■特派員リポート 前川浩之(前ジュネーブ支局長)

 

アルプスに囲まれた山国スイスは、電力の4割を原子力発電に頼っている。ところが、2011年3月の東京電力福島第一原発事故が、スイスエネルギー政策を大きく変えた。

事故直後の2011年5月、政府は緊急の閣僚会議を開き、全5基の原子炉を2034年までに運転停止して廃炉にすると決め、20年先の「脱原発」を宣言した。とはいえ、実現にむけた具体的な行程表はまだなく、課題も多い。それでも「なんとかなる」という考え方が支配的なのが不思議だ。

 

スイスのブルカルテール大統領は、日本とスイスの国交樹立150周年の今年、2月に来日し、朝日新聞の書面インタビューに答えた。その中で、脱原発については、こう強調している。

 

スイス政府と連邦議会(国会)は、2011年の春、一歩一歩、原発エネルギーから脱すると決めた。現存の5基の原子炉は安全とされる期間(50年間)を過ぎたら廃炉にする。そのため、2050年までのエネルギー長期計画をたてる。水力発電の効率化や再生可能エネルギー活用をすすめたい」

 

大統領が言う、政府がやろうとしていることは脱原発の王道だろう。一番新しいライブスタッド原発が1984年稼働なので、50年後にあたる2034年に原発ゼロを目指すことになる。これまで原発でまかなってきたエネルギーを別のエネルギー源に置き換えて、使う電気を減らす(省エネ)、というものだ。

 

政府が公表したエネルギー政策の素案「2050年へのシナリオ」では、現在55%を占める水力発電を65%に増やす。アルプスの水源を使った既存の発電所は、一度使った水をくみ上げる揚水式にするなどして効率化する。また、原発の代わりにガス発電所を新設し、電力需要に応える。一方で、とにかく省エネをする。寒いアルプスの冬には手軽で便利な電気式ヒーターは禁止し、集合住宅などで合同の暖房(セントラル・ヒーティング・システム)に変える。建物には、エネルギー消費を調べる専門機関省エネ度を認証する仕組みにする。政府は、企業にも、事業活動で使うエネルギーを減らす協定を企業間で結んでほしい、としている。

 

だが、こうしたことにはお金がかかる。政府は、脱原発のコストとして合計300億スイスフラン(3兆4600億円)程度かかると試算。国会などでは「誰が負担するか」という議論が続くが、結局は増税の話になるので、なかなか詳細が決まらない。例えば、現在、暖房の重油やガスにかかっている二酸化炭素税1トンあたり36スイスフラン(約4100円)について、これをほぼ倍の60スイスフランにする議論でもめている。だが、これが実現しても、調達できるのは4億フランにすぎない。一番古いミューレベルク原発(1972年稼働)を50年後までの2019年ごろに運転停止するため、近くにガス発電所を作る計画もたてた。年間70万トンの二酸化炭素を排出してしまうことや、輸入するガス価格が上がってしまうので負担が増えることが問題視されている。

スイスシンクタンク、バーゼル研究所は昨年、「このまま行けば、ガス発電に依存する」ことになるとする報告書発表。政府が出した300億スイスフランは2倍になる可能性もある、と警告している。

 

したがって、目標はいいのだけれど、問題山積、どうやって原発依存を減らすかは、議論の真っ最中。ただ、政府や国会の脱原発の意思は揺るぎがないように見える。脱原発に積極的とは言えない右派の国民党から、反原発に近い左派社会党まで、5党が大連立して政権を作っている国だからだ。それぞれ思惑はあるが、「脱原発はしないといけない」というのは、国民的な合意があるようにみえる。

 

商都チューリヒ郊外にあるチューリヒ連邦工科大で、省エネ住宅の開発に取り組んでいるハンスユルク・ライブングート教授を訪ねた。夏は比較的涼しいが冬がとても寒いスイスでは、冬の暖房にかかるエネルギーをいかに抑えるかが省エネのポイント。教授が開発した住宅では、年間の電気使用量が9割減らせるという。

開発したのは、熱と電気を両方取り出せる太陽光パネルと、その熱を地下500メートルに保存するシステム。まず、屋根材としてそのまま使える太陽光パネルを敷き詰め、コージェネレーション(熱電併給)を生みだす。電気は住宅で使用し、熱は地下500メートルまで掘ってつないだチューブを通った水で運び、地上まで循環させる。地下500メートル付近の岩盤に熱を移すことで「保存」することになる。夏までは地上の熱を地下に運び、岩盤付近の温度は26度ほどになるが、秋になって地上が寒くなると、今度は水がこの熱を運んで住宅を暖める。熱が奪われるので、戻ってくる水は16度前後。これを、地上に置いた小型のヒートポンプで28度まであたため、住宅内を循環させて暖房する。冬の暖房で使う電気は、このヒートポンプのみ。1年間トータルで、電気を9割近く削減できるという。

ライブングート教授は「人類の歴史は、土器を発明して火を扱えるようにしたことから始まり、この火をエネルギーに変えようとした歴史だ。熱を電気に変える発電は、火力でも原子力でも同じ。今の生活だって、熱をいかにうまく使うか、で変えられる」と話す。

教授によると、日本でも立地条件によってはこの住宅が導入できる可能性があるという。「福島(の事故)を目撃した以上、私たちは脱原発に向かうべきだ。スイスでも議論が続くが、私はできると信じている」

 

とはいえ、スイスでも当面は原発が動く。その際に出る「核のごみ」の問題は未解決だ。スイス政府は、地下深くに放射性廃棄物を保管する最終処分場の候補地を6カ所選んだが、まだ実現していない。中部にあるニドバルデン準州では、90年代初頭から計画があり、地元説明会も開かれてきたが、2回の州民投票で「反対」となり、計画は頓挫した。ただ、スイス政府は全くあきらめておらず、地元への提案の仕方を変える、などとしている。

今年、スイスで「地球で最も安全な場所への旅」という映画を公開し話題を集めたスイス映画監督、エドガー・ハーゲンさんに話を聞いた。欧州各地の核の処分場の候補地で、地元の人たちにその安全性と必要性を訴える核物理学者でコンサルタント会社社長のチャールズ・マッコンビー氏に同行したドキュメンタリーだ。

 

「世界には計35万トンの高レベル放射性廃棄物使用済み核燃料があり、1年間に1万トンずつ増えている」

 

映画はこのセリフから始まり、中国・ゴビ砂漠、米国・ワシントン州、オーストラリアドイツスウェーデン、と、核廃棄物の最終処分場やその候補地の関係者の声を淡々と伝える構成だ。悩んだ末に、「人類のためだ」と受け入れを決めたスウェーデンの市長や、反対を続けるドイツの住民デモ。日本の青森県六ケ所村の様子も紹介される。

監督のハーゲンさんは「核廃棄物の問題は国際問題だと考えた。チャールズという世界中の処分場計画に関わっている稀有(けう)な人物が映画の取材に応じたので、これは面白いと思った。映画をみて、原発を地球規模で考えるきっかけとしてもらえれば」と話す。

 

ハーゲンさんは、50キロ先に原発大国フランスの原発があるスイス北部・バーゼルに住む。「フランスはおそらく脱原発しないだろうから、いくらスイスが原発をやめても、核の問題は解決しないと思った」とも語る。欧州は電力送電網がつながっているので、電気が足りなければフランスなどから買うことは今も行われており、国単位で考えても、究極的な脱原発は難しい。

 

各国の核処分場を歩いたハーゲンさんに、スイス脱原発できるかどうか聞いてみた。

スイス人として、脱原発はしないといけないと感じる。方法などでもめているけどね。でも、スイスは小国。自分たちで決めたらやる、のがスイス人だからね」

人口800万人。日本の15分の1の国だからできることなのか。ハーゲンさんの事務所で、自問自答した。

 

 

前川浩之(まえがわ・ひろゆき) 前ジュネーブ支局長。4月から週刊英和新聞「朝日ウイークリー」編集部。2001年入社。津、名古屋報道センター、国際報道部などを経て2010年10月から3年半、ジュネーブ支局長。37歳。国際問題のつぶやきも。アカウントは@hmaegawa。

前川浩之