営利を目的とせず、国家の統制から自立して、公共の福祉のために放送事業を行う。だから視聴者が、受信料を払って支える。公共放送のNHKとは、そんな存在である。

その業務を統括して管理するのが会長である。なのに、会長自身が、公共放送の信頼に関わる言動を続けている。

4月30日の理事会でのこと。籾井勝人会長が、消費増税に不安を抱える人を取材したニュース番組について、「困ったというだけではニュースにならない」といった趣旨の発言をし、同じ番組の中で、低所得者への負担軽減策の議論も取り上げるべきだと主張した。

報道の際、異なる見方を紹介するのは歓迎すべきことだ。放送法も、NHKに限らず放送番組は「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めている。

だが、異論とのバランスは、放送される番組全体で判断するという法解釈が一般的だ。個々の番組だけで考えねばならないということではない。理事たちが「いろいろな観点を、様々な機会をとらえて報道している」と説明しても会長は納得しなかったという。

責任者として、番組の内容に関する議論に会長が加わることもあるだろう。だが籾井氏は1月の就任会見で、政府に寄り添うような発言をした。「公式の場で個人的な見解を述べた」と撤回し、「私の見解を放送に反映することはない」としたが、公共放送に携わる者として考え違いだったとは認めていない。

その籾井氏が政策に関わるニュースに注文をつければ、どうなるか。権力を監視するジャーナリズムの役割が十分に果たせるのかといった疑問も浮かぶ。会長の意向を忖度(そんたく)し、政府に批判的な報道がしにくくなるのではないかとの不信感も出てくるだろう。

会長は人事でも、強引な手法を重ねている。

就任早々、日付のない辞表を理事に提出させた。4月下旬の理事人事では、2月に再任したばかりの専務理事2人に特段の理由なく辞任を迫った。人事案は「情報が漏れる恐れがある」と、意思決定権を持つ経営委員会に直前まで示さず、同意を求めた。理事の担当替えなどで説明を求めた経営委員には、「会長の専権だ」と応じた。

公共放送は必要と期待しながら受信料を払う人たちの思いを、どれほど、くみとっているのだろうか。