ウシとブタで安保を買った安倍政権

ウシとブタで安保を買った安倍政権

http://diamond.jp/articles/-/52615

【第60回】 2014年5月8日 山田厚史
[デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員]
世論誘導の政府、同調のメディア
読売新聞スクープの内情
首脳会議の裏で続けられた日米TPP交渉の結果をほとんどの新聞は「決裂」と報じ、
読売だけ「大筋合意」と伝えた。その後の報道を見ると、日本は牛肉・豚肉の関税引き
下げで米国の要求を呑み、交渉はひと山越えたようだ。「大筋合意」である。
多くのメディアは結果的に「誤報」となった。「協議はまとまらなかった」とした政府
発表を鵜呑みにしたメディアに責任の一半はあるが、報道各社が「誤報」を伝えるよう
な発表を敢えて行なったのは政府である。
「尖閣は日米安保の対象範囲」という発言をオバマ大統領からもらうために、牛肉と豚
肉を差し出した。その内実を隠すには「決裂」と報じられる方が都合がよかったのであ
る。「大筋合意」をスクープしたのに、読売新聞はなぜか「日米安保とTPPとの取引
はなかった」と紙面を費やし主張している。
尖閣が日米安保の対象地域であることを表明することは、首脳会談の準備作業で既に決
まっていた、TPPで日本が譲歩したのは、首脳会談後に甘利明TPP担当相とフロマ
ン米通商代表の閣僚会談だ、取引にはなりえない、というのである。
つまり時差がある、というのである。日本側は準備作業の中で取るべきものを取った。
首脳会談が終わってから不利な条件を出す必要はない。だから「取引はなかった」と主
張している。政府の秘密交渉を暴いたのなら、国民を欺くような情報操作をしたことを
厳しく非難すべきだろう。それが安倍政権になり代わって「TPPと安保に取引はない
」と言い張る。ここに読売のスクープの内情がにじみ出ている。
TPPで日本が譲歩したことはいずれ分かる。大多数の報道機関が「決裂」と書く中で
「大筋合意」と打つことは、一種のガス抜きだ。農業団体の幹部など取りまとめに当た
る人たちに覚悟を迫っておかないと真相が表面化した時、一大事になる。政府に同調的
な論調の読売は、リークの受け皿になったのだろう。
通商交渉の「敵」は国内にもいる。交渉は相手があるだけに100%の勝利は難しい。5分
5分でも7分3分でも、国内の関係者に犠牲を強いることになる。安全保障で得点を稼ぐ
ため農業を犠牲にする、という構図が決まった段階で、最大の問題は「国内への説得」
へと移った。
日本側の演出に協力
ハーバード大学など米国のエリートを養成する大学で人気のある授業は「ネゴシエーシ
ョン」だ。成功や失敗の実例を教材に、交渉術を学ぶ。強調されるのが、身内での合意
形成である。内部の利害関係者を説得することが交渉を成功させるポイントということ
を教えられる。他国と折り合っても国内で支持を失えば交渉は成功とはならない。
そうした目でTPP交渉を眺めるとよく分かる。オバマ政権の背後には議会があり、そ
の後ろに業界団体など利益集団がいる。安倍首相の後ろには自民党農政族と農業団体が
いる。オバマ大統領にとって交渉の難敵は、安倍首相より米国議会だ。利益団体を喜ば
すことで議会の承認を得たい、と考えている。
安倍の優先順位は違う。悲願は憲法改正であり集団的自衛権を米国から認めてもらうこ
とだ。当面は尖閣諸島問題で米国に後ろ盾になってほしい。実益より政治的権威付けを
求めた。互いに求めるものが違えば取引は成立する。日本側の使者は元外務次官で国家
安全保障局の谷内正太郎局長だった。首脳会談は官邸と外務省が主導し、族議員や農水
省の声が届かない所で進んだ。
米国はオバマ大統領自らが「尖閣列島は日米安保条約の適用地域だ」と首脳会談で語る
手はずとなった。日本は牛肉と豚肉を差し出すことが事前に決まった、と見るのが自然
だろう。でなければ首脳会談の後に行なわれた甘利・フロマン会談で日本側が譲歩に応
ずる必要性はない。筋書きは決まっていたのだろう。
甘利・フロマン交渉は述べ40時間に及んだという。傍(はた)からみると二人が押し問
答を繰り返したように思えるが、交渉とはそんなものではない。
「ネゴシエーション」の授業では、交渉を成功させるには交渉担当者が同志になること
の必要性が説かれる。互いに相手の立場を考え、背後にひかえる「国内の敵」をどう説
得するかで、共闘することが交渉の成功につながると。
今回それがどこまで出来たかは分からない。ただフロマン氏は安倍首相や甘利大臣が圧
力団体を説得しやすくするための時間稼ぎに付き合った。日本が抵抗したから首脳会談
に間に合わないほど交渉は難航した、という演出に協力したのである。
米国の後ろ盾を求めた見返り
甘利大臣の抵抗が本物なら首脳会談後に妥協に応ずることはなかった。11月の中間選挙
後に改めて協議すればいい。それではオバマ大統領の立場は決定的に悪くなる。米国に
とって首脳会談を行う意味はない。日米同盟の強化を政権の安全装置にしたい安倍首相
は首脳会談を必要とした。
TPP交渉成立を中間選挙に向けた成果として訴えたいオバマ大統領は日本に協力を迫
り、米国の支持がほしい安倍首相はオバマ氏の立場に配慮するしかなかった。日本はT
PPの交渉参加を決めた時、農業での譲歩が不可欠となったように、日米首脳会談を求
めた時点から、農産品で米国の主張を受け入れることは決まっていた。
成果と呼べるものがあるとすれば、コメの関税を守ったことだろうか。「コメを譲った
ら政権はもたない」という危機感があった。
「安保」で米国の後ろ盾を求めた見返りは農産品、コメに波及しないようウシとブタを
差し出した。それが今回の日米首脳会談である。
「オバマは議会を説得できない。そのうち躓(つまづく)くだろう」。首脳会談の直後
、麻生太郎財務省が漏らした言葉に日本側の無念さが滲んでいる。日本は妥協したが、
これだけの譲歩でオバマは議会を説得できるか、そこは分からない。議会とこじれ民主
党政権が失速し、共和党の天下が戻ることを期待した発言のように聞こえる。
タカ派色を強める安倍政権はリベラルなオバマ大統領と反りが合わない。そうは言って
も米国との同盟に頼らざるを得ない。悔し紛れの言葉だろうが、同盟強化を演出する脇
から本音が噴き出す自民党の癖がまた出た。
鹿児島2区の補欠選挙が念頭に
大筋で合意しながら、その事実を隠した一つの理由が、4月27日投開票があった鹿児島2
区の衆議院補欠選挙だった。鹿児島は畜産県だ。ブランド化した薩摩黒豚などを飼育す
る畜産農家は、安い米国産の流入に神経を尖らせている。関税を大幅に引き下げる妥協
は選挙民の反発を買うだろう。
「交渉まとまらず」なら、畜産農家のために米国の要求をはねつけたことになる。「大
筋合意」なら腰砕けと非難される。
憲法解釈を変更して集団的自衛権を確立したい安倍政権は国民の支持率が頼りだ。4月
から消費税を引き上げ、昨年は特定秘密保護法を強行した。強引な手法に批判が起きて
いる。鹿児島の補選で敗北すれば流れが変わる恐れがある。直前に不利な情報が出るこ
とはなんとしてでも避けたいと考えたようだ。
各社の報道によると日米交渉で牛肉関税は現状の36%が、米国産に対し9%まで下げら
れる。豚肉は価格の安い肉ほど高い関税がかかる差額関税制度の基準関税を現状の半分
に下げる。
日米同盟強化の代償にTPPを使うだろう、という観測は以前からあった。だが、「交
渉の腰砕け」は交渉を取材する記者たちにとって予想外の展開だった。
「焦点はTPP交渉」という見立てを打ち消すように「両国の主張の隔たりはあまりに
も大きい。交渉は首脳会談のあとに持ち越されるのでは」という情報を政府は流しつづ
け、「オバマが中間選挙のために交渉をまとめたいなら、要求を下げて来ない限り大筋
合意はない」という姿勢を強調していた。
根拠に使われたのが3月に豪州と決めた協定である。36%だった牛肉関税を概ね20%に
引き下げることで決着した。相場作りである。農政議員たちは「米国産の関税も豪州を
下回ることはないように」と政府に念を押した。米国が関税ゼロにこだわり交渉が決裂
すれば、先行して関税引き下げを決めた豪州産牛肉が日本市場で有利になる。「米国は
焦っているはずだ」と注釈した。
メディアは「牛肉関税20%という近辺でまとめられるか。さもなければ交渉延期」とい
うマインドセットに誘導された。ところがひと桁まで下げる案を日本は示した。
ジャーナリズムの危うい状況
日米共同声明には「本日、両国はTPPに関する二国間の重要な課題について前進する
道筋を特定した」と書かれた。この裏に日本の大幅な妥協があった。読売はそれを知り
「大筋合意」と打った。
「記事を書いたのは甘利大臣を取材している読売の記者ではない。大筋合意という情報
は、別ルートで記事になった」交渉の関係者はそう指摘する。
集団的自衛権や秘密保護法で政権に寄り添う論調が目立つ読売は政権中枢とホットライ
ンで結ばれている、とも言われている。記者会見で「大筋合意という報道があるが」と
問われた菅官房長官は「両国には解決すべき問題が残されている。大筋合意とは言えな
い」と読売の報道を否定しながら、目は笑っていた。
TPP交渉は守秘義務が掛かっている。交渉内容を漏らしてはならない、という都合の
いい申し合わせをしており、政府は何を問われてもとぼけることができる。情報が隠さ
れ、都合のいいことだけ小出しにして世論を誘導する権力。政権に同調して有利な立場
を目指す大新聞。ジャーナリズムは危うい状況になってきた。

Categories TPP

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