2016年9月13日05時00分
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北朝鮮が5度目の核実験に踏み切った。同時に弾道ミサイル開発も進展しているとみられ、核ミサイルの脅威は一段と高まっている。阻止するすべはないのだろうか。国連安全保障理事会のもとで加盟国による対北朝鮮制裁を最前線で監視し、その実態を知る専門家と、北朝鮮情勢を追い続けるベテラン研究者に聴いた。
■国連「北朝鮮制裁委員会」の元専門家パネル委員・古川勝久さん
――国連は北朝鮮に長年制裁を科しているにもかかわらず、北朝鮮の核開発は加速しています。制裁は効いているのでしょうか。
「国連加盟国では、先進国は基本的に協力的ですが、アフリカや中東では安保理決議違反の事案が数多く、非協力的な国が多いのが実態です。アジア地域でも多くの制裁違反が発覚しており、日韓やシンガポール、フィリピン、モンゴルを除き、非協力的な国々が大半で、実にゆゆしき問題です」
――非協力的な国が大半、ですか? なぜでしょう。
「いくつか理由があります。まず、シリア、エジプト、イランなどの国々は、北朝鮮と軍事や経済面で深いつながりを持っています。中国やロシア、東南アジア、アフリカの国々などもです。アフリカには、海軍船舶の補修を制裁対象の北朝鮮企業に委託したり、自国軍隊の武器工場を北朝鮮企業に建ててもらったり、北朝鮮に治安部隊の訓練をしてもらったりしている国もあります」
「多くの国々で、北朝鮮による違法活動の取り締まりを担うはずの当局者が、安保理決議を理解していないことも問題です。関係省庁間で円滑な協調体制が確立されていません。私はアフリカを訪れた際、現地の役人から『安保理決議とはいったい何だ』と問われて面食らったこともありました」
――安保理決議すら知らないのですか?
「実際、安保理決議に基づいて出す必要がある『制裁の履行状況に関する報告書』を提出していない国は、全加盟国の半分近くに上りますね。残念な実情です。どの国も、『北朝鮮の核・ミサイル開発は国際社会に対する深刻な脅威』と表明はするのですが、報告書を提出している国でも、報告書には、全1ページで3段落しか書いてこないケースもあります。未提出国に対しては、『国名を公表して恥をかかせる』方法をとっていますが、効果は限定的です」
――そんなお寒い状況のなかで、北朝鮮関連の違法取引をどうやって調べているのですか。
「専門家パネルには、五つの常任理事国に加え、日本と韓国、南半球の1カ国から、計8人のメンバーが選出されています。捜査にあたり、全ての関係国政府や企業・個人から情報を収集します。違法貨物を摘発した場合、加盟国はそれを安保理の委員会に通報する義務があります。専門家パネルは摘発国で現地査察も行います」
――国連の制裁決議を根拠に、加盟国が違法貨物を差し押さえるわけですね。
「そうです。ただ、それも容易ではありません。多くの場合、他国からの通報を受けて、加盟国が貨物検査を行いますが、貨物輸送が遅れると荷主や船会社から政府が訴追されるリスクが常にあります。情報提供を受けたからといって、スムーズに貨物を差し押さえられるわけではないのです」
――国連の報告書は、北朝鮮が貿易で核・ミサイルの開発資金を得るだけでなく、必要部品も直接輸入していたと指摘しています。
「ロケットや無人偵察機などの主要な部品に、多数の国外汎用品が使われていました。厳しい輸出規制を課している米国、日本、欧州諸国からですら、北朝鮮は様々な部品を調達していました。部品の大半がどこでも容易に購入できる市販品なので、事前の阻止は困難です。北朝鮮の技術陣はハンダごてや接着剤を使って市販部品をロケットに組み込みました。北朝鮮がいかに制裁をすり抜け、弾道ミサイルなどの開発を辛抱強く進めてきたかがわかります」
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――北朝鮮は中国との貿易割合が依然高く、中国が制裁に真剣に取り組まなければ効果は上がらないという指摘が根強くあります。
「中国の制裁に対する消極姿勢は極めて深刻な問題です。ただ、中国が戦略的に北朝鮮の核・ミサイル開発を黙認しているとの印象は、私にはありません。2013年末に北朝鮮の国防委員会副委員長だった張成沢(チャンソンテク)氏が処刑された後は、多少なりとも姿勢の変化を感じました。それ以前は、国連の調査要請に回答すらしませんでしたが、少なくとも返答するようにはなりました。中国国内で、制裁違反企業に対して何かの処罰が下されたこともあったようです」
――ただ、北朝鮮から中国への輸出品には、制裁で禁輸対象になっている石炭やレアアース、鉄鉱石などもかなり含まれます。
「4度目の核実験を受けた今年3月の制裁決議では、『北朝鮮の核・ミサイル開発の資金源になっている』として、北朝鮮によるこれら資源の輸出を禁じました。中国は最大の取引国としてこの制裁措置を早急に実施しなければならないのに、依然、大量輸入を継続しており、安保理メンバー国は重大な問題と見なしています。この問題の是正は、制裁の実効性を確立する上で不可欠です」
「ただ、中国の場合、共産党内の序列で、外相の占める地位は高くありません。仮に外務省が制裁の必要性を理解していても、制裁履行に必要な法執行部門や地方政府への影響力が限られています。また、国全体として『法による支配』体制が未成熟という問題も、中国による制裁履行の不徹底に大きく影響しています」
――中国を積極的に、制裁に協力させる方法はありますか。
「中国外務省だけでなく、共産党や関係省庁、地方政府、産業界などに対し、あらゆる交流窓口を通じて、北朝鮮との違法取引に対する警告を伝えていくしかないでしょう。米国などが、北朝鮮の制裁違反企業を単独制裁すると、それが関連する中国企業などに直接及ぶリスクを認識させる必要があります。中国が制裁を履行しないと、次にもっと包括的な制裁を科さねばならなくなり、北朝鮮がさらに不安定化しかねないことを、中国の指導部は理解すべきです」
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――北朝鮮への制裁に比べ、イランの核開発疑惑に対する制裁は成功したとされています。何が違うのでしょう。
「イランは曲がりなりにも民主主義国です。経済制裁で民衆が不利益を被ると、指導者の人気が落ち、政治的圧力が高まる素地が一応はあります。加えて、イランは北朝鮮に比べて国の経済規模がはるかに大きいため、制裁の影響がより深刻です。例えば、北朝鮮は現金決済や物々交換で、金融制裁の影響を回避してきましたが、イランの経済規模では電子送金に頼らざるを得ず、金融制裁に引っかかりやすい面があります」
「また、大切なのは、制裁は外交の手段の一つに過ぎないということです。イランの核開発疑惑に対しては、制裁と同時並行で外交対話が続けられました。しかし、北朝鮮については、制裁のみで、外交はほぼ皆無でした。国際社会で北朝鮮問題の優先順位がいかに低かったかの証左です」
――日本政府は国連とは別に、北朝鮮への独自制裁を科してきました。取り組みをどう見ますか。
「2006年に対北朝鮮全面禁輸措置を導入するまで、日本は北朝鮮の主要な取引相手国の一つでした。北朝鮮のエージェントも多数いました。主要なエージェントは、06年以降、活動拠点を中国大陸や香港に移し、北朝鮮との取引を継続していきました。しかし、彼らの日本国外での活動は把握が困難です。海外でのより精緻(せいち)な情報収集が必要でしょう」
「新しい安保理決議の全面履行に向けた法整備も必要と思われます。例えば貨物検査特別措置法では、日本の港に到着した貨物船に兵器類が積まれていればそれらを押収できますが、市販品などは押収が困難な場合が多いと思われます。同法を改正し、市販品なども押収しやすくすべきです。また、東南アジア諸国が人と物の移動を的確にモニターできるよう、日本は技術支援も含めてより積極的に働きかけていく必要があります」
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ふるかわかつひさ 66年生まれ。安全保障問題専門家。米モントレー国際問題研究所研究員を経て、今年4月まで4年半、北朝鮮制裁の国連専門家パネル委員。
■関係国首脳は取引する覚悟を 東京国際大学国際戦略研究所教授・伊豆見元さん
私たちは北朝鮮の核開発を止めることができず、「ついにここまで来てしまった」という印象です。北朝鮮はこれまで全てをなげうって核開発をしてきたわけではなく、核開発を巡って米国との取引を考えた時期もありました。阻止できる時間はあったのです。
私は、北朝鮮が3度目の核実験を行った2013年時点で、核爆弾の小型化には成功し、日韓は射程内に入っていたと考えています。ただ、米本土を攻撃できるまでの技術は今もまだなく、北朝鮮がその技術を得る前に、核開発をやめさせねばなりません。日韓が、米国の核の傘に重大な疑問を抱く可能性があるからです。
米国がオバマ政権になった09年以降、関係国は核開発をめぐって北朝鮮と取引することをほぼ放棄してきました。北朝鮮に一方的に要求をのませようとしたのです。「北朝鮮が崩壊する可能性」を信じ、崩壊と同時に核開発が停止することへの期待がありました。
近年は北朝鮮と交渉をせず、制裁だけに頼ってきました。ただ、制裁のかぎを握る中国は、北朝鮮に対して自らの影響力を全て行使する国ではありません。それを知りながら、関係国は制裁がうまくいかないことを中国を非難することで責任転嫁してきたのです。
制裁は北朝鮮経済にダメージを与え、いわば嫌がらせのようなことはできました。しかし、制裁の本来の目的は北朝鮮の核開発阻止だったはずです。その効果がないのに、制裁だけを続け、関係国は問題を先送りしてきました。
北朝鮮は今も、米国を刺激しすぎることを避けています。その気になれば、太平洋上で核兵器を爆破させる実験も可能でしょうが、それはしません。若い金正恩(キムジョンウン)氏や既得権益層は統治のために、正恩氏の権威を確立する必要がありました。制裁を受けて孤立が進むなか、権威確立には核開発しかないという論理です。
国際社会はさらなる核開発を阻止するため、効果はなくても制裁は続け、強化すべきではあります。北朝鮮に弱腰とみられる誤ったシグナルを送るのは避けなければなりません。そのうえで、関係各国の首脳は再び北朝鮮との取引を検討する必要があります。大変不愉快ではありますが、北朝鮮とギブ・アンド・テイクの取引をする覚悟を決める時が来ています。
(聞き手はいずれも石田耕一郎)
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いずみはじめ 50年生まれ。専門は国際関係論で、朝鮮半島の政治・外交・安全保障を長年研究している。
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