 濱さんを招いて今日うずみ火講座ですが、これ、大事なのは、国が言っているから、大企業が言うから正しいと思うのではなく、自分の目で、耳で結論を出すのが求められる、まずは知ることなのです。
 うずみ火講座、今日2時から、大阪駅前第2ビルの4階、キャンパスポート大阪で行われます(資料代1200円、ラジオを聞いたと言ったら1000円だそうですhttp://uzumibi.no-blog.jp/diary/2014/03/post_c9ba.html)。沖縄も、反対というが、流れは辺野古へ行き、それが正しいかと里見さん言われて、矢野さん、子どもたちの世代に負の遺産を押し付けてはいけない。事故は収束せず、私たち一人一人大人の責任は大きいのです。以上、今日の矢野さんのお話でした。

Categories 原発廃止

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