Global Ethics


「装甲車を乗り越えよ」 by limitlesslife
「唐牛伝 敗者の戦後漂流」を書いた 佐野真一(さの・しんいち)さん
北海道新聞 2016年9月4日

60年安保のカリスマに迫る

60年安保闘争のカリスマ、唐牛(かろうじ)健太郎。デモ隊を率いて国会に突入し
た元全学連委員長は、闘いに敗れた後、長い間流浪の生活を送った。なぜ彼は何者かに
なることを拒否したのか。本書は函館で生まれ、47歳で逝った男の足跡を追った力の
こもった評伝である。

「全学連は闘いには敗れたが、彼らが岸信介を退陣させたから憲法は改正されず、戦
後70年間の平和がもたらされた」。東京・お茶の水の古びたホテルで佐野さんは語り
出した。当時、東京の下町に暮らす13歳。「日本に革命が起きるのでは」と、国会前
を埋め尽くした学生デモのテレビ映像にかじりついたという。

60年、新たな日米安保条約をめぐり、世情は騒然とした。1月、全学連は岸首相の
訪米を阻止するため、羽田空港のロビーを占拠。4月には国会突入を図った。いずれも
唐牛が先頭に立った。「装甲車を乗り越えよ」。激烈な演説にデモ隊が続いた。だが唐
牛は突入時に逮捕され、新安保条約は国会での強行採決を経て6月19日、自然承認さ
れる。同月15日の国会デモでは東大生の樺(かんば)美智子さんが犠牲になった。

函館・湯の川で芸者の非嫡出子として生まれた唐牛は函館東高を経て北大に進学。自
治会委員長になり、その後全学連委員長に担ぎ上げられた。「唐牛は嫌々だったがみこ
しに乗せられた以上は踊ってみるか、という覚悟があった。そして見事に踊った」。気
っぷの良かった若者は、明るさの裏に出自に関する劣等感を隠していた。革命家という
より、詩人だった。

「60年安保で日本の骨格が決まった」と佐野さんは語る。「祭り」が終わると高度
経済成長が訪れ、安保を闘った若者の多くは社会に戻った。だが、全学連の幹部は敗者
となって漂流を続ける。唐牛はヨットスクール経営、居酒屋店主、漁師と職を変え、鹿
児島県与論島、厚岸、紋別と日本中を転々とした。「高度経済成長の果実をむさぼるこ
となく、若くして死んでいった連中の生き方にすがすがしさを感じた」

ノンフィクション作家の佐野さんは2012年に週刊朝日に発表した橋下徹大阪市長
(当時)をめぐる記事が差別的だったとして連載中止となり、本書が復帰第1作になる
。「ごう慢になっていた」と反省、「テーマを吟味することの重要さを改めて感じた」
と話す。

経済成長の果てに社会の劣化が進んだ今、こう思う。「日本の青春期に闘った彼らを
、忘れることはできない」

編集委員 島倉朝雄

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

Advertisements

Leave a Comment so far
Leave a comment



Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s



%d bloggers like this: