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 安倍内閣集団的自衛権の行使を認める閣議決定をした1日夜。

自民党幹事長石破茂は、盟友の浜田靖一や、公明党との与党協議のメンバーだった中谷元岩屋毅を誘い、カラオケスナックに行った。

石破は浮かない表情をしていた。誰かが「これで本当によかったんですかね」とつぶやいた。石破は無言だった。

そしてマイクを握り、1970年代の人気アイドル「キャンディーズ」のヒット曲を歌い始めた。

「不思議なもので、みんなが『集団的自衛権』と言い始めると俺は冷めてしまう。『そんなに簡単に分かるの』って。売れないころから応援していたアイドルに突然人気がでると、『何か違うなぁ』という感覚かな」

3月下旬、石破は不満を漏らした。首相の安倍晋三や自民党副総裁の高村正彦が唱える集団的自衛権の「限定容認論」に焦点が当たり始めたときだった。

石破は党内きっての国防のエキスパートだ。防衛庁長官として自衛隊イラクに派遣。福田内閣では防衛相も務めた。

外交や安全保障は「票にならない」と先輩議員にたしなめられながらも、十数年前から集団的自衛権の行使容認を訴え続けてきた。集団的自衛権の行使は国連加盟国すべてに認められている。日本も他国のように全面的に行使できる「ふつうの国」になるべきだというのが持論だ。

3月31日、自身が本部長を務める自民党の「安全保障法制整備推進本部」の初会合で潮目が変わった。

高村が160人の議員を前に講演。1959年の砂川事件判決の「わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」とした部分を持ち出し、「集団的自衛権も『必要最小限度』にあたる」との考えを打ち出した。

このときを境に「限定容認論」が主流となり、党内から安全保障の本質的な議論が消えた。

2日後の4月2日夜。石破は高村とともに首相公邸を訪れた。石破は安倍に切り出した。「閣議決定文から『集団的』という言葉を外してはどうですか」

集団的自衛権の行使容認に慎重な公明党への配慮からだった。国会での十分な議論に加え、国民の理解が不可欠だとも考えていたからだ。

しかし、安倍は一顧だにしなかった。「だめだ。閣議決定集団的自衛権という言葉は絶対に入れる」

自民党総裁でもある安倍が譲らない以上、補佐役の幹事長が逆らうことは混乱をもたらすのみ。石破はあきらめた。

石破のアイドルだった「集団的自衛権」が離れていった。そして自民党は、「限定容認論」に染まっていった。

 

■血を流す覚悟、語らぬ首相

「アメリカの若者は日本のために血を流す覚悟をしている。他国の若者なら命を懸けてもいいが、日本は懸けない。本当にそれでいいのか」

石破は5月18日のNHK番組で、こう問いかけた。

日本が集団的自衛権の行使を認めても、日米安全保障条約を改定しない限り、米国が攻撃された時に日本が米軍を守る義務はない。

ただ、米軍から支援を求められれば、「憲法の制約があるからできない」と断ることができなくなる。今よりも自衛隊が米国の戦争に巻き込まれる可能性は増える――。

石破が言いたかったのは「ふつうの国」になることの「代償」、そしてリーダーには「血を流す覚悟」が必要ということだった。

しかし、安倍は、この点に触れたがらない。

7月1日の記者会見。

「隊員が戦闘に巻き込まれ、血を流す可能性が高まる点をどう考えるのか」「犠牲を伴う可能性に、国民はどういう覚悟を持つのか」

記者の質問に対し、安倍は「自衛隊の皆さんは危険が伴う任務を果たしている。勇気ある活動に敬意を表する」と、正面から答えなかった。

来春の統一地方選を控え、石破は地方組織の代表を集めて、集団的自衛権について説明する会合を開こうと検討している。しかし、周りは必死に止めている。「もう決まったことなのに、わざわざ異論が噴出するような機会をつくる必要はない。何より安倍さんが嫌がるだろう」(敬称略)

(三輪さち子)