ドル高の巻き戻しが物語る「世界経済リスク」雑感

【第362回】 2015年1月20日 真壁昭夫 [信州大学教授]

原油安だけではない米国変調の真相を探る市場

今年後半、変化の見通しが?
ドル高一服感の理由と米国経済

昨年末から年初にかけて為替市場で目立った動きは、原油価格の下落に伴い、これまで続いてきたドル高傾向にやや一服感が出ていることに加えて、ロシアのルーブルやブラジルレアルが一時、大きく売り込まれたことだ。

ルーブルやブラジルレアルが売り込まれた背景には、“逆オイルショック”と呼ばれる原油価格の下落があった。一方、独歩高を続けてきたドル高傾向にやや変化が見られた背景には、もう少し複雑な要素が絡み合っていると見る。

ドル・円の動向については、当面ドル高・円安傾向が続くとの見方が大勢だが、今年後半以降、ドル高傾向に変化が出るとの見方が台頭している。

そうした予想の理由の1つは、投機筋のドル買い・円売りの持ち高=ポジションが大きく積み上がっていることがある。ポジションが大きく積み上がると、原油価格の予想外の下落などの波乱要因によって、ポジションを手仕舞う動きが一斉に出る可能性が高まる。

そうした大手投資家のポジションの事情に加えて、米国FRBの金利変更時期が後ずれする可能性も取り沙汰されている。足もとの為替市場を見ると、FRBは年央までに政策金利の引き上げを行うことがすでに織り込まれており、仮にそうした予想が狂うとすれば、為替だけではなく株式などの金融市場にも影響が出るはずだ。

ドル相場の大元にある米国経済の回復は続くと見られるものの、景気サイクルから見て、そろそろ天井圏に差しかかる可能性も指摘される。また、一部の経済専門家から、「サブプライムローンが復活しつつあり、ニューヨークなど一部の地域では不動産バブルが発生している」との指摘も出ている。

為替ディーラーなどにヒアリングすると、「足もとのドル高の一服は、ポジション調整による一時的現象」との見方が多い。

そうした市場参加者の実感には、相応の説得力がある。ヘッジファンドなどの大手投資家がドル買い持ち=ドルロングのポジションを相当額積み上げた結果、世界経済に予想外のことが起きた場合、彼らはリスク回避のために、手持ちのドルロング・円ショートのポジションを手仕舞うはずだ。今回の原油下落は、まさにそうしたケースと言える。

一方、一時1ドル=122円台まで上昇したドルの上値が、ここに来て次第に重くなっているのが気になる。それは、単純にポジションが積み上がっていることだけでは説明が付きにくい。

1月初旬に発表された米国の雇用統計では、前月比の非農業部門雇用者数が事前予想を超える25万2000人増、失業率が5.6%まで低下した。そうした数字を見る限り、米国の労働市場の回復は明らかだ。しかし、1つ引っかかる数字があった、時間当たりの平均賃金が、前月比で若干低下したのである。

雇用者数が大幅に増えているのだから、本来であれば賃金水準も上昇していてしかるべきだ。ところが実際には、賃金レベルが低下した。それが単なる統計のアヤなのか、あるいはそこに何か重要な変化が起きているのかは、今後の展開を注視する必要がある。

ドルの上値が重い背景には
投資家のリスク意識が見え隠れ

ただ重要なポイントは、市場関係者がそこに何かしらリスクが隠されている可能性を見たということだ。多くのディーラ-やファンドマネジャー連中は、とりあえず手持ちのドルに利益確定の売りをかけて、持ち高を減らした。

米国経済の回復は2009年6月に始まっており、経済循環の見方からすると、「そろそろ天井に近付いている」との感覚があるのかもしれない。それが今後、徐々に顕在化すると、ドル高トレンドがこれからも続き、年末には130円レベルまで到達しているというシナリオに、狂いが生じるはずだ。

原油価格下落が大きなマイナス要因に
懸念されるロシア・ブラジルの経済

原油価格の下落は、イラン、サウジアラビア、ロシア、ベネズエラ、さらにはブラジルなどの諸国に、大きなマイナス効果をもたらした。

特に、ウクライナ問題で経済制裁を受けているロシア経済には、重大なマイナス要因となっている。同国の外貨準備額を見ると、1980年代後半のルーブル危機がすぐに再現されることにはなりにくいものの、原油価格とルーブルの下落が続くと、輸入物価の上昇もあり、ロシア経済は厳しい状況に追い込まれる。

ロシアに関して最も懸念されることは、経済状況の悪化から国民の目を逸らすために、プーチン大統領がさらなる国土拡大政策などの手段に出ることだ。それは、世界経済の足を引っ張るだけではなく、地政学的リスクを増大させることにもなりかねない。

一方、ブラジル経済に対する懸念も高まっている。同国の主要輸出産品である鉄鋼石の価格低迷に加えて、レアル安に伴う物価上昇が国民の生活を圧迫している。原油価格の下落、国営石油公社ペトロブラスの汚職などが重なり、ブラジル経済に黒雲が漂っているようだ。

ベネズエラの財政状況の悪化も進んでおり、盟友であるキューバに対する支援金を減額せざるを得ない状況に追い込まれているという。そうした状況を映して、キューバは米国との関係改善に動いているとの見方もある。

また、原油輸出収入の減少で中東の産油国政府のリーダーシップが低下すると、中東地域のイスラム勢力の拡大が加速することも懸念される。テロ活動の活発化などのパスを通って、欧州地域をはじめとする世界の地政学的リスクを高め、金融市場を混乱させることも懸念される。

ドルロング・円ショートの巻き戻し?
為替市場動向とわが国経済の行方

足もとの為替市場の動きを見ると、短期的にわが国経済の回復速度を緩やかにすることが懸念される。エネルギー資源価格の下落によって、わが国の貿易収支は一時的にやや改善するだろう。それは、為替市場の円の需給を少しタイトにするはずだ。また、米国経済の先行きに少しずつ不透明感が出るようだと、ドル高・円安の基本トレンドにやや変化が出ることも想定される。

特に、米国FRBの利上げ時期が後ずれするとの見方が高まると、根雪のように蓄積したドルロング・円ショートのポジションの巻き戻しが出る可能性もある。

それが現実のものになると、アベノミクスを支えてきた円安・株高のトレンドに微妙な変化が出るはずだ。その場合には、政権支持率を維持するため、旧来型の財政政策の出動を余儀なくされるだろう。

安倍政権の規制緩和や制度改革は一段と実行が難しくなり、わが国経済の実力である潜在成長率を高めることができなくなる。わが国の国力が目に見えて低下することは、避けられない。

また日銀は、追加の金融緩和策の実施に踏み込まざるを得ないだろう。わが国のGDPの約6割に達する日銀のバランスシートはさらに膨らみ、最終的には中央銀行としての信認を失うことにもなりかねない。

日銀の信認が失われると、日銀の債務である円はさらに下落することになるだろう。それはまさに“悪い円安”であり、わが国経済の根底を揺るがすことになる。そうした最悪のシナリオにならないことを祈りたい。

最近の為替市場の動きを見て、そんなことを思う次第である。

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

w

Connecting to %s

%d bloggers like this:
search previous next tag category expand menu location phone mail time cart zoom edit close