特集ワイド:安倍さん、戦争への道はあかんえ 護憲運動根付く京都から

毎日新聞 2014年06月23日 東京夕刊

地球儀を手に語る信楽香仁貫主。「政治家さんはもっと大きな観点で考えて」=鞍馬寺で
地球儀を手に語る信楽香仁貫主。「政治家さんはもっと大きな観点で考えて」=鞍馬寺で
「戦争のできる国なんか、ご免です」と、鴨川の納涼床で語る柴田京子さん
「戦争のできる国なんか、ご免です」と、鴨川の納涼床で語る柴田京子さん

どうやら本気で「戦争のできる国」にしたいらしい。集団的自衛権の行使容認へと突き進む政府・自民党、そして連立を組む公明党まで。永田町には届いていないのかもしれない。日本の護憲運動をリードしてきた京都の声、憲法9条を守れの叫びが−−。【鈴木琢磨】

 ◇閣議で解釈改憲は法治国家として三流、四流/「戦争おやめやす」と諭すのがほんまと違うの

ケーブルカーを降り、杉木立の中を歩く。真夏を思わせる日差しながら、吹き抜ける風が心地いい。ここは京都の北のはずれ、鞍馬(くらま)山。あちこちで鳥がさえずる。目指す鞍馬寺本殿わきの休憩所にその色あせた張り紙はあった。

<はるか昔 お釈迦(しゃか)さまはお説きになりました/憎しみと怒りと貪(むさぼ)りの心を捨てたときに平和が訪れると/今 私たちは持っています/戦わないという勇気ある選択をした人類の至宝「日本国憲法」を/戦争で悲しまないために/戦争で悲しませないために/お釈迦さまのみ教えと平和憲法を両輪として/平和への道を進みましょう>

「遠いところを、よくいらっしゃいました」。ちっちゃな体を深く折り、笑顔で迎えてくれたおばあちゃんこそ鞍馬寺のトップ、貫主の信楽香仁(しがらきこうにん)さん(89)。張り紙のことから聞いた。「あれは10年ほど前、自衛隊がイラクへ派遣されることになって、これは危ない、平和憲法がないがしろにされている、と思いまして」。お年を感じさせない張りのある声。「新聞やテレビで拝見してますが、おかしいですな。安倍(晋三首相)さん、平和を表明しながら、よその国のため戦うとか、国を守るとか、もっと別の観点から考えられませんかね。みなと響きあい、共に生きるにはどうするか、とっくに仏さまは説いておられるんです」

ふとテーブルを見れば、大きな地球儀がひとつ。「大好きなんです、地球儀。いつも傍らに置いて眺めていたんですが、汚れてしまって、ついこの間、通信販売で新しいのを買って。日本なんて小さい島国でしょ、地球だって小さな星だし。宇宙のこともしょっちゅう思います。なんで争わないといけないんです。もっと大きなもの、鞍馬山では尊天といってますがね、宇宙の大霊、私たち人間はじめ万物を生かしてくださるエネルギーを感じるべきです」

父で先代の信楽香雲さんは歌人でもあり、与謝野鉄幹・晶子夫妻の弟子だった。「日露戦争の時の晶子の<君死にたまふことなかれ>には感心します。強い女ですよ。戦争はいや、とあの時代に発表したんですから。私も戦時中の勤労奉仕を思い出します。宇治で鉄砲の火薬を詰める仕事をしてました」。境内を歩く。遠くに比叡山が望める。「鞍馬山の天狗(てんぐ)ご存じでしょ、もともとは山の霊なんです。現れてくれはったらええなあ。私はなかなか山を下りられませんから、代わって永田町へ走って行って、政治家さんに気づかせてほしい。戦争への道はあかんえ、と。破邪顕正(はじゃけんしょう)、よこしまなものを破って、正しく改める、が鞍馬山の教えです。安倍さんも内心、迷ったはるのと違いますやろか」。ケラケラ笑いながら、その目は険しかった。

それにしても、と思う。「九条の会」呼びかけ人である哲学者の鶴見俊輔さん(91)、梅原猛さん(89)、作家の瀬戸内寂聴さん(92)ら京都は骨のある護憲派賢人が多い。伝統とリベラルが共存する風土のせいか。同志社大学長を務めた憲法学者の故田畑忍さんが1962年に設立した憲法研究所もそう。門下生に元社会党委員長、土井たか子さん(85)がいる。田畑さんから代表委員を継いだ龍谷大名誉教授で憲法学者の上田勝美さん(80)は怒っていた。

「京都には平和憲法を守る運動を引っ張ってきた誇りがある。だからこそ、なりふりかまわない憲法改悪の暴挙にがまんならない。麻生(太郎財務相)さんが『ワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか』と発言して物議をかもしたけど、安倍内閣はそれを地でいっている。閣議決定で最高法規をひっくり返すなんて、これをやったら日本は終わりですよ。法治国家として三流、四流です。集団的自衛権の行使はアメリカへの貢ぎ物じゃないかね」

憲法への熱い思いを胸に秘めるひとりに狂言師、茂山あきらさん(62)がいる。反骨精神旺盛な父千之丞(せんのじょう)さん(2010年死去)の背を見て育った。「祖父からも満州へ戦争に行ったおやじからも聞かされました。戦争になればわれわれ芸能をやってるものの仕事はなくなる。あっても戦友を鼓舞する慰問だ、と。おやじは梅原さんの書かれた新作狂言の演出をしていました。イラク戦争を風刺した『王様と恐竜』とかね。ことなかれ主義じゃなく、万事、ことあれ主義でしたから、生きていれば街宣カーの上でマイクを握ってるんじゃないですか。9条を守れ、と。もちろん私も同じ思いです。解釈改憲など時代に逆らってますよ」

新京極あたりを歩けば、スマホ片手の若者や修学旅行生であふれ、早くも祇園ばやしが聞こえてくる。四条烏丸(からすま)で若手弁護士らが解釈改憲は許さない、と訴えてはいたが、戦後の安保政策が覆されようとしている緊迫感まではない。鴨川べりものんびりしたもの。夕暮れ、先斗町にある「山とみ」ののれんをくぐった。<常連客は旅人のあなた>と染め抜いてある。納涼床もあるが、いたって庶民的な居酒屋。おかみの柴田京子さん(72)が京ことばで憲法の朗読をしている、と耳にした。

「大したことはしてしまへん。『おくにことばで憲法を』って本があるんですわ。平和を考える集会なんかで読ましてもらいます。戦時中、ここの地下に防空壕(ごう)がありました。空襲警報でサイレンが鳴ると、近所の人が逃げてきて。私も防空頭巾の色まで覚えてますわ。アメリカなんでしょ。戦争、手伝いに行きますわってことでしょ。あんたら、戦争おやめやすと諭すのがほんまと違いますの。安倍さん、私らの思いを聞くつもりあらへんのどすかなあ」

ゆったりと鴨川が流れている。おかみさんが読み上げてくれた。「どないなことがあっても、いくさはせえしまへん。わたしら日本国民は正義を大事にして、いっつも心配せんと、はんなり、ほっこり暮らしていける世の中をつくることを心から願うております。そやさかい、よそさんの国とは仲ようして、いくさはせえしまへん……」。やわらかい声は凜(りん)として聞こえた。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this:
search previous next tag category expand menu location phone mail time cart zoom edit close