(検証・安倍政権)リスク伴う、NHK籾井体制

2014年3月30日05時00分

 NHKの2014年度予算案が31日、国会で承認される。籾井勝人会長(71)の失言に揺れたが、安倍政権は「予算が通れば騒動は終わり」(政権幹部)と幕引きを期待する。ただ、政権との近さが目立つ籾井体制が続く限り、NHKは公共性への信頼が揺らぎかねず、安倍政権は事実上の任命責任を問われかねないリスクを背負う。▼3面=「前会長降ろし」に躍起

発端は1月25日、籾井氏の就任記者会見。「(従軍慰安婦の)問題はどこの国にもあった」「(特定秘密保護法は)通っちゃったんで言ってもしょうがない」と語り、報道機関トップとしての資質を問われた。

だが、政権は籾井氏を擁護した。危機管理を担う菅義偉官房長官(65)が会見録画を取り寄せて確認。菅氏は2日後の会見で「問題ない」とかばった。背景にはNHKの報道姿勢に不満を持つ政権が松本正之・前NHK会長(69)退任の流れを作った経緯がある。

政権とNHKの距離が近づいたという評価は定着。籾井氏が辞任すれば、閣僚らが次々と辞任して失速した第1次政権の二の舞いになりかねない。政府関係者は「このままやってもらうしかない」と語る。

今月19日夜、東京都内の高級料亭安倍晋三首相(59)は親しい財界人たちと会食した。松本氏の出身母体のJR東海の葛西敬之会長や古森重隆・元NHK経営委員長らが参加した。首相は「NHK予算案が通ることになりました」と国会審議の見通しを報告。政権の悩みの種になってきた「籾井問題」に区切りをつけたい思いをにじませた。

 

(3面に続く)

 

(検証・安倍政権)「前会長降ろし」に躍起 NHK籾井体制

2014年3月30日05時00分

 (1面から続く)

■麻生氏「籾井ってのもいるな」

松本正之会長(当時)に引導を渡してNHKの「偏向」をただす――。政権発足以来、安倍晋三首相ら政権幹部がこだわってきたのはこの一点だ。

NHKの報道内容への政権の不満は根強く、首相周辺は「原発問題やオスプレイの沖縄配備で批判的な内容を報道した」と指摘。首相に近い財界人は「政権を批判したい現場に松本氏が乗せられていた」と語る。

政権は昨年11月、会長の任免権を持つ経営委員会に、首相に近い作家の百田尚樹氏や埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏らを送り込んだ。松本氏をNHK会長に送り出したJR東海の葛西敬之会長も交代論を唱えた。外堀を埋められた松本氏は12月5日の会見で「私は任期以降やるということにはならない」と表明。首相は周囲に「目的のひとつは達成できた」と満足そうに語った。

だが、後任がなかなか決まらない。首相は「経済人がいい」と漏らしたが、政府関係者は「人選は非常に大変だった」。そんな中、菅義偉官房長官は財界に人脈のある麻生太郎副総理(73)に「経営感覚のあるいい人をご存じないですか」と相談。麻生氏は「籾井っていうのもいるなあ」と、同じ九州出身で旧知の籾井勝人氏の名前を挙げた。

それまで、元経営委員長の古森重隆富士フイルムホールディングス会長やコマツの坂根正弘相談役、オリックスの宮内義彦会長らの名前が取りざたされた。だが、首相に近い財界人は「政権は松本氏を降ろすことばかりで、籾井氏以外に候補らしい候補はいなかった」と明かす。

ネックは報酬だった。NHK会長の年収は約3千万円。「大企業トップの年収から大幅に落ちる」(首相周辺)うえ、国会で野党の批判も浴びる。

麻生氏が探りを入れると、籾井氏は「待遇は気にしません」。三井物産の米国法人社長を務め海外事情に明るく、NHKの国際放送領土問題をめぐる発信を強めたい政権に好都合だった。過去に経営委員候補として検討した経緯もあり、飛びついた。12月13日の経営委で、「反松本」で政権と足並みをそろえる石原進JR九州会長が籾井氏を推薦し、決まった。

「松本氏以上にがんばります」。籾井氏は関係省庁などへの就任あいさつで胸を張った。安倍内閣の閣僚らの靖国神社参拝を評価する発言もあったという。

会長交代劇の流れをつくった政権だが、籾井氏の問題を完全に制御しきれてはいない。

就任会見以降、籾井氏の国会対応に関心を強めた官邸は水面下でNHK側とやりとり。局内で籾井氏に近いと目される経済部出身の理事が窓口を務めた。監督官庁の総務省は、籾井氏に2度の注意を行ったNHKの浜田健一郎経営委員長の国会答弁にも神経をとがらせ、「政府答弁より踏み込むのは避けてほしい」と注文した。

だが、今月12日の参院予算委員会で籾井氏は「視聴者に何らかの形できちんとおわびする」と発言。政権側に事前に根回ししておらず、官邸関係者は「改めておわびする必要はない」と不快感を示した。

31日の参院本会議では、野党6党が籾井氏の言動を問題視して予算案に反対する見通し。国民から受信料を徴収して番組を制作・放送する公共性から全会一致での承認が原則だが、8年ぶりに崩れる。そんな混乱を予言するように、松本氏は昨年12月の退任表明直後、NHK幹部らにこう語っていた。「私は政治家とは距離を置いてきた。NHKを政争の具にしてはいけない」

 

■新体制、着々と権力基盤固め

籾井会長の発言問題を機にNHKの報道・制作の現場は揺れている。

今年2月、ある文書がNHK内に流れた。看板番組「クローズアップ現代」がケネディ駐日米大使にインタビューを申し込んだが、「会長の発言を受けて雰囲気が変わった。イメージが悪化した局の取材には応じられない」などと米国側が難色を示している、という内容だった。インタビューは結局、実現し、今月6日に放送された。だが、NHK内では複数の幹部が「曲折があったのは事実」と一時的に難航したことを認める。

大使がNHKの取材に難色を示しているという情報があることは政権もつかんだ。安倍首相自身が文書を入手し、米国側に真偽を確かめるよう指示。米国側はNHKの担当者と会食したことは認めたが、「よもやま話をしただけ」でインタビューを断った事実はない、と政権側に伝えたという。政権幹部は「勝手な臆測の話をもとにした怪文書だ」と不信感を漏らした。

籾井氏は視聴者と国会の批判にさらされながらも、権力基盤確立に力を注ぐ。国会答弁で「二人羽織」のように答弁の文書を差し入れ、自らを支え続けた経営企画局の副部長を局長級の秘書室長に抜擢(ばってき)した。

籾井氏は会長就任時、理事10人に日付なしの辞表を書かせ、全員が国会でその事実を証言した。多くの理事は籾井氏に批判的だが、4月24日には10人のうち4人が改選期を迎えることもあり、政府関係者は「どうせ任期切れは近い」と人事刷新を示唆する。

籾井氏は就任会見で「私の任務はボルトとナットを締め直すこと」と宣言。不祥事が続々と発覚したNHKのコンプライアンスを強める構え。不祥事を調査する外部委員会のトップに、検事出身で元経営委員の小林英明弁護士を任命した。

小林氏は安倍首相の名誉毀損(きそん)訴訟で代理人を務めるなど首相との距離も近い。「委員会は色んなところに手を突っ込んでくるのでは。本当に不安だ」(幹部)

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