ドイツは経済も強く財政も安定していますが、 なぜ日本は財政改革ができないのでしょうか?

【新連載】宿輪ゼミLIVE

Facebook等でなんと6600人以上のメンバーを持つ「宿輪ゼミ」。働きながら経済学博士を取得し、東京大学大学院、早稲田大学、慶応義塾大学経済学部などで非常勤講師として12年教鞭を執ってきた宿輪純一先生(51歳)が行っている「経済・金融」を中心とした公開講義だ。宿輪先生を慕う学生ボランティアによって運営されるこのゼミは、2006年4月の初回開催以来、この12月で170回を数えた。

会場は東大の近くの公民館、参加者は社会人が7割だが、学生や主婦も集まる。扱うテーマは「国際経済・金融の情勢」「アベノミクス」「円の行方」「経済指標の視方」から「人間学」まで幅広く、時には財務省、金融庁、経済産業省、日本銀行などの当局幹部のゲストを招いた特別講義も行う。最もホットで一番わかりやすい「経済・金融」講義をお届けする。

財政赤字削減のめどが立たない日本
欧州経済を支えるドイツ

衆議院選挙は予想通り自由民主党の勝利に終わり、その結果として、安倍政権の政策は「アベノミクス2(第2弾)」として、今後よりパワーアップすることになるでしょう。

アベノミクス、特に金融政策の最重要の目標は「インフレ率の上昇(インフレターゲット)」ですが、財政赤字(国の借金)は拡大し、景気の回復も強くは感じられません。逆に実質賃金が下がっているために生活は苦しくなってきているようです。

それに対しドイツは財政赤字が少なく、経済も強い。日本との差はいったいなんなのでしょうか。1977年頃には「米日独機関車論」などと言われ、日独は同格の印象がありましたが、ここにきて日本とはずいぶん差が開いてしまっています。

GDP対比政府総債務残高(2013年)でみると(概数)、日本が約240%でダントツの世界1位、ドイツがなんと約80%、ちなみに第2位のギリシャは約180%です。しかも、ドイツは来年2015年に財政を黒字化または均衡させる公約を達成する見込みです。日本は来年2015年に基礎的財政収支(プライマリーバランス)赤字の半減、そして2020年に黒字化する公約でしたが、2015年の半減という目標は難しくなりました。貿易(2013年)をみてもドイツの貿易黒字は大きく世界2位で2300億ドルの黒字(1位は中国)、日本は700億ドルの貿易“赤字”となっています。現在、ドイツは、欧州経済を支えているほどの経済の強さがあります。

90年代後半に欧州で仕事をしていたときに、フランクフルトにあるドイツの中央銀行“ブンデスバンク”をよく訪問しました。入口にいる警備員がマシンガンを持っていて、警備も厳重でした。そこでブンデスバンクの方々とさまざまな議論をしました。引退したシュレジンガー元総裁とも何回か話しました。話をしてみてよく分かったのは、ドイツの経済政策の基本には、大いなる「トラウマ」がそのベースになっているということです。

インフレとナチスのトラウマ
ドイツの経済政策の背景

ドイツの歴史上の最大の悲劇は、なんといっても第2次世界大戦の敗北です。しかし、それを招いたのは第1次世界大戦後に「ハイパーインフレ(急激なインフレ)」で社会が乱れたことであり、それに乗じてナチスが台頭したことです。つまり、インフレにさえならなければ、ナチスの台頭もなかったし、第2次世界大戦もなかった。そのインフレを招いたものは、国が借金を重ねてお金をばらまいたことでした。こうしたトラウマから、ドイツはインフレを誘導する経済政策に対する嫌悪感が著しいのです。

現在、ドイツの経済政策はフライブルク学派がベースになっています。その特徴的な考え方は以下のようなものです。通貨価値の維持(通貨の大量発行による“インフレ”と“通貨安”をしない)、国債を発行することにもなる財政政策は景気対策として使わない(景気対策は規制緩和によって企業中心に行う=構造改革)、その場しのぎをせず将来の成長を考える、というものです。

ユーロ導入以前、ドイツの通貨はマルクでした。ドイツでは第1大戦後のハイパーインフレからの脱却を狙って、1923年に臨時通貨としてレンテンマルク(レンテンとは英語ではRentで地代等の意味)を、土地を担保として発行し、その結果、急激にインフレは収まっていきます。その後、新しい法定通貨としてライヒスマルク(ライヒスとは国の意味)に引き継がれていきます。さらに、戦後、1948年にドイツの悪癖であったインフレを断ち切るために西側勢力によって、新たに(ドイツ)マルクが導入されました。このように、ドイツの経済政策の歴史を振り返ると、通貨価値の維持が至上命令の通貨だったのです。その伝統をドイツは今でも大事にしています。

改革の断行の方が
首相に再選されることより重要

その後、ドイツは1990年に大事業であった東西ドイツ統一を行いましたが、結果的に財政赤字は莫大な額になり、さらに景気の低迷が追い打ちをかけて「欧州の病人」とまで言われるようになってしまいました。

2003年に当時のシュレーダー首相が「アジェンダ2010」を掲げ、財政赤字の削減のために、リスクを取って構造改革を進めることになりました。社会保障における社会扶助を一本化しその全体額を削減しました。また雇用制度における無期限の失業給付を中止し、職能訓練の拡充にシフトしていきました。これによって当時10%あった失業率は下落しました。

さらに、企業に対しても、法人税の引き下げ、株式の持ち合いをやめるなど収益性を高める改革を行いました。財政は好転し、景気も徐々に良くなっていきました。このような構造改革には国民の痛みを伴うものです。成果が出るまで時間もかかります。その後、シュレーダーは2005年の選挙でメルケルに負けましたが、2006年からドイツ景気は著しく好転しました。シュレーダー曰く「改革を断行することの方が首相に再選されるよりも重要」だったのです。

最近、ドイツは「インダストリー4.0」(第4次産業革命)としてさらに産業の改革をすすめており、「考える工場」をつくることで生産工程からムダを徹底的に省いています。

現在、米日英ではゼロ金利を超えて「量的金融緩和政策」が導入されています(米国は量的金融緩和政策からの脱却=正常化に向かっていますが)。しかし、ドイツの影響力が強い欧州では、ゼロ金利すらまだ導入されていません。

原理原則を貫くドイツは
欧州経済を救えるか

欧州での金融政策はECB(欧州中央銀行)が行っています。ドラキ総裁はイタリア出身であり、量的金融緩和もその一案として議論が進んでいますが、導入は決定されていません。そもそも、ECBが加盟国の国債を購入する「量的金融緩和」は、EUの国際条約「リスボン条約」で原則として禁じられているのです。「中央銀行による債務の肩代わり(財政ファイナンス)」 になるからです。さらに、ドイツは国債を買い取れば財政赤字の穴埋めにつながり、ECBの独立性も揺らぐと訴えています。その主張はきわめて真っ当です。

日本が行ったように国債の買い取りはその代金として資金供給を行うことになり、通貨価値の低下をもたらしインフレと通貨安をもたらします。ドイツは第2次世界大戦のトラウマがベースとなり、財政赤字の拡大も、量的金融緩和も抑制されているというわけです。しかし、ECBはドイツ以外の国も参加しており、市場では、米日英型の量的金融緩和を欧州に期待する向きも多いのもまた事実であり、ドイツの考えを今後どこまで貫けるかは不明です。

また、ECBでは、金融政策の一環として「マイナス金利」が採用されました。民間銀行がECBに預ける預金の金利をマイナスにするということです。銀行はECBへの預金をしていても損になるので取り崩し、民間への貸出を増やそうとすることになりました。このマイナス金利の導入は、日本銀行のマネタリーベース(通貨量と当座預金残高)を倍増させようとする政策と“逆”であり大変興味深いものです。

今後のECB理事会における量的金融緩和の議論におけるドイツの踏ん張り、そして、アベノミクスとして欧州と反対の金融政策を採用する日本銀行のこれからの対策(さらなる金融緩和と出口戦略)が対比として注目されます。

筆者は「経済政策は“教育”」と考えています。その場しのぎの短期的な対策よりも、長期的な成長をねらった対策こそが望ましい。おかしくならないからいいというよりも、生き方の問題ではないでしょうか。

※本連載は宿輪ゼミや大学講義、そして自身の研究に基づく個人的なものであり、所属する組織とは全く関係はありません。

しゅくわ・じゅんいち
経済学博士・エコノミスト。1963年、東京生まれ。麻布高校・慶應義塾大学経済学部卒業後、87年に富士銀行に入行。国際資金為替部、海外勤務などを経て、98年に三和銀行企画部に移籍。合併でUFJ銀行、UFJホールディングス経営企画部等に勤務。兼務で、東京大学大学院、早稲田大学、清華大学大学院(北京)、慶應義塾大学経済学部等で非常勤講師として教鞭。財務省・経済産業省・外務省等の経済・金融関係委員会に参加。2006年よりボランティアによる公開講義宿輪ゼミを主催し、映画評論家としても活躍中。主な著書に『円安vs.円高―どちらの道を選択すべきか』(共著、東洋経済新報社)、『通貨経済学入門』(日本経済新聞社)、『ローマの休日とユーロの謎―シネマ経済学入門』(東京経済新報社)がある。
Facebook宿輪ゼミ公式サイト

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