毎日新聞 2015年07月29日 東京夕刊

◇総裁選で政策論争を 無投票なら地獄見る
◇党内議論欠く安保法制/米国追従でなく一国平和主義貫け
安全保障関連法案への国民の理解が進まず、支持率が低下し続ける安倍晋三内閣。しかし、9月の自民党総裁選に向け、対立候補擁立の動きは顕在化しておらず、安倍首相の「無投票再選」との見方も出ている。自民党の重鎮、古賀誠元幹事長に、松田喬和・毎日新聞特別顧問が自民党のあり方などを聞いた。【構成・宇田川恵、写真・内藤絵美】
−−安定していた安倍政権の支持率が下落し、不支持と逆転しました。今の政治状況をどう見ますか。
古賀氏 安倍さんはもちろん、周囲の人も、支持率の動向は大いに気になるところではないでしょうか。しかし、安保関連法案の中身以前の問題として、今なぜ、この時期に法改正が必要なのか、国民の皆さんには理解できていません。衆議院の審議では「100時間を超えたから十分」との声が出ましたが、少なくとも10以上の法案を一括して提出しており、私には決して十分とは思えない。
−−安倍さんはよく祖父である元首相、岸信介氏の日米安保条約改定の際の話を引き合いに出します。
古賀氏 岸首相の時の日米安保条約と、安倍政権の安保政策の大転換というのは全く違いますよ。日米安保条約は、まさに日本と米国が協力して、日本が戦争をしなくて済むようにするのが原点。その果たした役割は誰もが認めています。今回の安保政策はその真逆で、日本が戦争に巻き込まれかねない。路線を180度転換するものです。
−−そもそも自民党は自由と民主の二つの党が一つになり、内部からいろいろな議論が出てくる政党でした。最近は多様な意見が聞こえてきません。
古賀氏 安保法制の手続きがまさにそうですね。本来は国会で審議される前、与党内で事前調整する中での議論が大事なんです。メディアが取り上げ、国民の理解もそこで深まる。ところが、これだけ大転換を問う法案なのに、自民党内のさまざまな部会で議論を積み上げるという従来の党内の手続きが欠如している。最後に機関決定する総務会で少し反対意見が出たぐらい。我々の常識では全く考えられないことです。
−−9月には自民党の総裁選がありますが、既に「安倍さん以外は出なくていい」という声も党内から上がっています。ずばりうかがいます。安倍さんの信任投票でいいのですか。
古賀氏 政権与党である自民党の総裁選っていうのは、総理大臣を選ぶ選挙であり、1億2000万人の国民の生活や財産を守る人を選ぶ選挙です。野党の総裁選や代表選とはわけが違うんですよ。「信任選挙でいい」「無投票でいいじゃないか」という意見が出てくること自体、私は自民党の危機だと思いますね。
自民党のコアな支持者だけで政治が安定することは絶対にあり得ません。何があっても自民党を支持するという人は全体のほんの一部ですよ。最も大切なことは「良質な保守」である多くの人の支持を得ることです。自民党には多様な意見を持つ人がたくさんいて、安倍さんの意見だけではない。ぜひ総裁選という機会を生かし、政策論争をやってください。同時に自民党内に育っている人材を外に見せてください。それこそが総裁選の意義であり、それをしなければ、自民党は将来、地獄を見ることになると思いますよ。
−−安倍さんが属する旧清和会系、古賀さんが大御所的存在であるリベラルな旧宏池会系と、自民党には2大潮流があります。総裁選に旧宏池会系の勢力から誰かを推すつもりは。
古賀氏 誰かを推すとかは全く考えていません。ただ、総裁選をやらないのは国民の期待に反する行為です。もし誰かが出馬の相談にくれば「ぜひ、おやりください。素晴らしいご決断です」とこちらからお願いしますよ。自民党の国会議員には、我も、我もと手を挙げる気迫が欲しい。
−−今年は戦後70年の節目です。日本遺族会顧問としてどう考えますか。

古賀氏 あの戦争で一番重大な問題は、なぜ戦争をしたかはさることながら、なぜやめられなかったか、ということ。タイミングを先延ばしにした結果、軍人や軍属以外に、たくさんの民間人が赤紙の召集令状で戦争に連れていかれ、命を落としました。私の父に赤紙が来たのは昭和17(1942)年。もう日本に勝つ見込みはなかった時期ですよ。もっと言えば1年前に戦争を終わらせていたら、あの悲惨な沖縄の地上戦はなかった。長崎や広島に原爆は落とされず、東京大空襲もなかった。100万人の命が救えたんです。やめられなかったのは、限られた軍部の判断とも言われますが、あの時だって国会はあり、政治家はいた。つまり、問題は政治の貧困なんです。それが全てをなくした。今怖いのは安保政策の転換より政治の貧困です。総裁選もやらないような事態は、政治の貧困につながるんですよ。
−−近く出される戦後70年の安倍談話にも注目が集まっています。
古賀氏 「植民地支配」「心からのおわび」などを盛り込んだ戦後50年の「村山談話」は、国が閣議決定して世界に約束した大戦の総括です。戦後60年の「小泉談話」もこれを踏襲しました。日本だけの問題ではないんです。安倍さんが「踏襲する」とおっしゃったのはありがたい。というか、当然のことだろうと思いますね。
−−中国の台頭や米国パワーの停滞など国際環境は変化しています。
古賀氏 東西冷戦後、旧ソ連が崩壊し、米国という一極の覇権国ができましたが、米国はその後、イラクやアフガニスタンの対応で失敗。今や米国だけの覇権はあり得ないというのが世界の認識です。そして、米国の代わりに台頭してきたのが中国です。もはや米国一辺倒の外交ではダメで、中国とどううまくつきあうかが大切なんです。
−−そうした状況にふさわしい安保政策は、どうあるべきですか。
古賀氏 専守防衛を捨てるのではなく、専守防衛に徹すること、平和主義に徹することです。中国や韓国と仲良くつきあい、日本は絶対に戦争をしないということです。米国との外交は我が国外交の基軸です。ただ、米国追従はいけません。米国だけに追従したら、日本は危うい、戦争をしなければいけない国になる。日本は一国平和主義を貫くべきだ。その姿勢を世界に発信することこそ、日本が向かうべき21世紀の方向だと思います。
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■人物略歴
◇こが・まこと
1940年、福岡県瀬高町(現みやま市)生まれ。日本大商学部卒。80年の衆院選で初当選。計10回当選し、運輸相や自民党幹事長を歴任。2012年衆院選で出馬せず、国会議員を引退。