メイヤロフ(Mayeroff, M.)は、哲学的立場からケアの概念を検討し

メイヤロフ(Mayeroff, M.)は、哲学的立場からケアの概念を検討し、
「ケアの本質(On Caring)」において、ケアする対象を人間にとどめず、
様々な対象に拡大し、「ケアすること」と「自分の居場所を見い出す」こと、
言い換えればエリクソン的にいえば「アイデンティティ」をもつこととは、
不可分な課題としている。

メイヤロフによればケアは人間存在にとって不可欠であり、
人間をして人間たらしめる行為である。
そして、常にケアの主体(ケアする人)と客体(ケアされる人)とは互いの
人間形成を促す存在であり、ゆえにケア関係は常に相対的であり互換的である。

そして、メイヤロフのケア論は、ハイデガーのいう「気遣い、関心(Sorge)」
に通底する。
この世に存在するものへの人間的意識のあり方としての「気遣い、関心」
をハイデガーは、人間存在の基本要件として重視した。
ハイデガーの主著として著名な『存在と時間(Sein und Zeit)」の中で、
セネカの最終書簡の次の一節によりながら、
人間本性の完成の基盤を「関心(cura)」に求めている。
ハイデガーは次のように述べる。

「存在している四生物(樹木、動物、人間、神)のうちで、
それらだけ理性を付与されている最後の二者は、神は不死、
人間は可死であることによって区別されます。
さてこの二者においては、一者すなわち神の善が神の本性を完成し、
他者すなわち人間の関心(クーラ)が人間の本性を完成します」
ハイデガー「存在と時間」中巻 岩波文庫 140ページ

ハイデガーは、この「クーラ」すなわち自らが属する人間存在への関心と
それに基づく行為としての「配慮」すなわち「ケア」が人間性の完成を
もたらすとする。

「人間の〈完成〉すなわち人間がかれの最も自己的な諸可能性に向っての
かれの展けた存在〈投企〉において、かれが在りうるところのものに成る
ということは、「関心」の「おこない」です」
ハイデガー 同掲書 同ページ

この自らが属する人間への主体的関与としてのケアの意識と感覚、そして行為を、
可能性に満ちた人間は、その発達の過程で遭遇する事物や現象、そして関係性
に対してその身体の全機能を十全に働かせて認識し反応する過程で
獲得していく。
ハイデガーにおいては、「関心」の「おこない」としてのケアは、
人間の可能性を発展させるうえでの最も根源的な営為ととらえられていた。
それは、同時に世界に自分自身を拓(ひら)いていくことでもあり、
世界の認識と形成の過程でもあったのである。

以上、「教育学」 新体系 看護学全書 基礎科目
メヂカルフレンド社 120ー121ページ より

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

irohira

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