毎日新聞 2015年06月21日 東京朝刊
◇軍事とは結びつけるな
集団的自衛権の行使として他国領内で武力行使することはあるのか。安倍晋三首相は衆院平和安全法制特別委員会で、「想定し得るのは(中東)ホルムズ海峡の機雷除去だ。他の例は念頭にない」と述べた。
同海峡は、日本が輸入する原油の約8割が通過する要衝である。機雷で封鎖されれば、影響は大きい。しかし、直ちに国の存立が脅かされる事態に結びつくかといえば、大いに疑問だ。それが唯一の想定事例というのでは、「解釈改憲」してまで他国での武力行使を可能にする必要はあるまい。
◇低下する石油への依存
安全保障関連法案では政府が「存立危機事態」と認定すれば集団的自衛権を行使できる。その具体例を自民党の高村正彦副総裁が、テレビ番組で示したことがある。
「ホルムズ海峡から原油が全く来なくなって国内で灯油もなくなって寒冷地で凍死者が続出するというのは、国民の権利が根底から覆される状況ではないか」
エネルギー資源の中でも天然ガスはマレーシア、豪州、インドネシアなどと輸入先の分散化が進んでいるため、ホルムズ経由は約3割にとどまる。問題は石油だ。
しかし、エネルギー全体の中での石油の割合は下がっている。1973年度には国内で使われたエネルギー資源全体の75%を占めていたが、73年と79年の2度にわたる石油危機で原油価格は高騰し、供給途絶の不安も高まった。エネルギー安全保障の重要性を痛感した政府は、石油依存度の引き下げに取り組んできた。
天然ガスや石炭、原子力などの導入を推進し、今では石油への依存度は40%台前半に下がっている。国内にはほぼ半年分の石油備蓄もある。
ホルムズ海峡が封鎖されれば、原油価格が高騰したり、石油化学製品の原料になるナフサが不足したりするなど国内経済に悪影響が出ることは否定できない。しかし、「寒冷地で凍死者が続出する」という事態はどうにも想定しがたい。
そもそも資源確保と軍事力を結びつける発想は、危うい。
「帝国の存立亦正(またまさ)に危殆(きたい)に瀕(ひん)せり。事既に此(ここ)に至る。帝国は今や自存自衛の為(ため)、蹶然起(けつぜんた)つて一切の障礙(しょうがい)を破砕するの外なきなり」。対米戦争を始めた41年12月8日に公表された宣戦詔書である。
国家存立の危機に至り、戦争を始めたという内容だ。存立危機事態に至れば発動できるという集団的自衛権行使の「新3要件」と重なる。
戦前の日本は石油や鉄鉱石などの資源を求め、軍事力を背景に満州や東南アジアに侵攻した。そうした動きに反対する米国に、日本への石油輸出を止められたことが開戦につながった。対米戦争は資源を巡る「自衛」が名目だったのだ。
その反省に立って戦後70年、日本が憲法のもと、他国で武力を行使しない平和国家を築いてきた歴史の積み重ねを忘れてはなるまい。
エネルギー安全保障は国の最大の責務の一つである。それには資源の調達先の多様化を図るなど平時においての努力こそ必要だ。
◇平時に万全を尽くせ
ホルムズ海峡は世界の海上輸送原油の4割が通過する。封鎖の影響は日本だけにとどまらず、世界経済を揺るがす。政情不安が続く中東の安定化に向け、軍事力ではなく外交努力で各国の協調を主導してほしい。
今春、国際石油開発帝石がアラブ首長国連邦(UAE)、アブダビ政府系石油会社との間でアブダビ陸上油田の原油を40年間調達する契約を結んだ。アブダビの原油はホルムズ海峡を経ずに輸送できる。供給確保に加え、危険を分散する上でも大きな意味がある。首相が2度にわたってUAEを訪問した経済外交の成果という評価もある。
友好関係にあるUAEやサウジアラビアとは鹿児島や沖縄で原油を共同備蓄し、有事に備えている。そうした資源関連の事業だけでなく、産業技術の開発や人材育成など幅広い分野で資源国との協力関係を深めていくことも大切なエネルギー安保であろう。
米シェールガス・オイルやアフリカの天然ガスなどの調達を増やし、中東リスクを減らす努力も必要だ。
国内でもやるべきことがある。石油や天然ガスなど輸入に頼らざるを得ない化石燃料から自前のエネルギーへの転換を進めることだ。太陽光や風力、地熱などの再生可能エネルギーの導入拡大である。
初期費用がかさんで電気料金を押し上げる、発電量が安定しないといった課題はあるが、克服するための技術開発などに政策資源を投入すべきだ。ところが、政府が決めた電源構成によると再生エネの割合は2030年でも2割強にとどまる。原発回帰ありきで、再生エネには後ろ向きでは中東頼みは改まらない。
平時に万全を尽くさず、有事に自衛隊を派遣することだけを論じても説得力はない。