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世界大戦とロシア革命を背景にした諸外国の思惑と日本の迷走の7年間 by limitlesslife
October 30, 2016, 1:02 pm
Filed under: 日露

 IROHIRA
(書評より)第一次世界大戦とロシア革命を背景にした諸外国の思惑と日本の迷走の7
年間

「もともとシベリア出兵は、イギリスやフランスが第一次大戦で勝利するために思いつ
いた、大戦下の補助的な作戦に過ぎなかった。だがその後、日本など各国を巻き込んで
二転三転してゆく。結局、日本は出兵した国々でも最長の期間シベリアに居座り、最多
数の兵士を送り込むことになった」。

1918年のウラジオストクへの出兵から1925年の北サハリンからの撤退までの期間は7年
に及ぶ。日清・日露の戦争や2つの世界大戦に比べると一般に教科書の扱いも比較的小
さいシベリア出兵についてまとめた本。

第一次世界大戦中のロシア革命によって、それまで東部戦線で激戦を交えていたドイツ
とソヴィエト政府が講和を結ぶ。これによってドイツは西部戦線に戦力を集中できるよ
うになった。慌てたイギリスとフランスは、反革命勢力を支援してソヴィエト政府の打
倒を画策し、同時にそれまでロシアに大量に送っていた援助物資が敵国ドイツに渡らな
いようにすることを計画した。まず貨物を差し押さえるために1918年3月にムルマンス
クにイギリス軍が上陸。日本とアメリカにもシベリアへの出兵の依頼が舞い込む。

ロシア革命は日本にとって対岸の火事ではなかった。大日本帝国にとって、南サハリン
や朝鮮半島はロシアと陸続き。勢力圏である南満州もロシアの勢力だった北満州と隣接
している。ウラジオストクなどには邦人もいる。しかし、当初アメリカは出兵を拒否。
日本は国内の世論の賛否が割れ、参謀本部は現地工作や内戦誘発活動を行う。様々な思
惑が渦巻くが、山県有朋や寺内正毅などは慎重姿勢をとる。ソヴィエト政府も日本の出
兵を押しとどめるためにソ連勢力圏での数々の利権の提供をちらつかせた。

直接の引き金になったのは、ソ連国内で武装解除を要求されたチェコスロバキア軍団の
救出。英仏伊の要求に、日米も動く。アメリカが重い腰を上げたことで、原敬は出兵を
黙認。寺内内閣は7000人というアメリカとの合意をなし崩しにして、規模を大幅に拡大
した出兵を行う。出兵地域の合意も破る。シベリア出兵に反対する言論も弾圧された。
『大阪毎日』は、社長や編集局長が辞任に追い込まれ、紙面に長文のお詫びを掲載して
なんとか廃刊を逃れる。

日本軍は、長期間の総力戦を想定しながらも開戦時に一気に勝負を決める短期決戦を目
標にする。そして、バイカル湖から東を2か月足らずで制圧。日本側はソ連領の朝鮮人
の抗日活動を弱めることにも成功する。ただし、現地の兵士たちは、寒さ、食料や日用
品の欠乏、パルチザンの襲撃に悩まされる。性病も蔓延する。1919年2月には、田中大
隊がパルチザンに包囲されて全滅。広い地域を分散して担当する中で積極戦術をとった
ことが苦戦を生む。さらに、現地の村の討伐によって住民たちに反感が芽生える。また
、指揮権や鉄道の運営権をめぐって日米の対立が鮮明になる。一方、日本国内では、寺
内内閣が辞職し、原敬政権になる。

1918年11月11日に第一次世界大戦が終結。シベリア出兵を続ける理由がぐらつきはじめ
る。反革命勢力のコルチャークが勢いを持ち、日米英仏伊がコルチャーク政権を支持し
たこともあったが、結局赤軍の反撃によって駆逐されてゆく。コルチャークの没落と入
れ替わるように今度はデニーキン将軍がモスクワを目指し、イギリスがこれを支援した
が、こちらもあえなく赤軍に敗れる。これをきっかけに、イギリスとフランスが撤兵を
開始する。チェコ軍団も休戦協定を結んでソ連を去る。アメリカも撤兵する。そして、
日本だけが残る。

日本軍はアムール州から撤退するが、沿海州は制圧。しかし、革命軍との衝突を恐れた
原内閣は、日本が支援していたセミョーノフがいるザバイカル州からも撤退する方針を
打ち出す。セミョーノフ軍はその後、赤軍に敗れる。1920年には、日本は沿海州南部と
北満州の中東鉄道沿線に兵力を集中。さらに、石油のある北サハリンと朝鮮ゲリラ拠点
であった間島への派兵を行う。そこに、尼港事件が発生し、世論はいきり立つ。間島出
兵は中国政府との関係を悪化させて、日華陸軍共同防敵軍事協定が廃止される。

ヨーロッパ各国がソビエトの承認に動き始める。原首相は参謀本部が反対する中、山県
有朋を動かし、撤兵の方針を決める。さらに、諸外国の日本への批判は高まり、ロシア
の反革命勢力は敗北し、国内でも野党や世論が撤兵を求める。原敬暗殺後、加藤有三郎
首相兼海相は撤兵を決断。撤兵と大日本帝国臣民の脱出が始まる。ソ連は、日本との緩
衝材であった極東共和国を清算。北サハリンからも石油利権交渉とともに撤退し、日ソ
は国交を樹立する。

シベリア出兵とひとことでいっても、実際は7年間の間に様々な動きや環境の変化があ
ったことがわかる。きっちりまとめて書かれてある。今まで、新書でシベリア出兵を扱
った本はなかったそうで、その点でも貴重な本である。

===

満蒙露研究で活躍の歴史研究者による、第1次大戦中以降の日露関係を描く新力作!

著者は、戦前の満蒙・東亜地区のロシア研究者ですが、これまでにない分野(例えば、
中東鉄道:東清鉄道)で、歴史学者以外の者にも興味深い中身の濃い歴史書を既に書か
れています。
この度、シベリア出兵という、日本側はほとんど忘れているが、ロシア(ソ連)の革命
期に大きな影響を与えた事件を扱われました。
これまでの著作同様、戦前の満蒙軍事本にある派手な面はなく、我が国政府、ロシア側
の考えや動きを当時の資料から丹念に描いています。当方歴史学は門外漢ですが、英露
等の外国語の知識を用い、我が国・外国の古い文献を地道に調べる手間は、想像するだ
けで大変です(それを飛ばすと、ただの推測論になりますが、現代我が国においても、
ただの推測論が氾濫しているのを考えると考えさせられます。)。
また、そこに浮かび上がる我が国政府行政の動きは、ある面現代に通じるものを感じま
す。
シベリア出兵は、大きな国家の行動にはよくありますが、政府(軍)内でも推進・反対
派が様々な事情で生じ、また、撤兵すべきと考えられても、なかなか撤兵できなかった
事情があることも今回浮かび上がってきました。
出兵は第1次大戦中からのものですが、その時期に、外国領土の征服は、国際法上合法
的な領土取得の理由として、既に認められ難くなって来ていたことも特筆すべきと考え
られます。その理由から、シベリア出兵は、当時既に諸外国及び我が国内で疑義が指摘
されたわけです。国際政治と国際法の成長の関係はこのようなものかも知れません。
日露戦争は有名ですが、実は、その後日露は第1次大戦で共に連合国となり、軍事的友
好国になったことや、ソ連革命政権と我が国等との緩衝国として極東共和国が設置され
たこと等その後のソ連や日ソの動きでは想像出来ないことがあったことは特筆されます

(極東共和国は、戦前日露史に関心のある者の間では有名な事象ですが。)
我が国は当時各地の反革命政権を支援しましたが、革命政府に倒されていきました。日
露戦時に、明石元二郎がロシア内の革命・民族独立を煽ったことを考えると、皮肉です

英露の東亜・南亜をめぐる対立(グレートゲーム)の極東の碁盤という面もある満蒙と
シベリアへ、日本はどのように関わったのか、関わるべきだったのか、また、これから
現在でもくみ取れる教訓は何かを考えてみるのは面白いと思われます。

===

「シベリア出兵」についての初の新書本。2018年は、シベリア出兵100周年

シベリア出兵については、すでに何冊も新書がありそうに思えるのだが、著者によれば
、本書が初めての新書本とのことである。たしかに、巻末の厖大な文献の中には、いわ
ゆる新書本は見当たらない。なお、二年後にシベリア出兵100周年を迎えるので、こ
れから増えてくるかもしれないが、一番乗りの栄光は本書のものである。
本書はシベリア出兵(正確にはロシア革命)から、北サハリン撤兵までの7年間の日本
軍の出兵、東方でのロシアの内戦、日本の内政、国際関係について書かれたものである
。詳しい内容は省略し、私的感想のみ書く。
私的感想
●シベリア出兵の各側面について、十分な内容を有しながら、読みやすく、わかりやす
い本となっている。
●シベリア出兵は批判的に語られることの多い戦争で、著者はもちろん批判的なのだろ
うが、絶叫したり、過度に情念に訴えたりせずに、史料を引用しつつ、比較的淡々と事
実を書いているように見える。その点も好ましい。
●印象的なのは、ところどころで出てくるレーニンが、戦争、外交ともに際立った能力
を示していることである。極東共和国というクッション国家の樹立も巧みである。
●ロシア反乱軍の指導者については、これまで、かなり厳しい評価(無能等)が多かっ
たが、本書では、ちょっと好意的(というよりは公平に)に書かれているようにも思う

●シベリアに出兵した各国の、出兵の位置づけが、大戦とロシア内戦の経過により変化
し、結局、日本が出兵を続けていることが、各国から敵視されるようになっていくのが
興味深い。
●シベリア出兵が長期になった理由の一つとして、著者はジョン・ダワーの言葉を借り
て「死者への債務」をあげる。これは「出征した兵士の死を無駄にしたくはない」とい
う国民の思いのことで、いつの時代にもあり、「手ぶらでは、戦争を終わらすことはで
きない」という国民意思となり、さらなる死者を生み出すことになる。日本が日中戦争
、太平洋戦争を終わらせることが出来なかった大きな要因とされている。
●実に余計なことだが、「あれだけ金と時間をつぎこんだのに、ここで終わりにするこ
とはできない」「こんなに尽くしてきたのに、この女を失うことはできない」などとこ
だわるのは、各人の人生においても、危険なことだろう。
●だが、本書は別の側面として、シベリア出兵が、政府が軍部を従わせて撤兵に成功し
た、戦前最後の戦争であるとする。たしかにこの点は日中戦争との違いであろう。だが
、別の面からみれば、軍部は将来の戦争に向けての充電のため、一旦兵を引いたという
ことだけなのかもしれない。
●一定の年齢以上の読書好きの方なら、朝日ジャーナルに長期連載されていた、高橋治
のシベリア出兵小説「派兵」を覚えておられる方も多いだろう。本書では「派兵」が全
然出てこないので無視かと思ったら、最後近くになって、ようやく登場した。ホッとし
た。
●日本、ロシア等の、シベリア出兵の戦死者犠牲者の冥福を祈りたい。

===

更なる研究の進展に期待
著者自身が本書で述べているように、近代史の中でもシベリア出兵の知名度は低い。
また第一次世界大戦やロシア革命を巡ってロシア、欧米諸国の思惑が複雑に絡み合い、
国内でも政界や軍部の方針が一貫しないなど、7年も続いた出兵の全体像を把握するの
は容易ではない。本書はそのシベリア出兵について、時系列に沿いつつも国内、ロシア
あるいは欧米それぞれに目を配りながら出兵の発端、経緯、結末について分かりやすく
説明している。新書ではあるが内容としてはかなり詳細であり、一方で主要人物の人と
なりについても多く言及されているなど読み物としての面白さも備えており、最後まで
興味を持って読むことができる。

本書を読み進めていくにつれて強く感じたのは、シベリア出兵における軍部や国の行
動がその後の満州事変から日中戦争へと至るそれとかなり似通っているということであ
る(終章で著者も言及していたので既に研究者の間では共通認識がされていることなの
かもしれないが)。例えば、1)政府やアメリカ等との取り決めを破って、軍が多数の
兵を広い範囲に展開させていったこと、2)早期から軍の傀儡となり得る反革命政権を
樹立するよう工作を行ったこと、3)当初の勢いのままに戦線を拡げ過ぎたために、ロ
シア側のゲリラ戦で多くの被害を蒙ることになったこと、4)軍が新聞社などの報道機
関をコントロールし、世論を出兵継続に導こうとしたこと、5)一旦出兵すると、戦闘
による兵士の犠牲等が強調されて軍も政府も中々撤兵という方向に進めなくなったこと
、などである。

そういう意味で、満州事変を契機として泥沼の日中戦争、太平洋戦争から敗戦へと日
本を破滅の淵に追いやった旧日本軍の思考や行動の原点を考える上で、シベリア出兵は
もっと多くの研究がなされるべきものであると言える。初めて新書で取り上げた本書に
より、シベリア出兵についての関心が高まり、研究が更に進展することを期待したい。

===

こういう戦争をロシア、ソ連とやった事に驚きました

この戦争の事を知らなかったので驚きました。今シリアで起こっている戦争も
日本が介入してないだけで当事国がほとんど同じなのも妙に感じます。
掲載されている地図を見ると特に理由もなく鉄道沿線に沿って
3,000キロ以上無駄に点と線だけ侵攻しているよく分かります。

===

「シベリア出兵」
近代日本の忘れられた七年戦争

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace


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