世界はどうやってできたか。アメリカ先住民のアコマヴィには、こんな神話があるという。

雲が固まってコヨーテになり、霧が凝縮してギンギツネとなる。ギンギツネは熱心に仕事をして、陸地をつくり、木や岩をつくる。コヨーテはその間、ただ眠っているだけ。コヨーテは眠ることでギンギツネの創造に協力しているのだ――。(河合隼雄「神話の心理学」)

何もせず、何の役にも立っていないコヨーテがどうして、世界をつくっていることになるのだろう? この、ちょっとおかしな創世神話は、夢をみたり、理想を語ったり、目には見えないものに思いをはせたりする力が、実際に現実を動かす力と同等に、世界を成り立たせるには必要なのだということを暗示しているのかもしれない。

2015年が終わる。

眠りの浅い、1年だった。

■私たちの「値札」

重機がうなり、ダンプカーが土ぼこりを巻き上げる。

東九州自動車道の北九州市から宮崎市までを結ぶ約320キロのうち、最後の1区間7・2キロの工事が、来春開通を目指して急ピッチで進んでいる。完成すれば約10分早く行き来できる。

当初予定から1年遅れ。ミカン園を営む岡本栄一さん(69)が用地買収に応じなかったためだが、今年9月、福岡県による強制収用が完了した。

道路でミカン園は分断された。だが岡本さんはいまも、約1億7千万円の補償金の受け取りを拒んでいる。もらえば、反対してきた16年間が「なかったこと」になってしまう。とはいえ、収用された倉庫などは新設せねばならず出費はかさむ。妙な袋小路に追い込まれている。

「今年のは見栄えが悪くて」

初出荷の日。岡本さんに手渡されたミカンの皮には黒い斑点がある。強制収用のごたごたで手入れが行き届かなかった。味は変わらない。でも、見栄えが良ければM寸10キロ2500円、悪いと1200円という。

中身より見かけ。この世界はいま、そんな風にできている。

「おやじの代からの土地を守ってミカンを作り続けたい」。思いが素朴であるほど、信じるのが難しくなるものだ。

どうせお金なんでしょ。

もっと巧(うま)くやればいいのに。

しかし、巧くやるとはどういうことか。思いをさっさと数字に変えて、できるだけ多額の補償金を手にすることだろうか。

巧く立ち回って億のお金を手にしたら、岡本さんの「値」は上がるのか下がるのか。10分の便利を喜ぶ私たちには、いったいいくらの値札がぶら下がっているのだろう。

ミカンを口に放り込む。

甘い。そして酸っぱい。

■「魂の飢餓感」

8月に閣議決定された、戦後70年の安倍首相談話は、とても巧く書かれていた。

「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」。焦点だったキーワードはすべて盛り込み、結果、中国や韓国の反応は抑制的だった。

あれから4カ月。いま、あの談話から最も強く伝わってきたことは何かと問われたら、どう答える人が多いだろう。

言葉とは不思議なものだ。

思いに裏打ちされていなければ、ほどなく雲散霧消する。

「歴史的にも現在においても沖縄県民は自由、平等、人権、自己決定権をないがしろにされて参りました。私はこのことを『魂の飢餓感』と表現をしております」

沖縄県の翁長雄志知事は12月、米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐり国と争う裁判で、こう訴えた。「魂の飢餓感」への理解がなければ、政府との課題の解決は困難なのだ、と。

キーワードを組み合わせて巧みに言葉を操ってみせた人は、この陳述をどう聞いただろう。

人には「魂」としか言いようのないものがあることを知っただろうか。技巧では、その飢えや渇きは満たせないことに、思いを致しただろうか。

12月。7年前に過労自殺した女性の両親が、ワタミなどを訴えた裁判は、ワタミ側が1億3千万円超の損害賠償を支払うことなどで和解した。

26歳。手帳に書き残された「どうか助けて下さい」。

享受してきた「安さ」の裏に何があるか、私たちは考えてきただろうか。目には見えないものへの感受性がもっと豊かな世界だったら、彼女はいま、来年の抱負を新しい手帳に書きつけているかもしれない。

■それでも考え続ける

深くねむるために 世界は あり/ねむりの深さが 世界の意味だ(「かたつむり」)

7月に没した哲学者の鶴見俊輔さんは、こんな詩を残した。

あなたが、私たちが、深く眠るために。世界がそうあるためには――。答えは出ないかもしれない。それでも、考え続けるしかない。私たちはこの世界に関わっているから。いや応もなく、どうしようもなく。