(インタビュー)戦場に立つということ

(インタビュー)戦場に立つということ
戦場の心理学の専門家、デーブ・グロスマンさん
朝日新聞 2016年9月9日

戦場に立たされたとき、人の心はどうなってしまうのか。国家の命令とはいえ、人を
殺すことに人は耐えられるものか。軍事心理学の専門家で、長く人間の攻撃心について
研究してきた元米陸軍士官学校心理学教授、デーブ・グロスマンさんに聞いた。戦争と
いう圧倒的な暴力が、人間にもたらすものとは。

――戦場で戦うとき、人はどんな感覚に陥るものですか。

「自分はどこかおかしくなったのか、と思うようなことが起きるのが戦場です。生き
るか死ぬかの局面では、異常なまでのストレスから知覚がゆがむことすらある。耳元の
大きな銃撃音が聞こえなくなり、動きがスローモーションに見え、視野がトンネルのよ
うに狭まる。記憶がすっぽり抜け落ちる人もいます。実戦の経験がないと、わからない
でしょうが」

――殺される恐怖が、激しいストレスになるのですね。

「殺される恐怖より、むしろ殺すことへの抵抗感です。殺せば、その重い体験を引き
ずって生きていかねばならない。でも殺さなければ、そいつが戦友を殺し、部隊を滅ぼ
すかもしれない。殺しても殺さなくても大変なことになる。これを私は『兵士のジレン
マ』と呼んでいます」

「この抵抗感をデータで裏付けたのが米陸軍のマーシャル准将でした。第2次大戦中
、日本やドイツで接近戦を体験した米兵に『いつ』『何を』撃ったのかと聞いて回った
。驚いたことに、わざと当て損なったり、敵のいない方角に撃ったりした兵士が大勢い
て、姿の見える敵に発砲していた小銃手は、わずか15~20%でした。いざという瞬
間、事実上の良心的兵役拒否者が続出していたのです」

――なぜでしょう。

「同種殺しへの抵抗感からです。それが人間の本能なのです。多くは至近距離で人を
殺せるようには生まれついていない。それに文明社会では幼いころから、命を奪うこと
は恐ろしいことだと教わって育ちますから」

「発砲率の低さは軍にとって衝撃的で、訓練を見直す転機となりました。まず射撃で
狙う標的を、従来の丸型から人型のリアルなものに換えた。それが目の前に飛び出し、
弾が当たれば倒れる。成績がいいと休暇が3日もらえたりする。条件付けです。刺激―
反応、刺激―反応と何百回も射撃を繰り返すうちに、意識的な思考を伴わずに撃てるよ
うになる。発砲率は朝鮮戦争で50~55%、ベトナム戦争で95%前後に上がりまし
た」

■     ■

――訓練のやり方次第で、人は変えられるということですか。

「その通り。戦場の革命です。心身を追い込む訓練でストレス耐性をつけ、心理的課
題もあらかじめ解決しておく。現代の訓練をもってすれば、我々は戦場において驚くほ
どの優越性を得ることができます。敵を100人倒し、かつ我々の犠牲はゼロというよ
うな圧倒的な戦いもできるのです」

「ただし、無差別殺人者を養成しているわけではない。上官の命令に従い、一定のル
ールのもとで殺人の任務を遂行するのですから。この違いは重要です。実際、イラクや
アフガニスタン戦争の帰還兵たちが平時に殺人を犯す比率は、戦争に参加しなかった同
世代の若者に比べてはるかに低い」

――技術進歩で戦争の形が変わり、殺人への抵抗感が薄れている面もあるのでは?

「ドローンを飛ばし、遠隔操作で攻撃するテレビゲーム型の戦闘が戦争の性格を変え
たのは確かです。人は敵との間に距離があり、機械が介在するとき、殺人への抵抗感が
著しく低下しますから」

「しかし接近戦は、私の感覚ではむしろ増えています。いま最大の敵であるテロリス
トたちは、正面から火砲で攻撃なんかしてこない。我々の技術を乗り越え、こっそり近
づき、即席爆弾を爆破させます。最前線の対テロ戦争は、とても近い戦いなのです」

――本能に反する行為だから、心が傷つくのではありませんか。

「敵を殺した直後には、任務を果たして生き残ったという陶酔感を感じるものです。
次に罪悪感や嘔吐(おうと)感がやってくる。最後に、人を殺したことを合理化し、受
け入れる段階が訪れる。ここで失敗するとPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症
しやすい」

「国家は無垢(むく)で未経験の若者を訓練し、心理的に操作して戦場に送り出して
きました。しかし、ベトナム戦争で大失敗をした。徴兵制によって戦場に送り込んだの
は、まったく準備のできていない若者たちでした。彼らは帰国後、つばを吐かれ、人殺
しとまで呼ばれた。未熟な青年が何の脅威でもない人を殺すよう強いられ、その任務で
非難されたら、心に傷を負うのは当たり前です」

「PTSDにつながる要素は三つ。(1)幼児期に健康に育ったか(2)戦闘体験の
衝撃度の度合い(3)帰国後に十分なサポートを受けたか、です。たとえば幼児期の虐
待で、すでにトラウマを抱えていた兵士が戦場で罪のない民を虐殺すれば、リスクは高
まる。3要素のかけ算になるのです」

――防衛のために戦う場合と、他国に出て戦う場合とでは、兵士の心理も違うと思う
のですが。

「その通り。第2次大戦中、カナダは国内には徴兵した兵士を展開し、海外には志願
兵を送りました。成熟した志願兵なら、たとえ戦場体験が衝撃的なものであったとして
も、帰還後に社会から称賛されたりすれば、さほど心の負担にはならない。もし日本が
自衛隊を海外に送るなら、望んだもののみを送るべきだし、望まないものは名誉をもっ
て抜ける選択肢が与えられるべきです」

「ただ、21世紀はテロリストとの非対称的な戦争の時代です。国と国が戦った20
世紀とは違う。もしも彼らが核を入手したら、すぐに使うでしょう。いま国を守るとは
、自国に要塞(ようさい)を築き、攻撃を受けて初めて反撃することではない。こちら
から敵の拠点をたたき、打ち負かす必要がある。これが世界の現実です」

――でも日本は米国のような軍事大国と違って、戦後ずっと専守防衛でやってきた平
和国家です。

「我々もベトナム戦争で学んだことがあります。世論が支持しない戦争には兵士を送
らないという原則です。国防長官の名から、ワインバーガー・ドクトリンと呼ばれてい
る。国家が国民に戦えと命じるとき、その戦争について世論が大きく分裂していないこ
と。もしも兵を送るなら彼らを全力で支援すること。これが最低限の条件だといえるで
しょう」

■     ■

――気になっているのですが、腰につけたふくらんだポーチには何が入っているので
すか。

「短銃です。私はいつも武装しています。いつでも立ち上がる用意のある市民がいる
間は、政府は国民が望まないことを強制することはできない。武器を持つ、憲法にも認
められたこの権利こそが、専制への最大の防御なのです」

――でも銃があふれているから銃撃事件が頻発しているのでは?

「日本の障害者施設で最近起きた大量殺人ではナイフが使われたそうですね。我々は
市民からナイフを取り上げるべきでしょうか」

――現代の戦争とは。

「戦闘は進化しています。火砲の攻撃力は以前とは比較にならないほど強く、精密度
も上がり、兵士はかつてなかったほど躊躇(ちゅうちょ)なく殺人を行える。志願兵が
十分に訓練され、絆を深めた部隊単位で戦っている限り、PTSDの発症率も5~8%
に抑えられます」

「一方で、いまは誰もがカメラを持っていて、いつでも撮影し、ネットに流すことが
できる時代です。ベトナム戦争さなかの1968年、ソンミ村の村民500人を米軍が
虐殺した事件の映像がもしも夜のニュースで流れていたら、米国民は怒り、大騒ぎにな
っていたでしょう。現代の戦争は、社会に計り知れないダメージを与えるリスクも抱え
ているのです」

Dave Grossman 1956年生まれ。米陸軍退役中佐。陸軍士官学校・
心理学教授、アーカンソー州立大学・軍事学教授をへて、98年から殺人学研究所所長
。著書に「戦争における『人殺し』の心理学」など。

■戦闘がもたらすトラウマ深刻 一橋大学特任講師・中村江里さん

米国では、戦場の現実をリアルな視点からとらえる軍事心理学や軍事精神医学の研究
が盛んで、グロスマンさんもこの観点から兵士の心理を考えています。根底にあるのは
、いかに兵士を効率的に戦わせるかという意識です。兵士が心身ともに健康で、きちん
と軍務を果たしてくれることが、軍と国家には重要なわけです。

しかし、軍事医学が関心を注ぐ主な対象は、戦闘を遂行している兵士の「いま」の健
康です。その後の長い人生に及ぼす影響まで、考慮しているとは思えません。

私自身、イラク帰還米兵の証言やアートを紹介するプロジェクトに関わって知ったの
ですが、イラクで戦争の大義に疑問を抱き、帰還後に良心の呵責(かしゃく)に苦しん
でいる若者は大勢います。自殺した帰還兵のほうが、戦闘で死んだ米兵より多いという
データもある。戦場では地元民も多く巻き添えになり苦しんでいるのに、そのトラウマ
もまったく考慮されない。軍事医学には国境があるのです。

一方で、日本には戦争の現実を直視しない傾向がありました。

戦後、米軍の研究に接した日本の元軍医は、兵士が恐怖心を表に出すのを米軍が重視
していたことに驚いていた。旧日本軍は「恥」として否定していましたから。口に出せ
ず、抑え込まれた感情は結局、手足の震えや、声が出ないといった形で表れ、「戦争神
経症」の症状を示す兵士は日中戦争以降、問題化していました。

その存在が極力隠されたのは、心の病は国民精神の堕落の象徴と位置づけられたため
です。こうした病は「皇軍」には存在しない、とまで報じられた。精神主義が影を落と
していたわけです。

戦争による心の傷は、戦後も長らく「見えない問題」のままでした。トラウマやPT
SDという言葉が人々の関心を集め始めたのは1995年の阪神・淡路大震災がきっか
けです。激戦だった沖縄戦や被爆地について、心の傷という観点から研究が広がったの
もそれ以降。戦争への忌避感がそれほど強かったからでしょう。

昨年の安保関連法制定により、自衛隊はますます「戦える」組織へと変貌(へんぼう
)しつつあります。「敵」と殺し殺される関係に陥ったとき、人の心や社会にはどんな
影響がもたらされるのか。私たちも知っておくべきでしょう。暴力が存在するところで
は、トラウマは決してなくならないのですから。

なかむらえり 1982年生まれ。専門は日本近現代史。旧日本軍の戦争神経症を題
材にした新著を執筆中。

■取材を終えて

戦場に立つということは、これほどまでに凄(すさ)まじいことなのだと思った。

ただ、米国民がこぞって支持したイラク戦争では結局、大量破壊兵器は見つからず、
「イスラム国」誕生につながったことも指摘しておきたい。

日本が今後、集団的自衛権を行使し、米国と一心同体となっていけば、まさに泥沼の
「テロとの戦い」に引き込まれ、手足として使われる恐れを強く感じる。やはり、どこ
かに太い一線を引いておくべきではないだろうか。一生残る心の傷を、若者たちに負わ
せないためにも。

(萩一晶)

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

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