報道するラジオ2016/3/11 東日本大震災・福島原発事故5年 千葉さんの被災地報告&学生ボランティアの見たもの

永岡です、第178回報道するラジオ、今週もMBSアナウンサー水野晶子さんの司会、ジャーナリスト、元毎日新聞論説委員の平野幸夫さんの案内で放送されました。

今週のテーマは日付を見たら言うまでもなく東日本大震災5年です。皆さん5年に思いを寄せられて、故郷に帰れない人もいて、今日は、まず、千葉猛さんが、現地での追悼式などを報告されます。

千葉さんの報告、今宮城・石巻におられて、ろうそくの灯篭があり、3・11追悼の形であり、これを囲むように灯篭の輪があり、人とのつながりを表して、今は身を切るような寒さ、雪もちらつき、3600人の死者・不明、7割の家が被害を受けて、ここで3・11のつどいが市民により執り行われて、追悼の思いで皆さん手を合わせられて、震災発生の14時46分に黙祷であり、数百人が参加し、涙を浮かべる方、厳しい表情の方もあり、鼻を捧げていた方、孫二人が行方不明、気持ちは変わりなく、目を覚ますと孫のことを思う、助けてあげられなくて…奥さんを亡くされた方、お嬢さんと来られて、実感なし、11日ではテレビでも取り上げられるが、亡くなった感覚は、お子さんもなし…女川の祖母が亡くなり、しずかに黙祷、など、遺族はつらい気持ちであり、肉親を亡くした悲しみは5年前と変わりなく、そして今も手を合わせるために来られる方がいるのです。

水野さん、大切な方を亡くした人の一人一人の思い、復興など思い描けないと言われて、平野さんも同意されて、千葉さんの報告はまだ続きます。

千葉さんの報告、つどいの会場に今も人が集まり、海の近く、そこで建物はほとんどなく更地、かさ上げ工事で、海から800mのところに千葉さんおられて、しかしそこから海は見えず、千葉さんの後ろに復興住宅の建設が始まるところで、足場が組み立てられ始めたところ、しかし5年も経ったからもう復興住宅は出来て然るべきなのに、復興住宅が出来て人が戻るのには時間がかかるのです。遺族、行方不明の方を持つ方々は今も集まり、そして、ここで活動される関西人、大阪・枚方から通われてコンサートをされる歌手がおられて、コンサートが始まると関西のノリに巻き込まれて、力づくで笑わせるノリであり、奥野ひかるさん(http://www.okuno-hikaru.com/ )、震災直後からコンサートをして、600回目になり、プロの歌手がボランティア、被災した方がここに来られて、沿岸の被災者のためにおにぎりを提供、停電の中自家発電+ガスでおにぎりを作り続けて、そして支援物資が届かず、こういう話は知られていないが、こういう方の苦労をねぎらうためにここで演奏会をして、観客はバカ受けであり、大変に盛りあがり、観客の反応は、いろいろあったうっぷん晴らしともあり、東北の方はおとなしく、関西のノリで元気になる、パワーがある、心に響くものがあり元気が出る、など、千葉さんのご覧になったところでも被災地に満足を与えて、しかしそこまでの道は大変で、奥野さんは自問自答しながらの道で、津波で娘を亡くした女性が奥野さんを見て娘を思い、死にたいと言いだして、なら来月また来るから生きていてくれと頼み、娘さんが生きていたら、死んだらアカンという歌を作り届けたら、その女性は生きてみると言い、なら、奥野さんも何かできる、他にも同じ思いの人がいるというので、被災者に向き合い、力になっていると気づき、被災地では5年経っても問題は解決せず、仮設住宅は夫婦で狭く、夫婦げんかも出来ない、後2年もいないといけないのか、土地が決まらず家を建てられないというものであり、奥野さんも仮設に暮らされて、大阪→岩手に通い、その中でホテル暮らしも大変だろうからと、現地の自治体の許可を得て、仮設に年数か月暮らし、仮設におられる方のことが分かり、仮設は耐用年数も過ぎてしんどく、音も聞こえてしまい、テレビもイヤホンで聞くしかなく、仮設住まい=出口のないトンネルと住民が思うのが分かり、しかし出られない、仮設で辛抱しないといけない人もあり、高齢の女性は、家賃を年金で払えない、などあり、復興住宅に移るか、自力で家を建てるか、それもしんどく、奥野さん、5年できれいごとは言えない、あきらめかけている人もいるが、仮設から出て新しい生活をさせてあげるべきであり、しかしこれから5年経つと、被災者の心構えが大変になると言われて、仮設から出るには周りの支援が要り、奥野さんのような歌もあり、コンサートで、これから気合を入れていくとも言われて、奥野さん、仮設からどう一歩を踏み出すか、をいつも歌われているのです。

水野さん、サポートは日本全体、そして政治にも求められると言われました、千葉さん、まだたくさんの方がここでつどいに参加されているのです、以上、千葉さんの報告でした。

 

続いて、東北で活躍される学生ボランティアの皆さん3人にスタジオに来ていただき、なぜボランティアに行ったか、被災地で感じたことを語られました。平野さん、イケメン3人と言われて、ボランティアは減って、関西からバスツアーで出かけることは、今は減り、定期的なバスはなくなり、それで震災後から支援している、神戸国際支縁機構が月に1回バスで行き、前回は2月に3泊4日、9人の関西の学生さんが参加し、男性3人、神戸大の谷口さん、石巻の仮設の方のお話を聞く傾聴ボランティア、漁業ボランティアをされて、大阪産業大の金越さん、傾聴ボランティアを仮設でされて、続いて大阪市立大の猿渡さん、森林組合で畑の溝の掃除、漁業で海苔のお手伝いをされて、畑に水が通らず、それを改善するもので、過去のボランティアは、金越さんはベトナムにはボランティアに行ったが国内は初、谷口さんは初、猿渡さんも3・11ボランティアは初なのです。

傾聴ボランティアの模様が放送されて、仮設におられる女性のお話を聞かれて、災害時に電話もなし、歩けない、誰かと会うとうれしく、女川におられる68歳の女性で、地元の言葉でしゃべられて、ボランティアの皆さんは理解に時間も要り、金越さん、東北に知り合いがいて何とか分かり、平野さん、仮設の日々の生活や、震災当日のことも話されて、その中で誰が生きているか、で大変であり、興奮や、生死の大変さを聞かれて、水野さんはどう受け止めていいか分からないと言われて、谷口さん、テレビでしか情報がなく事前知識なしであり、現実を見せつけられて大変であり、驚いたことやショックなこと、身内の死、人がたくさん亡くなり涙も出ないと言う話や、水道、ガスなしでサバイバル、みんなでものを分け合って生きていたのであり、谷口さんは19歳で阪神・淡路は知らず、大学では先輩も犠牲になったもので、水、ガス、電気なしは知らない年代の方であり、衝撃、その時は現実味が分からなかったが、帰って考えて、理解に時間もかかったのです。

金越さんも傾聴ボランティアをされて、思っていたことと異なり、自分たちはテレビなどでしか情報はなく、5年経ち、5年経ったから復興して家も復元されていると思ったが、話を聞いて何も戻らず、問題だらけ、戻るのにお金なしで新しい生活を始められない、高齢の方が多く年金では家を建て直せない、仮設の映像はテレビでも知っていても、平均30平米と狭く、住んだわけではないが、壁が薄く会話も筒抜け、そして2月は寒く、プレハブの感覚は、谷口さんも、あそこだと寒く、プレハブでは寒さをしのげず、つらいと思われたのです。

短い滞在時間でも分かり、法律では2年の建築基準法で、復興住宅は整備が半分も満たないと平野さん言われて、阪神・淡路から考えられない(阪神・淡路では仮設ゼロ)。

リスナーより、復興住宅が遅れても、オリンピックでまた遅れるとあり、平野さん、作業員が東京に取られると言われました。

猿渡さん、田畑の手入れをされて、筒の上に木の皮がありせき止められて、それを取り除き、土が埋まり、水路を開拓するものであり、これは大変な作業であり、時間と手間がかかり、1日で半分しか行かないものであり、2日目は漁業ボランティアに行ったが、他のメンバーが参加して、2日で何とか成し遂げたものであり、野菜の畑であり、レタスなどを作るもので、農家の方に喜ばれて、一緒に写真を撮り、体を動かしてやり、テレビで見るのと異なり、心に響き、森林組合で説明を聞いて、奥様を亡くされて家も流され借金を抱えてお嬢さんを育てないといけない状態で、テレビでは分からない気持ちを感じられたのです。

水野さん、何万人がどうと伝えるものの、一人一人の苦しみがあり、それをメディアはなかなか伝えられず、平野さん、海苔の箱詰めは大変と指摘されて、倉庫で箱詰め、住民も参加して、出荷前の箱詰めであったのです。

リスナーより、5年経ってボランティアが要るのに足りないのかとあり、谷口さん、ボランティアはとても必要であり、谷口さんも行く前はテレビでしか見ず、しかし現地はゴーストタウン、改善されておらず、人ひとりが行っても太刀打ちできない、交通のものを優先して復興させて、若者が都会に行き高齢者が被災地に取り残されて、それを知る必要があり、ボランティアはまだ必要だと言われるのです。

孤独死の6割は高齢者であり、高齢者が取り残されるのはメディアでは報じられず、平野さん、高齢者には介護の人材がいつもより多くいると言われて、金越さん、ボランティアの仕事もそうではあるが、まず行って現地の景色を見て、復興せず困っていることを知ってほしいと言われて、水野さんもラジオで伝えているが、それでも伝えきれずと言われて、関西にてテレビで見るのとは全く異なり、猿渡さん、テレビでは瓦礫が印象に残り、時間が経っての状況は、街並みは整っても、浜辺には何もない更地、それを知らずショック、家がたくさんあったところが荒野であったのにショックを受けられたのです。

水野さん、3・11直後の瓦礫の山はメディアも伝えるが、しかし今の、更地で何もなしでも、3・11以前の皆さんの暮らしの状況とは異なる=復興できていないと言われて、平野さん、1年後に見ても復興せず、テレビでは全体は写さないと言われて、金越さん、津波で吹き飛び、そこに住宅、幼稚園と、今は分からず、水野さんも、想像力を持たないと、いろいろなものを失った人たちのことは分からないと言われました。

先の女性のお話、傾聴ボランティアの際に、あれから5年、生きる意味、生かされたと思われて、しっかり生きると言われて、何か目標をもっていくと言われて、神様に生かされたという意味、谷口さん、大切な話を聞かれて、今回のボランティアで一番響いた言葉、被災地に生活感がなく何もなし、あきらめも漂うものを感じられて、生活感がなく、仮設には使命を持って生きる人がいて、自分たちが申し訳ないとも言われて、しっかり生きていられると言われて、金越さんも、話を聞いて、生きていることが普通ではなく、生き残ったのであり、自分たちの世代は生きているのが当たり前であるが、生きているのが当たり前でない世界のこと、生き残った、自分の抱えている悩みは小さいと思われて、猿渡さん、今年から社会人、その中でも人のために生きることを考えて、日々の時間を無駄に出来ないと、深いところを持って帰られたのを、平野さんも評価されました。これからも、影響を受け続けられるというのです、以上、ボランティアの皆さんの報告でした。

 

リスナーより、私自身阪神・淡路で仮設を1年体験して大変、人間らしい暮らしは家があってのものとあり、平野さん、政府は仕上げと言うが、ハードばかりでなく生活支援もせよ、介護、福祉がいると締めくくられました、以上、今週の報道するラジオでした。

 

なお、今日、小出先生が経産省前で演説?されて、ツイキャス中継を見ましたが、小出先生皆さんがここに集まられたことに感謝し、5年前生活を、家を、全てを奪われて流浪化した人たちの苦労は5年後も全く解消されず、しかし原子力マフィアは経済最優先と嘯き、一人一人の苦労はどん底に落とされないと分からないのではない、想像力を働かせて、経済より人間であるべきと言われて、そして自由なラジオを始めるために語られて、本当のことがマスコミから消されるなら、小出先生は非力で福島事故を防げなかったが、しかし真実から目をそらさず、生きていくと決意を述べられました。

木内みどりさんも、自由なラジオへの支援を依頼されていました、4月1日の金曜から放送、コミュニティFMでもやるとのことで、

http://jiyunaradio.jp/

を参照してください(自由なラジオのスタッフの皆様、来週カンパしますよ!)

 

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