朝日放送キャスト エール1・17 歌になったにいちゃんのランドセル

 永岡です、明後日で阪神・淡路大震災21年、朝日放送のキャストで、当時7歳の長男と5歳の長女を亡くされた米津勝之さんが、震災で犠牲になった子供について語ることが取り上げられました。米津さんのことは、ネットワーク117でも取り上げられましたが、米津さん、芦屋市の精道小学校(阪神芦屋駅の近く)で、息子さんの通っていた学校で、在校生に語り掛けました。米津さんは、芦屋の津知町(芦屋の西の端で、神戸市との境)におられて、自宅アパートは全壊、お子さん二人は犠牲になり、そして、息子さんは、翌17日に学校に行く用意をして、鉛筆も削っていたのです、その筆箱は21年保存されて、米津さん、今の小学生に紹介されました。

息子さんのランドセルは、全壊した家から掘り出されて、そして、震災の後で、米津さん夫妻は新たな命を授かり、次男さんは、亡くなったお兄さんのランドセルを背負って、小学生に行き、お兄さんが9か月しか使えなかったランドセルを、精道小学校に通うのに使い、このことは、震災15年の時に、にいちゃんのランドセルという本になりました。

これを、ロンドン在住の作曲家、松本俊明さんがご覧になり、このことを歌にして、松本さんが作詞・作曲され、歌を作りました、これは、神戸新聞に記事がありました。

http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201601/0008697061.shtml

このニュースのナレーションをされた、朝日放送の堀江政生さん(堀江さんは阪神・淡路大震災当時、朝日放送のニュースに出ずっぱりでしたし、2002年にはテレビ朝日の全国ニュースのキャスターも務められました)の番組で取り上げられて、そして、松本さんの歌は、精道小学校で紹介されました(この歌は、まだ動画サイトにありません)。

堀江さんのラジオのことは、堀江さんのブログに載っています。

http://abc1008.com/horinavi/blog/archives/1034/

にいちゃんのランドセルを背負った次男の凛君も中学2年、このイベントに、父親とともに参加しました。

米津さん一家は、今も月命日の17日に、慰霊碑を訪れます。そして、月命日の17日には、亡くなった子供たちの食べられなかったカレーを食べているのです。

今日は、早朝の軽井沢でのバスの大事故で、各種ニュースも特番の模様ですが、神戸は21年目の117を迎えます(去年は阪神・淡路大震災20年の日の3日後にイスラム国人質事件発生で、阪神・淡路大震災20年のことは東京のメディアから消えました…)、以上、キャストの内容でした。

 

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