石の叫びに耳傾けましょう

《パレスチナに平和を京都の会》の

諸留(モロトメ)能興(ヨシオキ)です

BCC送信で失礼します)

 

 パレスチナのガザで悲しい出来事が起こっています。今の、この瞬間も、テロ国家イスラエルが、ガザを爆撃しています。国境を超えたイスラエル軍が、今現在、ガザ領内に軍事侵攻も行い地上戦も開始しました。300人以上もの、罪の無い人が死亡しています。そのほとんどが子どもと女性です。2000人以上の負傷者も出ています。

 

 イスラエルは学校を、病院を、モスクを残酷に、無慈悲に攻撃し続けています。中東地域で、この非人道的な攻撃が続いている時に、日本も含めた世界は、残念ながら沈黙しています。イスラーム諸国もまた、沈黙しています。何故でしょうか?

 

 ウクライナでのマレーシア旅客機撃墜事故では、ガザで亡くなったのとほぼ同数の乗客・搭乗員が死亡したとの報道は、またたくまに世界中を駆け巡り、全世界から非難と抗議と死体回収最優先を!の声明が各国は直ちに出されました。しかし、テロ国家イスラエルによるガザ攻撃では、マレーシア航空機事故と同数かそれ以上の死傷者が今も発生しているというのに、世界は沈黙したままです。なぜでしょうか?

 

 人間の「いのち」を大切にすると自他共に自負してやまないキリスト教会も、日本政府の集団的自衛権行使の動きに対しては、以下のキリスト教各界から抗議声明がただちに出されました。

「日本カトリック正義と平和協議会」

「日本バプテスト連盟」

「日本キリスト教婦人矯風会」

「日本キリスト教協議会(NCC)

「日本基督教団 西東京教区」

「カンバーランド長老キリスト教会日本中会」

「日本カトリック司教協議会 常任司教委員会」

「宗教者九条の和」

 

 しかし、パレスチナ人へのテロ国家イスラエルによる暴虐と殺戮に関しては、これらキリスト教会ですら、これまでも、今でも、沈黙を押し通し続けてきています。何故でしょうか?

 

 かって2000年にわたってユダヤ人を迫害してきたキリスト教会としては、イスラエルを非難することで、イスラエル(ユダヤ人)から「ユダヤ人蔑視と差別の再現だ!」「「またぞろキリスト教会の反ユダヤ主義だ!」との非難を避けたい・・とする「政治的思惑」が優先する故でしょうか・・?

 

 自分たち「新しい契約者」より一段と劣る「古い契約者」ではあっても、霊的救いの優先順では「同じ身内」であるユダヤ人(=ユダヤ教徒)への批判はすべきでない、との「身びいき」感情、「シオン復帰を当然」とする「宗教的シオニズム容認」感情が、キリスト教会内にも厳然としてあるが故でしょうか・・・?

 

 人間の「いのち」に「軽い」「重い」の違いがあるのでしょうか?

少なくともイスラエル、パレスチナ双方に即時停戦を!の呼びかけ、共同声明くらいは、すぐに出せるはずなのに、そんな声明すら出さず、沈黙し続けてきています。

 

神の前に無差別絶対平等!を説くキリスト教の福音精神と、こうしたキリスト教会の態度は、一体、どう整合性をつけるのでしょうか??

 

 オバマ米国大統領は「イスラエルによる限定的攻撃は支持する。民間人の犠牲者はできるだけ出ない方法で対処することを望んでいます」との声明を出しています。

 テロ国家「イスラエル国民という特定の人間集団のいのちを守る為には、それ以外の人間のいのちなど、多少の犠牲が生まれても仕方がない・・」と、彼は言明しているのです!人間のいのちに優先順があるかのような《おごり高ぶった声明》です。

 

 オバマ大統領はまた、「2012年の11月の停戦に立ち返るよう我々は努力しています」とも語るだけで、「2012年の11月の停戦」以前やそれ以後のガザやヨルダン川西岸でのパレスチナ人が置かれ続けてきている悲惨な閉鎖抑圧状況には、全く言及しようともしません。もちろん、2008年末から09年1月のガザへの大規模攻撃も、それ以降のガザへの悲惨かつ非人道的な封鎖にも一切言及しようともしません。

 

 イスラエルは、パレスチナ国家と紛争の真只中にあるにもかかわらず、国連はイスラエルを紛争国家として認定していません!世界の子どもの人権と福祉向上を目的とするユニセフにすら、パレスチナの子どもたちは含まれておりません。なぜでしょうか?これが「国際平和と維持」を旗印とする国連の、アメリカの現実の姿なのです!

 

 一人の「いのち」は全世界の「いのち」と全く「ひとつのいのち」なのです。私たち人間はもちろん、人間以外の全ての動植物、草や木や水や海や山も、ひとつひとつバラバラで個別のように思われる「いのち」は、すべて「大いなるひとつのいのち」の一部分なのです。部分と全体は一つのものなのです。どちらかを優先させる為には、他方は少々犠牲にしても仕方がない・・とするオバマ大統領の「いのち」の理解の仕方は、明らかに、間違っています。

 

 私たちがパレスチナのため、ガザのため、声を張り上げている事に対して、不快に感じている誰かがいます。その誰かは、私したちも沈黙して欲しいのです。私たちに声を上げて欲しくないのです。しかし、広大な宇宙規模で広がっている「大いなるひとつのいのち」の一部分であり、皆同じ兄弟なのです。

 他の誰もが沈黙しても、私たちは沈黙しません。

 

 「あなた方が黙れ!と言うなら、石が叫ぶであろう」とイエスは言いました。

 

 キリスト教徒なら誰でも知っている言葉です。しかしこの言葉を知っていると自負しているキリスト教徒は、本当に「石が叫ぶ」と思っているのでしょうか?

 

 石は無機物であり、石ころなどには「いのち」などある筈がない・・もし「石にいのちがある」と認めるなら、それは「物活論」、「汎神論」であって、キリスト教教義に反するから・・だから「石が叫ぶ」というのは「単なる比喩に過ぎず」、「石のみならず、人間以外のいきものが叫ぶはずがない!」・・と、圧倒的多数のキリスト教徒は考えているのです!

 

 人間だけがいのちを持ち、人間の、そのうちでもユダヤ民族だけが、神から最初に祝福され、特別な契約を与えられ「神ヤハゥエから選ばれ祝福された者」とみなし、それも古い契約であったから、それ以降の新しい契約こそが、最も正しい契約だ・・とする傲慢な世界観・人間観・自然観に洗脳されているキリスト教徒が、本気で「石にもいのちがあり」「石が叫ぶ」などとは思ってもいないでしょう!

 

 パレスチナの石の叫びにも、ガザの海の叫びにも、焼けつく砂の叫びにも・・耳を傾けながら、パレスチナ人の苦しみ、叫びに耳を傾けましょう!

 

 いのちあるものを殺戮するものへ抗議もせず、沈黙を押し通す人たちや組織や権威にも、抗議と批判の叫びを上げましょう!

2014(H26)7120(送信

 

《パレスチナに平和を京都の会》

諸留(モロトメ)能興(ヨシオキ)

yoshioki-afymzeus.eonet.ne.jp

 

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