隣人:日中韓 対立と融合/1(その2止) 中国「世界の工場」衰退

毎日新聞 2014年07月08日 東京朝刊

<1面からつづく>

「中国が世界の工場である時代は終わった」。1990年代に中国の税制優遇地へ進出した機械部品会社の社長は、そう語る。社長は近く、中国工場の生産の4割をフィリピンに移転させる計画だ。

西日本に本社を構えるこの会社は、円高と中国の人件費の安さを背景に、中国企業と合弁会社を設立した。日本から配線や材料を中国へ輸出し、中国で部品に組み立て上げる。完成品は、日本へ逆輸入したり、中国国内のメーカーに出荷したりする。売り上げは順調に伸びた。

2000年代に入ると、様相が変わった。地元政府が決める最低賃金が年に約1割ずつ上昇、人件費は進出時の2〜3倍に高騰した。社長は「ある程度の額を出さないと、真面目で腕のいい従業員が集まらない」と嘆く。家賃の高騰も悩みのタネだ。工場の土地、建物は賃貸物件。中国全体の物価高騰と共に、不動産価格も2倍以上に跳ね上がった。

ただ、社長は地元政府にフィリピンへの一部移管方針は伝えていない。「撤退障壁」を恐れてのことだ。「地元政府の耳に入れば、引き留めるために、さまざまな政府許認可が滞る可能性がある」。社長は記者にも、会社の所在地や業務内容の公表は拒み、「会社名は絶対にばれないようにしてくれ」と強く念を押した。

中国での事業を撤退・縮小する日本企業で今、活発になっているのが「チャイナプラスワン」の動きだ。中国拠点は維持するものの縮小し、東南アジア諸国連合(ASEAN)にもう一つの海外拠点を設けるという意味だ。

日本貿易振興機構(ジェトロ)の13年の調査によると、ASEAN諸国で、中国の人件費を上回るのはマレーシアとシンガポールのみ。フィリピンやインドネシアは中国の6割にとどまる。

尖閣国有化に端を発した反日デモ(12年)も「チャイナプラスワン」の動きを加速させた。複数の日系企業が「当時、日本へ輸出する製品の関税手続きが長引いて、納品期限に間に合わなかった」「反日デモによる焼き打ちで数億円の被害が出た。政府間協議で中国側に補償を求めているが、いまだに返事がない」と証言する。

 ◇撤退企業6倍以上

中国への「進出企業一覧」を毎年発行している「21世紀中国総研」(東京都)は昨年12月出版の最新版に初めて「撤退企業一覧」を盛り込んだ。上場企業の撤退事例を10〜13年10月時点まで独自に集計。10年は12社だったが、13年は76社と6倍以上に急増した。

撤退の動きが表面化したのは日中関係が冷え切った時期に重なる。反日デモで経済的打撃を受ける企業が続出し、直接影響を受けなかった企業でも撤退を検討するきっかけになったのは否めない。「業績が不振の企業にとって、『政治的に不安定』が撤退の良い口実になった側面もある」と経営コンサルタントは指摘する。

中国の経済成長で投資環境も変わった。人件費は高騰し、円安がさらに拍車をかけた。中国政府は近年、労働者の権利を守る法整備を行い、会社の都合で人員削減したり、非正規雇用者を大量に雇いコストを抑えたりするのも困難になってきた。中国・大連市のジェトロ大連事務所の海外投資アドバイザー、福田和俊さん(56)は「『中国で作り日本に売る』ビジネスモデルは古い。役割を終えた企業が舞台から退場し、これからは『中国で売れる』企業が主役。今は変化の潮目だ」と指摘した。

静寂に包まれた建設途中のビル群は、映画のセットを思わせる=河北省の曹妃甸工業区で2014年6月8日、河津啓介撮影
静寂に包まれた建設途中のビル群は、映画のセットを思わせる=河北省の曹妃甸工業区で2014年6月8日、河津啓介撮影

 ◇工業区が「鬼城」化

日本企業の投資ブームは終わり、中国経済も曲がり角を迎えている。建設途中の建物が放置され、「鬼城」(ゴーストタウン)化が進む。

天津市から東へ約120キロ。高速道路で2時間ほどの河北省唐山市の沿岸部にある曹妃甸(そうひでん)工業区。面積は東京23区(約621平方キロ)の半分に当たる310平方キロという巨大さだ。05年に開発が始まり、当時の胡錦濤国家主席や温家宝首相らが視察に訪れた。温氏は、自ら日本側に投資を呼びかける熱の入れようだった。だが今、視界には荒れ地が広がる。

集合住宅や商業ビルが並ぶ区域は昼間も人影はまばらだ。片側4車線の道路はめったに車が通らない。建設途中のビルに作業員はおらず、静まりかえっていた。親子連れに声をかけると「ビルは多いが、人は少ない。空き部屋ばかりだよ」と話した。

工業区の一角に、日本企業の誘致を狙った30平方キロの「中日エコ工業圏」があるはずだった。だが、住民に場所を聞いても「知らない」の返答ばかり。交差点の標識を頼りに空き地の中を進むと、道路脇の看板にようやく「日本」の文字を見つけた。

色あせた看板は、熊本県の有機肥料製造会社「ジェム」と中国企業が合弁で工場を建設すると告げていた。「総投資額4000万ドル」「年間生産量1200万トン」「13年7月に操業開始」。華々しい言葉が並ぶが、周囲に工場など影も形もなかった。

最高指導者が足を運んだ開発区の没落−−。中国メディアはその背景を「甘い見通しの過剰投資」「競争相手である天津の政治、経済力に敗れた」などと分析する。日本企業の進出計画も雲散霧消した。

「ジェム」に取材をすると、「進出話はあったが、着工前から動いていない。中国の合弁相手に任せているので理由はよく分からない」と回答した。3年前、曹妃甸の開発について中国側と覚書を交わした野村総研(東京都)は「現在の状況をウオッチしている人間がいない」との回答だった。

歴史認識問題や領土を巡り関係改善が進まない日本と中韓との関係だが、経済や労働の分野では融合も進む。対立と融合が絡み合う現場を追った。【「隣人」取材班】=つづく

Categories 中国

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