永岡です、サンテレビのニュースPORTで、敗戦70年の特集がありました。
その前に、兵庫県の借り上げ復興住宅について、県は住み替えを半ば強制しており、兵庫県は判定委で審査するというのですが、NHK神戸のニュースだと、兵庫県の担当者は、自力で再建した人や、自分で家を借りた人との公平性が保てないと発言しており、これは奨学金を借りるくらいなら大学へ行くなと言うのと同じもので、そして福島の事故での支援打ち切りと同じです。
そして、洲本の特養、ふくろうの里には、様々な方がおられて、戦中戦後、聴覚障碍者の方の生き方を記録する自分史つくりが行われています。県内初の聴覚障碍者に配慮した施設で、7割の方に聴覚障害があり、手話で対応して、この方々も調理をされます。楽しみながら、生きる仕事に取り組まれます。
黒崎さん(男性)、自治会長の方は釣りがお好きで、戦争で大変な目にあい、自分一人、どう逃げられたのかと言われて、黒崎さん大阪生まれの87歳、15歳で大阪大空襲を体験し、自分史、戦中戦後の聴覚障碍者の生き方記録し、人間の価値を労働力で決めるのはもちろん障碍者排除になり、祖父母の生きてきた道が希望になればというのです。
黒崎さんは生まれつき聴覚障碍、家からも排除され、学校からも排除、犯罪にも走り、そこで戦争で、障害のために仕事は出来ず、戦争当時の記憶は鮮明にあり、窓の外は炎の海、建物が飴のように歪んでいたのです。
勝楽さん(女性)は創設当初からのメンバーで、ご主人を亡くされ、手作りの人形には、お二人のかなえられなかった夢があり、障碍者は子供を持つことを禁じられ、結婚しても子供は産むなと言われて、夫は断種手術をして、それを受け入れるしかなく、そんな社会を許してはなりません。
立命館の学生さんたちが、戦中戦後、聴覚障碍者のたどった道を聞き、話を聞くのは容易ではなく、B29が来て、大空襲のことなど、学生さんたち、必死に聞き取りをされました。
黒崎さん、平坦ではなかった道を学生さんに伝えて、自分の価値を見出せないのは悲しいと、学生さんたちは理解し、これを他の人たちに伝えたいと言われます。
昔を振り返りたくない、戦争は二度と嫌であり、障害のある方が苦しむ戦争を繰り返さないために、語り継ぐのです。
黒崎さん、こういう障碍者切り捨ては今もあると締めくくられました。
障碍者のある方が安心して暮らせない世界に、未来はありません、ビチビチ政権に戦争をさせてはなりません、以上、サンテレビのニュースの内容でした。