コーランは家族の中でさえ様々な宗教があっても良いとする

今日個人主義、合理主義、普遍主義はヨーロッパから始まったように思われているが、
実際はヨーロッパがイスラームから学んだものである。コーランは家族の中でさえ様々
な宗教があっても良いとする考え方に始まり、宗教は個人のものであるから強制があっ
てはならないと言っている。また、偶像崇拝禁止、迷信の排撃、中道中庸、人類主義、
地球単位で考えるグローバリズムをイスラームは7世紀から教えてきた。個人が自分の
アイデンティティーの多様性を自分の責任で管理しながらその状況の中で生きていくこ
と、これが商業や都市や政治を生きることである。「タウヒード」「多即一」の考えは
、あらゆる点が中心であると同時に端である結びつき、即ちネットワークを成立させる
。近年突然ネットワーク社会になったわけではなく、イスラームにはもともとあった考
え方である。そもそも「コーランか剣か」を掲げて周辺を侵略するイスラームの姿は、
ヨーロッパ人が勝手に作ったイメージにすぎない。世界の中心がヨーロッパで、近代的
なことは全てヨーロッパから広まったとする考え方は間違っている。こういう点からも
、イスラームを遠い世界、知らない世界と捉えることは人間として悲しい。宇宙の中で
万物は神の前に対等で、互いにネットワークを形作りながら動いている。ありとあらゆ
るものが神の徴(しるし)であり、この多様性(やおよろず性)が最終的には神即ち一
に繋がっている。イスラームは無神論の顔を持つ一方で多神教の顔を持つと言える。エ
コロジーとか地球環境問題もイスラームの考え方から出てきた面があることを考えなけ
ればならない。

http://www.geocities.jp/viva_keyaki/KeyakiArchive/Itagaki0801.htm

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

Categories イスラーム

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