日本の議員育休騒動に「マジ!?」 パパも育児時間/会社役員の4割義務
アベノミクスは「女性活用」を提唱するが、その実態はおぼつかない。本来の女性活用とは何だろう。福祉大国ノルウェーを訪れた東日本大震災被災地の女性たちに同行し、その本質を考えた。【宇田川恵】
一日中太陽が昇らない「極夜(きょくや)」が約2カ月続いた北極圏の街トロムソ。1月下旬に訪れると、「5日前からようやく日の光が見えるようになった」と地元の人が話す。とはいえ、明るいのは正午をはさんで数時間程度だ。
この時期、沿岸に大量に押し寄せるという旬のタラの料理を楽しくつついていた最中、ノルウェーの女性たちが持つナイフとフォークが一斉に止まってしまった。「育児休業」を取得すると宣言した日本の国会議員(宮崎謙介衆院議員)が与野党議員から強い批判を浴びている話を私がした瞬間だった。
「それは本当? 国会議員自らが育休を阻んでいるの?」。設計事務所マネジャー、アンヒャスティ・ヨンセンさんが顔をこわ張らせる。
女性たちが言葉を失うのも無理はない。ノルウェーでは、育休の一定期間を父親に割り当てる「パパ・クオータ制」が1993年に導入された。育休で失う給与分は国が給付する。100%給付なら両親合わせて最長49週間、80%給付なら59週間を取ることができる。うち10週間は父親だけに割り当てられ、父親が取らなければ権利はなくなるので、約9割の父親は育休を取得する。国会議員も同じで、育休中は、落選議員のうち比例代表名簿の上位の人が代理を務める制度もある。
ヨンセンさんは強い口調で言う。「もちろん、誰かが育休を取れば、その仕事をカバーする人や企業のマネジメントに影響は出ます。でも、誰も文句は言わない。だって、子供を産んで育てることはごく自然な話でしょう。それをダメだと言ったら、子供がいない社会になってしまう」
さらに制度の意義などについて語る。「ノルウェーも20年ほど前は父親が進んで育児をすることはなかったんです。やはり国の政策としてパパ・クオータが法制化されたことが大きかった。この結果、男性の育休は広がり、女性も男性に育児を任せて外で働けるなど、大きく変わることができたのです」
まず政治家が率先して法制度を作り、男女平等や女性の社会進出を進める基盤と環境を築く。ノルウェーの大きな特色だ。
育休制度だけではない。上場企業が取締役の40%以上を女性にするよう義務づける「取締役クオータ制」の法律が2003年に政治主導で成立した。08年から、達成できない企業は上場廃止・清算となることになった。会社の存続まで危機に陥れる厳しい仕組みで、経済界は猛反発したが、同時に素早く現実的な対応に出た。単に女性を集めて数合わせをするのではない。取締役にふさわしい人材を育てる講座「女性の未来プログラム」を作り、女性を真剣に教育し始めたのだ。
首都オスロのノルウェー商工業連盟(NHO)を訪ねるとプロジェクトマネジャーのヒェシュティ・グラノーセンさんが説明してくれた。「取締役になるべき人は、それにふさわしい知識やスキル、人格をもつべきであり、私たちは法律で強制的に決めるべきではないと今でも思っています。でもクオータ制が導入された以上、力のある女性を育てるシステムは不可欠です」
講座では、自己表現の方法から、会議の進め方など幅広い技術やノウハウを学ぶ。すでに750社以上が1500人以上の女性を講座に参加させ、受講者の約7割が取締役や上級管理職に昇格したという。この結果、40%以上の女性取締役を達成できない企業は一社も出ていない。
大手IT企業エブリの上級副社長、ラクシュミ・アカラジュさんも講座に参加した一人で、「講座をきっかけに、同じようにやる気のある女性と知り合い、その後の強いネットワーク作りにもつながりました」と話す。こんな意欲と能力のある女性たちが今、ノルウェーの経済を根底から支えているのだ。
安倍晋三政権が誕生し「女性活用」が盛んに叫ばれ始めたころ、ある大手企業の知人女性が「男性上司から『これからは、力がなくても女は早く出世できるぞ』と言われた」と怒りをにじませていたのを思い出した。ノルウェー経済界との意識の違いはあまりに大きい。
しかも安倍政権は昨年末、20年までに指導的地位に占める女性の割合を30%程度に増やすという目標を事実上、断念してしまった。政治主導で大きな壁を突破したノルウェーから見れば、歯がゆいばかりの対応だ。
人権?平等? 当たり前
ノルウェーが政治主導で革新的な法律や制度を作れる背景には、政治と民意が近いことも大きい。社会の至る所で討論の機会があり、10代から政治活動に携わったり、草の根の市民活動をしたりして政治家になる人も多い。日本のような世襲の政治家はほとんどいないそうだ。
一方、民意には平等や人権の意識が浸透し、それは幼少期からの徹底した教育に支えられている。トロムソの海沿いに建つブッケスプランゲ保育所では、1〜6歳の子供を預かる。そもそも1歳から保育所に通う権利を国が保障している。チューリ・ボーホルム園長は「男の子にも『ままごと』をさせ、家庭の仕事や責任を学ばせます」と話す。男女の役割を当てはめる遊びは一切させない。
北海沿岸の都市スタバンゲルのガウセル小学校を訪ね、4年生の社会科の授業を見学させてもらった。教室では「小学校に給食を導入すべきか」をテーマに討論が行われていた。ノルウェーの小学生は弁当を持ってくるのが普通だが、最近は弁当を持たせられない移民などの貧しい家庭が増え政治の場でも給食導入が議論されているという。
子供たちは「弁当派」「給食派」の2グループに分かれ、それを推す理由を討議。「アレルギーがあるから弁当の方がいい」「給食はお金がかかって本が買えなくなる」などさまざまな意見が上がる中、討論を見守るブルーセ・エスペダール教頭は適度に助言を入れる。「相手のグループを説得する理由以外に、相手の方がいいんじゃないか、という点も考えるんだよ。相手を理解することは必要だよ」
最後に両グループの代表が討論の結果を発表すると、こう称賛した。「どっちも良い討論だった。意見を言い合って対抗することは、大きな対立を解決することにもつながるんだ」。こんな授業から、子供たちは人権の大切さや対話の習慣を学んでいく。
授業終了後、エスペダール教頭に男女平等では具体的にどんなテーマで授業するのか尋ねると、こんな答えが返ってきた。「男女平等はもう当たり前過ぎて、言葉そのものも使いません」。周回遅れの日本を実感した。
「輝き」は社会のために
今回、被災地の女性たちがノルウェーを訪れたのは、同国が防災や復興の担い手となる女性の育成などを目指して設立した「ノルウェー基金」の事業の一環だ。被災地の女性たちには、震災に遭った際、「本来使うべき女性の力を使えなかった」(木須八重子・せんだい男女共同参画財団理事長)という思いがある。避難所で迷惑をかけないよう、泣く子をあやすため極寒の屋外にだまって出る母親がたくさんいた。避難所のリーダーの男性には言えなかった。女性のリーダーがいれば他に方法があったのではないか。女性がリーダーとして物事を決定する場にいることの必要性を痛感し、女性たちはノルウェーに学びながら、防災時の女性の役割に焦点をあてる活動などに取り組んでいる。
ノルウェー政府の欧州経済地域(EEA)・欧州連合(EU)担当相、エリザベト・アスパケル氏は、そんな女性たちと面会し、こう呼び掛けた。「女性の力を活用しない社会は、無駄なことをしている社会です」
この言葉は、日本全体に重く響く。人口減少が続く中、女性の労働力を使わなければ日本の国はもたなくなっている。国際通貨基金(IMF)の試算では、日本の女性労働力率が北欧並みになれば、1人当たりの国内総生産(GDP)が8%上昇するが、逆に女性の社会進出がなければじり貧になる。「女性活用」は女性が輝くためではなく、社会全体が輝くための手段だ。ノルウェーばりのクオータ制導入も含めた、強力で迅速な政策が求められる。
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