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(書評ふたつ)歴史を決めた交渉と日本の失敗 by limitlesslife
November 4, 2016, 10:56 am
Filed under: 戦争(責任、賠償、禁止)
(書評ふたつ)歴史を決めた交渉と日本の失敗
「戦争まで」加藤陽子

スイスで教育を受けた私の歴史観と、日本で教育を受けた人々のそれが一致するのかど
うかは、わかりません。しかし、この『戦争まで』に書かれていたことは本書の狙い通
り、私にとっても“目からウロコ”でした。

本書を通して著者は日本が「戦争まで」に行った三つの選択、すなわち(1)満州事変と
国際連盟脱退(2)日独伊三国同盟(3)ハルノートと日米開戦について、当時の状況をでき
るだけ細かく再現し、選択の理由に迫ります。

そしてその中で、日本を国際連盟脱退に“追い込んだ”とされるリットン調査団の報告
書が、日本に対して宥和的な内容だったこと、日米開戦前に近衛文麿首相とローズベル
ト大統領によるハワイでの首脳会談も具体的に検討されていたこと(しかも新聞のリー
クで世論が反発し、実現せず)など知らなかった史実が次から次へと描かれます。

歴史とは選択の連続ですが、理不尽な選択には、それなりの理由があったのだ、と強く
感じました。

一般的に語られるように米英によるブロック経済により、追い込まれて戦争に踏み切っ
た……というのではなく、主体的に「戦争」を選択していった背景には何があったのか
? 複雑な事情を知ることには大きな意味があると思います。

本書のユニークなところは二点あります。一つは、書店の募集に応じた中高生に対して
行われた授業を基にしている、ということ。そのため、語り口は柔らかいのですが、ハ
イレベルすぎるやり取りは、付いていくのが大変でした……。

もう一つは、歴史をベースにしながらも、「現代」に主眼を置いていること。太平洋戦
争開戦前の日本と現在の日本、もしくは世界を比較することで、今の日本がどこに向か
おうとしているのか、向かってはいけないのかが語られています。

この点こそが著者が本書を執筆した一番の動機だと思いますが、最悪の「選択」をしな
いためのヒントとして歴史を見る視点は、大切なのだと思いました。

評者:春香クリスティーン
(週刊文春 2016.10.18掲載)

=====

この国はなぜ3回誤ったのか

太平洋戦争への道筋で世界が日本に、「貴国はどちらを選択するのか」と問うたときが
3回あったと、著者は説く。リットン報告書、三国軍事同盟、日米交渉。その選択時の
状況を分析することは現代政治への教訓となる、との思いで、二十数人の中高生たちに
説明したのが本書である。

著者の歴史観を土台に据えて、この国が3回の選択をなぜ誤ったのかが具体的に検証さ
れる。それぞれの折のキーワードをもとに日本と国際社会の関係が解剖されていくので
ある。リットン報告書の章では、リットンが語った「世界の道」は、はからずも吉野作
造が用いた「世界の大勢」と重なりあう。満州が大切なのはわかるが、貴国は「世界の
道」、つまり「正気に戻るのですか」と問うたというのである。

日本はその道に戻らず、孤立していった。

三国軍事同盟については、ドイツが求めた条文の「第三条」が問われる。アメリカとい
う語は用いられていないが、仮想敵国をアメリカとした内容だ。20日間で結ばれたこの
条約について、軍部や官僚の一部が「目の前に、よりほしいものがあった」ためと言い
、それが蘭印(らんいん)仏印だった。軍事同盟を結ぶ基本的な姿勢の欠如に驚かされる

日米交渉のキーワードは「日米首脳会談」である。近衛首相がルーズベルト大統領に首
脳会談を呼びかけた「近衛メッセージ」(1941年8月)が、野村駐米大使の不注意で漏れ
て日本国内にも伝わってくる。国家主義団体が近衛攻撃のビラを撒(ま)くが、その妄動
ぶりが国策決定にも響くのである。3回の選択時に、日本はなぜバランスのとれた判断
ができなかったのか、著者は日米交渉の出発点になった諒解(りょうかい)案に新しい見
方も示す。

著者の知識に接する中高生たちの問題意識の鋭さは頼もしい。「普遍的な理念の具体化
」が欠けていた時代だったという結論を読者もまた共有する。

評者:保阪正康(ノンフィクション作家)
(ブック・アサヒ・コム 2016年10月02日掲載)

=====

スターマーはヨーロッパ戦線へのアメリカ参戦を阻止するためとして同盟締結を提案し
、松岡も対米牽制のために同意した。松岡は南進論を選んだ際にアメリカが対日戦を考
える可能性は高く、同盟を結んでも阻止できる確率は「五分五分」と見ていたが、現在
のままでは米英のいいなりになると主張、同盟締結を強硬に主張した。近衛もほぼ同意
見で、9月13日の四相会議、14日の大本営政府連絡会議、16日の閣議を経て同盟締結の
方針が定まった。しかし一方で松岡は、条約が想定しているドイツ・アメリカ戦争につ
いて、日本が自動的に参戦することを避けようとしていた。松岡と自動参戦の明記を求
めるスターマーの交渉の結果、条約本文ではなく交換公文において「第三条の対象とな
る攻撃かどうかは、三国で協議して決定する」こととなり、自動参戦条項は事実上空文
化した。及川海軍大臣も近衛・松岡・木戸らの説得により条約締結賛成にまわった。及
川が述べた賛成理由は「これ以上海軍が条約締結反対を唱え続けることは、もはや国内
の情勢が許さない、ゆえに賛成する」という消極的なものだった。また及川とともに松
岡らの説得を受けた海軍次官の豊田貞次郎は、英独戦への参加義務や、米独戦への自動
参戦義務もないことで、「平沼内閣時に海軍が反対した理由はことごとく解消したので
あって、(三国同盟が)できたときの気持ちは、他に方法がないということだった」と
回想している。9月15日に海軍首脳会議が開かれたが、阿部勝雄軍務局長が経過を報告
し終わると、伏見宮軍令部総長が「ここまできたら仕方ないね」と発言、大角岑生軍事
参議官が賛成を表明、それまで同盟に反対していた山本五十六連合艦隊司令長官は「条
約が成立すれば米国と衝突するかもしれない。現状では航空兵力が不足し、陸上攻撃機
を二倍にしなければならない」と発言して会議は終わった。

同盟締結の奏上を受けた昭和天皇は「今しばらく独ソの関係をみきわめた上で締結して
も遅くないのではないか」と危惧を表明したが、近衛首相は「(ドイツを)信頼致して
しかるべし」と奉答した。天皇は続いて「アメリカと事をかまえる場合に海軍はどうだ
ろうか。海軍大学の図上演習ではいつも対米戦争は負けると聞いた」と、戦争による敗
北の懸念を伝えたが、近衛は日露戦争の際に伊藤博文首相が「万一敗北に至れば単身戦
場に赴いて討ち死にする」と語ったことを引き合いに出し、及ばずながら誠心奉公する
と回答した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%8B%AC%E4%BC%8A%E4%B8%89%E5%9B%BD%E5
%90%8C%E7%9B%9F

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace


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