Global Ethics


CIAが育てたテロリスト、あるいは「自由戦士」?,, by limitlesslife

 

みなさまへ (BCCにて)松元

 

これはカナダ・ウィニペグ大学の地理学教授(退職)ジョン・ライアン博士が、今月7日に投稿した、今日のダーイシュ(ISIS、 イスラム国)にいたるテロリストの来歴と変転を跡づけたものです。拙訳ですが、紹介させていただきます。(2015年2月26日記)

 

なお、原文に小見出しはないが長文のため《 》で挿入した。アル=カーイダ、ビン・ラーディン、などの長音は読み易さを考慮して省略し、またUSA(アメ リカ合州国)やUSSR(ソビエト社会主義共和国連邦)は適宜の表記とした。

 

Terrorists or “Freedom Fighters”? Recruited by the CIA

CIA育てたテロリスト、あるいは「自由戦士」?

 

ジョン・ライアン教授(松元保昭訳)

2015年2月7日

グローバル・リサーチ誌

Url of this article:
http://www.globalresearch.ca/terrorists-or-freedom-fighters-recruited-by-the-cia/5429766

 

私たちが最近フランスで目撃した野蛮な現象は、アフ ガニスタンにムジャヒディーンが姿を現した少なくとも1979年にさかのぼる ルーツをもっている。当時の彼らの怒りは、1978年4月に権力をにぎって登場した左翼のタラキ政権に向けられていた。この政府の政権樹立 は、米国およびソ連の双方に等しく驚かれたもので突然でまったく現地固有の出来事であった。

 

《歴史を振り返ると―アフガニスタン》

1978年4月、 アフガニスタン軍はその抑圧的な政策のためその国の政府を引きずり降ろし、左翼のヌール・ムハンマド・タラキ率いる新政権をつくった。タ ラキは、作家、詩人でありカブール大学のジャーナリズムの教授であった。このあと短い期間、アフガニスタンは広範な大衆の支持によって進 歩的な世俗(非宗教的)政府をもった。私が以前の本で指摘したように、この政府は…女性にも平等な権利を与えて進歩的な改革を実行した。 それはこの国を20世紀に引きずり込むプロセスであった。英国の政治学者フレッ ド・ハリディが1979年5月 に述べたように(原注1)、おそらく国家が成立して以来この2世紀における以上に昨年からの地方ではさらに大きな変化をみせた。」

【原注1:Fred Halliday, “Revolution in Afghanistan,” New Left Review, No. 112, pp. 3-44, 1978. 】

 

タラキ政権の最初の行動方針は、外交問題で非同盟中立を 宣言すること、および世俗的(非宗教的)国家においてイスラームにたいする責任を果たすことだった。多くの改革が必要だったが、なかでも 女性は平等の権利を与えられ、女の子は男の子と同じクラスで学校に通うようになった。子どもの結婚と封建的な持参金払いは禁じられた。労 働組合が公認され、約10000人の人々が投獄から解放された。短い期間に何百と いう学校や診療所が各地に建設された。

 

封建時代から長いあいだ土地所有制度はほとんど変化がな かった。四分の三以上の土地が農村人口のわずか3パーセントの地主に所有されてい た。改革は1978年9月1日に、高利貸しが利息の45パー セントを負担し農業地主がもっている負債のすべてを撤廃することで始まった。重要な土地改革のプログラムが展開された。(地主を含む)す べての農業ファミリーが平等な土地の均等分を与えられることになっていた。(原注2)

【原注2: 私は、サバティカルの休暇を利用して農業調査プロジェクトに取り組むため1978年11月にはアフガニスタンにいた。これらの改革と政府の施策のすべては、農学部の学部長 が、またカブール大学で長いセッション期間中に幾人かの教授が、かなりの範囲を説明してくれた。(上記に引用した)ハリディも土地の再配 分プログラムについて報告した。】

 

この進歩的な政府に何が起きたのか?手短に言えば、 CIAとムジャヒディーンによって蝕まれてしまったのだ。彼らの存在は、国土を破壊した一連の出来事の引き金となり、また皮肉にも米国で の2001年9月11日の惨事を、またアフガニスタンの今日の混沌と悲劇を導くことになってしまった。

 

CIAが関与した前でさえ、予想されたように金持ちの地 主とムッラー(イスラム指導者)は土地改革だけでなくすべての改革に反対した。25万人のムッラーの大部分が豊かな地主だった。彼らは、ひとりアッラーだけが土地を与え ることができるし、またアッラーは女たちに権利を与えることや女の子が学校に行くことに反対するだろうと説教で人々に語ったものだ。しか し改革は大衆に人気があったので、これらの反動分子は難民としてパキスタンに向かった。パキスタンからの援助で彼らはアフガニスタンの地 方を襲撃し始めた。そこで彼らは診療所や学校を焼き討ちし女の子を教える教師を見つけては殺した。住民に恐怖とパニックを植え付けるた め、彼らはしばしば子どもたちの面前で教師たちの腸(はらわた)を抉り出して殺した。

 

他国の問題に干渉する権利はないとしても、アメリカ合州 国は新政権をマルクス主義者と見なしてその政権転覆を決意した。最初は非公式に、しかしカーター大統領の許可のもと1979年7月3日の後には公式に、CIAはパキスタンとサウジアラビアと協力してムジャヒディーンある いは「自由戦士」と知られるムスリム過激派に軍事援助と訓練を提供し始めた。

 

さらに付け加えると、CIAは米国で研究生活をしたアフ ガニスタンのPh.D.ハフィズッラー・アミンを誘い入れ、強硬派のマルクス主義 者として彼を振る舞わせた。そして彼はアフガニスタン政府の中で首尾よく(副議長にまで=訳者)出世した。1979年9月、彼はクーデターを実行しタラキを殺害した。このアミンの指揮のもとで何千人もの人々 が投獄され、また軍は弱体化され政府の評判を悪化させた。多くは外国人傭兵であるがよく武装された何千人ものムジャヒディーン侵略者をか わすということで、アミンは彼の政府によって強引に一部のソ連軍を招き入れた。(原注3)その後まもなく、アミンは殺害され、チェコスロバキアに亡命していたタラキ政権の以前のメ ンバー、バブラク・カールマルに大統領が交替した。まだ冷戦の対立と不確実な歴史が影を落としていたが、カールマルはムジャヒディーン勢 力に対処するため何千人もの部隊を送るようUSSR(ソ連)に依頼した。あまり知られていなことだが、少なくとも1年間はCIAをとおしてアフガニスタン問題にUSA(アメリカ合州国)が活発に関与して いた。これに対応してソ連軍が登場したのだった。

【原注3:Washington Post, December 23, 1979, p.A8.:1979年 12月8日、ソビエト軍がアフガニスタ ンに到着し始めた。記事が述べているように:その軍隊はどうやら招かれていたのでソビエトがアフガニスタンに侵入したという[国務省による]非難はまったくな かった。】

 

私が何年か前に述べたように:

「アフガニスタンの大地におけるソ連軍の出現は、結果と して国土の破壊をもたらす悲劇的なきっかけとなった。カーター大統領の国家安全保障担当補佐官ズビグネフ・ブレジンスキーは、ロシアの熊 に罠を仕掛けてソ連にベトナム戦争の失敗を舐めさせるためCIAに権限を与えるようカーターを説得していたと、彼はあとで自慢していた。(原注4)ブレジンスキーは、これをもっとも反動的なムスリムの狂信者の熱意を掻き立てるまたとない チャンスと考えた。つまり―アフガニスタンの大地を冒涜した無神論者の異教徒に対してジハード(聖戦=原注)を宣言させ―また彼らを国土から放逐するだけでなくソ連のムスリム多数派地域を 「解放する」ため彼らを追跡させ続けることであった。そしてつぎの10年間、アメ リカ合州国とサウジアラビアからの何十億ドルを浪費することで、また何千人もの非アフガニスタン・ムスリムを(ウサマ・ビン・ラディンを 含む)ジハードへリクルートすることで、この宗教的熱狂者たちの軍勢がやったことはアフガニスタンの人々とその大地を荒廃させることで あった。」

【原注4:“How Jimmy Carter and I Started the Mujahideen”: Interview of Zbigniew Brzezinski Le Nouvel Observateur (France), Jan 15-21, 1998, p. 76 http://www.counterpunch.org/brzezinski.html

 

アフガニスタンに軍隊を送ったことは、ソ連側の致命的な 大失敗となった。ソ連がアフガニスタン政府に対するただの武器供与だけだったなら、「門で野蛮人」を切り抜け生き残っていたかもしれな い。なぜなら、アフガニスタンの人々は狂信的ではなかったし大部分は政府の進歩的な改革を支持していたのだから。

 

この戦争に必要なだけアフガニスタン人をおびき出すこと ができないので、CIAとサウジ、パキスタンは、アフガニスタン政府とソ連の軍隊との戦争を遂行するため40のイスラム諸国から約35000人 のムスリム過激派を補充した。CIAは隠密裏にこれらの外国人戦士を訓練し支援した。したがって、アフガニスタンで台頭した原理主義は、 CIAが構成したものである。自由戦士と呼ばれたムジャヒディーンにもかかわらず、彼らは恐るべき残虐行為を犯した最初期のテロリスト だった。

 

米国メディアで報道されたように、ムジャヒディーンの好 んだ戦法は、最初に犠牲者の鼻、耳、そして生殖器を切り落とし犠牲者(しばしばロシア人)を拷問することだった。次に一部の皮膚を切り落 とし、徐々に別の皮膚をスライスしゆっくりとひどい痛みを伴って死に至らしめるのだった。ロシアの囚人は動物のように檻に入れられ言語に 絶する恐怖を生き延びたと、その記事は記録している。(原注5)別の刊行物は、「Far Eastern Economic Review」から一人のジャーナリストを引きあいに出し、ある(ソ連の)グループは肉屋で宙づりにさ れ皮膚をはがされ殺害されたと報告している。(原注6)

【原注5:Washington Post, January 13, 1985.】

【原注6:John Fullerton, The Soviet Occupation of Afghanistan, (London), 1984.】

 

これらの生々しい報告にもかかわらず、レーガン大統領は 自由戦士をムジャヒディーン(ジハード戦士=訳者)と呼び続けた。1985年、大統領 はワシントンに彼らのひとつのグループを招いてホワイトハウスでもてなした。そのあとで彼らをメディアに紹介したとき大統領はこう述べ た。「これらのジェントルマンは、道徳的にアメリカ合州国建国の父祖たちに相当する」と。(原注7)

【原注7:Eqbal Ahmad, Terrorism: Theirs and Ours, (A Presentation at the University of Colorado, Boulder, October 12, 1993) http://www.sangam.org/ANALYSIS/Ahmad.htm; Cullen Murphy,  The Gold Standard: The quest for the Holy Grail of equivalence,” Atlantic Monthly, January 2002 http://www.theatlantic.com/doc/prem/200201/murphy

 

生きたまま皮をはがされたのがアメリカ兵だったと考えて みると、たしかにソビエト兵は同じくらいどの点から見ても人間的であった。レーガン大統領はこうした実例があってもなお自由戦士をムジャ ヒディーンと呼んだのか…あるいは大統領は、それをソ連がやったことなら彼らを正しくテロリストと呼んだのかもしれないが?じつに、これ らの行為が描写される仕方は、誰の牛が突き刺されたかによるのである。

 

ソ連は彼らのベトナムに屈服して1989年2月、その軍隊は撤退し た。しかしアメリカの継続的な軍事援助で戦争は激しく続き、アフガニスタンのマルクス主義政府が最終的に敗北する前の1992年4月までアメリカは占領 した。それから次の4年間、ムジャヒディーンはカブールの大部分を破壊した。彼ら は自分たち相互で争い合い略奪とレイプの戦闘を指揮して約50000人の人々を殺 害した。これはタリバーンが彼らを掃討し1996年9月にカブールを攻略するまで続いた。パキスタンで熱狂的なムスリムとして訓練されたタリ バーンは、ムジャヒディーンから国を「解放した」が、その後残虐で反動的な政権を樹立した。一度権力を握ったタリバーンは、とくに女性に 対してイスラーム主義の恐怖政治を持ち込んだ。彼らは、サウジアラビアで支配的な信条となっているワッハーブ主義に密接に関連するイス ラームの極端な宗派主義的解釈を強要した。

 

米国の「共産主義者恐怖症」とソビエト社会主義共和国連 邦を転覆するという方針は、世界中のもっとも反動的で狂信的な宗教的熱狂者たちをかき集め支援するようなものであった。アフガニスタンと その人民が破壊される只中で、共産主義とソ連と戦う代理戦争に彼らを利用した。しかしそれには終わりがなかった。ムジャヒディーンは、ム スリム世界のさまざまな地域に散らばって転移し彼ら自身の生き方をあらわにした。彼らは、米国の完全な理解と支援で、ボスニアとコソボで セルビア人に戦いを続けた。しかし、彼らがソビエト帝国主義と呼んだものを打倒したこれらの自由戦士たちは、皮肉なことに次にはとくに― イスラエルに対する支援とムスリム世界に対する攻撃で―アメリカ帝国主義であると気づいたことで、彼らのねらいを転換したのだった。

 

こうしてアメリカ自らが作り出したものが彼らに向きをか えさせて、レーガンの素晴らしき自由戦士の後継者たちは合州国を激しく非難し、そしてアメリカは2001年9月11日を経験することになっ た。しかし米国政府と大部分のアメリカ国民は、このことから何を学んだのか?世界の例外的かつ不可欠の国家という思い上がった自説に基づ いてオバマ大統領が横柄にも世界を注目させ続けているように、アメリカ政府もその国民もこれまで別々の事実から結論を導くことはなかっ た。彼らの最近の歴史でそれらの自由戦士たちに9・11の原因を説明しうるものなど何かあるのか?簡単に言えば、もしアメリカ合州国がア フガニスタンの進歩的なタラキ政権に干渉しなかったなら、彼ら自由戦士たちはけっして生じなかったであろう。ムジャヒディーンの軍勢も、 ソ連の介入も、アフガニスタンを破壊した戦争も、ウサマ・ビン・ラディンも、それゆえ合州国における9・11の悲劇も存在しなかったで あろう。

 

《アメリカは繰り返す―アフガニスタン》

起こったことの潜在的な原因を熟慮し反省するのでなく、 またこのことから学ぶのでもなく米国は追加された一連の戦争を追ってすぐにも戦争に訴えたものだが、歴史は自ら繰り返すというヘーゲルの 見方を正すなかでマルクスが加えた「最初は悲劇として二度目は喜劇(ファルス)として」という皮肉なコメントを思い出させる。

 

米国のウサマ・ビン・ラディンに対する要求に応じて、ア フガニスタンのタリバーン政府は国際法廷に彼を引き渡してもよいと申し出たが、9・11に彼が関係している証拠を見たいと要求した。(原注8)米国にはそのような証拠もなく、ビン・ラディン自身は9・11には何も関わってはいない と否定した。(原注9)FBIは、9・11にビン・ラディンが関わっていた確か な証拠は何ひとつないというビン・ラディンの否定を裏付けるその記録をもっていた。(原注10)現在に至るまでずっと、FBIはこれに対する立場を変えることはなかった。

【原注8: 「タリバーンは繰り返し話し合いを要求している。 CNN.com, October 2, 2001, コメント:「ア フガニスタンを支配しているタリバーンは、嫌疑をかけられたテロリスト指導者ウサマ・ビン・ラディンを引き渡す以前に証拠が必要だと何度 も繰り返した。」http://archives.cnn.com/2001/WORLD/asiapcf/central/10/02/ret.afghan.taliban/; Noam Chomsky, “The War on Afghanistan,” Znet, December 30, 2001 http://www.globalpolicy.org/wtc/targets/1230chomsky.htm

【原注9: 「ビン・ラディンは攻撃の背後にはいなかったと語った。」CNN.com, September 17, 2001. http://archives.cnn.com/2001/US/09/16/inv.binladen.denial/

【原注10:Ed Haas, 「FBIは、ビン・ラディンを9・11に結びつける確か な証拠は何ひとつない、と語っている。」 Muckraker Report, June 6, 2006. http://www.teamliberty.net/id267.html

 

あとで明らかとなったように、9・11の陰謀はドイツの ハンブルグでアル=カイダ細胞によって企てられていたのだから、9・11攻撃はア フガニスタンとは無関係だった。19人のハイジャッカーのうち15人がサウジアラビア出身であったし、また9・11攻撃にアフガニスタンやビン・ラディ ンが関わっている証拠を米国は何ひとつ持っていないにもかかわらず、アメリカ合州国はアフガニスタンに対する戦争を開始した。もちろん国 連の支持もなく、これは明らかに不正な戦争であった。

 

たとえ米国がタリバーン政権を退陣させたかったとして も、戦争は必要なかった。アフガニスタンのすべての反タリバーン・グループがめずらしく満場一致で、この国に爆撃や侵略をしないよう米国 政府に嘆願した。(原注11)そこで彼らは、タリバーン政権を交替させるために米国が為すべきすべては、サウジアラビア とパキスタンにタリバーンへの資金援助を止めさせるよう強要することで、やがて政権は自ら崩壊するだろうと指摘した。このようにアメリカ 合州国は、その国を破壊することもなく、何千人もの米国兵士だけでなくアフガニスタンの何十万人もの殺害もなく政権交代をすることができ たはずだ。2001年から2015年 へと続く戦争を抱え…アメリカの最も長い戦争となった。これが喜劇(ファルス)でなくて何であろう?

【原注11:Noam Chomsky, “The War on Afghanistan,” Znet, December 30, 2001 http://www.globalpolicy.org/wtc/targets/1230chomsky.htm; Barry Bearak, “Leaders of the Old Afghanistan Prepare for the New,” NYT,October 25, 2001; John Thornhill and Farhan Bokhari, “Traditional leaders call for peace jihad,” FT, October 25, 2001; “Afghan peace assembly call,” FT, October 26, 2001; John Burns, “Afghan Gathering in Pakistan Backs Future Role for King,” NYT, October 26, 2001; Indira Laskhmanan, “1,000 Afghan leaders discuss a new regime, BG, October 25, 26, 2001.】

 

そして道化芝居(ファルス)は続いた。かつての戦争気分 で、米国は2003年にもうひとつの不法な戦争を開始した。この時の対イラク戦争 は、あからさまな嘘とごまかしに基づく第一級の戦争犯罪であった。この戦争はさらに悲劇的だった。100万 人以上のイラク人を殺害し、国を土台から破壊し、世俗的(非宗教的)な社会を破壊し、現在も続く宗教的な兄弟殺しに取って代えた。戦争の 進行中、アフガニスタンのアル=カイダはイラクに移動しアメリカの侵略者と戦う若 いイラク人のモデルの役割を果たした。アメリカ軍はイラクを素早く征服したにもかかわらず、容赦ないゲリラ戦に直面させられ、ついには2011年の撤退につながった。これらの長年月に、アメリカは何千人もの若いイラクの男た ちを投獄し、軽率にも彼らの大部分を熱烈なジハード主義者に変えたのだった。こうしたアブ・グレイブやブッカのような監獄は、打ち続く暴 動に火を点ける効果をもった。しかし、いまこれらのジハード主義者は自由戦士とは呼ばれなくなった。かつてアフガニスタンでアメリカ兵が ソビエト兵の代理となったときのこの慕われた名称は失われてしまった。

 

《アメリカは繰り返す―シリア》

あたかもアフガニスタンやイラクにおける戦争がまだ十分 ではなかったかのように、2011年の春、米国は長期プランのもとで秘密裏にさら なる戦争の開始に着手した。このひとつが対シリア戦争であった。どういうわけか自発的に起こったような自由戦士の暴動だった。彼らの目標 は、米国を不快にさせていたシリアの世俗的(非宗教的)政府を転覆することだった。その開始からずっと米国が暴動の背後にいたことが疑わ れていたが、2007年の早い時期からウェスレイ・クラーク将軍がインタビューの 中で述べていた。彼は、2001年9・11の数週間後、アメリカの幹部司令官会議で、5年 以内に7か国を無力化(破壊)する計画について語っていた。イラクを手始めに、次 はシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、仕上げはイランであると。また2007年 に、シーモア・ハーシュは非常によく引用された記事の中で、「シリアのバッシャール・アサド大統領の政府を弱体化するため、ワシントンの 承認でサウジ政府は資金と兵站援助を提供することになろう」と述べていた。

 

いわゆる自由シリア軍は、米国とNATOの創作であっ た。その目的はシリアの警察と軍を挑発することだった。一度でも戦車と装甲車両が展開されたなら、これはおそらく、リビアにしたことをシ リアにもする目的でNATOの保護責任の権限にしたがい境界を越える軍事介入が正当化されただろう。しかし、国連でのロシアの拒否権でこ れは計画されたようにはうまくいかなかった。

 

この妨害に決着をつけるため、CIAはサウジアラビアと カタールと共に、まさにアフガニスタンでやったことに取り掛かった。つまり、その世俗(非宗教的)政府を転覆するはっきりした目的のため に、外国人サラフィストのムスリム自由戦士の狼藉ものをシリアに導き入れたのだった。莫大な資金とアメリカの武器で、皮肉なことに最初の 傭兵は、イラクでアメリカ軍との戦闘最中にその存在を現わしたイラク・アル=カイ ダであった。ついで、シリアの多民族からなる世俗社会をスンニー派のイスラム国に変える計画で多数の他のアル=カイダ・グループ、とくにアル=ヌ スラが傭兵としてつぎつぎに現れた。

 

シリアで暴動が始まってからずっと、アサドは去るべき だ、シリア政権を転覆するために自由シリア軍の中の穏健派を援助するため介入したと米国は世界に語っていた。しかし驚くことはない。役に 立たない穏健な自由シリア軍は、まもなくシリアのいたる所で一連のテロ攻撃を開始し始めたサラフィストのムスリム・グループで満たされて しまった。シリア政府は、これらの攻撃をテロリストの仕業であると正しくも特定したのだが、これは(アサドの)プロパガンダであると主流 メディアからは打ち捨てられた。この国が、兵士、民間人、ジャーナリスト、援助ワーカー、公務員などへの自爆攻撃と首切り処刑にさらされ ていたという事実は単に無視された。

 

こうした報道にもかかわらず、自由シリア軍の一部である と自ら名乗った人々に援助を提供しているだけだとアメリカは強弁した。2012年6月にニューヨーク・タイムズで報道されたように、CIA高官が、シリアの反政府戦闘員が 国境を越えてシリア政府と戦う武器を受け取るという同盟諸国の決定を助けるためトルコ南部で秘密作戦の展開中であるとし、…自動小銃、対 戦車携帯ランチャー・グレナード、弾薬、何種類かの対戦車兵器を含む武器が、シリアのムスリム同胞団など実態のよくわからないネットワー ク中継を手段として大部分はトルコ国境を越えて流れ込んだ、そしてトルコ、サウジアラビア、カタールが支払った、と当局は語った。

 

付け加えれば、2011年8月にNATO爆撃に支援されたアル=カ イダによってリビアのカダフィ政権が退けられたあと、CIAはシリア反乱軍にリビア兵器の移送を手配した。英国タイムズとシーモア・ハー シュに報道されたように、リビア船は4基の地対空ミサイル発射装置SAM7、対戦 車携帯ランチャー・グレナード、その他の軍需物資を含む400トンの兵器をトルコ で荷揚げした。ついで2013年前半には、CIAが調整してクロアチア、英国、フ ランスからのいわゆる「クロアチア武器空輸大作戦」で軍用兵器類3000トンとい うさらに大規模な武器積載が含まれていた。これは“立派に”働いている傭兵に配備するためクロアチアのザグレブから75機の輸送機でトルコに空輸された。さらなる報道では、2013年3月24日のニューヨーク・タイムズは、これらの武器を支払ったのはサウジアラビアで、じつは160機の軍用貨物機だった、と述べた。

【ご参考:このあたりの米国とNATO諸国によるシリア反政府軍への武器空輸については、Patrick Henningsenが以下の記事で複数のメディアソースを紹介している。英 文ですが=訳者】http://21stcenturywire.com/2013/03/10/an-international-war-crime-us-and-british-backed-weapons-airlift-from-croatia-to-syria/

 

《ダーイシュ(ISIS、イスラム国)の登場》

自由シリア軍を形成した多様なグループを支援したアメリ カ合州国、NATO、サウジアラビア、カタールのすべての努力にもかかわらず、シリア政府軍は彼らを敗北させ総崩れにさせた。さらに言え ば、これらの穏健な部隊の多くは寝返って好戦的なジハード・グループに加わっていった。ついで、2014年 前半に明らかに未知の軍事集団が見たところどこからともなく降ってわいたように現場に登場し目を見張る軍事的優位を形成はじめた。それは いくつもの名前をもっていて、ひとつはイラクとシリアのイスラム国(ISIS)、ついで単にイスラム国(IS)、あるいはアラビア語の ダーイシュであったりした。それはほんの数日でイラク軍を遁走、崩壊させ第二の大都市モスルを含むイラクの四分の一を支配し、またバグ ダッドが攻撃される恐れさえもあって世界中の関心を引き付けた。まもなく起きた2人 のアメリカ人ジャーナリストの打ち首は、再度イラクに兵力を投入しイラクとシリアの双方でISIS勢力に対する爆撃の軍事行動を開始させ るよう米国をおびき寄せたのだった。

 

イラクに対するその攻撃の前、すでにISISはシリアに 強固な基地を確保しており、モスルでイラク軍から奪取した戦車や車両ミサイルも持って、ISISは現在ほぼシリアの三分の一を支配してい る。したがって目下のところ、約600万人の住民を擁してほぼ英国の大きさの地域 をカバーしている。ISISはシリアとイラクの国境を認めておらず、イスラームの好戦的なヴィジョンでその支配地域をカリフ制国家の辺境 であると見なしている。これは、サウジ・キャッシュの砂漠の嵐作戦の直接的な結果である。その現金は、正統なイスラーム世界とは何の関係 もない反動的な中世風の有毒な宗教に帰結するグローバルなワッハーブ主義に改宗を迫り教化させることに注がれた。

 

初期段階では、ダーイシュ(ISIS、イスラム国)はア ル=カイダの付属物以外の何物でもなかった。アル=カイダそれ自身が強力な米同盟諸国、サウジアラビア、カタールによって直接に武装され資 金供給され支援され、さらに完全なトルコの支持を受けていた。これらすべての背後に、シリアの世俗的(非宗教的)な政府を弱体化させ破壊 したいというアメリカ合州国とNATOの願望があった。パトリック・コックバーンが最近の鋭い論考で述べたように:

「イラクとシリアにおけるISISと他のスンニー派ジ ハード運動の育ての親は、サウジアラビア、湾岸君主国、そしてトルコである。彼(コックバーン)は、こうしたことは自然発生的に起こるも のではないと語るM16(英国諜報機関=訳 者)の元トップを引き合いに出している。コックバーンはさらに進んで、そのありそうもないイラク全体のスンニー派共同体は、サウジアラビ アの支援などなしにISISを結束して支援していただろう、と述べている。…トルコの役割は異なっていたが、ISISや他のジハード・グ ループの援助においてはサウジアラビアに劣らず重要である。そのもっとも重要な働きは、シリアに接するその510マイルの国境を開けておくことだった。これがISIS、アル=ヌスラと他の反政府グループに人と武器を運び込む安全な後方基地を与えた。…トルコの軍 事諜報機関は2011年に自身を再編成したときISIS援助に深く関与していたの かもしれない。」

 

世界の全領域で支配的な立場を確保しようとするその方針 に従って、米国は、たとえばアフガニスタンのムジャヒディーンやアル=カイダとい う創作物のように、それが彼らの利害であったならテロリスト・グループへの支援をためらうことはなかった。彼らがソ連と戦ったとき彼らは 自由戦士だったが、つぎに9・11の反動がきて…彼らはすぐにテロリストとなりアメリカ合州国の「対テロ戦争」に帰着した。イラクに対す る不法な侵略戦争と軍事占領は、アル=カイダの新たな変種のレジスタンスをつくり 出す結果となり、彼らはもちろんテロリストと見られた。つぎにシリアのアサド政権に対する攻撃が起きて、米国、NATO、サウジ、カター ル、そしてトルコの軍事行動が開始された。初めのうちは現地の自由戦士、つまり自由シリア軍を装っていたが、彼らがほとんど前進できな かったとき、さらなる自由戦士がアル=カイダの形で現れ、そのすべてのヴァリエー ションにおいて結果的にはISISに至っている。これらのかつてのテロリストたちは、現在シリアのアサド政権を追い出す軍事行動の同盟者 となっている。シリアが正しくも彼らを外国人テロリストと見ていたにもかかわらず、その主張はほとんど無視された…2人のアメリカ人ジャーナリストが首切り処刑されるまでは。

 

アメリカ人ジャーナリストが打ち首にされたほぼ同時期 に、シリアでは残忍な戦いが続いていた。シリアの兵士はどこであれ捕えられ多くは打ち首にされ即座に処刑された。このすべてが入念に撮影 されている。数多くのウェブサイトがこれを見せているが、とくにそのひとつには「シリア人の戦い:シリア戦争犯罪の証拠」というタイトル が付けられていた。2014年8月 のタブカ空軍基地の近くでは、220人のシリア兵の大量処刑を含むぞっとするよう な数多くの処刑シーンが見られる。ちょっと考えてみてほしい、もし220人のアメ リカ兵が打ち首になって処刑されていたら、どんな抗議が押し寄せただろう。その代わりに主流メディアはもっぱら2人のアメリカ人ジャーナリストの打ち首に集中した。それはじっさい憤激していたのだが、 何百人もの首を切られたシリア兵への憤激はどこへ行ったのだろう?基本的には、ISISがシリアでやっていることについては何も言われな かったのである。

 

アメリカの2人 の民間人に対してISISがやったことについてアメリカで激しい憤りがあったが、そこには、この宗教的過激主義の原因に関して、またこれ がまさに米国がアフガニスタン、イラク、リビア、そしてシリアに対してやったことからくる反動の別のケースだったという可能性に関して は、ほとんど何の自己分析もなかった。

 

それは当然のことで、米国のレスポンスはISISの戦闘 能力を削減するために一連の空爆を宣言することだった。しかし、そこには地上軍もなく、したがって実際にはISISの軍事的敗北はおそら く故意に決着がつけられないままにおかれた。現実には、ISISの即席の軍事力に手を焼いたまま、西洋とその地域同盟国のサウジ、カター ル、そしてトルコに託された。彼らの公式の方針はアサドを退陣させることであるが、ISISは現在、シリア内の事実上の軍事力だけであ る。もしシリア政府が退陣するなら、完全に孤立するのはISISであろう。果たして、2003年 のイラク侵略と2011年のシリア襲撃はイラク北部とシリアに広がる強力なジハー ド国家を作ることで終わろうとしていたのだろうか?こうした狂信的なワッハーブ体制によって、シリアの多文化・多宗教社会に何が起こるの だろう?

 

この荒涼とした現実に直面してパトリック・コックバーン が要約したように:

「…米国とその同盟国は、幻想の中に落ち込むことで ISISの上昇に答えた。欧米の外交官たちは非公式にこのグループが実際にはいくつかの包囲された孤立地域の見せかけには存在しないこと を認めているのだが、彼ら米国とその同盟国はアサドとISISの双方と戦うために穏健なシリア反乱軍の第三勢力を育てていると装っている のだ。」

 

そのうえ、こうした(穏健な)部隊が訓練され装備される やいなや彼らの大多数は、たとえばこの1月にはそのうち3000人がアル=ヌスラや ISISに参加し始めた。では、この明白な思い違いの中に筋道はあるのか?果たして、本当に米国とその同盟国はISISにシリア軍を挫折 させ敗北させるつもりなのか?そしてこの狂信的なスンニー派ワッハーブ体制がいったんシリアを支配したなら、次のステージは破壊されるべ きもう一つのムスリム国家シーア派イランを攻撃することになっているのか?こうした冒険の地上部隊が、ISISの連中なのかもしれない。

 

このマキャベリ的な可能性に対処するために、イスラーム の好戦的なヴィジョンをもつ狂信的なカリフ国の永続的な設立はおそらくそれほど良い考えではないという理解が最近あって、ことによるとい くつかのレベルでその形跡が見えていた。最近まで、可能性の範囲を超える問題であると思われていたことは、米国が実際にシリアのアサド大 統領に対応する用意があると思われる新たな証拠が現れていることだ。ニューヨーク・タイムズ(2015年1月15日、19日)で報道されたように、国連のシリア危機特使は、戦場地域の中でも近くでも何らかの 方法で地上戦を凍結させ戦争を終結するようシリア政府とISISの説得を試みている。アサド大統領はその案を受け入れたが、ISISから は何の返答もなかった。また、ロシアのイニシアチブによって、シリア危機を解決する会議を準備するためモスクワで会合が行われている。良 いニュースは双方の働き掛けで米国が協力的になったということである。

 

もうひとつの励みとなる兆候は、アサド大統領による大変 長い広範囲にわたるインタビューがフォーリン・アフェアーズ(2015年1月27日)に公表されたことだ。 これは米国政府の要人とアメリカの一般国民双方にとって重要なことだ。アサドは、カタール、サウジアラビアあるいは西洋の米国を含むどん な国でも、外部から雇われた操り人形でなければ誰とでも会う用意はできていると述べた。それはシリアでやるべきだ。また彼は、会議から発 生するいかなる決議もそれが運用される前に国民投票によって民衆に再考する機会をあたえなければならない、とも述べた。こうした手順より 民主的なことがあろうか?このような行動を通して、シリアはその世俗的な状態を維持することができ、また真の民主的な国家へと発展するこ とができるのであろう。

 

それゆえ、シリアで続く戦争の凶暴さにもかかわらず、こ れらの成り行きは、22万人を超える死者、100万 人の負傷者、そして100万人以上が追放されたこの外国の影響で生じた大災害を収 束させうるかすかな希望の光を差し出している。しかし、それがもしISISがその対シリア攻撃の収束を拒否することが分かった場合、米国 がするべき理性的なことはシリア政府を転覆させる軍事行動を止めこと、ついでISIS勢力を敗北させるためにシリアと協力することであろ う。米国とシリアの協調した空爆によって、この地域に送り込んだサウジアラビアのワッハーブ派を打倒するためならシリア軍は必要な地上軍 を提供するだろう。だがこれは単に可能性の域を越えていることなのか?

 

手短な要約が適切だ。第一に、米国とその同盟国は ISISおよびその共犯者アル=カイダ、同様に多様な波及グループを創り出したこ とにどの範囲で責任があるのか?一番初めは、アフガニスタンでソ連と戦うためにムジャヒディーンとアル=カイダを創り出したのはアメリカ合州国だったことを私たちは思い出すべきだ。あとで9・ 11の反動が来たが、それはレジスタンスとしてのアル=カイダを創り出した米国の イラク侵略であった。シリアの暴動を誘発したのはアメリカ合州国だった。彼らの自由シリア軍が敗北に直面したとき、米国の同盟国サウジと カタールの莫大な資金援助と指揮およびトルコの戦術的援助をともなって救出にイラク・アル=カ イダが駆け付けた。ISISに転移したのがこのアル=カイダである。また、米国は、とくにイエメンやパキスタンでその無人機の軍事作戦をとお して余分な敵をも発生させた。

 

《結語―不正に便乗し続ける欧米メディアの共犯》

だが、ここでの話はこれがすべてではない。その分枝に よって、編集者と突出した風刺画家など12人の人々を死なせたシャルリー・エブド 誌に対するパリの最近の攻撃がなされた。見たところ預言者ムハンマドにかんする週刊誌の侮蔑的な諷刺画に憤激したアル=カイダに関係する男たちによってなされたようだ。その襲撃は、「私はシャルリー」の叫び 声を呼び寄せて報道の自由を支持する街頭デモをくりひろげ、フランスと世界中で数百万人の大規模な抗議を引き起こした。

 

歴史的なコンテキストにこの問題をおくと教訓となる。ナ チス・ドイツでは、デァ・シュテュルメルという反ユダヤ新聞が病的なまでにユダヤ人のカリカチュアを強調していた。ニュールンベルグ裁判 で告発されたその編集者ユリウス・シュトライヒャーは、ユダヤ人にかんする彼の話題と諷刺画の理由で絞首刑にされた。セルビアに対するそ の爆撃作戦の期間中1999年には、NATOがベオグラードのラジオ/TV局を故意に爆撃して16人の ジャーナリストを殺害した。米国は、2001年にカブールのアル=ジャジーラ本部を爆撃した。また2003年 には、アル=ジャジーラがバグダッドで爆撃されジャーナリストが殺された。ガザ攻 撃でイスラエルは故意に多数のジャーナリストを殺害した。

 

上記の例では、確かに報道の自由の問題はほとんど話題に ならなかったし、大規模な街頭抗議運動も一切なかった。シャルリー・エブドの場合、上記の例は言論の自由のモデルではなかった。実際に は、シャルリー・エブドのムスリムにかんする政治的ポルノグラフィーはデァ・シュテュルメルでユダヤ人が描かれたやり方とほとんど違わな いのに。

 

米国とその多様な同盟国は、アフガニスタン、イラク、リ ビア、ガザ、イエメン、シリアと多くのムスリム諸国で死と破壊の戦争に乗り出した。これに対する援助のために、サウジアラビアはその狂信 的なワッハーブ主義を蔓延らせようとして1000億ドル以上を費やしてきたよう だ。ワッハーブ主義は比較的小さな宗派でムスリム世界全体では軽蔑されているが、それでもムスリムのイメージを傷つけてきた。こうしたこ とで、世界のイスラム教徒を堕落させ、品位を下げ、恥をかかせ、あざけり、辱めることが、どういうわけか西洋の一部の人々に許容されるよ うになった。表現の自由の見せかけのもとでムハンマドを嘲るほうを選んだのは、この精神においてであった。注目すべきは、かつてシャル リー・エブドはあるジャーナリストが書いたひとつの描画がシオニスト・ロビーに批判されたという理由で彼を解雇したことがある。しかし、 ムスリムに対して同じことが現われたとき、それらについては解禁されていた。アメリカ合州国最高裁判所判事オリバー・ウェンデル・ホーム ズによって出された判決では、言論の自由は「嘘なのに満員の劇場で火事だと叫ぶ」権利は人に与えられていないとある。また、暴力を呼ぶよ うな「挑発的な言辞を公表することは禁止するという条項が合州国憲法にある」。こうしたすべてが、シャルリー・エブドの編集者と発行者に よって無視された。処罰が死刑ではないとしても、起こっ たことに対して彼らは相応の責任を負っている。残念なことに、シャルリー・エブドのカリカチュアに対する欧米の無批判的な擁 護は、諷刺画がムスリムに直接向けられまたムスリムを嘲笑したからだった。今日、絶望的に軽蔑された人々はイスラム教徒であることは疑い ようがない。

 

ISISが2人 のアメリカ人ジャーナリストを打ち首にしたとき、憤激と非難が西洋を貫いた。しかし同じISISが 何百人ものシリア兵を打ち首にし、これらの戦争犯罪を入念にフィルムに収めたとき、これはほとんどどこにも報道されなかった。付け加える と、シリア悲劇のかなり初期の段階から、アル=カイダ・グループは兵士だけでな く、警官、政府職員、公務員、ジャーナリスト、キリスト教会の人々、援助ワーカー、女たちや子どもたちを殺害し拷問していた。同じく市場 での自爆も。これらすべてが主流メディアでは覆い隠されていた。そしてシリア政府が正しくこれをテロリズムと公然と非難したとき、これは 無視されるかアサドのプロパガンダだと非難された。

 

では、欧米のメディアではこれらの残虐行為がなぜ報道さ れなかったのか?もしこれが報道されたなら、アサドは去るべきだというワシントンが宣言したアジェンダに敵対することになっただろう。こ うして主流メディアは公式の方針に従った。ここに新しいものは何もない。欧米が開始した戦争、ベトナム、アフガニスタン、イラク、リビ ア、シリアに対する暴動と政権転覆戦争、さらにイラン、グアテマラ、インドネシア、チリに対する彼らのクーデター、そしてもっとも最近で はウクライナで、メディアはことごとくこれらを支持したことを歴史は示している。

 

テロリストの行為が私たちの敵に対して実行されるなら、 しばしば自由戦士の行動と見られる。しかし同じタイプの行為が私たちに向けられたとき、それらの行為はテロリズムと非難される。だからす べては誰の牛が突き刺されたか次第なのである。(結果の正しさはどちら側に立っているか次第だという警句だが、ことは主観性の問題ではな く、著者が世界を覆う不公正を指摘していることは言うまでもない。=訳者)

 

(以上、翻訳終わり)

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小出先生 ラジオフォーラム2015/2/28のお話(IAEAは核保有国のエゴのための組織)&ジャーナリストの危険地帯取材はどうあるべきか、志葉玲さんのお話 by limitlesslife
February 28, 2015, 10:49 pm
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永岡です、第112回ラジオフォーラム、今週はジャーナリストの石丸次郎さんの司会で放送されました。今週もFMharoと三角山放送局を聞いて、三角山放送局で、退官された小出先生の話をぜひ聞いて欲しいとのコメントがありました。

1~2月、暗澹たる事件が続き、フランスの新聞襲撃、そしてイスラム国日本人人質殺害事件、シリア、イラクで何十人殺されています。テロという文字をメディアで見ない日はないほどです。テロがなぜ起こり、現場はどうなのか、これを取材する人間がいるから、分かるのです。

今週のテーマはイスラム国日本人人質事件関係、イラク戦争、パレスチナ、福島原発の取材もされたジャーナリストの志葉玲さんが、危険地帯取材のことを語られました。パレスチナはこの10年取材され、これがテーマです。

前半のお話、後藤さん事件について志葉さんは衝撃で、ジャーナリストが拘束されるのは珍しくなく、しかし劇場的+殺害は日本人に衝撃を与えたと言われました。後藤さん、シリアで拘束され、アサド政権と内戦状態→難民流出で、イスラム国が台頭し、支配し、イラク取材より、拘束・誘拐の危険性は、日本人人質事件は2004年にもあり、3人のボランティアが拘束され、その後ファルージャに志葉さん行かれて、当時は現地の人は、米軍占領に抵抗して、日本人の話は通じて、現地の指導者へのインタビューも出来た。

現地で影響の大きい人の仲介もあったためで、しかし外国人ジャーナリストが目の前で拘束されるのもあったのです。

誘拐、拉致の危険はイラク戦争後続き、しかしなぜジャーナリストは危険地帯に行くかであり、政府に迷惑をかけるという声もあるのですが、志葉さんはパレスチナ・ガザ(2000人殺された)に行ったのは、現地に知り合いがあり、そしてアメリカ・イギリスなどからジャーナリストがガザに行き、報道することで、イスラエルが虐殺したのを、撤退させたのは報道の力で、ジャーナリストが入り、イスラエルのガザ攻撃を抑えられた。

報道により助かる命もあり、現地のガザで、ジャーナリストの宿泊するホテルに滞在され、ホテルにいるジャーナリストは、自国の大使館に、イスラエルに攻撃させるなと言ったものの、近くへの空爆はあり、ガラスは割れた。

なぜ、危険地帯に行くのか、自分の身は自分で守り、安全対策は、重要なのは、現地で信頼できるパートナーのレベルが重要で、現地のことは現地の人が一番知り、その人に従うべきで、しかし、なぜ危険地帯も取材するのかを問われたら、日本の国の政策もあるが、世界の戦争に日本も関係し、イスラエル軍は民間人も殺し、安倍総理はイスラエルと軍事連携を進めているので、兵器の共同開発もあるが、それの意味は、イスラエルが何をやっているか、日本人は知るべきで、そのため、取材がいるのです。

 

小出裕章ジャーナル、今週の小出先生のお話は、IAEAとは何かなのです。

福島原発の廃炉で、これに向けて日本の取り組みを、IAEAが2月9日に訪日し、世界の技術を結集するというものの、IAEAは国連の機関で本部がウィーン、4000億/年の予算(2012年度)、職員2200人(核査察官250人)いて、その実態、もともと核技術は核兵器から始まり(民生用を最初は想定していない)、原爆をアメリカが作り、世界に拡散し、その中で、核保有5カ国=国連常任理事国=ほかの国に核兵器を絶対持たせない意思。

しかし、アメリカは核開発で大変なお金を使って施設を作ってしまい、大変な負債になり、これの元を取るために、核の平和利用(1953年のアイゼンハワー)の美名の元に、核施設を金儲けのために悪用=世界に原発を売りつけて儲けたいが、核の平和利用とは言っても、核の独占が崩れる(原発保有=核兵器所持)ので、そのため、アメリカがIAEAを作り、つまり(1)原発を世界に売って儲けるが、(2)核兵器をほかの国に持たせないというエゴのために作られた組織なのです。

IAEAは2005年にノーベル平和賞を受賞したが、佐藤栄作氏、イスラエル首相、オバマ氏ももらう「政治的な思惑でもらうもの」で、小出先生はおかしいと思われて、IAEAも原発で儲けて核兵器拡散を防いだ政治的な功績での受賞と小出先生言われました。

IAEAと日本の関係は、250箇所が査察対象、京大原子炉実験所ももちろん対象で、原爆に転用できる高濃縮ウランもあるからで、それが軍事用に転用されないか、頻繁に、外国の査察官が来て、実験所の核物質の量は小出先生も教えられない超機密!で、機密を知る職員が、ちゃんと軍事用にしていないと査察官に見せているのです。

小出先生はいかなる核兵器に反対するものの、世界は公平であるべきで、5カ国のみ核兵器を持っていい理念はおかしく、核を減らすべきだが、世界は不均衡で、アメリカ他の支配が強められ、ところが「核兵器保有国はIAEAの監視対象外!」で(原発は査察対象、軍事関係は査察対象外)、話にならない不公平なのです。これを聞いて、石丸さん驚かれました。

つまり、「IAEAは核兵器保有国のエゴのための組織」で、世界の矛盾の集約がIAEAであり、今のトップは日本人の天野氏です。以上、今週の小出先生のお話でした。やり取り全文は以下にあります。

http://www.rafjp.org/koidejournal/no112/

小出先生は、昨日最終講義をされて、映像もありました。

http://www.mbs.jp/news/kansaiflash_GE000000000000007048.shtml

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2015022701002101.html

ここで音楽、レーモン・ルフェーヴルの夜間飛行です。これも、ユーチューブにありました。

https://www.youtube.com/watch?v=2w85koKdpYA

 

後半のお話、志葉さんはなぜ危険地帯に行くのか、戦争をとめたいからで、ジャーナリストの命は現地の人の命より重いのか、戦争は一番弱い人が真っ先に殺され、安全なテレビのスタジオで政治家、評論家が語るのではなく、戦場の現地に立つ必要がある。

しかし、この11年間で6人の日本人ジャーナリストが戦場で殺され、中東・アジアで殺され、こういう事件が重なり、後藤さんが殺される場面が晒されて、今日本社会に、ジャーナリストが危険地帯に行くのは迷惑、政府に迷惑をかけているという空気があり、これについて志葉さん、危険と隣りあわせで、日本のジャーナリストが殺された、運命の分かれ道が何であったか、検証すべきなのです。

橋田さん、小川さんの際には志葉さんも現地におられて、当時現地で、橋田さんは車で襲撃され、武装勢力の活発な時間に行ってしまい、時間がなく無理なスケジュールを組んだためで、ミャンマー(ビルマ)で殺された長井さん、ビデオ撮影時に軍に殺され、長井さんを石丸さんも知っておられて、長井さんはミャンマー軍の危険性を知られず、それで、石丸さん、後藤さんに判断ミスがあったと指摘され、志葉さんは、後藤さんは慎重な方で、しかし今回は湯川さんを助けに行き、通常の取材でしない無理をしてしまったと指摘されました。

これで、フリージャーナリストに、世間の批判があり、政府の統制、杉本さんがシリア行きで旅券を取られた件、外務省が行くなというものであり、志葉さんは、外務省は報道の自由は認めない、志葉さんは外務省の退避勧告を何回も受けたが、そんなことをしたら取材にならない。

退避勧告は従うべきものではなく、外務省の注意喚起のはずなのに、政府の命令になったのはおかしい、外務省のお願いで、これはアメリカにも、外国にもあるが、命令ではない。

しかし、後藤さんは外務省の勧告を無視したと世間は批判したが、志葉さん、外務省が旅券を取り上げるのは戦後初のもので、杉本さんの会見を聞いて外国の記者は驚き、アメリカ、イタリア、フランスの記者もこんなことはあり得ないといい、旅券を政府の都合で取り上げることはなく、報道の自由は民主主義の根幹で、これは国民の権利剥奪。旅券は権利で、お上の許可ではない。

ジャーナリストは、個人で勝手にやるのではなく、知る権利のためにやり、警官も危ないからと現場から逃げることはない、ジャーナリストも同じ。杉本さんはシリアの取材を計画され、石丸さん、外商がシリア全体が危ないというのは大雑把と指摘され、外国人の入国の問題ないところもあり、それを制限するのは政府の越権行為。

どこを、何を取材するかを、政府が決めるのはとんでもないと石丸さん指摘され、基準は報道側が考えるべきで、政府の制限はおかしい+メディアにも、朝日がシリアのクルド人勢力地帯の取材をしたことを、読売と産経が誹謗中傷し、メディアの自粛を石丸さん指摘され、志葉さんはメディアの自殺、報道の自由は必要で、現地に行かないと取材できず、こんなことをメディアが批判したらおしまい。

政府の退避勧告で、行くなといわれるのは、おかしいと石丸さん言われました。

 

みんなジャーナル、日本が中東で出来ることは何か、前朝日新聞中東アフリカ総局長でフリージャーナリストの川上泰徳さんのお話がありました。

危険地帯とは中東で、中東での日本の役割、川上さんは20年以上中東を取材されています。イスラム国の処刑に日本人も衝撃を受け、イスラム国が跋扈した原因は、イラクとシリアの政治的混乱で、アルカイダの流れを汲むが、アフガンなど政治が混乱しているところで台頭し、アメリカの勝手な戦争で、イラク・アルカイダが入り、内戦が続き、イラクのアルカイダが、イスラム国になり、内戦・混乱により起きたこと。

アメリカのイラク戦争が原因で、武力で体制を倒したら混乱になり、アメリカの占領がイラク国民の支持を得られず、拷問などしてイラク人の反発をシーア派、スンニ派からも受けて、その背景でイスラム国が膨張した。

中東で、アラブの春があり、しかしより不安定化して、安倍総理はテロと戦うとぶち上げたが、日本が中東のためにできることは、混乱の中でイスラム国が伸び、入る若者は希望がなく、中東は強権体制で、腐敗し、政治家、裁判官も腐敗し、経済界もそれで、大学で勉強しても、職がない格差があり、これがイスラム国を支えている。

安倍総理のテロとの戦いは、混乱に日本が加担することで、日本人がテロにあう可能性、現地はイスラム国を評価しないものの、欧米が中東を植民地にしたツケで、日本が欧米の支援をするのは、現地は求めず、社会、経済の支援で、中東の未来のために尽くすべきで、格差のない社会を作るべき。

中東の情勢は、世界の未来がかかっているのです。以上、川上さんのお話でした。

 

今週はジャーナリストの危険地帯取材で、命がけでなぜ取材するかと石丸さんも聞かれるが、命はかけないが、人生はかけると言われて、志葉さんも、自分の生き方として曲げられないが、安全を考え、命がけではないと言われて、しかし、ジャーナリストへの世間の目は厳しくなっています。以上、今週のラジオフォーラムでした。

 

 

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夜間飛行_レイモン・ルフェーブル

 



京阪神「市民活動」掲示板2月27日補充分を送ります。 by limitlesslife

佐藤三郎様、皆様
秀村です。連続講座のご案内や、また市民活動掲示板をいつもお送り頂き、ありがとうございます。
ところで、下記は他のMLに送信したものですが、こちらにも送らせて頂きます。
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皆様
ご存知かもしれませんが、安倍政権に対する批判を自粛する空気が広がっていることに強い危機感を抱いているジャーナリストや言論人、表現者が声明を発表しています。
そしてその中心メンバーの今井一、マッド・アマノ、平田オリザ、古賀茂明、中沢けいの5氏が外国特派員協会で重要な記者会見を開きました。Webで見ることができますので、ぜひご覧ください。
古賀茂明氏は、社会で自粛が進んでいくプロセスを、ホップ・ステップ・ジャンプにたとえています。最初は政府が圧力をかけるが(ホップ)、次第に報道機関が自粛するようになり(ステップ)、正しい事実が国民に知らされなくなる結果、独裁に至る(ジャンプ)というわけですが、現在の日本は、ステップまで来ていると警告しています。
実際、古賀氏自身、報道ステーションで、”I am not ABE” (”I am Kenji”というだけでなく、われわれは、”I am not ABE”とセットにして世界に発信していくべきだ)と発言したら(古賀氏自身もネットで大変な批判・攻撃を受けているようですが)、番組のプロデューサーが上層部に呼ばれ、テレビ朝日の報道局長から、4月以降古賀氏を出演させるなと指示があったようです。報道ステーションは健闘していると思いますが、上層部がそのようでは限界があるでしょう。
作家の中沢けいさんの発言も、非常に考えさせられるものでした。
戦前と比べると、平和憲法のおかげで直接戦争をしなかった期間が、70年もよく続いたものだと改めて思います(戦争への荷担などを無視して単純に言えば、の話ですが、それにしても)。
しかし今年は、戦後70年というより、「戦前」◯◯年かもしれない、という風に思ってしまいます。私は神戸に住んでいるからか(1980年代からですが)、単純に大きく捉えると、1995年の震災の頃を境に、それまでの戦後50年の平和主義と経済発展の上昇の時期(もちろん様々な問題はありましたが)に対して、それ以後の時期というのは、それまでと色々な点で対照的で、右傾化がだんだん顕著になって今日に至っているように感じています。戦争できる国へ、の方向に暴走しています。
 
今の安倍政権の暴走にブレーキをかけて止めなければならないと思っている人々は、保守層にも少なくないのではないかと思います。顕在化していませんが、あちこちにそう思っておられる方々はたぶん大勢いらっしゃるはずで、とりあえず暴走にブレーキをかける、その一点で、そうした人々がつながっていくことができるように願っています。
===========
 
そういう意味でも、佐藤さんのお働きは非常に大事だと思い、感謝しております。
秀村冠一
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コメント:「義を見て無さざるは勇無きなり」一人一人の遺伝子には40億年の願い・努力が宿っている。虚偽・錯誤の輩にその命を無視・略奪されないように真実・覚醒して宇宙一切の真実生命の為に行動しましょう!!!


報道するラジオ2015/2/27 沖縄で何が起こっているか、浦崎直己さんと前泊博盛さんのお話 by limitlesslife

永岡です、報道するラジオ、今週も毎日放送アナウンサー水野晶子さんの司会、ジャーナリスト・元毎日新聞論説委員の平野幸夫さんの案内で放送されました。

今週のテーマは久々に沖縄で、ご存知のように辺野古反対の男性が米軍に拘束されました。政府が放り込んだブロックで珊瑚が破壊され、沖縄県は許可した範囲を超えていないか判断するとして、許可を超えたら、翁長氏は埋め立てを取り消すとして、政府は問題ないと開き直っています。

そして、基地反対のテントも、菅氏、撤去させると言うのです。

これで、辺野古反対の市民がゲート前で逮捕された件(問題の写真は沖縄タイムスのHPhttp://www.okinawatimes.co.jp/photo_detail/?id=104194&pid=428339  にあります)、ご覧のように、市民が警官に引きずられ、引きずっているのは日本人であり、米軍基地の職員で、この写真の意味を、これを撮られた沖縄タイムス記者の浦崎直己さんのお話がありました。浦崎さん、お電話でのお話です。

2月22日、集会は午後1時から辺野古・キャンプシュワブの前で、新基地反対の集会を予定し、2800人の県民が参加され、この集会は午後の予定なのに、市民は昨年より抗議運動を始めて、年明けにボーリングが始まると24時間で監視、沖縄タイムスも24時間体制で取材し、この拘束は男性二人、沖縄平和運動センターの方で(浦崎さんは実名を挙げられましたが、私は実名報道の必要はないと考え、匿名とします)、午前9時に拘束された。

その時に、朝7時半から市民40人が工事車両を阻止するためにいて、普段いない米軍の警備員が現れて現場も緊張し、市民とのにらみ合いで、警備員の手が伸びた。これを浦崎さんは写真に撮られて、男性がマイクを持ち、米軍警備員に対して、市民に落ち着くように言った。

市民も、米軍が来て興奮し、にらみ合い、何しに来たとなり、にらみ合いの中で男性を拘束した。つまり、男性は市民に語りかけたのみで、9時4分20秒、にらみ合いもあり、その際は何もなかったのに、男性は落ち着けとしていたら、警備員が手を伸ばして、もみくちゃにされ、場に緊張感が走り、しかし収めているときに、米兵に一気に連れて行かれたのです。

連行したのは、米軍の雇っている現地の警備員で、普段だと、ゲートのチェックをしている人で、仰向けにされて、ゲート内に連れて行かれたのです。米軍が引きずり込んだのを浦崎さん、ご覧になり、さらに、県警の職員にも米軍は支えられ、沖縄県警に拘束されたのです。

男性は米軍警備員に捕まり、顔は服も裏返され、その後、ゲートの中に連れて行かれて、奥に連れて行かれて、米兵に手錠もかけられ、拘束された(北朝鮮やイスラム国もアメリカには真っ青だ)。もう一人の男性も連れて行かれた。

沖縄県警は、この後の取材では、事前のこともなく米軍がやり、県警は現場を押さえただけというのです。

この逮捕、浦崎さんは、黄色い線を越えたから逮捕したと、警備特別法違反というものの、超えていたのは一人だけでなく、整合性なし&後ろから米軍がつかみかかり、狙い撃ち=抗議の前に、集会つぶしのための米軍のやり方と市民は感じています。

男性はもちろん自らキャンプ内に入ることはなく、場を収めていたのです。

なぜ逮捕されたのか、なぜ米軍はこんなことをしたのか、浦崎さんの推測は、米軍も抗議行動に苛立ちがあり、ゲート横にテントもあり、24時間体制で警戒していたのに、これの撤去も言われて、これまでにない動きであるのです。

今までは、普段の抗議行動については、米軍・沖縄県警は、夏以来、市民が抗議し、デモをして、民間の警備員・県警がいたものの、警察の指導・警告があったが、米兵が出てきたのは、初めてなのです。

米軍が過去にない態度に出た理由は、浦崎さん、タイムスの取材で、沖縄の高官が、市民運動に対応しろと、今年1月上旬に言い、市民排除の必要性を言っていたと、沖縄タイムスの取材がありました。米軍と安倍政権の連携は、アメリカの強硬姿勢で、日本も沖縄県民弾圧を強めたわけです。

日本政府は沖縄県民を守らず、日本政府も工事を進めるとして、ボーリングも再開され、国交省の事務所もテント撤去の指示を出した。

事件への沖縄県民の反応は、萎縮ではなく、怒りが強まり、アメリカ、日本政府への抗議が強まるのです。

翁長知事が当選し、辺野古阻止を開始し、これに対して県と政府の対決があり、現場も拘束、逮捕で、怒りをもっています。以上、浦崎さんのお話でした。

 

後半のお話、安倍総理と菅長官は、翁長知事との面会を拒否しています。仲井真氏とは50回以上会ったのに、です。その上沖縄振興予算を減額しました。これについて、お馴染み、沖縄国際大の前泊博盛さん(元沖縄タイムス記者)のお電話でのお話がありました。

2月22日の男性不当逮捕、米軍に反対運動のリーダーが拘束され、これの意味を前泊さん、「日本の主権が侵害された日だ」と言われ、規制線の外にいたのに拘束され、日本政府も米軍に抗議しない、米軍による、勝手な身柄拘束なのです。

これに、法律の根拠は、刑事特別法、米軍基地に入ることを禁止した法律があり、これで基地を守り、これを悪用したものなのです。

日米地位協定があり、これに基づくもので、しかし今回は本土の報道はないものの、映像もあり、背中を向けていた人に下がれといった人を拘束&暴力で、こんなことをされたら、日本国民がこれでやられるなら、一般人も萎縮する、「北朝鮮の拉致と同じ」。

沖縄では、これの適用は何と2度目で、しかしゲートの外で、沖縄の主権は侵害され、名護市も引き渡されて、法的な根拠はなく、釈放した。

こんな、無理やり拘束するのは、強引なものであり、逮捕権乱用であり、米軍はこういうことをしたのに、本土の日本人が怒らないのはおかしいのです。戦後70年、なぜ基地が要るか+新しい基地はおかしいと言ったら弾圧された=リンチであるのです。

手錠をかけたのは、法律の適用としては、危害も加えていない、米軍を妨害していないのに、逮捕は今回が初のケースなのです。

リスナーより、キャンプシュワブに引きずり込まれる写真を見て、米軍の警備員がなぜ日本人かと質問があり、前泊さん、基地従業員で、この人たちの給与は日本が払い、しかしアメリカは米兵、MPを使わず、日本人を使って日本人を抑圧し、アメリカは火の粉をかぶらない。

日本人の警備員も沖縄県民で、沖縄同士を争わせ、これは基地の従業員の労組も大騒ぎになり、日本人を自ら弾圧したら、基地で働く9000人は県民に顔向けできず、緊急会議→防衛省に抗議したのです。

これで大騒ぎになり、労組幹部に聞いたら、彼らも驚き、しかし立場は弱く、命令を聞かないと解雇され、従わざるを得ない。組合も怒っておられます。

今回は、1月にアメリカの幹部が指示して、前泊さん、事件の2週間前で、オフレコに近い話、米軍の幹部で、反対運動が長く続くことを不愉快に思い、兵隊も日本を守っているつもりなのに、歓迎されない=やっている仕事は,話が違う、我々は招かれていないと思い、歴代国防長官も、歓迎されないところにはいないと言ったので、基地司令より、このままだと基地フェンスを破られる、日本政府に、反対運動を潰せと司令し、日本政府は、沖縄防衛局他の組織に、反対運動の駆逐を指示した。

それで、テントは夜中に帰ったときに撤去され、フェンスの内側に捨てられ、米軍に、このままだとフェンス内に入られると、危機感を基地で持っていて、前泊さんもそれを米軍司令官から打診され、前泊さんは、そこまでやらないと答えられたのに、司令部は、このままだとやられると、恐怖感を持ち、これ反対運動のリーダーを拉致した。

こうしたら、反対運動を止められるとアメリカは思っていたが、もちろん逆効果で、沖縄は怒り、日本は宗主国=アメリカ、日本=属国(マコーミック教授)=主権なしと見られて、主権国家の中にこれだけ外国の基地があるのに、ものを言えない。

辺野古は新しい基地で、その役割を日本国民は知らず、政府は普天間代替と言うが、日本の政治家は歴史を勉強せず、2013年4月28日の主権回復の日に天皇陛下万歳の式典を行ったのに、沖縄は怒り、主権は沖縄になく、奄美とともに沖縄は切り捨てられ、4・28は沖縄が日本から切り捨てられた屈辱の日。

なのに、安倍総理は4・28を主権回復として、沖縄は怒り、全沖縄も、安倍政権に怒りを上げ、61年の節目への疑問もあり、講和条約の日をなぜ祝うのか?

4・28は安倍氏も菅氏も、沖縄が切り捨てられた日と知らない!

そして、安倍氏は翁長氏と会わず、前泊さん、仲井真氏と異なり、言うことを聞かないためと言われて、政府には会わずとも問題はなく、平野さん、沖縄の怒りは増えると指摘され、前泊さん、国家権力のえげつなさを沖縄だと実感され、海保は国民を本土では助けるが、沖縄では反対運動を制圧する組織で、カヌーの人を拉致する、海上「不安」庁。

警察も、沖縄を弾圧するためのものです。振興予算も減らされて、沖縄には、仕方ないと前泊さん言われて、減らされて、他のものは自分で稼ぐという、安倍氏の親心との皮肉とも沖縄は言うほどで、それで切られる額は決まり、メディアも安倍政権を支え、しかしそれだけ減っても、沖縄は大丈夫、民間活力でやれる。

予算による締め付けの恫喝を安倍政権はして、沖縄の怒りは収まらず、翁長知事は、あめと鞭の政治=日本は民主主義ではないというのです。

平野さん、翁長氏、環境アセス再検証をしていると指摘され、これにより工事をとめられるかと聞かれて、前泊さん、政府は都合の悪い法律を変えて、太田知事時代に特措法でやられて、地主に代わり市町村長、県知事のサインでOKにされ、今は国交相のサインで出来る。

横浜で、ベトナムで壊れた戦車の修理・積み出しに、道路の使用許可を出さなかったら、政府は半年後、法律を変えてごり押しした。

今回も、翁長知事が抵抗しているが、埋め立てを翁長氏が否定しても、政府が法律を変え、「この国の民主主義の程度はその程度」。

 

民主主義は選挙で選ばれた人の意見をそんちょうするのに、名護市長選+名護市議選+県知事選+総選挙でNOと言っても、日本政府は無視するのです。以上、前泊さんのお話でした。

 

今週は沖縄の話で、リスナーより、基地に侵入しているという声、逆に引きずり込まれて、不当拘束とあり、平野さん、これまで強権的なことをしていなかったのに、沖縄の怒りは高まり、安倍政権は強引で、安倍氏の訪米時にエエかっこうしたいからであり、しかしこれはさらに現地の怒りを増やすと締めくくられました。

 

もうお分かりでしょう、これは沖縄だけの問題ではありません、前泊さんや、矢部宏治さんの本にあるように、日本は全土、どこに基地を作られても文句は言えない、アメリカの植民地で、安倍政権はその手先に過ぎません。

この内容、例により、私に無断でいくらでも拡散してください、沖縄に犠牲を強いたら、日本は破滅で、日本を売り渡す安倍政権を許してはいけません!

_____________________

コメント:彼も人なり、我も人なり。全ての生命体は40億歳の命の尊厳を持って平等です。安倍・オバマ何する者ぞ?!主権者一人一人が架空の国家(国家の名を利用する政治屋)に立ち向かう時が来ました。権力は国家の名を語りますが、納税・献金(一票の平等の為に廃止すべし)が無ければ無力・無能です。金ロボットと決別しましょう!!!

 

 



地震と原発事故情報-5つの情報をお知らせします、たんぽぽ舎です。【TMM:No2419】 by limitlesslife

 永岡です、たんぽぽ舎の原発関係の情報をお送りいたします。

<以下、転送>

たんぽぽ舎です。【TMM:No2419】
2015年2月27日(金)地震と原発事故情報-5つの情報をお知らせします
転送歓迎
━━━━━━━
★1.声 明
テント撤去命令は不当であり国民世論にそむくもの
法律的に可能な対応(控訴、執行停止の申立等)で
あきらめず、しぶとく、しなやかに闘う     経産省前テントひろば
★2.脱原発テント撤去命令 東京地裁判決
土地使用料に1140万円  (2月27日東京新聞より抜粋)
★3.「残念」「脱原発の象徴」 支援者ら400人抗議
(2月27日東京新聞より抜粋)
★4.川内原発の審査は非公開・違法のまま続いている、糾弾しよう
2/19川内原発再稼働審査についての院内交渉集会
木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
★5.新聞より3つ
◆帰還も移住も見えぬ将来 原発事故避難 なお12万人
3万戸 異質 苦悩 仮設生活4年 異例の長さ   (2月27日東京新聞より抜粋)
◆高線量、建屋へ近づけず 7000人が廃炉作業 事故4年 福島第一原発   (2月27日茨城新聞より抜粋)
◆東電、遅すぎる汚染水対策 外洋から専用港に 排水溝付け替えへ  (2月27日東京新聞より抜粋)
━━━━━━━
※『たんぽぽ舎第27回総会・26周年』にご参加を!
日 時:3月1日(日)開場13:00 13:30開会
会 場:「スペースたんぽぽ」(総会と講演) (ダイナミックビル4F)
第1部:第27回総会
第2部:記念講演
講師:木幡ますみさん『福島の現状』
「今は福島のこと、明日はあなたの町のことかも…」
講師:山崎久隆さん 『原発再稼働!何が問題か』
第3部:懇親会(会場:5F)
参加費:第1部無料 第2部800円 第3部2500円  2・3部通し3000円
※総会も含め、どなたでもご参加いただけます。
━━━━━━━

┏┓
┗■1.声 明
|  テント撤去命令は不当であり国民世論にそむくもの
|  法律的に可能な対応(控訴、執行停止の申立等)で
|  あきらめず、しぶとく、しなやかに闘う
└──── 経産省前テントひろば

○ 2月26日東京地裁では、テントを巡る第1審の判決が出された。その内容は、原告の請求提訴内容を全面的に認めるというものであった。
1.被告はテントを撤去し該土地を(国に)明け渡せ、
2.被告は損害賠償金(約2800万円)を払え、
3.以上の2つについて「仮執行宣言」(ただし、損害金に関する仮執行対象額は約1,100万円)」を付す、というものである。
これは明らかに不当な判決であって、当然ながら我々は承服できない。この判決は司法の独立性をみずから踏みにじり、今の政府を支配下におく安倍内閣の意向に全面的に沿った、きわめて反動的なものである。
○ この判決を書いた村上裁判長は、2011年の3・11東電福島第一原発の深刻きわまりのない未曽有の大事故とこの事故の責任について、そもそも被害者・国民の立場から真剣に考えたことがあるのか。同様にいまだに続く事故の継続(例えば手の打ちようがない汚染水の問題)について自らの問題として一時でも考えたことがあるのか。
そして何よりもこの事故で甚大なる被害を受け、今も受けつつある福島の住民の痛みについてわずかにでも心をはせたことがあるのか。
村上裁判長は一見紳士面をしながら、厚顔にもこのような問題をなかったことにし、かつ第9回まで行われた口頭弁論を、いわば「ガス抜き」程度のこととして冒涜することになった。彼は司法の正義を国ないしは安陪内閣に売り渡し、その見返りとして結局のところ、つまらない自らの出世の道を選択しただけではないのか。
○ だが、いかなる判決であろうが、われわれは法律的に可能な対応(控訴、執行停止の申立等)を含めて、断固として闘いを継続する。
われわれには恐れるものは何もない。われわれが、例えとるに足らない微小なものであっても、無力ではないし、例え非力であったとしても、全国・全世界には何百万、何千万、何億の人々の「脱原発・反原発」の願いと無数の力があり、連帯したこの力は、巨大な力を発揮し得るという確信のもとで、以下のように闘う。
もっとも大事なことは、こうした潜在的な力を具体的・政治的な力として、例えわずかずつでも白日のもとに実現していくことである。そのためには、あきらめず、しぶとく、しなやかに闘わねばならない。
○ 第2に、福島の事故を忘れず、福島の人々を忘れず、全国各地、とりわけ原発立地でしぶとく闘い続ける人々との連帯を時間もかけて実現していくことである。少々の意見の相違を誇張するのではなく、互いの違いをむしろ前提にして、互いに尊重し、連帯を最優先すべきである。肝心なことは人と人との連帯であるからだ。
○ 第3に、われわれの重要な特徴でもある「テントの精神」を全国的に理解してもらい、これを大胆に押し広めること。
テントの精神とは、一言で言えば、脱原発を掲げ、可視化された日常的・持続的・実際的な存在であることである。だからこそ脱原発運動に一定のインパクトをもたらし、一種の拠点となったのである。
全国各地の可能な所から、可能な人々によって始められ、やがて無数の脱原発テントが、たけのこのように生えてゆく。壊されたらまたどこかに立てればよい。経産省前テントひろばはまさにそのような存在である。
共に闘おう!                 2015年2月27日

┏┓
┗■2.脱原発テント撤去命令 東京地裁判決
|  土地使用料に1140万円
└──── (2月27日東京新聞より抜粋)

東京・霞が関の経済産業省敷地内にテントを張り、脱原発を訴える市民グループの2人に、国がテントの撤去などを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。村上正敏裁判長は「表現の自由の行使という側面はあるが、国有地の占有は認められず、国が明け渡しを求めることは権利の乱用ではない」として、テントの撤去や土地使用料として約1140万円の支払いを命じた。実際に立ち退くまで1日当たり約21000円の支払いも命じた。市民グループ側は控訴する方針。
(中略)
判決が、判決確定前に国が強制執行できる仮執行宣言を付けたため、国は強制執行に向けた手続きが可能になった。だが、市民グループ側は、裁判所に強制執行停止を求めることもできる。
市民グループは東京電力福島第一原発事故の半年後の2011年9月11日から、経産省前にテントを張り、交代で寝泊まりしながら国の原発政策に対する批判を続けていた。

┏┓
┗■3.「残念」「脱原発の象徴」 支援者ら400人抗議
└──── (2月27日東京新聞より抜粋)

市民グループは判決後、東京地裁正門前で「不当判決」と書かれた垂れ幕を掲げ、怒りの声を上げた。その後、東京・永田町の参院議員会館で開いた集会には、支援者を含め約400人が集まった。
被告の一人で神奈川県藤沢市の淵上太郎さん(72)は「予測された判決だが、誠に残念だ。テントは反原発運動の一つの拠点。明日からも脱原発を訴え続けたい」と話した。
弁護団の河合弘之弁護士は「全国で脱原発を目指す人たちは、テントを象徴のように考えている。日本から全ての原発をなくすことが最終目標だ」と強調。
支援者の一人で神奈川県厚木市の佐野究(きわむ)さん(28)は「判決は国側の主張を受け入れただけで、怒りを覚える。裁判所には、テントから原発再稼働に抗議の声を上げ続ける意味を酌んでほしかった」と話した。

┏┓
┗■4.川内原発の審査は非公開・違法のまま続いている、糾弾しよう
|  【速報】川内原発再稼働審査についての院内交渉集会
└──── 木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)

表題:規制委の工事計画審査を問う(院内ヒアリング)
~「黒枠白抜き」隠しと「認可前事前工事」を止めろ~
日時:2月19日(木)13時~17時
場所:参議院議員会館講堂(1F)
内容:1 規制委公開資料の黒枠白抜き問題と工事計画・保安規定の審査
2 認可前の工事先行実施
3 不作為の罪など、規制行政について
主催:再稼働阻止全国ネットワーク
対応:
原子力規制庁 原子力規制部安全規制管理官(PWR担当)
付管理官補佐 中桐裕子
原子力規制庁 長官官房総務課総括係長 小林祐紀 ともう一人
結果:次のことが明らかになった。
〇川内原発は今もまだまだ審査中、難航
規制庁が審査中なので答えられないと10回以上述べた。だったら、設置変更審査書で「合格」なんて言うべきではない。それにしても、「国民」の側に立って正当に審査しているなら、審査中でも指摘している点を説明していいはず。事前送付の質問に対しても全く答えようとしないのは、「国民」に見せられない恥ずかしい審査をしているからか。
〇規制委の情報公開は黒枠白抜きマスキングだらけ(設置法違反)
規制委は情報開示しない理由(言い訳)を1.企業秘密、2.個人情報保護、
3.テロ対策の3点に分類している。が、規制庁は個々のマスキングの理由が説明できない。なぜなら、九電が提供したマスキング付資料(PDFファイル)をチェックしないでサイトにアップしているから。
原子力規制委員会設置法の「第十七情報公開 原子力規制委員会は、国民の知る権利の保証に資するため、その保有する情報の公開を徹底することにより、その運営の透明性を確保しなければならない」を全く守っていないのだ。
〇審査内容には疑わしいリスクが一杯
山崎久隆さんが図を提示しながら、設置許可と工事計画との整合性、敷地のすべり安全率、ほう酸注入設備用ポンプ評価、加圧器の安全性、冷却系統施設の耐震強度、緊急炉心冷却装置配管の強度、制御棒クラスタの耐震性、ずさんなマスキング、蒸気発生器の交換、など12項目に渡って指摘した。が、規制庁は事実を教示されるのみで、疑問には審査中として何も答えない。また、広瀬隆さんが設計でOKであっても、そのとおりに施工できる訳ではないのでそのことをも考慮して判断するべきことを指摘した。
〇工事計画認可前の事前工事を容認
認可前工事の容認については明確に答えた。工事容認は、1.3.11後に原子力安全・保安院が事業者に重大事故対策を指示、2.「新規制基準」施工時(2013年7月)に既に着手している工事の施行を容認、3.設置変更の審査書確定時に事業者の責任で工事実施、の3通り。特に、2.については、原子力規制委員会の定例会合(2013年5月頃)で議論して着手工事を容認したが、これは衆議院の付帯決議の第一項「…、原子力規制行政に当たっては、推進側の論理に影響されることなく、国民の安全の確保を第一として行うこと」に違反している。
時間切れで個々の先行工事についての確認はできず、提出した表をもとに後日確認することとした。
〇規制行政に改善無し
規制行政についての質問に、3.11以後に事故を踏まえて改善した、独立性・透明性を改善、重大事故対策を加えて規制基準を作った、などの形式的回答。保安院の津波問題を反省点として認めたことは少々の改善か。
いずれにしても、原子力規制委員会は、規制行政の問題点の洗い出し、総括、改善策、などの総括議論を全く実施してきていない。元原子力安全・保安院の不作為の罪などを含めて、原子力規制委員会の規制行政が原子力安全・保安院と全く変わらないばかりか、悪化している部分が多々あることを指摘して、時間切れで終わった。
〇使用済み核燃料をどうする?
広瀬隆さんが使用済み核燃料の問題を放置している事実を指摘し、まずこの問題を解決するように迫った。時間なく今後の課題とした。

これらのことを多くの人に知ってもらいたい。詳細は次の動画をご覧願います。
20150219 UPLAN
【酷い政府交渉】規制委の工事計画審査を問う(院内ヒアリング)~「黒枠白抜き」隠しと「認可前事前工事」を止めろ~
前半:https://www.youtube.com/watch?v=C2ranme0co0
後半:https://www.youtube.com/watch?v=X7JeNEsgbd0

IWJ(IndependentWebJournal)2015/02/19 規制委の工事計画審査を問う院内ヒアリング~「黒枠白抜き」隠しと「認可前事前工事」を止めろ~(動画)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/233746

┏┓
┗■5.新聞より3つ
└────

◆帰還も移住も見えぬ将来 原発事故避難 なお12万人
3万戸 異質 苦悩 仮設生活4年 異例の長さ

東京電力福島第一原発事故からまもなく4年。今も12万人近くの人たちが避難を強いられている。阪神大震災など、これまでの大災害に比べ、仮設住宅を出た人は少なく、避難は広い範囲で長く続いている。そこには、将来の見通しが立たず、自宅の再建も避難先での再起もままならないという、原発事故特有の苦悩が横たわる。(後略) (2月27日東京新聞より抜粋)

◆高線量、建屋へ近づけず 7000人が廃炉作業
事故4年 福島第一原発

東京電力福島第一原発では、汚染水問題や依然高い放射線量で困難な廃炉作業が続いている。事故発生から間もなく4年となる現場を共同通信記者が25日、取材した。構内では1日に6千~7千人が作業に当たり、除染は進んでいるが、燃料が溶融した1~3号機周辺は特に放射線量が高く、近づくことも困難だった。
(後略) (2月27日茨城新聞より抜粋)

◆東電、遅すぎる汚染水対策 外洋から専用港に 排水溝付け替えへ

東京電力福島第一原発の排水溝から、汚染水が外洋に漏出している問題で、東京電力は26日、各方面からの批判を受け、汚染水の流出先を外洋から専用港に変えるなどの対策を打ち出した。だが、福島第一廃炉の最高責任者である増田尚宏氏は、漏れ続ける汚染水の濃度は高くないとの認識は変えなかった。
(後略) (2月27日東京新聞より抜粋)

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20150219 UPLAN【酷い政府交渉・後半】規制委の工事計画審査を問う(院内ヒアリング)~「黒枠白抜き」隠しと「認可前事前工事」を止めろ~


「安倍首相は父安倍晋太郎外相の中東外交を学ぶべし by limitlesslife
February 28, 2015, 3:32 pm
Filed under: アベノミス, 安倍晋三

> 篠原 孝 メールマガジン399号
> 「安倍首相は父安倍晋太郎外相の中東外交を学ぶべし
>  -積極的平和主義(自衛隊派遣)より創造的外交(和平外交)を-」15.02.27
> =====================================
> <イラン経済制裁に参加しなかった日本>
>  1979年、イランの過激派学生によるアメリカ大使館人質事件が発生した。カーター
> 大統領は軍事力による救出作戦を命ずるも失敗、これがために国民の不興をかい1980
> 年の選挙でレーガンに敗れ1期しか大統領を務められなかった。世界はアメリカの要
> 請によりこぞってイランに経済制裁をしたが、日本は三井グループが大型石油プラン
> ト工事を継続し、石油は生命線だとして、イラン(石油の輸入先の15%を占める)か
> ら、ただ一国平然と石油を輸入し続けた。アメリカが呆れて激怒することになった。
>
> <巧妙だった安倍晋太郎外相の中東外交>
>  悪く言えば当時は、日本は国際政治問題、なかんずく軍事問題には疎かったともい
> える。よく言えば、日本はベトナム戦争でも動かず、海外に自衛隊を出すことなど考
> えられない自制のきく国家だった。もちろん中東でもどこでも手を汚しておらず、そ
> こには世界に誇れる平和を希求する古きよき日本の姿があった。戦後の日本が築き上
> げてきた反戦平和、経済重視、国際協調路線を堅持し、アメリカとも一線を画した外
> 交を展開していたのである。
>  この後の中東外交で、日本は独自の平和外交を展開し、世界をアッと言わせたので
> ある。時の外相は安倍晋太郎、安倍首相の父君である。我々は今、崩れかけた日本の
> 中東外交を立て直すためにも、安倍晋太郎外交のおさらいしなければならない。
>
> <紛争の種を蒔くアメリカ>
>  1980年、イラン・イラク戦争が勃発、それが長期化し結局1988年まで続くことに
> なった。この時に前述の事情からアメリカは敵(イラン)の敵イラクを援助したので
> ある。そして他の西側諸国はもちろんソ連もイラク支援で追随した。これがフセイン
> 大統領をのぼせ上らせてしまった。イラクの軍事国化も、もとはといえば、アメリカ
> の武器援助から始まっている。つまり後の、大量破壊兵器というニセの口実によるイ
> ラク空爆の種はアメリカ自身が蒔いている。アメリカは世界の警察官の前に紛争(戦
> 争)仕掛け人でもある。
>
> <ラフサンジャニ訪日の成果>
>  アメリカ大使館人質事件を契機にイランと他の国々の関係は冷え切っていた。しか
> し、日本は前述のとおり、アメリカの顰蹙を買いながらも、イラン・イラク双方とも
> 関係は良好だった。
>  そうした中、晋太郎外相の下、三宅和助中近東アフリカ局長が中心となり、最高指
> 導者ホメイニ師やラフサンジャニ国会議長を通した和平工作が展開された。1986年7
> 月にラフサンジャニが来日直前、レバノンに大きな影響力を持つシリアのアサド大統
> 領と会い、ヒズボラと接触し、レバノンの人質解放について話し合ったとみられる。
> 来日と同時に多くの人質の解放が報じられた。イラン・イラク戦争の中、アメリカに
> 気兼ねもそれほどすることもなく、中曽根首相も安倍晋太郎外相も(以下「晋太郎外
> 相」と称する)ラフサンジャニと精力的に和平に向けた会談を持った。
>  1988年、イランはイラクとの停戦に応じ、1989年ラフサンジャニは大統領となっ
> た。晋太郎外相が行った日本の中東平和外交が功を奏したのである。日本の地道な中
> 東和平外交、すなわちイランへの働きかけが大きな契機となったといわれている。
>
> <テロ国家とも等距離外交した安倍晋太郎外相>
>  この頃は、日本赤軍以外中東で殺害された日本人も人質となった日本人もいなかっ
> た。これは他の先進国と異なり、イラン・イラクの戦争でも中立を貫きすべての中東
> 諸国と等距離外交をしてきたことによるものである。当時西側先進諸国は、シリア、
> リビア、イランの3ヶ国とPLOはテロに関係しているとして敵視していた。それに対
> し、日本はこれらの国々とも友好関係を保ちつつ中東和平に貢献するとともに、日本
> の成長に必須の石油を確保する、という二兎を追う外交を巧妙に展開していた。当時
> 「創造的外交」と呼ばれていた。
>  こうした中東和平外交は、晋太郎外相の紛争当事国イラン・イラク同時訪問に始ま
> り、ヨルダン、シリア、サウジアラビアを歴訪と多角的に行かれた。今のようにアメ
> リカに追随する対米一辺倒外交ではなく、アラブ諸国の中に入り込み、全方位外交を
> 展開していたのである。このような大胆な晋太郎外交はパフォーマンスの上手な中曽
> 根首相の陰に隠れて目立たなかったが、着々と効果をあげつつあった。
>
> <小泉首相のイラク派遣で日本もテロの標的に>
>  30年前の晋太郎外相時代(1982~86年と4年も連続して務めた)は、前述のとおり中
> 東イスラム諸国の間で、日本は友好国と考えられていた。アラブ諸国でも戦争に加担
> することなく手を汚していないので、少なくともテロの対象とはならなかった。とこ
> ろが、2003年小泉首相がイラクに自衛隊を派遣した時から様相は一変した。いくら武
> 器は使わないといっても、アメリカに手を貸す国のレッテルを貼られてしまった。
>  これは外交上から大転換だった。それ以降、日本人はアラブ諸国で人質にされた
> り、殺害されたりするケースが多くなった。2004年4月、バクダットで2回続けて日本
> 人人質・拘束事件が発生し、10月には、とうとう殺害まで起きてしまった。その後
> も、イラン・イエメン・アフガニスタンと日本人が狙われ、13年1月には、アルジェ
> リアのイナメナスのガスプラントが武装集団に襲撃され、外国人を含み10人が死亡し
> ている。
>
> <安倍首相外交が安倍晋太郎外交とひっくり返す愚>
>  そして、それを更に悪化させているのは安倍首相である。14年12月19日にはジャー
> ナリストの後藤健二氏がイスラム国に拘束され、家族に身代金まで要求されているの
> を知りながら、中近東を訪問し、対テロのため2億ドルの援助を約束した。これを見
> ていたイスラム国は、すぐさま反応し、一連の露骨な脅しにみられるとおり日本はイ
> スラム国から敵視されることになった。イスラム国は日本に2億ドルの要求をし、そ
> れを拒否するや後藤氏と湯川遥菜氏は殺されてしまった。こうして日本はイスラム国
> からだけでなく、アラブ諸国全体から敵視されることになってしまった。
>  安倍首相は病に犯されながら必死で展開した父君晋太郎外相の中東外交を、秘書官
> として間近で見ていたはずである。父君のこの働きと比べると、安倍首相の今回の中
> 東歴訪は、訪問国は似通っていても結果は雲泥の差である。
>  積極的平和主義とは、自衛隊を海外に派遣し平和を勝ち取るということであり、軍
> 事的介入主義といえる。創造的外交は、真意は不明だが仲介役として平和を創り出す
> という意味合いだろう。現代に合せると、ネタニヤフ・イスラエル首相との良好な関
> 係を活かして、イスラエルとアラブ諸国の仲介をして、平和構築のために汗をかくこ
> とである
>  それを安倍首相は日本の貴重な居場所、立ち位置をなくすような真逆のことをして
> いるのです。安倍首相は、どうも一世代超えた祖父、岸信介首相への思い入れが強す
> ぎるが、実は岸首相こそアメリカべったりの外交を正そうとした人であり、義理の息
> 子晋太郎もそれをしかと引き継いでいたのである。安倍首相は、尊敬する祖父に追い
> 着き、超える為には、父晋太郎外相の軌跡こそ見習わなければならない。
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> 衆議院議員 篠原 孝
>  長野1区(長野市・須坂市・中野市・飯山市・上高井郡・下高井郡・下水内郡)
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コメント:不肖の子にならず、出藍の誉れになるべし!!! 世界悠久の歴史は欺くことが出来ない!!! 自民・公明の諸氏も然り!!!!!

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戦後70年談話 首相の「フリーハンド」か by limitlesslife
February 28, 2015, 3:14 pm
Filed under: アベノミス, 安倍晋三

戦後70年談話 首相の「フリーハンド」か
福井新聞 論説 2015年2月28日

日本は過去の過ちを正視せずして、未来に進むことは許されない。安倍晋三首相が今
夏発表する戦後70年談話に注目が集まる。首相は「平和」と「国際貢献」を盛んに強
調し、未来志向を強めている。戦後「平和国家」として努力してきたわが国だ。その視
点は大事だが、歴代積み重ねてきた歴史認識を首相特権で薄め、変更することがあって
は国の針路を危うくする。賢明な判断を求めたい。

首相談話に関して有識者懇談会で議論を始めた。最大の焦点は、戦後50年に当たり
「過去の植民地支配と侵略への痛切な反省と心からのおわび」を明記した村山富市首相
談話(1995年)がどう盛り込まれるか否かである。これは戦後60年の小泉純一郎
首相談話(05年)でも同様の文言が継承された。

しかし、安倍首相は村山談話の表現を変更する可能性を示唆している。何度も「引き
継ぐ」と述べながら「全体として」という前提条件を付け、過去の談話の文言を盛り込
むかどうかは「こまごました議論」と言い切った。かつて国会で「『侵略』の定義は学
界的にも国際的にも定まっていない」と断言しており、自らの表現にこだわり続ける。

当然、懇談会で議論の対象となるだろうが、菅義偉官房長官は懇談会を「談話を書く
ことを目的にしたものではない」として、政府が内容を検討するため幅広い「意見を聞
く」場と位置づける。出た意見は「尊重する」と言うが、あくまで談話を書くのは首相
自身、議論の結果がどう反映されるかは分からない。

村山談話の核心部分である「植民地支配と侵略」は歴史の事実であり、日本外交の基
盤にもなっている。首相は「侵略」明記に難色を示しているとされるが、疑義があるな
ら懇談会でも客観的に徹底議論するべきだ。首相独自の歴史観でフリーハンドを行使す
れば、それこそ「歴史修正主義」と批判されかねない。

与党公明党の山口那津男代表も「極めて大きな意味を持っている。それを尊重して意
味が伝わるものにしなければならない」と明確に述べている。与党内、国会で議論する
のが筋だ。

懇談会は多様な人材16人が参加しているが、過半数は自民党政策に親和性があるメ
ンバーと目される。「結論ありき」の批判を避けるアリバイづくりであってはならない
。首相談話は国際社会も注視しているが、大切なのは「外交的配慮」ではなく、われわ
れ自身のたどった苦難の道、国の立ち位置をどう見定めるかだ。

大手紙の中には「首相談話を出すたびに、大戦への謝罪を続けることが適切なのか」
と疑問を投げ掛ける論調もある。懇談会には大手2紙がメンバーに加わっている。極め
て安倍色の強い「首相の私的諮問機関」に、権力をチェックすべきメディアが加わる違
和感がぬぐいきれない。

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コメント:首相と(主権者国民の)は首たる臣下と言うことであってその逆ではない! 国民の上に立つ支配者という誤解・不遜・傲慢は早く止めて貰いたい!! アベコベ・アベノミスはもういい加減にしてほしい!!!