2015年8月12日05時00分
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■福島の事故、国の徹底調査必要 ノンフィクション作家・柳田邦男さん
新しい規制基準ができ、原発の安全対策は厳しくはなっただろう。だが、東京電力福島第一原発の事故原因は、核燃料が溶けた経緯など未解明の部分が多く、見落としは必ずある。次の事故はそんな穴を「意地悪じいさん」のように狙い撃ちしてくる。再稼働させるなら、国は責任を持って、事故の構造的な要因の調査と分析を続けるべきだ。
政府事故調の調査員は30人ほどにとどまり「原子力ムラ」のかかわりを避けたために原発の専門家も少なかった。そして、1年後には報告書をまとめて解散してしまった。
福島第一原発の故吉田昌郎所長らが聞き取りに率直に答えてくれたため、当事者がどう考え、動いたかは詳しく分かった。提言はまとまったが、欠けた部分がある。背景分析だ。
事故調査は、背景を多角的に分析してこそ実効性のある安全対策を提言できる。当事者の失敗だけでなく、そもそも手順書や訓練が適切だったか、施設の設計は正しかったか。取り巻く環境や会社の体質、政策的な背景、避難の混乱や被災者のその後の生活まで含めて事故の進展ごとに分析しないと、事故の全容を解明できたとは言えない。
国が徹底的な調査をしないのは、被災者が仕事を失い、人生を破壊された被害まで踏み込むと、原発がとても動かせる代物でないことが分かってしまうからではないか。
福島第一ではいまなお、事故の最も重要な物証の一つである溶けた核燃料さえ見えていない。今後も判明する新事実や組織的要因、被害状況を調べて分析し、提言し続ける常設の事故調を置く。住民の避難計画作りにも積極的にかかわる。国はこれらを東電や自治体に押しつけるのではなく、政治や行政の責任として取り組むべきだ。(聞き手・東山正宜)
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やなぎだ・くにお 1936年生まれ。元NHK記者、ノンフィクション作家。日航機墜落事故や米スリーマイル島原発事故などを取材。福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会の委員長代理を務めた。
■「原発が地域豊かに」は幻想だ 前茨城県東海村長・村上達也さん
価値観を一変させた原発事故から4年余りしかたっていないのに、原発依存社会に逆戻りしようとしている。政府は2030年度の電源構成案で原発を20~22%としたが、これは原則40年たったら廃炉にするルールの撤廃か原発の新設が前提になっている。政権の暴走に、異議を唱える声が広がっていない。強い怒りと危機感を覚える。
新規制基準で原発の審査は一応厳しくなったが、実効性ある住民の避難計画は整っていない。1999年のJCO臨界事故の際、国も県も対応能力を欠き情報は混乱。村長として独断で住民避難を決めざるを得なかった。福島の事故でも避難指示は混乱を極めた。それなのに避難計画は再稼働の要件にも審査対象にもなっていない。「安全神話」が消えていない証拠だ。
立地自治体では、相変わらず推進の声が多い。電源三法交付金とともに迷惑施設の原発を地方に押しつける。そうした国と地方の相互依存関係が変わっていないからだ。立地自治体の声だけを聞いて「地元の了解を取った」とする進め方も、震災前と同じだ。
原発が地域を豊かにするなどというのは、幻想だ。安易なお金に必死に群がることで、元々あった産業は死に絶え、自立の根を奪われる。交付金や固定資産税はいずれ減るから、次々と原発を誘致するしかなくなる。地域の経済構造は完全にゆがみ、原子力への異論を排除する風通しの悪い社会に変わってしまう。
原発を維持してきた社会システムはほとんど変わっていない。このまま再稼働に踏み切れば、同じ悲劇が繰り返されるだろう。
11万人が故郷を追われたままでいることを忘れたのだろうか。我々はあの日を境に、以前と別の世界を生きている。そのことをこの国はかみしめるべきだ。(聞き手・石川智也)
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むらかみ・たつや 1943年生まれ。97年に茨城県東海村長に初当選。東京電力福島第一原発事故後に「脱原発」を明言し、村内の日本原子力発電東海第二原発の廃炉を国に求めた。4期を務め13年に退任。現在は「脱原発をめざす首長会議」世話人。
いまの選択肢では、原発を動かしていくほかにない。エネルギー状況を冷静に見ると、事故から4年がたって、電気料金が家庭用で25%、産業用で40%近く上昇した。温室効果ガスの排出量も著しく増えている。これをずっと続けていくのは難しい。
省エネが進んで、電力に余裕があるじゃないかという意見はあると思う。私は電力会社の体力もぎりぎりにきているし、この先電気料金を下げなければ、じわじわと企業活動に影響が出てくるのではないかと懸念している。データをみるとやはり、再稼働はここでやらなければならない。
再稼働に反対する意見は多い。「トイレなきマンション」と言われるように、高レベル放射性廃棄物の最終処分地が決まっていない。東京電力福島第一原発の汚染水対応や廃炉が確実に進んでいないことなども気になるだろう。
こうした意見の全体に通ずるのは、原子力に関わる行政や事業者、学者もそうだが、国民との信頼感が欠如し、信頼の醸成までいっていないことがある。
誰の責任で動かすのか、きちんとした姿が見えないというのはあるが、いまは事故から4年半。原子力に関わる人すべてで、そうした体制を整えていく途上なのだと思う。原発を動かす以上、信頼が醸成されるまできちんとした体制づくりに努力する必要があるし、終わりはない。それは、原発の安全性にも言えることだ。
高レベル放射性廃棄物は地中深くに埋めるという技術は確立されているが、国民との信頼関係がないなかで、最終処分地を決めるのは難しい。でも、次世代に先送りするのではなく、いまから政府の「国が前面に立つ」方針を丁寧に説明して、信頼感が醸成されるよう誠実に進めるべきだ。(聞き手・大津智義)
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ますだ・ひろや 1951年生まれ。高レベル放射性廃棄物の最終処分場について議論する経済産業省の「放射性廃棄物ワーキンググループ」委員長。岩手県知事や総務相を務め、現在は野村総合研究所顧問。同氏らが14年に発表した「消滅可能性都市」が話題に。