過激派組織「イスラム国」(IS)の勢力拡大、停滞する中東和平、民族・宗派対立の拡大……。混沌(こんとん)とする世界の現状打開のカギは何か。新たな世界秩序づくりへのヒントは。国際法の権威で、ベトナム戦争の和平仲介やパレスチナ人権問題にかかわりながら、米国の外交を批判的に見てきたリチャード・フォークさんに聞いた。

――米国の外交的影響力の低下が指摘されて久しいですね。

「米国の影響力がとりわけ中東地域で低下している第一の理由は米国内の政治状況の変化、つまり『非合理的な圧力』を強く受けているからです。米国の中東政策はイスラエル・ロビー団体を満足させるためにゆがめられてきた」

イラクでは(イスラエル・ロビーや新保守主義者の主張に従って)開戦したという点だけでなく、間違った占領政策によって、宗派対立が引き起こされました。イラク軍の幹部からスンニ派を排除することで、過激なISが勃興する条件を作り出したのです。米国はイラク軍の訓練に年間何十億ドルも使った。ISは特定の大国の支援がない形で出現したにもかかわらず、極めて効果的な戦力を保持しています。戦闘に関与する意志が戦闘員にあるからです」

――ISは1年前にカリフ制国家樹立を宣言し、厳格なイスラム法(シャリア)を導入するなど、既存の秩序に対抗しています。

サウジアラビアもシャリアを最も厳格な形で履行していますが、彼らが犯罪者らを斬首しても(欧米政府から)特に不満も出ません。すべての統治方法が西欧流の自由な価値観と合致するものとは限らず、異なる社会は異なる政治システムを選択できるのです」

「一方で、ISは大量虐殺的な手法に間違いなく関与しています。それは容認できない」

――米国はISを力で抑え込もうとしています。

「米外交政策のもう一つの問題は『軍という枠組み』の外に立って考えることが非常に難しい点です。第2次大戦、冷戦、テロとの戦い。軍事力に過剰に依存している。歴史を振り返れば軍事行動の記録は失敗の連続です。軍事力で圧倒しながら負けたベトナム戦争はその最も明白な事例でした」

――旧ソ連アフガニスタン侵攻も失敗でした。

「アフガン人は興味深いスローガンを掲げました。お前たちは腕時計を持っているが、時間を持っているのはこちらだ、と。軍事介入する側は『費用対効果』の計算をせねばなりません。介入される側は存続がかかっているので忍耐強く、降伏しない。私はベトナム戦争中にハノイで政治指導者と対話したことがあります。彼らは50年間の抵抗計画を持っていた」

――米国は軍事以外の解決策を探るべきだ、と。

「それが私の考えです。外交的な解決策を探ることは極めて難しいものの、空爆でたたきつぶすよりはましな賭けです。軍事的アプローチは問題を終わらせるどころか、より多くの(ISへの)志願者を生み出してしまいます」

北アイルランド問題について英国のメージャー元首相のこんな言葉を聞きました。『アイルランド共和軍(IRA)をテロ組織ではなく、政治的な組織として見てから、問題は進展し始めた』と。同じことがISについて必ずしも起きるといっているわけではありません。ただ、実際にいま米国は、テロ組織扱いしてきたアフガンのイスラム組織タリバーンと交渉しようとしています」

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――テロの定義について、どう考えていますか。

「テロという言葉は大国によって効果的に使われてきた経緯があります。政治的な紛争はテロリズムという言葉を使わないで説明した方がより明確に理解できます。もし使うならば、ISだけでなく、攻撃する国家の側にも当てはめるべきです」

テロリズムの根源的な定義は、罪なき市民に対する政治的な暴力です。私の考えでは、国家によるテロは非国家組織によるテロよりも市民にとって破壊的です」

パレスチナのイスラム組織ハマスは2006年の選挙で権力を握りましたが、彼らを『テロ組織』の枠組みに閉じ込めることがイスラエルの国益でした。米国はこの手法を容認していました」

――あなたは国連人権理事会で、「パレスチナ地域特別報告者」を務めました。国家樹立への道筋は見えないままですね。

イスラエルパレスチナ国家の建国を難しくするため、様々な条件を作ってきました。そんな中で、イスラエルパレスチナの『2国家共存』という解決策が可能だとは思えません。『連邦制』や『世俗的な1国家における双方の共存』という考えもありますが実現性があるとは思えません」

「私は悲観主義者でも楽観主義者でもありませんが、将来起こりうる事態は現時点では想定していないものになるのではないか。パレスチナ側のソフトパワー戦略と国際的連帯の高まりによって欧州あるいは日本が独自の役割を果たす機会が出てくるのではないか。特に欧州ではスウェーデンローマ法王によって、米国やイスラエルの意に反してパレスチナを国家承認する動きが出ています」

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――ユダヤ系米国人であるあなたがイスラエルに批判的なことをどう理解すればいいでしょうか。

「ユダヤ系であることは生物学上の『亜種』としてのアイデンティティーで、私は『種』としては人間です。生物学上の亜種としてよりも、上位の概念である種としてのアイデンティティーを重視しているのです。世界の問題の多くは、国家、民族、宗教、文明など、亜種としての側面に重きを置きすぎることで生じています。これほど相互に依存するグローバル化が進み、亜種への圧力が加わった結果、逆に亜種が強くなっているともいえるでしょう」

「意識の問題に加えて、構造的な問題もあります。世界の現状は領域を持った主権国家と国連、世界銀行といった国際機関によって成り立っています。国民国家を基盤とする17世紀のウェストファリア条約以来の近代化の道をこのまま続ければ、人類の将来は自滅的なものになるでしょう」

「同条約以前の欧州には、カトリック教会などによってもたらされた、ある種の規範的な統一、キリスト教社会というものがあった。これはイスラム世界のウンマ(イスラム共同体)とも類似しています。国民国家という考え方はカトリック対プロテスタントの宗派戦争を回避する上で、17世紀においては合理的な問題解決策でした。ただ、21世紀においてはそうではありません」

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――国家という枠組みでは地球規模の問題に対処できませんか。

「具体例でいえば、気候変動交渉の問題があります。各国政府は自国の国益にとって何がふさわしいかをまず追求します。ところが誰にとっても満足できる合意など達成できません。核軍縮にせよ、気候変動にせよ、国家間の単なる協力だけでは解決しえない」

「地球的な利益、人類の利益を守るための何らかの機構が必要です。いまの国連はそれを実行するにはあまりにも脆弱(ぜいじゃく)な組織です。地球的な利益が保護されるような形に変革、または改革する必要がある。その際、大国をどう抑え込むか、国益優先の考えをいかに克服するか、が問題です」

――新たな世界秩序の姿は浮かんでいますか。

ローマ法王は自身の『亜種』アイデンティティーを超えて普遍的な言葉で語りかけています。宗教には地球的課題に対する潜在力があると思います。私自身は『メシアの降臨』に頼ろうとしているわけではありませんが……」

「政治意識の変化というものはとても不思議なもので、地面の下から現れます。地震と同じで予知することが非常に難しい。全く異なるものが生じる状況があるが、それがどう生じるかは分からないのです。トルストイは『戦争と平和』のエピローグで、歴史家がなぜ歴史の理解を間違えるのかについて、こう考察しています。『歴史の海の表面は動いていないように見えていた』『それは底の方で沸き立っていた』と」

Richard A. Falk 1930年生まれ。専攻は国際法。2008年から国連パレスチナ特別報告者を務めた。「21世紀の国際法秩序」など著書多数。

■取材を終えて

トルストイの言葉(引用部分の訳は岩波文庫版による)に、2011年から本格化した「アラブの春」を私は思い起こした。特派員として現場でみた民衆パワーのうねりは予想をはるかに超え、長年の独裁をあっという間に倒した。

だが、一瞬の民主化はわずか数年で新たな圧政、独裁、内戦へと変化した。あのとき、ISの出現と現在の中東の混沌を予測できた専門家はいただろうか。

日本で集団的自衛権の行使や安保法制の議論が進むなか、地域紛争や地球的な利害を「国家」の枠組みで解決することの限界と、新たな国際秩序づくりの必要性を説く碩学(せきがく)の指摘は重い。その指摘をユートピアの話でなく、現実政治に置き換える可能性を探りたい。

(国際報道部長・石合力