大衆運動が盛り上がっていった頂点に60年安保があったというふうに考えられがちですけれど、そうではない。突如としてあの大爆発になった。(略)5月19日の強行採決によって突然大爆発が起きた。

丸山真男、、、「ふつう、大衆運動が盛り上がっていった頂点に60年安保があったとい
うふうに考えられがちですけれど、そうではない。突如としてあの大爆発になった。(
略)5月19日の強行採決によって突然大爆発が起きた。(略)あの強行採決は、僕にと
ってももちろん予測外のことで、びっくりしました。(略)6月15日には、全学連のア
イク反対デモがあって、あの時は大勢の学生が行った。実際は講義はずっとやっていた
んですけれども、みんなデモに行っちゃうものですから、出席する学生が激減しました
。だから(療養中と外遊のときを除くと)60年だけは、僕の演習がないんです。何しろ
全学連主導ですから、警察官との衝突など、どういう事態になるかわからないというの
で、教官の中で分担を決めて、僕は留守部隊になったのです。だから当日は国会前に行
っていない。その時は石井照久学部長がいましたから、石井さんとずいぶんいろいろな
突っ込んだ話をしました。たとえば自衛隊が出てきたらどうするかとか、緊急事態とい
うので、岸内閣ではどういう措置をするかわからない、その時どうするかというような
ことを話しました。そして樺美智子さんが死んだのです。その翌日、樺さんの死亡のシ
ョックから、18番教室で全学の教官集会があって、当然、茅(誠司総長)さんが出てき
ました」

、、、

60年安保の歴史というのは、総じてこの30年、この国ではネガティブに語られることが
多く、積極的な光が当てられて正面から説明されるということがなかった。そのイメー
ジは、まさに「戦後民主主義」が蒙った運命と同じで、右からも左からも叩かれ、貶め
られ、ダサイという侮蔑と否定の言葉で決めつけられ、矮小化されるに任されていた感
がある。私はそのことをとても怪訝に思い、不思議にかつ不愉快に思う。フランス人が
フランス革命をそのように言うだろうか。米国人が独立革命をそのように語ることがあ
るだろうか。どう考えても、60年安保は日本の堂々たる市民革命であり、その後にこの
国に生まれ育った者に大きな恩恵を与えている。われわれは恩恵に気づくのがあまりに
遅すぎたと、私は率直にそう思う。当時の日本人は偉大で、今よりも市民としてずっと
賢明で、素朴で純粋で、権利を掴むためには闘争が必要であること、民主主義とは運動
であることを理解していた。安保法案が成り、戦争が始まり、この国は滅び、自分も命
を落とすことになるかもしれない。一人の個人として法案反対の運動に加わるとき、そ
の動機があるとすれば、正直なところ、それは、子や孫のためとか、日本の将来のため
とか、未来への責任を果たすためとかいうものではない。

http://critic20.exblog.jp/24273049/

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

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