自宅から逃げて1000回死ぬか、逃げるのを拒んで1回で死ぬか ほか

 永岡です、京都大学の岡真理さんから、ガザ情勢をお知らせいたします。
<以下、転送>

■拡散歓迎■

京都の岡真理です。
連投、失礼いたします。

イスラエル軍は、住宅を攻撃する場合、事前に警告する場合があります。
事前警告したのだから、殺されたのは、警告にもかかわらず避難しなかった者の責任、
というロジックでしょう。

警告の仕方はいろいろです。電話で、録音されたアラビア語のメッセージで
「*分後に攻撃するから避難しろ」と告げる。あるいは、その旨を書いたチラシを
空から地区一帯に撒く。あるいは、警告ミサイルで屋根を攻撃する・・・・・・
(これは、Knock on the roof方式(屋根をノックする方式)とイスラエル軍は
呼んでいます。この警告ミサイルで殺される者もいます。)

この事前警告について、二つのテクストをご紹介します。

ひとつは、ムハンマド・ジューダの「自宅から逃げて1000回死ぬか、逃げるのを
拒んで1回で死ぬか」と、ラーミー・アル=メガリーの「イスラエルはわれわれに
死んでほしがっている、だが、我々はここにとどまる」です。

日本語だと、「命」と「生活、人生」はそれぞれに別の言葉ですが、アラビア語の
hayat(ハヤー)は、英語の life と同じように、「命、人生、生活」を意味します。
警告に従って、逃げれば、「命」は助かるかもしれません。でも、家と、生活の
すべてが破壊されるのです。「家」は、単に雨露をしのぐための箱ではありません。
それは、自分の人生や生活のすべてがあります。逃げれば命という「ハヤー」は
助かっても、人生や生活という「ハヤー」は破壊されてしまうのです。それもまた、
人間にとっては耐え難い死なのだということを、ムハンマド・ジューダの文章は
教えてくれます。

避難しろと警告されても、ガザの人々にはそもそも避難する場所などどこにも
ありません。ないにもかかわらず、イスラエルは、民間人を標的にしていない
と抗弁するために、形ばかりの警告をします。ラーミー・アル=メガリーの文章
を読むと、事前警告が、いかに人間を愚弄する行為であるか分かります。

■■—————————————————————-
ガザの証言(1)

自宅から逃げて1000回 死ぬか、
逃げるのを拒んで1回で死ぬか

2014年7月17日 マフムード・ジューダ

IMEU

http://imeu.org/article/testimony-from-gaza-you-leave-your-home-to-die-a-thous
and-times-or-refuse-t

イスラエルのミサイルでガザで死ぬことより困難なこととは何か。より困難なのは、イ
スラエル軍から、自宅を10分後に爆撃するから避難しろと電話で告げられることだ。想
像してほしい。10分。それで、この地上におけるあなたのささやかな歴史がすべて消し
去られてしまうのだ。

貰った贈り物、兄弟や子どもたち(亡くなった者であれ生きている者であれ)の写真、
あなたが大切にしている物、お気に入りの椅子、本、最近読んだ詩集、外国に暮らす妹
からの手紙、あなたの愛していた者たちの形見の品、ベッドの香り、西側の窓の外に茂
るジャスミンの木、娘の髪留め、昔の洋服、礼拝用の絨毯、妻のゴールドの飾り、あな
たの貯金。想像してほしい、これらすべてが、10分のあいだにあなたの目の前をよぎる
。驚愕に打たれているあいだに、その痛みのすべてがよぎっていく。

そしてあなたは、古い金属製のキャンディの箱にしまっておいた身分証明書(パスポー
ト、出征証明書等々)を手に、家を出ていく、そして1000回、死ぬのだ。あるいは、出
ていくのを拒み、一思いに死ぬ。

■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガザの証言(2)

イスラエルは我々に死んでほしがっている、
だが、我々はここにとどまる。

ラーミー・アル=メガリー
エレクトロニック・インティファーダ
http://electronicintifada.net/content/israel-wants-us-die-we-will-remain/13613

2014年7月21日

「イスラエルは、ガザの民間人はわが身を危険にさらしているから、イスラエル軍が作
戦を展開する地区を離れなければならない、と主張している。」
アメリカのラジオ局との電話インタビューでぼくが語ったことの一つだ。

インタビューを受けたのは、ぼくが、4人の子どもたち、慢性的な病気を患っている妻
、そして老いた母親といっしょに、マガーズィ難民キャンプの自宅を追い出されてわず
か数時間後のことだ。ぼくたちは今や、イスラエルによるガザに対する身の毛もよだつ
爆撃が続くなか、自宅から避難することを余儀なくされた10万以上ものパレスチナ人の
仲間だ。幸運にもぼくらは3キロ離れたところにいた親類のもとに身を寄せることがで
きた。今、ぼくらは、一部屋に31人がすし詰めになっている。

だが、このちっぽけなガザでは、どこにいようと安全などという感覚はもてない。何も
かもがすぐそこだ。とりわけ、絶え間なく聞こえてくるイスラエルの爆撃と砲撃がそう
だ。

それは、こんな家だった。ガザのどこにでもあるような家。月曜の朝早く、ハーン・ユ
ーニスにあるアブー・ジャーミー家の自宅をイスラエルが破壊し、少なくとも家族26名
がこの世から消し去られたのは。ここ、この家にいるぼくらと同じように、そこでも、
男たち、女たち、老いも若きも、そして幼い子どもたちが身を寄せ合っていたのだ。

ぼくたちが家を離れたのは、マガージーと近隣のアル=ブレイジュ難民キャンプの住民
に電話があり、録音されたアラビア語のメッセージが、直ちに家を離れろと命令し、さ
もなくばガザ市東部のシュジャイヤ地区と同じ運命に直面することになると警告したか
らだ。日曜日に起きたイスラエル軍の集団虐殺で[シュジャイヤでは]少なくとも66名
が亡くなり、数百名が負傷した。

月曜になると、14日間にわたるイスラエルの攻撃の死者数は、一挙に500人に跳ね上が
った。家族全員が殺された家庭も複数ある。負傷者は3000人以上。死者の圧倒的多数は
民間人だ。そして5人に一人が子ども。

どこに行けと言うのだ?

ぼくのホームタウンであるマガーズィはガザ地区中央部の東に位置する。
「我々、ガザの住民が、イスラエル軍[のスポークスパースン]に電話で、世界でもも
っとも人口の密集していると思われる海岸地帯にある自宅を離れろと慇懃に命令される
なんて、まったくもって不当なことだ」とぼくはラジオ番組で語った。頭に来て、ぼく
は叫んだ、「どこに行けと言うんだ?どこに行けと?」

過去2週間にわたって、ぼくら、マガージーやアル=ブレイジュや、シュジャイヤやラ
ファやその他、ガザ地区の北部、東部、南部の多くの場所の民間人は、自宅に閉じ込め
られて、緊張と不安と、昼夜問わぬイスラエルの爆撃の耳をつんざくような恐ろしい爆
音に一睡もできないまま暮らしていた。

完全封鎖されて

そうだ、どこに行けと言うのだ?ガザ地区は、ちっぽけな土地だ。360平方キロしか
ない。ワシントンDCの2倍かそこら、ロンドンの4分の一程度だ。

ガザの頭部と北部の境界にはイスラエル軍が厳重に展開していて封鎖されていて、エジ
プトは、イスラエルを経由しない唯一の陸の境界であるラファ検問所を封鎖している。
最後に残された西の境界、すなわちガザの海には、イスラエルの砲艦がわんさといて、
岸に向けて砲撃してくる。安全なところなどどこにもないのだ、先週、浜辺でバクル家
の4人の少年たちがむごたらしく殺されたように。

だから、どこへ行けと言うのだ。イスラエル軍は電話メッセージでわれわれに、海岸部
の街であり難民キャンプであるデイル・エル=バラフにお行きなさいと助言してくださ
るが、デイル・エル=バラフはマガーズィやアル=ブレイジュからほんの7キロしか離
れていない。しかも、ガザ地区でもっとも人口が密集している地区なのに。

デイル・エル=バラフだって、すでに攻撃にさらされている。イスラエルの砲艦や戦闘
機がこのガザの街も絶え間なく攻撃しているのだから。どこへ行けと言うのだ?

ガザの住民たちすべてが死と怪我に直面している。イスラエルは、パレスチナの片隅に
あるこの小さな土地のありとあらゆる地域を攻撃しているのだから。

どこにいても安全じゃない。人々はイスラエルによる7年にわたる懲罰的封鎖のせいで
実に厳しい経済状況のもとで生きてきたから、助けあうことさえままならない。

ぼくらはパレスチナに戻る

家を追われてぼくは問わずにはいられない。シンプルな問いだ。「どこに行けというの
か?イスラエルは我々にどこに行ってほしいのか?われわれに死ねということなのか?

そうだ、明らかに、彼らはわれわれに死んでほしがっている。彼らの脅しは実行に移さ
れた。シュジャイヤの虐殺やさらなる虐殺が日々、証明しているように。

イスラエルはわれわれにどこに行ってほしがっているのか?地獄?いや、われわれが行
くのは天国だ、そしてわれわれの魂は、お前たちを呪ってやるのだ、国際司法裁判所で
、あるいは最後の審判の日に。「国際社会」なるものがこの世でわれわれに正義をなす
ことを拒否して、男たち、女たち、子どもたちに対する暴虐非道を犯し続ける占領者の
側に依然として立ち続けるならば。

オバマ合衆国大統領は言った、自分は「イスラエルの自衛権を支持する」と。
オバマよ、お前が言う、この「自衛権」というのは何のことだ?テレビのスクリーンで
、あるいは荒廃し、貧困に喘ぐガザ地区から発信される写真で、バラバラになったパレ
スチナ人の子どもたちの姿を見てくれ。

我々はどこに行くのか?

我々はパレスチナに帰る、われわれ自身の祖国、イスラエルが1948年に盗んだ土地
。もう今回だけは、どこにも行くところなどない。1940年代、イスラエルは集団殺
戮を行って、祖父たちは避難を余儀なくされたが、われわれは、祖父たちの過ちを繰り
返さない。

ぼくたちは逃げない。とどまり続ける。

■ラーミー・アル=メガリーはガザ地区のジャーナリスト、大学講師。

[翻訳:岡 真理]

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