(証言そのとき)不屈不撓の一心:1 まずは従業員の幸せ 稲盛和夫さん

2014年3月24日05時00分

 ◇京セラ名誉会長・KDDI最高顧問・日本航空名誉会長

 

自らの歩みは、逆境の連続だった。だが、その体験から導き出した経営哲学と経営術は、国内外の多くの経営者に支持されている。京セラKDDI日本航空。畑違いの3社を設立・成長、再生へと導いた稲盛和夫氏(82)が60年に及ぶ経営者人生を語る。

 

■JAL変えた経営理念

《78歳の誕生日を迎えたばかりの2010年2月、経営破綻(はたん)した日本航空(JAL)の会長に就いた。二次破綻の可能性も指摘されていたところを2年8カ月で、再上場に導いた。「官僚以上に官僚的」と言われたJALを変えたのは、半世紀前の京セラの創業時に掲げた経営理念だった。》

09年の年末でした。

当時の前原誠司・国土交通相が「JALを何とかしてほしい。他に適任者はいません」と言ってきました。彼は京都の出身で、彼の東京の後援会長を務めたこともあります。

 

■再建に大義あるか

でも、私は航空業界の経験も知識もない。どうすれば再建できるのかも分からない。「私の任ではない、他にいるだろう」と断ったのですが、何度も頼まれたので、義侠心(ぎきょうしん)のようなものが出てきました。そこで、JALの再建に大義があるかどうか、を考えました。

もしJALが二次破綻したら、日本の景気、国民にも悪い影響を及ぼす。1万6千人は希望退職などで辞めて頂くけれど、残り3万2千人の職を守るのは大事なことです。日本の航空業界で、JALと全日本空輸の2社が健全な競争をすることは、利用者の国民に必要です。景気、雇用、競争という三つの大義を感じて引き受けました。

最初にこう言いました。

「経営の目的は、全従業員の物心両面の幸せの一点に絞ります。株主のためとかは一切ない。これまで、政府の役人、政治家の圧力を受けてきたかもしれませんが、圧力がかかれば、私が矢面に立ちます」

幹部の反応は「はあ?」というか「何を言ってるんだろう」という感じでした。会社更生法による再建のために、弁護士、会計士も来ていた。彼らも同じでした。「更生法の適用を申請した会社の目的が従業員の幸せですか……」という受け止め方でした。

でも、私は言いました。「従業員が幸せになれば、サービスも向上し、業績も上がる。結果、株主価値も上がる、あらゆるところにはね返ってくる。余計なことを考えなくても、この一点に絞れば、社員も一緒に努力してくれる」

当時、現場の社員、お客さんと接するカウンターの社員、キャビンアテンダントらは社会から厳しい目で見られていました。彼らに向け、思想家の中村天風(てんぷう)氏の言葉を紹介しました。「新しい計画の成就は只(ただ)不屈不撓(ふくつふとう)の一心にあり。さらばひたむきに、只想(おも)え、気高く強く、一筋に」。各職場の壁に、この言葉を張り出しました。考え方を一生懸命説いた結果、3年足らずの短い間に再上場という成果につながったんです。

「全従業員の物心両面の幸せ」という経営理念は、京セラKDDIも同じです。京セラの創業間もないころ、思いがけない出来事から思い至ったものです。

 

■労使交渉3日3晩

私は鹿児島から京都に出てきて、松風工業という会社に入りました。でも、上司と対立し、3年で辞めました。支援者が私の持っていた技術を生かそうと、会社をつくっていただけることになった。京都セラミック(今の京セラ)です。

設立3年目に事件が起きました。前年に入った高卒社員全員がやって来て私に要求書を差し出しました。「ボーナスは何カ月以上出すこと、来春の賃上げは何%以上」と書いてある。しかも「要求が受け入れられなかったら全員辞める」。到底、応じられません。

夜は、彼らを自宅に呼び「何でこんなことをするんだ。力を合わせて、会社を立派にして、みんなの生活をよくしていこうと、話したじゃないか」と言いました。でも、彼らは聞き入れようとしなかった。

60年安保の翌年です。当時の京都は共産党が強く、知事も共産党の蜷川虎三さんでした。企業経営者というのは、労働者をこき使って、労働者から搾取すると見てたんでしょうね。3日3晩、説得を続けました。同じことの繰り返しでしたが、とうとう最後の1人も納得してくれました。

その晩、寝床で考えました。私は7人兄弟の上から2番目。親に大学を出させてもらって、親、兄弟のために何かしないといけなかった。でも、何もしてない。一方、見ず知らずの人たちを採用したばっかりに、彼らの一生も面倒みないといけない。会社経営とは何と割に合わないのだろうと、すごく悩みました。

 

■苦悩の果てに真理

2~3日悩んだ末の明け方、会社経営の目的を「全従業員の物心両面の幸福を追求する」と決めました。株主のためでも、経営者のためでもない。少し足りないと思ったものですから「人類社会の進歩、発展に貢献する」もつけました。

翌朝、みんなの前で理念を説明しました。ふっきれた私は正々堂々です。私心は一切なしに、みんなのために会社を経営しようと思いました。誰にも遠慮がなくなり、従業員に率直に話ができ、自信が出ました。

悩んで苦しんで、一つの真理を見いだした。この会社経営の目的は、京セラの全世界の社員、後に設立する第二電電(現KDDI)社員の求心力にもなりました。JALでも、再建を目指す社員の支えになったんですね。

(聞き手=編集委員・多賀谷克彦

いなもり・かずお 1932年、鹿児島市生まれ。鹿児島大卒業後、59年に京都セラミックを創業。「人間として何が正しいのか」を経営判断の基準に、売上高1兆2千億円超の大企業に育てた。84年にはKDDI前身の第二電電を創業。2012年、経営破綻した日本航空を会長として再建した。元京都商工会議所会頭。稲盛財団理事長。著書に「生き方」「アメーバ経営」など。

 

〈+d〉デジタル版に詳しく

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