2014年4月19日05時00分
(1面から続く)
靖国神社参拝で悪化した日米関係の修復のため、安倍晋三がオバマに大きく譲歩したのが、従軍慰安婦をめぐる河野談話だった。
3月14日の参院予算委員会。安倍は河野談話について「安倍内閣で見直すことは考えていない」と明言した。この答弁は、米側の強い要請に応えたものだった。安倍は事前に、自らの口で米政府高官に河野談話を見直さない方針を説明。安倍の考えはオバマにも伝えられた。日米韓は安倍の発言で、首脳会談に向けて大きく前進した。
安倍はもともと河野談話には否定的だ。第1次内閣では、軍や官憲による強制連行を直接示すような記述はなかった、とする政府答弁書を閣議決定。2012年9月の自民党総裁選でも河野談話を見直す考えに言及している。
オバマ政権は安倍のこうした姿勢を当初から警戒してきた。従軍慰安婦問題で、ともに米国の同盟国である日韓がこじれれば、軍事的に台頭する中国、核・ミサイル開発を進める北朝鮮につけいるスキを与える。米国の描くアジア外交は日米韓の強固な関係が大前提。安倍の靖国参拝で米国が「失望」を表明したのも、そうした米国の基本戦略を安倍が狂わせた、と見たからだ。
日米の良好な関係を取り戻すため、安倍は訪日するオバマの「国賓待遇」にもこだわった。米側は当初、日本滞在は1泊としていた。しかし、国賓にするには天皇陛下との会見や宮中晩餐(ばんさん)会などの行事への参加などで、通常2泊は必要だ。
なんとかオバマの滞在を2泊にしたい――。安倍政権は「天皇陛下のお心遣い」を持ち出した。東日本大震災での「トモダチ作戦」など米国の支援に、「天皇陛下ご自身が、大統領に国賓としてのおもてなしで応えたい」と外交ルートで米側に伝達。オバマ側はぎりぎり「2泊」になる日程に変えた。
安倍とオバマの関係は、いまも「うまくいっていない。あまり話せていないようだ」(首相周辺)。
それでも安倍が妥協を重ね、オバマとの関係の修復を目指すのは、それだけ米国抜きでは日本の安全保障が考えられないからだ。
中国は尖閣諸島沖の日本の領海に公船を侵入させ、尖閣を含む上空を自国の防空識別圏に設定するなど、日中は一触即発の状況すらはらむ。圧倒的な軍事力を持つ米国に「にらみ」をきかせてもらわないと、中国はどんな挑発をしてくるかわからない。北朝鮮は、日米韓首脳会談の最中に中距離弾道ミサイル「ノドン」を発射した。日本全体が射程に入るミサイルだ。こうした状況を考えれば「今のところ日本が生きる道は米国に頼るしかない」(日本政府高官)のが現実だ。
米側にはそんな日本の足元を見る空気も漂う。日米関係に詳しいワシントンの識者は「オバマ政権は、米国による尖閣防衛とTPP交渉を結びつけ、TPPで譲歩を引き出す考えかもしれない」と話す。
■傘への疑念 自立志向生む
一方、安倍は米国との同盟は日本の安全を守る上で欠かせないと認めつつ、米国依存からの自立志向を時にちらつかせる。
日本は米国をどこまで頼るのか――安倍政権内部で、激しい議論が交わされたことがある。
政権発足間もない昨年春、安倍は執務室に外務省幹部らを招き、日本が第三国から攻撃を受けたときに、米国がどの段階で報復措置をとるかを議論した。
「日本を助けなかったら米国の世界に対する信用は失墜する」。ある外務省幹部はこう語り、日本が少しでも攻撃を受ければ、米国は即座に対応してくれる、と強調した。だが、安倍の反応は違った。幹部に「本当にそうか」と問いかけて、こう続けた。「東京が攻撃を受ければ報復するかもしれないが、そうでなければ米国は迷うだろう」
軍事介入に及び腰な米国が、果たして尖閣諸島の防衛に無条件で手を貸すだろうか、との疑問は政権内にも広がっている。有事の際の日米の具体的な共同作戦の用意がないまま日米同盟だけに頼っていられない、という危機感だ。
4月5日に来日した米国防長官ヘーゲルは、尖閣諸島を念頭に、日中で軍事的な危機が高まれば、日米安保条約に基づく「防衛義務を果たす」と明言した。
しかし、オバマはこれまで、尖閣諸島の防衛義務に直接言及したことはない。今回の会談で、オバマの口からどのような言葉が語られるのか。日本側は息をのんで見守っている。
「世界の警察」を任じてきた米国も財政の悪化で軍事予算の削減を迫られている。相対的な軍事力が弱まることが威信の低下を招き、米国の存在感が薄らいだ世界の秩序は大きく揺らぎ始めている。
日本の歴代政権は基本的に米国の方針に従うことを日本の「外交方針」としてきたが、安倍政権では「果たして米国だけに頼っていて、日本は生きていけるのか」という疑問が政府高官らに広がりつつある。
それが安倍政権の「独自外交」の形で姿を見せ始めている。その象徴が、昨年のシリア問題への対応だ。
米国は昨夏、化学兵器使用に対する懲罰として同盟国とともにシリアへの軍事介入を検討。オバマは安倍に直接会い、米国への支持を求めたが、安倍は「大統領の考えは十分理解している」と述べるにとどめ、会談では最後まで支持を表明しなかった。
ロシアのクリミア併合宣言への対応でも、日米の温度差が際だった。ロシアを激しく非難するオバマに対し、北方領土問題の解決を重視する安倍はロシア大統領プーチンへの批判を避けた。日本のロシアに対する制裁も米欧に比べて軽いものにとどめた。
それでも、安倍は欧米に足並みをそろえざるを得ない。3月下旬のオランダ・ハーグでのG7首脳会合では、6月に予定されていたロシア・ソチでのG8サミットはボイコットすることに同調。今月17日には、かねて調整してきた外相、岸田文雄の4月末の訪ロの延期を決めた。
中国や北朝鮮の「脅威」から日本を守るためには、アジア・太平洋地域で圧倒的な軍事力を持つ米国との強固な結びつきは維持しなくてはいけない。しかし、世界唯一の超大国だった米国の威信が揺らぎ、世界秩序が混乱する時に、とにかく米国についていけば日本の国益が守られるほど、世界の情勢は甘くはない。
アジア歴訪で存在感が問われるオバマとともに、安倍の立ち位置もまた、揺れている。
=敬称略
(小野甲太郎、ワシントン=大島隆、五十嵐大介)
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