藤生明
2016年11月6日05時03分
憲法改正運動を進める「日本会議」。来春で誕生から満20年を迎えるこの運動団体は、改憲の国民投票に向けた準備を着々と進めている。政権中枢にまで影響力を持つようになった日本会議の源流をたどった。
「『日本の誇り』通信」。
題字の下に「部外秘」と記されたB5判6ページの「会報」がある。日本会議の実務を担う日本協議会・日本青年協議会(日青協)が、9月30日に発行した。
その1、2ページに、7月10日の参院選での与党勝利を受け、日本会議事務総長で日本協議会会長の椛島有三氏(71)が同30日に実務者会議であいさつした内容が詳細に掲載されている。
おおむねこんな内容だ。
「参院選で憲法改正に必要な3分の2が獲得された。大事なことは7月10日に世の中が変わったことを深く思うこと。私たちは一変した新たな世界にいる」
「衆参で同時期に憲法改正の状況が生まれたことは神業に近い。G7の首脳が伊勢神宮に正式参拝した。その後の選挙なのだから神業と思うほうが自然だ。現出した状況に感謝し、我々の責務を全うしたい」
椛島氏は1970年、右派学生のOB組織「日本青年協議会」を立ち上げ、その後、改憲団体「日本を守る国民会議」(81年結成)の事務局長に就任した。「日本を守る会」と合流し「日本会議」となった97年以降、事務総長として常に改憲勢力の中心にいる。
その日は、憲法改正の環境づくりとして、一昨年から始めた「1千万賛同者拡大運動」、地方議会で憲法改正を求める意見書採択といった運動にもふれた。
日本会議によると、主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の賛同者署名は7月末現在、全国で約754万人。今年度中に達成を目指すという。
■原点は長崎大自治会掌握
日本会議の原点はどこにあるのだろう。
日本協議会・日本青年協議会は運動史の中で、66年に「長崎大で学生有志が左翼過激派学生と対峙(たいじ)し、学園正常化運動に立ち上がる」と記している。
新宗教「生長の家」信者だった椛島氏は65年に長崎大に入学。翌年、学園正常化を求めるビラを配っている最中、左翼学生らに袋だたきにされ、「全学連打倒」を決意したという。
そこで、彼らがとった手段は選挙による学生自治会掌握だった。生長の家学生会全国総連合(生学連)書記長で、後に新右翼「一水会」の代表になる早大生、鈴木邦男氏(73)はこう振り返る。「左翼全盛の時代。選挙で勝とうなんて誰も思いもしなかった」
機関紙「生学連新聞」によると、椛島氏らは364対293で、国立大初とされる右派による自治会掌握を果たした。
さらに、原理研究会(旧統一教会の学生組織)などと長崎大学学生協議会(長大学協)を結成。ノウハウはすぐに全国に広がった。
影響を受け、行動を起こしたのが、大分大の衛藤晟一・首相補佐官(69)、静岡大・京大院の百地章・元日大教授(70)、新潟大の伊藤哲夫氏(69)、早大の高橋史朗氏(65)らだった。
そして、いま、彼らが日本会議の支柱として安倍政権を支えている。(藤生明)