2015年1月27日05時00分
過激派組織「イスラム国」による人質事件で、日本政府は24日深夜にインターネット上に公開された拘束中のフリージャーナリスト後藤健二さん(47)の画像について、公開されるよりもかなり早い段階で把握し、音声の内容もつかんでいたことが政府関係者への取材でわかった。▼3面=脅威の系譜、36面=国内のイスラム教徒は
政府はこれまで、24日午後11時過ぎにネット上に公開された画像を把握したとしていた。画像の後藤さんは手に写真を持っており、写真の中には千葉市出身の会社経営者湯川遥菜(はるな)さん(42)が殺害されたとみられる様子が写っていた。また画像には音声があり、後藤さんを名乗る男性の声で、「イスラム国」の要求が身代金からヨルダンで収監されているサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放に変わったことを告げていた。
政府関係者によると、政府は画像を分析し、信憑(しんぴょう)性が高いと判断。安倍晋三首相はこの画像の情報を踏まえ、24日午後5時半すぎ、ヨルダンのアブドラ国王との電話協議の際に、「イスラム国」の要求が女性死刑囚の釈放に変更されたことを国王に伝えたという。この電話協議について、日本政府は約20分間という協議時間と同席者の名前以外は一切公表していない。
公開された画像には、「後藤健二の家族と日本政府が受けとったメッセージ」という字幕がついていた。菅義偉官房長官は26日の会見で、事前に把握していたのかを問われ、「承知していない」と答えた。
一方、安倍内閣は26日の閣僚懇談会で、早期解放に全力を挙げる方針を確認した。安倍首相は26日の閣僚懇談会で「後藤さんを一日も早く救出できるよう全力で努力してほしい」と指示。菅長官も同日の会見で「ヨルダン政府をはじめ関係国に協力を依頼し、解放を目指して全力で取り組む」と強調した。
■「操縦士の救出、最優先の課題」 ヨルダン国王、地元紙に
「イスラム国」が、後藤さんと引き換えにヨルダンで収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚の釈放を求めていることについて、ヨルダン政府は26日も公式な声明は出していない。国内には否定的な意見も根強いことから、慎重に検討しているとみられる。
昨年12月、ヨルダン軍の戦闘機がシリア北部ラッカで墜落し、操縦士が「イスラム国」の人質になった。複数の地元紙によると、アブドラ国王は25日、主要日刊紙の編集長と懇談し、「操縦士はヨルダンの息子であり、軍の英雄」などと述べ、操縦士の救出が国家の最優先課題であるとの認識を示したという。
国内で高まる操縦士の救出を求める世論に配慮したものとみられる。ただ、国王が懇談で日本人の人質に触れたかどうかはわかっていない。ヨルダン首相府の広報担当者は26日、朝日新聞の取材に「何もコメントできない。本日は何も予定していない」と語った。
(アンマン=渡辺丘)
■米が攻撃、兄弟失う 「脅迫され、テロ参加」 リシャウィ死刑囚の元弁護人語る
「イスラム国」が後藤さんを解放する条件としてヨルダン政府に釈放を求めたサジダ・リシャウィ死刑囚について、元弁護人が25日、「米軍の攻撃で兄弟を失い、米国を激しく恨んでいた」と朝日新聞の取材に語った。「イスラム国」が釈放を要求した背景に、ヨルダン政府が死刑執行を再開したことも関係しているとの見方を示した。
イラク人のリシャウィ死刑囚は2005年11月、ヨルダンの首都アンマンで起きた連続爆破テロにかかわったとして逮捕され、06年に死刑判決を受けた。
国選弁護人として弁護を担当したフセイン・マスリ弁護士(61)によると、リシャウィ死刑囚は03年に始まったイラク戦争で、兄弟3人を米軍の攻撃で失った。
リシャウィ死刑囚はホテルの結婚式場を爆破するため、全身を覆う黒い衣装に爆発物を隠し持って侵入したが、起爆に失敗。一緒に犯行に及んだイラク人の夫が自爆した後に逃走し、親族の家に隠れていたところを逮捕された。「イスラム国」の前身組織「イラクのアルカイダ」を率いていた故ザルカウィ容疑者が犯行声明を出した。
しかし、リシャウィ死刑囚は裁判で無罪を主張。「脅迫され、無理やり爆弾を巻き付けられた」「事件の1週間前に結婚し、夫に連れてこられた」「自分はアルカイダに属していない。ザルカウィも知らない」と訴えた。マスリ弁護士は「法廷戦術だったかもしれない」とみている。
「イスラム国」がリシャウィ死刑囚の釈放を求めた理由について、マスリ弁護士は「分からない」としている。ただヨルダン政府は昨年末、約8年間凍結していた死刑の執行を再開したという。マスリ弁護士は「『イスラム国』が、リシャウィの釈放を急いだのかもしれない」とみる。
リシャウィ死刑囚は大規模テロの生き残りで、過激派の中には英雄視する者も少なくないとされる。「イスラム国」は釈放を「成果」として宣伝する狙いがあるとみられる。
リシャウィ死刑囚はアンマン市内の刑務所の独房に入り、テレビの視聴も認められているという。マスリ弁護士は「人質交換の話も知っているだろう」と話した。
(アンマン=渡辺淳基)