安倍内閣は1日にも、集団的自衛権を使えるように憲法解釈を変える閣議決定に踏み切る。内閣だけの判断で戦後日本が積み上げてきた専守防衛の原則を転換し、海外で武力を使うことを禁じた憲法を、事実上変えるようなことが許されるのか。閣議決定による解釈変更の是非を改めて考える。▼1面参照

 

■識者「自由でなく限界ある」

「憲法解釈の変更が必要と判断されれば、閣議決定をしていく考えだ」

安倍晋三首相は24日の記者会見で、集団的自衛権の行使容認に踏み切る方針を改めて強調した。その際、戦争放棄を定めた憲法の根幹に関わる変更を内閣の判断でできる根拠としたのが憲法65条の「行政権は、内閣に属する」という規定だ。

「行政府が憲法65条のもと、行政権を執行するために憲法を適正に解釈していくことは当然必要なことだ」。三権のうち行政権は内閣にあるとする条文で、なぜ解釈変更を正当化できるのか。2月12日の国会では、首相は閣議決定による変更の是非について問われ、こう答えている。

「最高の責任者は私だ。私たちは選挙で国民の審判を受ける」。つまり、選挙で選ばれた与党の内閣が憲法解釈を行うのは当然で、その責任者は私だ――という論法だ。だが内閣による憲法解釈については、橋本内閣の村岡兼造官房長官(当時)が1998年、安倍首相とは異なる政府の見解を国会で示している。

村岡氏は「行政府も権限の行使にあたって、憲法を適正に解釈していくことは当然必要」としつつ、憲法99条の「大臣や議員、公務員の憲法尊重擁護義務」が前提になると述べた。

安倍首相の答弁に似ているが、異なるのは、内閣の権限を示す65条ではなく、憲法で権力を縛る立憲主義の考え方を反映した99条に言及した点だ。村岡氏の答弁は、内閣の解釈は憲法を守る立場から「適正」とされる範囲にとどまり、恣意(しい)的な解釈は許されないとの見解を示している。

そもそも集団的自衛権の行使については、81年に鈴木善幸内閣が「憲法上許されない」との答弁書を閣議決定。歴代内閣は30年以上にわたり、この解釈を踏襲してきた。

定着した解釈を状況に応じて変えようとする安倍首相が99条には触れず、なぜ65条を根拠にするのか。

上智大の高見勝利教授(憲法)は「首相は憲法尊重擁護義務に触れたくないのではないか。行政府の解釈変更は自由ではなく限界がある。今回の変更は、歴代内閣が積み上げてきた解釈と論理的な整合性がない。国民の憲法への信頼が揺らぐような変更は、憲法を尊重し擁護しているとは言えない」と指摘する。

 

■条文改正より容易

そもそも閣議決定とは何か。2000年の政府答弁書は「内閣が意思を決定する方式」と定義。その内容は、(1)憲法または法律で内閣の意思決定が必要とされる事項(2)法令上規定がない場合でも特に重要な事項――としている。

だが、閣議決定での解釈変更に対しては「時の内閣の裁量で憲法を事実上改正する」などの批判が強い。それでも安倍首相が、集団的自衛権の行使を憲法改正の手続きではなく、閣議決定による解釈変更で認めることにこだわるのは、その容易さが理由だ。憲法の条文を改正するためには、まず衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で発議し、そのうえで国民投票で過半数の賛成を得る必要があるからだ。

閣議決定は閣僚の全員一致が原則。憲法66条3項の「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ(負う)」が根拠で、帝国憲法で各大臣が単独で天皇に責任を負うとしていたのを改めた。

小泉内閣郵政解散や、鳩山内閣での沖縄・普天間飛行場辺野古移設をめぐる閣議決定では、反対した閣僚が罷免(ひめん)された例もある。今回の閣議決定では、集団的自衛権行使に慎重な公明党太田昭宏国土交通相の賛成も必要になる。与党協議で自民党公明党に配慮を重ねているのも、こうした事情が背景にある。

(笹川翔平、鶴岡正寛)

 

<憲法65条>

行政権は、内閣に属する

<99条>

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ