毎日新聞 2015年07月28日 東京夕刊

中国政府のなりふり構わぬ介入策にもかかわらず、上海市場の株安が止まらない。国が株価を支えるという手法は、実は安倍晋三政権のアベノミクスをお手本にしたとの声もある。株暴落にとどまらず、中国経済全体がバブル崩壊のような事態に陥れば、日本も「激震」は避けられない。その悪夢のシナリオとは−−。【葛西大博】
日系の大手化学メーカーの上海駐在員である坂本謙一郎さん(43・仮名)は最近まで、株取引に夢中になる同僚の中国人社員たちを目の当たりにしていた。「勤務中でもインターネットを通じて株取引をしていました。インサイダー取引の規制も緩いので、内部情報を元に『ここの会社の株は上がる』とか話しているんです」。だが、上海市場の上海総合指数は、6月12日に約7年5カ月ぶりの高値となる5166・35ポイントをつけた後、大暴落。7月8日には3507・19ポイントまで下げ、1カ月弱の間に3割以上も下落した。いったんは小康状態となったが、27日にも前週末終値比8・48%下落の3725・56ポイントを記録。下げ幅は約8年5カ月ぶりの大きさだった。「中国人の部長も株が下がったと青ざめていました。一番被害を受けたのは彼ら一般投資家じゃないでしょうか」
上海駐在経験のある東短リサーチの加藤出社長は「4月ごろに株価がいったん下がった局面では、『まだまだ株式投資にはチャンスがある』という趣旨の記事が、中国の国営メディアに何度も載りました。中国人は、国営メディアの記事は政府の声明文と受け止めるので、政府は株価を上げたい意向なのだと考えた人は多かった」と指摘する。
株の暴落自体は、第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストが「過大評価されていたのが、適正な価格にまで下がったということ」と語るように、株価バブルがはじけて本来の水準に戻ったとの受け止め方が一般的だ。
だが、中国政府はあからさまな「下支え策」に動いた。証券監督当局は大手証券会社21社に対して1200億元(約2兆4000億円)以上を上場投資信託(ETF)に投入するよう命じ、中国人民銀行は追加利下げをした。さらに約半数の企業が株式の売買停止を申し出るなど、先進国の市場ではあり得ないような事態も起きた。
中国は大きな代償を払った。経済産業省出身で在中国日本大使館勤務の経験がある現代中国研究家・津上俊哉氏は「中国政府は人民元の国際化を進めるとしていますが、今回のPKO(政府による市場への介入)で中国は正常なマーケットではないと海外から烙印(らくいん)を押され、大きく信用を損ないました」と言う。
中国の株価維持策については、アベノミクスとの類似性も指摘されている。
例えば、証券会社にETFを買わせるという手法だ。日銀も金融緩和政策の一つとしてETFを購入しており、昨年10月の追加緩和策では、ETFの購入をこれまでの3倍に増やし、年3兆円規模に拡大した。ETFとは、証券取引所(Exchange)に上場され、株式のように取引される(Traded)投資信託(Fund)のこと。日本では日経平均株価やTOPIX(東証株価指数)などの指数に連動している。加藤氏は「アベノミクスは明確な株価上昇政策です。日銀という中央銀行がETFという株式投信を買っているわけで、世界中どこもやっていない。外国人からは中央銀行が株価操作をしていると受け止められています」と、異例な政策であることを強調する。SMBC日興証券の肖敏捷・中国担当シニアエコノミストも「金融機関の尻をたたいてやらせるか、中央銀行が直接やるかの違いだけです。日本は中国を批判できないでしょう」と冷ややかだ。
さらに、137兆円の年金資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は安倍政権の要請で、昨年10月に株式への投資割合を倍増することを決めた。これも株価下支えへの貢献大だ。
加藤氏は「中国からは、お隣の日本が株価上昇でうまく経済運営をしているように見える。今回の危機管理でもアベノミクスを参考にした面はあると思います」と見る。
とはいえ「中国経済は、株が下がっただけでは崩壊しません」(加藤氏)。より根本的な問題は、中国経済そのものが危うい状態にあるのではないか、ということだ。
中国政府は3月に今年の経済成長率の目標を前年の「7・5%前後」から0・5ポイント引き下げ、「7%前後」とする方針を決めた。坂本さんが「地方へ出張に行くと、こんな田舎になぜ高層マンションがあるのだろうと疑問がわく」と言うように、過剰な建設投資が問題化しており、習近平政権は成長を犠牲にしても無駄な投資を抑え、個人消費への転換を図ろうとしている。構造改革を進めるこの経済政策は習国家主席が提唱した「新常態(ニューノーマル)」という名で呼ばれる。
だが−−。「比較的信用できる経済統計から見ると、実際の成長率は既に7%を大きく下回っているはずです」と疑問を投げかけるのは津上氏だ。「それに、中国は党大会で公約したという以上の根拠がない7%成長の達成にこだわって無駄な投資を続けており、『新常態』への転換が進んでいるとは言い難い」と手厳しい。
このまま7%成長に固執し無理な投資と借金を積み重ねれば、やがて中国経済全体が返しきれない負債を抱え、バランスシートは破綻。急激な冷え込み、すなわちハードランディングに陥りかねない。その時、何が起こるのか。
「世界経済を新たなショックが襲います。特に中国依存度の高い日本経済は大打撃を受け、日経平均は間違いなく1万円を割り込むでしょう」。悪夢のような予測をするのは津上氏だ。GPIFは2008年のリーマン・ショックで、9・3兆円の運用損を出した。株への投資割合を倍増した現在、もし日経平均が1万円割れしたら、10兆円単位のロスにつながるとの指摘もある。国民の大切な老後資金がリスクにさらされるのだ。
「マーケットをコントロールできると思ったら大間違いです。ただ、それを中国に訴えても何のメッセージにもならない。日本もバブル崩壊を防ぐためには結局、バブルを起こさないようにしないといけないんです」と熊野氏。
中国の株価暴落を「対岸の火事」と眺めていたら、大やけどを負うのは我々ということになりかねない。アベノミクスという「官製相場」に浮かれている場合ではない。
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コメント:アベノミクス:レーガノミクス:シューノミクスはヘリコプター・マネーによるニセの経済成長(通貨膨張・投資膨張・株価上昇)で財政破綻・市場崩壊(借金大国・バブル破裂・破産破滅)は当然の成り行き。財政再建と経済浮揚の矛盾に米日中他は苦しむ。