連載:記者有論
2015年6月18日05時00分
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先月末のシャングリラ・ダイアローグ(アジア安全保障会議)では、南シナ海での埋め立てをめぐり、米国や日本の批判をはねつけ、我が道を行く中国の強硬姿勢が際立った。
背景にあるのは、外交・安全保障戦略に関する中国の議論の変化だ。
まず、米国との「大国関係」と同等あるいはそれ以上に「周辺外交」を重視する考えだ。「一帯一路」政策や、アジアインフラ投資銀行の推進は、まさにその代表例だ。
もう一つが、トウ小平が経済発展に専念するため打ち出した控えめな外交方針の転換だ。「韜光養晦(とうこうようかい)」のスローガンで知られるもので、能力を隠して力を蓄えるという意味だ。これが今、発奮して目的を達成するという「奮発有為」に変わったとみられている。
最近中国で聞かれるのが、大国にふさわしい「戦略的空間」を許容されるべきだ、という議論だ。ある共産党幹部にその意味を問うたところ「第1列島線の内側を、中国が軍事的に自由に使うことだ」という答えが返ってきた。第1列島線は、日本列島から台湾、フィリピンを通って南下する。尖閣諸島のある東シナ海、埋め立てが問題となっている南シナ海がすべて含まれる。
この主張は中国政府や共産党の正式な政策ではないが、南シナ海での行動と合致する。さらに習近平国家主席は最近、折に触れて「広大な太平洋は米中2大国を受け入れるのに十分な空間がある」と語っている。
最近、これに呼応するような考え方が米国で出ている。外交評論誌「フォーリン・アフェアーズ」の最新号で著名な中国専門家が書いている。中国は米国のアジア太平洋における優位を今後許容するわけはないから、米国が固執すると紛争につながる。第1列島線の西側を「事実上の緩衝地帯」として、米中双方の軍事的均衡を図るべきだという提案だ。ハーバード大のボーゲル教授も「東アジア安定のため、(中国にとっての)『快適ゾーン』設定を米日中で協議する必要性」を指摘する。
これも米政府の立場とは異なる。国防総省高官は筆者の取材に「西太平洋で米国の優位やプレゼンスが縮小するのは、はるかに遠い将来の話だ」と語った。しかし、こうした議論が今、米中双方で出始めたことは真剣に受け止める必要がある。
日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の改定は、日本が軍事協力を強化し米国の優位を守るという選択だ。当面の対中抑止策としては正しい。しかし問題は同盟強化で中国の台頭に対応し切れなくなった時に、日本はどうするのかだ。「戦略的空間」論はそこを突いている。今国会の安保法制論議は法律論や手続き論がほとんどだが、本来語るべきなのは、その前提となる大枠の外交・戦略論であることも示している。
(かとうよういち 編集委員)