2014年4月20日05時00分
60年近く前に起きた「砂川事件」の判決が、再び注目されている。事件は、東京都砂川町(現立川市)での米軍基地拡張をめぐる反対闘争の中で起きた。判決は、安倍政権が目指す集団的自衛権の行使容認の根拠として突如、浮上した。当事者の目にどう映るのか。▼1面参照
「最高裁の判決をいくら読み返しても、『集団的自衛権』には触れていない。当時、われわれ法律家の間では、自衛権と言えば個別的自衛権のことだった。なぜこんな議論になるのか」
1959年3月、砂川事件の一審で無罪の判決文を書いた松本一郎・独協大名誉教授(83)は、あきれ顔で語った。安倍政権は、自国が攻められていなくても、密接な関係がある国が攻められたときに反撃できる集団的自衛権の行使を、閣議決定による、憲法解釈の変更で認める構えだ。
砂川事件は55年以降、旧米軍立川基地の拡張計画に反対する農民らと警官隊が衝突した「砂川闘争」の中で起きた。57年7月に基地内に立ち入ったとして、学生ら23人が逮捕され、うち7人が起訴された。東京地裁は、駐留米軍は戦力保持を禁じる憲法9条に反すると全員無罪にしたが、最高裁はこれを破棄した。
■法服の下に辞表
59年3月30日午前、無罪判決を言い渡す直前の東京地裁。伊達秋雄(だてあきお)裁判長が裁判官室で、黒い法服の下から、墨書の辞表を取り出し、松本さんに見せた。「国際的、国内的に我が国を混乱させる責任をとる」。松本さんは自ら、駐留米軍を違憲とする判決文を起案した。伊達さんの決断でもあった。「とんでもない」。さえぎる松本さんの声は届かず、伊達さんは地裁所長の熱心な慰留を振り切り、2年後に退官した。
無罪判決後、検察庁は高裁を飛び越え、一気に最高裁に持ち込む「跳躍上告」に踏み切った。最高裁大法廷は59年12月、全員一致で一審判決を破棄。日本には「自衛権」があると認めたうえで、憲法9条が保持を禁じた戦力とは日本の戦力であり、米軍はこれに該当しないと判断していた。
松本さんも最高裁に絶望し、62年10月に退官した。ところが2008年以降、米国で開示が進む公文書の中身に、がくぜんとした。判決前に、当時の最高裁長官が米国側と連絡をとり、全員一致で無罪判決を破棄する意向を伝えたというのだ。「こんな人を我々は頂点に仰いでいたのか」
■閣議決定「姑息」
その判決に、再び日本が揺らいでいる。「集団的自衛権を認めるならば、正面から憲法改正の議論をすべきだ。閣議決定で乗り切ろうとは姑息(こそく)だ」。94年12月に亡くなった伊達さんも、存命であれば、強く反対しただろうと信じる。
■30代「事件…ピンと来ない」
立川市砂川町。「流血の砂川」と呼ばれた闘争の現場は様変わりした。団結小屋が集まり、農家が座り込みを続けた「団結横丁」には民家が点在。南東に約100メートル離れた旧米軍基地の滑走路跡地は、今月オープンした家具店「IKEA立川」の臨時駐車場だ。
「はるか昔の事件とは知っているが、集団的自衛権とどう関係するのか。60代の父の世代でも知らないでしょう」。近くに住む30代の自営業男性は言った。子連れの30歳の主婦は「品川?ですか」。砂川事件と聞いても「ピンと来ない」。
米軍基地は77年に全面返還された。跡地の一部は自衛隊の駐屯地となり、警察や病院施設などと「広域防災基地」を形成する。
闘争現場の跡に、当時の資料を集めた建物があった。反対農家の中心にいた故・宮岡政雄さん(享年69)が立ち退きを拒んだ農園の一角だ。次女福島京子さん(64)が運営する。「時代が変わっても、当時の米軍機の爆風、砂ぼこり、燃料の臭いを忘れられない」。フェンス越しに駐屯地を眺めながら、福島さんはつぶやいた。(辻健治、塩入彩、前田伸也)
■元被告「行使の根拠、こじつけ」 再審請求へ
砂川事件元被告の土屋源太郎さん(79)=静岡市葵区=は近く、再審請求に踏み切る。米国の文書公開を受け、2009年に「伊達判決を生かす会」を結成。最高裁判決の真相解明に向け、情報開示を求める。
「公平な裁判でないのは明白。集団的自衛権の行使の根拠にするなど、こじつけもいいところだ。再審は解釈改憲の閣議決定前に、請求したい」
元被告で九州大学名誉教授の武藤軍一郎さん(79)=福岡県篠栗町=は1957年7月8日、東京農工大3年生の時、米軍基地の拡張に反対するデモに初めて参加した。「農民から力を貸してほしいと頼まれた。農民たちを助けたい思いだった」。ほかの学生らとスクラムを組み、いつの間にか最前線へ。有刺鉄線が張られた柵を倒し、米軍基地内に入り込んでいた。
裁判の間に九州大大学院へ進み、支援者のカンパを受け、福岡から列車を17時間乗り継いで東京の法廷へ通った。63年12月26日、他の6被告とともに罰金2千円の有罪判決が確定した。「再審請求により、現代の人に、砂川裁判がいかにゆがめられたかを伝えたい」
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