安倍晋三首相は、自身の一族を輩出した長州を意識しているようだ。長州の生んだ幕末の思想家・吉田松陰についてもよく言及している。生前の岸信介・元首相を知る作家の半藤一利さんに、長州が近代国家の形成に果たした役割や岸氏、そしてその影響を色濃く受ける安倍首相について聞いた。

――安倍首相は2月の施政方針演説で、吉田松陰の「知と行は二つにして一つ」という言葉を引用しました。

「安倍さんは、吉田松陰をよく持ちあげる方だなあと思う。松陰の好んだ『千万人といえども我ゆかん』という孟子の言葉も使うが、安倍さんからすれば、自分が正しいと思ったことは実行する、自分の善意が通じなければ相手を攻撃していい、と思っているのだろう。安倍さんは長州の『腹くくる』の精神、つまり、討ち死に覚悟で行動する精神をかなり意識されているのかなあと思う」

明治政府が松陰を評価したのは、自分たちの行動を正当化するためだった。ただ、私はかなり危険な思想家だと思う。松陰の記した『幽囚録』には、急いで軍備を整え、カムチャツカや琉球、朝鮮、満州、台湾、ルソン諸島を支配下におさめるべきだ、とある。これはものすごい膨張主義・侵略主義ですよ」

「この松陰の思想は、松下村塾出身の山県有朋ら長州閥の陸軍を通じ、近代日本の形成にかなりの影響力を与えたと思う。そして長州人の『近代日本を作ったのは我々だ』という意識はものすごく強い」

――祖父・岸氏は近代国家建設の中で、どんな役割を果たしたと思いますか。

「こういう言い方をすれば身もふたもないですけど、岸さんは日本の膨張主義、国威拡大主義のエースだったと思う。明治維新のころの日本人は、海岸線の長いこの国は地政学的に非常に守りづらいと考えていたと思う。だから『攻めるは守るなり』と朝鮮半島を植民地化し、今度は朝鮮半島を守るために『満州国』を作った。『満州国』は日本のための資源基地でしたし、人口のはけ口でもあり、国防面で言えばまさに生命線だった」

「でも、満州事変にしろ、上海事変にしろ、日本がやったことは、不戦条約違反であり、9カ国条約違反であり、明らかな国際法違反だった。そこを東京裁判で突っ込まれた」

「確かに東京裁判には戦勝国による復讐(ふくしゅう)裁判という側面はあった。でも、そもそも向こうがこちらに来たのではなく、こちらが向こうへ山ほど押しかけているわけだから。日本国内だけの理屈ならば、『自存自衛』かもしれないが、国際社会の一員としては通用しない。日本はやはり戦争責任国なのです」

――岸氏は戦後憲法連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け憲法」と批判しています。

「戦後の婦人参政権などが加わった新選挙法による国民の選良が、徹底的に討議して、GHQ案に日本人の意思と気持ちをこめてどんどん筆を加えたものが憲法です。それが押しつけならいまの集団的自衛権の方がはるかに押しつけですよ」

第1部「系譜」編はこれでおわります。第2部「思想」編を近く始めます。

(聞き手・園田耕司)

はんどう・かずとし 1930年生まれ。作家。文芸春秋入社後、「週刊文春」「文芸春秋」編集長や専務を歴任。「日本のいちばん長い日」「ノモンハンの夏」「幕末史」など多数の著書がある。

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コメント:岸信介・佐藤栄作・安倍晋三はすべて我田引水。殖民・戦争・基地などで他者軽視。極東裁判・基地依頼・集団自衛は我利我利亡者の真理・倫理無視。